皇国の暁
リヒト
敗戦国
明確な、残酷なまでの認知の歪みがあった。
日本は朝鮮も台湾も志那も、すべてを同じアジアの同胞とし、共に戦っていくことが当然だと思った。
「どうしただっ!何故、正義たる我らが敗北するぅ!何故、我らが負けるッ!それに、何故志那は我らに降伏しないっ!?欧米各国のおもちゃにされたいのかっ!レオポルド二世に手首を斬り落とされたいのか!国を消されたいのか!先住民として狩り尽くされ、フロンティアの消滅を宣言されたいのかぁッ!」
キリストなどという神に操られる欧米人をたたき出し、我が国の傘下とし、一つの平和な世界を作ろうとした。
江戸のような世界を。
何も変わらない。
我が国は世界を自国へと染め上げながらも差別せずに同等と扱い、共に生きる理想郷を作らんとした。
ただ、我が国の歴史が特異過ぎた。
廃藩置県、我が国における植民地政策はどこまで行ってもそこに帰結する。
藩という名の国が倒れ、統一され、その代わりに発展する。
我が国にとって、この論理だったのだ……朝鮮も、台湾も、南洋諸島も、天皇陛下に傅いて一つとなりて、近代化する。
そうすることによって
我が国はそれを受け入れた。藩というこれまであった制度を、国を捨て、一つの日本国となった。
だが、それでもいずれはわかってくれると。
西郷のように否定する者もいるだろう……だが、いずれは、と。
日本は信じていて。くだらぬ妄言を垂れ流していた。
朝鮮に、台湾に、大学を作った。近代化させた。生活を豊かにした。
何も変わらない。
日本と同じものを彼らに与え、それでも異国人が自国を踏み荒らすのと、藩が廃止されるのでは大きく違った。
元より、日本人は自分たちこそが選ばれたものと信じて、朝鮮人をあたりまえのように差別していた。
その事実があった……この時点でうまくいくわけがない。
「はぁー」
どれだけ美辞麗句を並べようとも。
朝鮮や台湾を支配し、戦争の対価としてインドネシアを狙う我が国は所詮、己らが鬼畜と呼んだ欧米と何も変わらない。
ただの無粋な侵略者なのだ。
「我らの負けだ」
ミッドウェー海戦でも負け、マリアナ沖海戦でも負けた。
もう日本に勝ち目などない。
静かに俺は声を上げる。それを聞くのは俺の前に立つ
「な、何を言うかっ!!!我ら、上に立つ者が!将軍がいの一番に諦めてどうするのだっ!?」
肩が重い。
多くの者が死ぬ中で、自動的に上がっていく我らが階級。
もはや、既に我らは日本という巨大な組織、国を支配する狂った軍隊の親元だ。ただの一民間人であった俺と友はここまで上り詰めた。
「……」
目を閉じれば思い出せる。
家族のために体を売る少女、食料がなく飢えて死にゆく人々。
それを、変えようとした……だが、それは悪化させてだけだった。
「天皇陛下を生かそう」
我々は負けたのだ。
だけど、国までは殺せない……そこまでの大罪を犯すなど認められない。
国を生かす、その一心で俺は己の友へと口を開く。
「何の価値もない、あのような、たかが権利の象徴を生かしてどうする。何にもならないだろう!」
「そうだ。象徴だ……天皇陛下とは、我が国における象徴なのだ。天皇陛下こそが日本であり、日本こそが天皇陛下だ。どれだけ大和民族が踏みにじられ、殺されようとも、天皇陛下が君臨なさっている限り日本は残る」
「……そんなこと、あまりにも暴論が過ぎるだろう!民がいてこその国だろう!」
「何も変わらない。天皇陛下に認められし征夷大将軍が、大伴弟麻呂から源頼朝に。源頼朝から足利に、豊臣に、徳川に代わっていたのと同じように。マッカーサーが征夷大将軍になるだけ。アメリカが天皇陛下の意向に傅くのだ」
「詭弁だな。考えるに値しない。民こそが全てだ」
「詭弁で結構。だが、それで国を、民を生かせる。アメリカもソ連も、その意思主張は両者共に大きく異なる。いずれは敵対するだろう」
「それに何の意味があるっ!今は結束者で、今、我々は滅びんとしているのだ。我らが見捨てたハワイのように、我が国も堕ちるのだ」
俺の言葉を友は否定する。
「俺を見ろォッ!愚か者っ!貴様ァっ!国を、民を、殺したいのかぁ!」
負けた。
そう告げる俺の胸倉を掴んだ友は力強い眼光でこちらをにらみつけ、決して尽きることのない炎を燃やしている。
「そうはなるまい」
否定する。
俺は友の目を見て、友の前で否定する。己の中にある炎は未だ消えてない。
「天皇陛下を頂点とした共産国家を作るでも、天皇陛下を象徴とした資本主義国家を作るのもあまり差異はないだろう。民は残る。我らが政治体制は失敗だ。だって、負けているのだから」
我らは負けた。
ならば、世界にある政治形態はすべて我ら以上だ。
「……」
「故に恐怖だ。どちらでもいい」
「……恐怖?」
「あぁ、そうだ。アメリカでも、ソ連でも、どちらが我が国を支配しても良い。ソ連が祖国を踏み荒らすか、アメリカが祖国を踏み荒らすか。真にどちらでも良い。ただ、どちらかで決着をつける」
「……」
「いずれ争うであろうアメリカかソ連。そのどちらかの下に立つのだ。そして、支配せし者に恐怖を与える。天皇陛下がいなければどれだけ金と人がかかるかわからない。浪費がいつ終わるのか、そのような恐怖を与える。どれだけ不利であろうとも敗北せず、どれだけ上を潰そうとも敗北せず、永遠に戦い続けると錯覚させる」
「あぁ……」
「そして、こう思わせれば勝ちだ。日本に手こずって金と人を浪費すれば、来たるべき真の覇権争いに敗北する、と」
「……恐怖。黄禍論、だったか?そのような言説も確かにあったな。つまりは、負けながらにして相手へと譲歩を誘い出す、と?」
流石は我が友。
俺の考えを理解するのが早かった。
「ふっ。我ら黄色い猿に出来ることなどそれくらいであろう」
「どれだけ負けたとしても、猿ではなく化け物だと思わせる……一理、あるかもしれない」
「驚いた。君が素直に日本の負けを容認するとは」
「ここまで、来れば、わかってしまうさ……何をするつもりだ?」
「特攻。城英一郎が神風などと話していたな?」
「……ッ!?あ、あれを為すつもりか!?」
「為す。命を捨てさせる」
最低の策だと思った。
だが、今の俺には最良の策に見えた。
「ただ、恐怖を与えるだけでいい。狂えばいい、戦場の狂気へと日本がなるのだ」
「しょ、正気、なのか?」
「正気だ。それほどまでのことをしよう……ソ連による本土上陸か、アメリカによる本土上陸か、ナチスから聞いた新型爆弾。我が国では開発できそうにもない核とやらでもいいか。一つのきっかけで、一つの国の占領を受ける。狂気に満ちた戦乱を世界の前で踊り、無血開城することで世界に静寂を教える。不気味に眠る国がいつ目覚めるか、天皇を殺せば目覚めるのではないかと思わらせるのだ」
「は、はは……狂っている」
友は、ここにまで来て俺を裏切ってくる。
「仕方あるまい。我らは違えたのだ。政治家を、殺すべきではなかった」
「戦後……俺たちに席はないな」
今さらどうしようもない俺の言葉を受けて、友は告げる。
「元より戦犯として処刑だろう」
「くくく……違いない」
「随分と、遠くに来たものだな」
「はて?僕が見ているのはもっと遠く。この程度で遠くなどとは言えないなぁ?いいなぁ?君のような浅学のものは。楽観的で」
「ほう?言ってくれるではないか。何をお前は見ていると?」
「……アメリカとソ連。二か国は争うだろう。後は、精強なる大和民族であれば再び勝ってくれる。我らが子孫であれば、経済を立て直し、我らを再建する。列強として、支配から脱して日本を確固たるものにする!日の本は不滅。我らがどんな死に様を迎えようとも必ず……!」
「かっかっか!何が見ているだ!小賢しい!ただ、現実を見ているだけだろうに!心配する必要などない。日は必ずある。一度、沈もうとも……必ず夜は明けるのだ」
「あぁ、そうだな」
人が大勢死んだ。
この後も大勢死ぬだろう。
己も死に、友も死ぬだろう……だが、それでも。我らが子孫は誇りを持ち、我らの死に意味を与えてくれるだろう。
……
……………
………………………
「20歳過ぎても淫夢擦ってるやつ、危機感持ったほうが良いぞ、マジで」
「汚い三角貿易!」
「114514・810・893」
「憲法九条改正はんたーい!私たちは戦地で人を殺すくらいなら、国を捨てる!」
「エッチな絵は性的搾取!」
「遅れている日本とは違って欧米では~」
「戦争で若人が命を賭して守った未来がこれか……」
皇国の暁 リヒト @ninnjyasuraimu
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