No.81【ショートショート】世界初の人身事故~近い将来、絶対に起こるSFな話~

鉄生 裕

世界初の人身事故~近い将来、絶対に起こるSFな話~

転送装置が荷物の郵送や人々の交通の便として広く利用されるようになってから半年が経ったその日、世界で初めて『転送装置による“人身事故”』が発生した。


被害に遭ったのは中学二年生の女子生徒や60代の会社員を含む計16名であった。

被害者たちは皆、通勤や通学の用途で転送装置を利用していた際に今回の事件に巻き込まれた。

被害者たちは自宅や自宅近くに設置されている転送装置へと乗りこむと、いつものように目的地を設定し各々が目指す場所へと移動する予定であった。

普段は僅か10秒足らずで目的地へと移動できるが、事件が起きた日に目的地の転送装置に現れたのはバラバラになった彼等の肉片であった。


すぐに調査に乗り出した警察は、この事故の原因を『利用者同士による接触』だと断定した。


転送装置が開発されてから既に10年以上が経過していたが、科学者たちもその細かい部分までは未だ解明できずにいた。

つまり、転送装置は天から与えられた偶然の産物でもあったのだ。

科学者たちは転送装置の構造が完璧に解明されないまま実用化するのは危険だと判断したが、装置の完成を知った多くの人々は一日でも早く使えるようにと科学者たちに懇願した。

結果として構造の99%まで解明することに成功した科学者たちは、未だに解明できないでいる残りの1%に不安を感じつつも転送装置の大量生産を開始した。

そして転送装置が一般的に広く利用されるようになってから半年が経ったその日、世界初の『転送装置による“人身事故”』が発生した。


転送装置の構造について解明されている点において、最も重要かつ多くの人々が疑問に感じているのが、『物質が僅か10秒足らずで、どのようにして遠隔地へと移動しているのか』という根本的な部分についてだろう。


結論から述べると、『物質の状態を保ったまま、高速で亜空間を移動している』というのが答えである。

転送装置といえば、一度物質を量子レベルまで分解した後に目的地で再物質化するというのが一般的な考えであった。

だが、実際は物質を量子レベルまで分解することなく、物質の状態を保ったまま亜空間を高速で移動するというのが転送装置における移動方法であった。

科学者たちの間では、遠隔地へ僅か10秒足らずで移動するという驚異的な速さに物質が耐えられるのかという疑問が生じたが、それを可能にするのが亜空間であった。

どれだけ驚異的な速さでも、亜空間では原形をとどめた状態で物質を移動させることが可能であったのだ。


では、なぜ今回のような人身事故が発生したのか?

その原因は“亜空間”にあった。


今回の事故について警察は『接触』が原因だと結論付けたが、接触よりも『衝突』と言い換えた方が分かりやすいだろう。


時速180キロで走行している二台の車がスピードを落とすことなく衝突したら、車は二台ともバラバラに大破するだろう。

それと同じことが亜空間で起こったのだ。


大前提として、我々は亜空間で意識を保つことができない。つまり亜空間を利用している最中、我々は意識を失っていることになる。

だから亜空間がどのような場所かを知る者は一人もいない。

それでも我々は潜在的かつ無意識的にお互いを上手く避けながら亜空間を移動している。

また、亜空間ではお互いを避けながら高速で移動している一方で、減速や一時停止といった車のブレーキのような機能は持ち合わせていないことも既に解明されていた。

つまり出発地から目的地までノンストップで移動している事になる。


それでもお互いを上手に避けながら移動しているのに、どうして今回のような事故が起きてしまったのか?

その答えは、『亜空間の広さ』にあった。

我々はその名称から、亜空間は無限に広がる空間だとばかり思っていた。

しかし、亜空間の広さにも限界はあった。

世の中に転送装置が増えれば、当然利用者も増加する。それはつまり、同時刻に亜空間を利用する人やモノも増えるという事になる。

今まではどうにかしてお互いを避けながら移動していたが、利用者の増加により完全に道が塞がれた結果、途中で止まることのできない彼らはお互いに衝突する事しかできなかった。


事故が起きたタイミングで転送装置を利用していた人は他にも大勢いたが、被害に遭った16名は運悪くお互いを避けることができなかった。その結果として彼等は肉片という形で目的地へと辿り着くことになる。


この悲惨な事故がきっかけで、『亜空間の広さにも限界がある』という新たな事実が判明する事となった。


この事故以来、転送装置の改良や亜空間についての研究が進められた。

今では転送装置を一度に利用できる人数を制限し、『転送装置による人身事故』はこの事故が最初で最後となった。

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