真相2
「何故私が直接事件に関わっているとわかった?」
久住さんが、涼太君の方を向いて聞いた。
「根拠と言える程のものではありませんが……『パラディソ』に出入りしていた人間の中で、事件当時アリバイのないのは乃利子さんとあなただけ。それで、背の高いあなたがワインボトルをぶちまけたと思ったんです」
上坂夫妻や綾美さんは事件の起きた時間修羅場だったし、上坂夫妻の自宅の隣人もその声を聞いていたらしい。
「……ああ、棚の一番上のボトルまで割ってしまったからな。乃利子さんが踏み台を使って割ったとは考えなかったのかな?」
「あの踏み台は、高橋さんによって細工されていました。乃利子さんが踏み台に乗っていたら、踏み台が壊れていたと思いますが、その形跡はありません」
「成程……外部犯がいるとも思えないし、ボトルを割るのは私しかいない……か」
高価なボトルだけ無事だったのだから、店と無関係な者が犯人とは考えにくい。
「……悪い事をするもんじゃないな。君達、これからどうするつもり?この事を警察に言うのかな」
「六十六年前の事ですし、物的証拠はまず見つからないでしょう。乃利子さんの犯人隠避の罪を暴いてまで警察に言うつもりはありません」
「……そうか」
涼太君の言葉を聞いてそう呟くと、久住さんは黙ってしまった。
「……美也子ちゃん、悪いけど、近くのコンビニで傘を買ってきてくれないかな。さっき天気予報を見たら、向こうに帰る頃には雨が降るみたいなんだ」
唐突に涼太君が言った。涼太君は本来こんな頼み事をする人ではないのだが、私は「わかった」と言ってベンチを離れた。人払いをして、久住さんと二人と話したい事があるのだろう。
私は、そのままコンビニに行こうかと思ったが、どうしても涼太君と久住さんの話が気になった。私は、二人の死角になるように気を付けながらベンチの近くに戻った。
「……お聞きしたい事があります」
涼太君が切り出した。
「何かな?」
「……長岡さんを殴りつける時、棚の一番下のボトルを手に取ったのは何故です?」
「……」
「あなたの身長なら、もっと高い位置のボトルを手に取るのが自然なのではないでしょうか。咄嗟の犯行なら猶更の事」
「……何が言いたいのかな?」
「本当は、あなたが後頭部を殴りつける前に、長岡さんは前頭部を殴りつけられていたのではないでしょうか。長岡さんに押し倒されている状態の乃利子さんなら、棚の一番下のボトルを手に取っても不思議じゃない」
言葉の意味を理解して、私は固まった。今の涼太君の言葉が本当だとすると、長岡さんを殺害したのは久住さんではなく……。
「証拠は無いんだろう?」
「はい」
久住さんの問いに、涼太君が頷く。
「……だったら、いいじゃないか。彼を殺害したのは、私。それでいい」
「……ありがとうございます」
「何故礼を言う?」
「僕が警官だから、美也子ちゃんが『犯罪者の孫』ではいけなかったんですよね。警官は身内に犯罪者がいてはいけないというのは、よく聞く話です。僕が美也子ちゃんと結婚を考えていると言ったから、乃利子さんが罪を犯したと知られたくなかったんですね。……実際には、身内が犯罪者だからといって警官が仕事を出来なくなる事はまずないですが」
「そうか……」
また沈黙が流れた。
「……罪に問われる事もないようだし、私はこれで失礼するよ。私にも家族がいて、出来れば今の生活を続けたいと思っているからね」
「はい、お時間を頂き、ありがとうございました」
涼太君の言葉を聞き、私はそっとその場を離れた。祖母が死ぬ間際謝っていたのは、久住さんに殺人を犯させてしまった事ではない。祖母の罪を隠蔽させてしまった事だ。久住さんは、ずっと祖母の秘密を守ってくれていたのだ。
私は、急いでコンビニに行き傘を買うと、またベンチへと戻った。
「ありがとう、美也子ちゃん」
涼太君は、傘を受け取るとそう言って微笑んだ。久住さんは、もうそこにはいなかった。
「久住さん、もう大学に行っちゃったの?」
「うん、美也子ちゃんに宜しくって言ってたよ」
「そう……」
私は、目を伏せて呟いた。
「僕は午後の電車で帰るから、まだ時間があるね。近くに映画館があるから、映画を見て行かない?」
「うん、行こう」
私は、涼太君と共に歩み出した。
最期の言葉 ミクラ レイコ @mikurareiko
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