終章


 空間が、世界が歪む。

 リーズリースの光閃がモノリスを撃ち抜いた瞬間、混沌がウィルの剥き出しとなった感覚に襲いかかった。

 重なり合っていた二つの世界が強制的に引き剥がされるような、肉体から魂が引きずり出されるような強烈な不快感。機体が回転しながら、墜ちているのだけはわかる。その行き先が上なのか下なのかもわからない。

 振り回される感覚に気を失いかけながら、操縦桿を握り絞めた。

 駄目だ。もう一度、構成をしなくては。今、彼女を見失ってしまったら、もう……。

 リーズリース。

 手から力が抜けていく。世界が黒く塗りつぶされていく。

 やがて眠りに落ちるように、ウィルは意識を失った。


    ◆


 次に意識が戻ったときには暗闇の中だった。

 埃の舞う、薄暗い空間。かすかな光がどこからか差し込んでくる。

 はっ、と我に返った。

 リーズリースは!

 固い座席、手に当たる薄いパネル。自分はまだオクタ・ドールの操縦席にいた。魔力の供給が途絶え、機体はただの箱と化していた。

 外はどうなって……!?

 ロッドを握り、魔力を高めた瞬間、全身を激痛が貫いた。

「…………っ!」

 背中から走る痛みをこらえてロッドを握り絞めても、もう魔力が出てこない。奇跡の反動が全身を蝕んでいた。

「メイヤン……!」

 後部座席を見る。メイヤンはぐったりとパネルにもたれたままだった。かろうじて呼吸はしているようだった。だが、彼女もまた魔力の限界を迎えているのは明らかだった。

 ウィルは座席を抜け出し、機体のハッチに手を掛けた。

 開かない。衝撃で変形してしまったのか、レバーが回っているのにハッチは動こうとしない。

「うああっ……!」

 力をさらに込めると、再び、激痛に見舞われた。

 ウィルは構わず肩をハッチにぶつけた。それでも、ハッチは動こうとしない。

 涙が溢れてきた。どうして、僕はこんなに弱いんだ。力が必要なときに、どうしてこんなに無力なんだ。

 待っていてください。すぐに助けに行きますから。今度こそ、必ず、迎えにいきますから。もう二度と、あなたを一人にはさせませんから。

 ハッチの抵抗が急になくなり、ウィルの体は宙に躍り出た。

 迫ってくる地面。体が動こうとしない。ウィルは思わず目を閉じ……。

 そして、暖かな感触に包まれた。荒い息づかいと、布越しに伝わる命の脈動。

 ゆっくり顔を上げた。

 月明かりの下、涼やかな光に照らされる岩山。

 そこに彼女がいた。

〈黒馬〉を駆る〈デュラハン〉。彼らを従えた、黒いコートの少女。顔を紅潮させ、息を弾ませ、

「大丈夫ですか? ウィル」

 ウィルを抱き留め、リーズリースはそう囁いた。


    ◆


 ハッチから飛び出してきた小さな体をリーズリースは抱き留めた。

「リーズリース……」

 ウィルは呆然とこちらを見上げてきた。存在を確かめるように、両手でリーズリースの頬に触れる。やがて、その瞳が徐々に潤んできた。

「よかった……。本当によかった……」

 ウィルはリーズリースの背に手を回し、強く抱きしめた。体から伝わる体温。埋めた顔から立ち上る熱い呼吸。


    ◆


 異影を葬った少年が、こちらへとやってくる。

「大丈夫だったか、リーズリース?」

 ウィルはそう言ってリーズリースの身体を抱き上げた。

 荒い息づかい。焼け付くような体温。


    ◆


 私はこの熱を知っていた。私はこの息づかいを知っていた。記憶の中から浮かび上がる、あのときの光景。

 そうか。

 何も変わってなどいなかったのか。

 あなたはずっとこうやって見守ってくれていたのか。天才の不遜さの下にあった、この焼け付くような必死さで。

「あなたも、無事で良かった」

 腕の中で泣きじゃくるウィルを、リーズリースは強く抱きしめた。

 高地は夜に包まれていた。『異海』と現世の狭間の地で、なお月は明るく輝いていた。

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バローク・サマナー・レコンキスタドールズ 方波見 咲 @sakukatabami

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