私はすでに「死んでいる」
@branch-point
第1話
確かに、妊娠中からも具合は悪かった。でも、それは妊娠しているからだと思っていた。上の子がいる妊娠中って大変だ。特に上の子がまだ小さい場合は。おなかが大きくなっても、上の子を抱いて階段を上がったし、お風呂をはじめ家のあちらこちらでも子どもを抱えることが多かった。一人目と違って、上の子がいる妊娠は、そういう身体の負担が大きいし、子どもの世話をしなければならない分、自分のペースでゆっくりもできない。精神的にもより消耗すると言っていいだろう。だから、調子がよくなくても、仕方がないことであって、そんなものだと思っていた。
でも、確かに産後も、身体が重かった気がする。出産年齢が上がったのだから、仕方がないし、上の子もいて落ち着かないからゆっくり休めていないんだろうな、なんて思っていたけれど。
産後ひと月ほど経った後、私は突然、動けなくなった。立ち上がれない、ではなく、動かない、のだ。はじめは手が固まった。指が動かない、が、すぐに動くようになったので、気のせいだと思った。呼吸が苦しくなることが度々あった。座っていて、立てなくなった。足がしびれているのかと思ったら違う。体が動かないのだ。
「ちょっと、へん、なんだ、けど」
「うご、け、ない」
振り絞るように声を出して、うまくしゃべれないことに気が付く。夫が怪訝な顔をしていった。
「大丈夫?」
やばいな、と思った。なにか、とてつもなくやばい。想像したくないくらいに、変だ。それでも、迷った。だって、一応、しゃべれる。意識はしっかりしている、はず。だから、自分からいう必要があるのか、どうか。
「きゅ、救急車、呼んで、くれる?」
自分で救急車呼んでほしいっていう急患はいないだろうな、と変に冷静な頭で思う。
というか、動けないって言ってるんだから、夫が察して、救急車を呼んでくれてもいいんじゃないか、と頭の中で愚痴りながら、それでも身体は動かない。動かないのだから、自力で病院になんていけないのだ。
救急隊員は優しかった。慣れた手つきで担架に乗せて、病院まで運んでくれた。
「脈を測りますね。」
「答えられるところだけ答えてください。」
「寒くないですか?」
意識があるから、意識を途切れさせないようにか、優しくずっと話しかけてくれた。
意識があるから、こちらとしては申し訳なく、彼らの仕事ぶりに感謝した。
意識があるからか、搬送先の病院は急患の受け入れ先としては小さな病院だった。
そこでいくつか検査をしたけれど、結果からいうと「産後の疲れでしょう」とのことだった。検査が終わるころには、身体の硬直もとけていたので、自分の身体の情けなさを感じつつ、その結果に安堵した。
病院から帰った翌日に、義父が危篤だと連絡があった。ついに来たかと思った。義父はずっと具合が悪く、いつなんどき何があるかわからない状態であった。夫の実家は飛行機を使って、半日はかかる。けれど、生きているうちに孫にたくさん合わせてあげることが親孝行だろうと思い、たびたびお見舞いに伺い、出産の3か月前にも顔を出していた。
実家の近くに住んでいる義弟から「すぐに帰ってこい」と電話を受けた夫は、私の産後の体調が悪いから無理だと言ってくれたが、義弟は夫だけでも帰ってくるようにとしつこかった。きっと普段であれば駆けつけたであろう夫は、私と生まれたての子をいたわって帰省はしなかった。
帰省したら間にあっていたのだろうか、数日後には義父の葬儀の日取りが決まった。夫は上の子だけを連れて、2人で義父の葬儀に行くと言った。2人だけの当日の定価チケットを手配して、準備して出ていったのに、空港から電話がかかってきたのだ。
「やっぱり一緒に行こう。」
「いない間に倒れていないか心配なんだ。」
その言葉を聞いて、私は嬉しくなった。だから、本当はものすごくきつかったけれど、夫と一緒に行くことにした。それが命を懸けての移動になるとも知らずに。
夫は、1時間半後、空港から戻ってきた。飛行機のチケットを取り直し、新生児の時期は終わったとはいえ、首の座らない乳児を抱えての移動だ。おむつなどの荷造りをし、私たちはタクシーに乗り込んだ。
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