第5話 夜の訪問者
私は荻原真一の異変に気が付いた。なかなか連絡がつかず仕事にも行っていないようなのだ。病気で寝込んでいるのかと思ったが、まさかあのような状態になっているとは考えもつかなかった。
私は彼のマンションを訪ねたのだが、彼の顔を見て驚いた。まるで別人なのだ。髪はボサボサ、目は落ちくぼみクマができ、頬はこけ顔面蒼白でまったく生気も覇気も感じられない。
いったいどうしたのだ、病院に行ったのかと尋ねたが一向に要領を得ない。これは重症だ、病院に行こうとうながしたが、彼は力なく首を横に振る。私は呆れて理由を問いただした。
とうとう観念した荻原真一は驚くべき告白をした。
「毎晩、露木愛さんが来てくれる。彼女を愛している」
私は思わず絶句した。この友人は何を言っているのか。露木愛はとっくに亡くなっていてこの世にいない。私をからかっているのかと思ったが、本人はいたって真剣である。
荻原真一はすべて白状した。露木愛が毎晩深夜になると訪ねて来ること、彼女と男女の関係になったこと、心から彼女を愛していること。
私は彼の話を聞いて啞然とした。これはダメだ、完全にイカレている、狂っているではないか。露木愛が毎夜やって来て彼に抱かれているだと?
夢ではないと彼は言い張ったが、私はそんな筈はないと諭した。露木愛は残念ながら遠いところへ旅立ってしまったのだと話した。
しかしながら荻原真一は納得しない。自分は露木愛の想いに応えている、彼女を心から愛していると。
私は完全に閉口した。もしも露木愛が夜な夜な本当にこの部屋に来ているとしたら……それは……間違いなく亡霊……今は亡き露木愛の亡霊……冥界からの招かれざる訪問者。
この世に強い未練を残し若くして逝った女、露木愛。その情念が亡霊となって荻原真一の前に姿を現わしたのか。そんな……そんな……馬鹿なと私は自分に言い聞かせた。この現代にそのようなことあるはずはないと思った。
だが、彼をこのままにしておくわけにはいかない。本人はあくまで病気ではない病院には行かぬと言い切る。
私は仕方なく今夜はこの部屋に泊まると提案した。真一は激しく抵抗したが最後は渋々と同意した。
そして夜が来た。私はまさか本当に露木愛が姿を見せるとは思っていなかった。私と荻原真一は、彼女がやって来るという深夜までひたすら待った。
毎夜、荻原真一に抱かれるためにやって来るという露木愛。それほどまでに彼に恋焦がれていかのか。私は半信半疑であったが、もしも彼女が亡霊として現れるとしたら……。彼女に取り付かれた真一も暗黒深淵の冥界に引きずり込まれてしまうのではないか。
私の不安は的中した。
静まり返った深夜……カツ、カツ、カツ、と廊下に響く不気味な女の足音……空耳ではない。まさか……まさか露木愛の亡霊がやって来たのか。私の心臓は恐怖に高鳴った。足音が止まりインターホンが鳴る。
荻原真一は、私が止めるのも聞かず喜々として玄関ドアを開けた。しかしそこには誰もいなかった……露木愛という名の亡霊の姿はなかった……。
真一は気の毒なほど落胆した。親戚の私が部屋にいたからだろうと肩を落とした。確かに私と露木愛は親戚である。私の気配を感じ姿を消したのだろうか。
結局、私は荻原真一の部屋で一夜を過ごし早朝に帰宅した。帰り際、夜中にインターホンが鳴っても絶対にドアを開けるなと忠告したが、彼は黙っていた。
私は友人の身に起こっている怪異を放置出来なかった。そもそも二人を引き合わせたのは他ならぬ私である。私は少なからず責任を感じていた。
そこで私は大学時代からの友人に相談することにした。彼自身は箸にも棒にも掛からぬ売れない作家なのだが、彼のおんな相棒はなぜか不思議で奇妙な力を持っている。スタイル抜群金髪碧眼の超美人である。
私はその友人に連絡をとり、次の休日に会いに行くことにした。
しかし、張本人の荻原真一は私の忠告にもかかわらず、再び狂乱の夜を迎え快楽に溺れていたのである……露木愛、いや露木愛の亡霊とともに……。
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