第6話
「む、むー」
私はあからさまに不満を顔に出しながら、せんせーをジト目で睨み付ける。しかし、それでもせんせーは何も反応をしてくれない。ただ無言で私を見つめているだけ。
「……むぅ」
その様子があまりにも不満だった私はせんせーの腕を思いっきり抓る。だけど、それでもせんせーは何も反応をしてくれない。私を黙って見つめ続けているだけだった。
もう埒が明かないと思った私はせんせーから離れる事にした。すると、先生の手があっさりと私の口元から離れていった。
「ねえ、せんせー! 何で邪魔するのー!」
私は頬を膨らませながら不満を言ってみるが、やっぱり反応が無かった。ただ淡々と私の事を見てるだけだ。それが何だか釈然としない。
せんせーってば、今は私のターンだよ? いくらせんせーでも、私の邪魔をしないで貰いたい。そもそも、あの状況で邪魔をされるとか思ってなかったし……せんせーが私を止めなかったら、今頃私はキスをしていたのだ。それを阻止されて……ちょっぴりとだけムカついてくる。
「もうっ、せんせーのバカ! おたんこなす! ヘタレ! 女誑し!」
思いつく限りの悪口を言ってみるが、やっぱりせんせーは何も言わないし、動きもしない。ただ私を見ているだけ。その態度に私は更にムカムカしてくる。何なの、せんせーってば!
「……もう! 何か言ってよ、せんせー! 私の事、嫌いなの!?」
私がそう口にすると、せんせーは困った様な表情を浮かべながら人差し指を口元に当てて『静かに』というジェスチャーをした。そして少しだけ考える素振りを見せると、こう言葉を紡いだのである。
「そんな事は無いよ、アスカ。僕が君や君を含めた他の生徒の事を嫌うはずが無いじゃないか」
せんせーは優しい声色でそう言ってくれた。それを聞いた瞬間、私の胸がドキリと大きく跳ね上がったのを感じる。嬉しい、凄く嬉しい……はずなのに、私は何だか腑に落ちない気持ちでいっぱいだった。
「……むー」
「どうしたんだい、アスカ。そんな不満げな顔をして。今の言葉に、何か気に障る事でもあったのかな?」
「……別に、そうじゃないもん。せんせーに嫌われていないのは、とっても嬉しい。……嬉しい、けど」
「けど?」
「……他の女の子達と同列に扱われるのは、すごく嫌。だって、私はせんせーにとって特別な存在になりたいんだもん」
私はせんせーに向けてはっきりとそう告げた。何も隠さず、何も誤魔化さず、ただありのままに。
だって、私の想いは本物だし、誤魔化したくないから。だから、せんせーには分かって欲しいんだ。私がどんな存在で、どれだけせんせーの事が大好きかっていう事を。
「特別な存在……か」
私の言葉にせんせーは困った様な表情を少しだけ見せたけど、やがてゆっくりとした口調でこう口にした。
「僕にとって、アスカは十分に特別な存在だと思っているよ」
「っ!?」
その言葉を聞いた瞬間、私は思わず固まってしまった。今、せんせーは何て言った? 私に対して『特別』って言ってくれたよね? それってつまり、そういう事だよね!? 私の事が好きって事だよね!?
「あ、あの……せんせー」
私がせんせーに対して言葉を紡ごうと、もごもごとした感じに言葉に詰まってしまう。だけど、せんせーはそんな私を微笑みながら見つめていた。
「アスカはかけがえのない、僕の大切な教え子だからね。だから、ちゃんと特別な存在だと思っているから、安心して欲しい」
そう言いながらせんせーは私の頭を優しく撫でてくれた。まるで赤子をあやす様な仕草だけど、不思議と嫌な感じはしなかった。寧ろ、とても気持ちいい感じで……つい甘えてしまう自分が居る。
「むぅ」
私が欲しかった言葉とは少し違う感じだったけど、せんせーにそう言われてしまうと、私は何も言えなくなってしまう。……だって、私ばかりが一方的に想いをぶつけている状態になっているんだから。悔しいけど、せんせーはやっぱり大人で大人なのだ。だから、どうしたってその差を埋めるのは難しいんだ。
「……やっぱりせんせーには敵わないなぁ」
「そうなのかな?」
「そうだよー? せんせーってば、ずるいもん。私の事を翻弄するばっかりでさー」
「そんな事はないよ。僕だって、アスカにはいつも翻弄されてばかりだからね」
「えー、嘘だぁ」
「本当だよ。だって、今もまさに翻弄されているからね。そういう訳だから、早く僕から離れて服を着て貰ってもいいかな?」
そう言ってせんせーは少しだけ困った様な表情を浮かべながら、私に服を着る様に促してくる。そんなせんせーに向けて、私はにへらっといたずらっぽい笑みを浮かべつつ、こう言葉を紡いだ。
「えー、どうしようかなー?」
「アスカ。早く服を着ないと、風邪を引いてしまうよ」
「でもさー、このまま私が着替えなかったら、せんせーとしては役得なんじゃないの?」
「……アスカ」
少したしなめる様な声色、これ以上は踏み込んだら怒られそうな雰囲気、それを察してか私はせんせーから離れてみせる。少し残念ではあるけれども、せんせーの機嫌を損ねる訳にはいかない。
「じゃあ、せんせー。服を着たいから、また服を借りていい?」
「……また通り雨に遭遇したのかい?」
「そうそう。私ってお天道様の機嫌を損ねやすいのか、通り雨に遭遇しやすいみたいなんだー」
「はいはい。じゃあ、いつものところにあるから、そこから取っていいよ」
「ありがとー、せんせー!」
私はそうお礼を言ってから、いつもの場所から濡れていない服を取り出し、濡れている服や下着を脱ぎ捨てて着替えを始める。その間、せんせーは私に目を向けない様に顔を逸らしてくれている。その気遣いは嬉しいけど、やっぱりちょっと残念でもある。
「せんせー」
「何だい?」
私は着替えながらせんせーに声を掛ける。そして、こう言葉を紡いだのだ。
「私ね? せんせーの事、大好きだよ!」
「……ありがとう」
「うんっ!」
私の想いはちゃんと伝わったかな? それとも伝わっていないのかな? でも、今はそれでも良いや。だって、これからもっとアピールしていくんだから! ……だから、覚悟していてよね、せんせー♡
シアワセなカンケイ~心優しき先生と生徒達との忌憚の無い日常~ 八木崎(やぎさき) @yagisaki717
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