テント

高黄森哉

テント


 俺という名の旅人は、くたくただった。ここがどこか皆目見当もつかない。わかるのは、ただ、遠い場所に来てしまったなあ、ということのみである。でも、ずっとこういうところを歩いて来たんじゃななかろうか。


 辺りは砂利と、粘土を適当に練って造形したみたいな、滑らかな岩の連なり。砂地には、時折、植物が生えている。青々とした細身の葉っぱ、でっぷりとした茎。ここにはきっと雨季がある。その時の水分を、あの肥満した胴体部に貯水しておいて、この時期に消費するのだ。


 そもそも、こういった滑らかな岩は、水の浸食作用によって形作られるものじゃないか。おそらくだが、雨季になれば、ここは川になるのだ。それは美しい光景だろう。こういう栄養の少ない土壌なら、恐ろしく透明な水質になるはず。旅人は滑らかな奇岩の川底を、ひたすらに歩いていく。


 すると奥まった土地に、たどり着いた。ここは、行き止まりである。まるで鍵穴のような地形で、岩山の迷路のはずれでもある。滑らかな円形の場所には、他の旅人がキャンプした痕跡があった。


 鉄くず置き場のゴミに、白いビニール袋が引っかかったさまの物体は、テントだろうか。巨大な力によって破壊された人間の巣。持ち主は中にいるままだろうか。目をつむり手を合わせた。ここで、なにが起こったか想像してみる。


 なに者かが、ここを拠点にした。彼は一日を終えて床に就く。すると、向こうの方から鉄砲水がやってきて、住居を横殴りにした。その時、雨は降っていなかった。もし降雨があればどこかへと避難したはずだ。きっと別の場所で豪雨があって、その水の氾濫がここまで、なだれこんできたのである。


 目を見開くと、白い布の上側が、ただ太陽に照らされている。物干しざおのワンピースみたいに無邪気に風にそよいで、まるで、そんな悲劇は、誰ももう気にしていないかのように明るく光っている。この土地の雨は過去も侵食して風化させるのか。この劇場もいずれ、度重なる洪水で跡形もなく洗い流されてしまうだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

テント 高黄森哉 @kamikawa2001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

同じコレクションの次の小説

五円玉

★0 現代ファンタジー 完結済 1話