巨塔の魔女
各国各地に存在する魔女学園。
国内にその学園がある事が国力に大きく影響を与えることもある。
そして、この魔女学園は規模が大きすぎて一つの都市であり国家であると周辺諸国から認定された非常に珍しい学園だ。
何本もの塔が聳え立ち、雲を突き抜けるほどに高く、溶岩に触れるほど深い。
この塔全てが学園である。日々、魔女が学び失敗し歩んでいる学園である。
そして、この巨塔の管理者であり学園の校長であるのが世界でも名高い巨塔の魔女。
「…………ダメじゃ、死ぬぅ」
そう、今退屈で死にそうになっているこのちびっ子魔女である。
「はあ、ここに閉じ込められて500年くらいか? 自由に動けたあの頃が懐かしいのぉ」
今巨塔の魔女がいるこの部屋は塔の最上階だ。何よりも高いこの塔は、全てを見下せるが、見上げる事ができない。
退屈を刺激するものがないこの部屋は、巨塔の魔女にとって地獄だった。
「もういっそのこと死んでみるのもありではないかぁ? 来世と言うものに賭けてみるかのぉ」
「だったら、私が手伝ってあげるね」
不意に、自分以外の声が聞こえた。
この鼓膜を他人の声が揺らしのは何年振りか。
久々の来客に興味を持った巨塔の魔女だが、相手を見た途端にすごく嫌な顔をした。
「げ、なんじゃお主か」
「げ、って。せっかく私が来てあげたのに」
「やかましいわ、天使の」
「久しぶりだね、巨塔の」
来客とは純白の羽を生やした魔女、天使の魔女であった。
「久しぶり、か……確かに、それぐらいは経ったかの」
「懐かしいね。昔はこの塔の中でお茶でも飲んだっけ?」
「ん? 魔術の試し撃ちに来てただけじゃろ?」
「『貴族令嬢が紅茶を嗜むように、僕らは魔術を嗜む』、どっかの誰かさんがそう言ったから、ティーカップ代わりに新作魔法陣を用意してたんでしょ」
「主ら、加減を知らぬからワシがどれだけ苦労したか」
「ふふ、遊び場の提供ありがとねー。お姉さんが、頭でも撫でてあげようか?」
「いらん……お姉さんって何の冗談じゃ?」
「一応、私の方が年上だよ?」
「1000年超えの生き物に、年功序列などありはせんじゃろ」
「まあそうだねー。ここまで来たら、細胞の死滅活性とか平気で心得てるし」
とまあ、巨塔の魔女と天使の魔女の会合である。
500年ぶりの会合、積もる話もあるかもしれない。
しかし、二人は魔女である。
「で、用は何じゃ。天使の」
その問いに、天使の魔女は笑顔で答えた。
「この塔邪魔だから、死んでくれない?」
瞬時に、天使の魔女が杖を抜く。装飾のない小杖。しかし、内包されている力が規格外の一品。
その殺意マシマシの杖を向けられた巨塔の魔女は、何もするでもなくただただ杖の先を見つめた。
「……避けないの?」
「なぜ避ける必要があるのじゃ? はよう殺せ、痛いのは嫌じゃ」
向けられた杖に怯むことはなく、逆に巨塔は杖を眼前にくるよう顔を近づける。
睨む巨塔の魔女に、逆にやる気を削がれる天使の魔女。
「……つまんないのー」
張り詰めた空気は、天使の魔女の一言で溶けた。
両手を上げ倒れ込み、突如として魔法で出したクッションが天使の魔女を受け止める。
「なんじゃ、止めるのか。臆したかの?」
カカカと笑う巨塔の魔女。
それを見た天使の魔女は、顔こそクッションに埋めたままだが、不満のある表情が浮き出た。
「昔のあなたなら、もっと抵抗してた。今のあなたはつまんない」
「ん、まさかお主にそう言われる日が来るとはな」
天使の魔女はクッションを宙に浮かせて漂う。
巨塔の魔女はそれを見上げながら、椅子と机を出してお茶を用意する。
「ほら、茶でも飲め」
茶の入った茶器を魔術で浮かせ、天使の魔女の前まで運ぶ。
「何これ? どぶ汁?」
茶は鮮やかな緑色ではなく、苔色入りの泥の色をしていた。
「その辺の草をむしって擦って入れた茶じゃ」
「普通に作りなよ」
「嫌じゃ。ワシはこれが飲みたいんじゃ」
「はあ、」
渋々と、天使の魔女はその泥のような茶を口に含む。
ドロっとしていて、野草特有の臭みが鼻を抜ける。喉すら潤わないそれ。
「相変わらず、まずいね。これ」
「そうじゃな……じゃが、懐かしい」
「こういう不味いお茶を作ってた時もあったけ?」
「作ってたのは、主に薬災とワシじゃがな」
「あれ、私も手伝わなかったけ?」
「お主は、神の子を探すだけで、一つもワシ等に協力などしてはおらんかった」
「だって、神の子最優先だったし……」
「それは今も変わらんのか?」
「うん。これだけは、神の子を助けることだけが私の人生だから」
「そうか。それじゃあ、ワシらを裏切ったことに、何か言うことは?」
「ないよ。だって神の子がそう願ったんだから」
500年前、魔女連合と四天魔女会の戦争があった。
四天魔女会は、天使の魔女、巨塔の魔女、薬災の魔女、才色の魔女の4人とその他の魔女で結成された組織。まあ、組織と言えるものかどうかは知らないが、魔女連合が敵と味方の区別をつけるためにそう名付けた。
魔女連合は、魔術の規制、統括を推し進めた。
それに反対する魔女が四天魔女会には集った。
巨塔も、薬災も、才色も、己の欲のために魔術を使いたい。だから、魔女連合とは話が合わなかった。
戦争は激化したが、気づけば四天魔女会の優勢に傾いていた。
四天魔女会は好きな魔術を無邪気に使うが、魔女連合は地形や生態系への影響も考えねばならなかったことを考えると、当然の結果だったかもしれない。
しかし、ある時を境に四天魔女会は内側から崩れた。
「……まさか、魔女連合の中に神の子がいたとは、さすがに思わんかった…」
「あれで私はあなた達に味方する理由がなくなったんだよねー」
天使の魔女の裏切り。それが、四天魔女会崩壊のきっかけになった。
「言っておくが、ワシはお主が敵でも勝てるんじゃぞ」
「え、でも負けたじゃん」
「タイミングの問題じゃ。昨日まで共に戦っておった奴が、いきなり敵になるとは思わんじゃろ。しかも、よりにもよってワシの誕生日なんかに…」
「あははは、ごめんね。ああするしかなかったんだよ」
この天使の魔女は、まず初めに四天魔女会の守りの要である巨塔の魔女を封印した。
巨塔の魔女が誕生日であることを利用し、密室に誘導してそのまま封印。
その封印は強固で、術者以外が入ることも出ることもできない。
巨塔の魔女は、未だこの結界から出ることが出来ない。
「ま、この結界を見れば、諦めもつく。これには、何一つ穴がない。傑作じゃな」
「むふ〜、頑張った」
と、自慢げな天使の魔女は宙を舞うクッションから降りて巨塔に魔女が出した椅子に座る。手に持っていた茶器をテーブルの上に置き、魔術でお菓子を出した。
それを二人で分けながら、話は続く。
話題はやはり、巨塔の魔女が封印された後の話だ。
「ワシがいなくなって、他の魔女はどうじゃった?」
「才色は殺した。厄災は、気づいたらいなくなってたよ。その他大勢は知らない。死んだんじゃない?」
「…そうか」
「あれ、意外と何とも思ってないの?」
「ワシだって、ある程度の事は把握しておる……500年も前じゃ、もう涙など出はせん」
「魔女なのに泣くって、なんか変だね」
「それほど、お主らが大切だった訳じゃ………今思えば腹が立ってきたの。よし、首を出せ。羽でもいいぞ」
「お断りですー」
茶器が割れ、破片が天使の魔女を殺さんと迫る。
それを天使の魔女は魔術で止め、宙に固定した。
巨塔の魔女もあの手この手で茶器の破片を操るが、ことごとく天使の魔女に止められる。
「止めじゃ止めじゃ……はあ、500年でここまで差がつくとはのぉ…」
「才色にも勝ったからね。今のアナタぐらい、余裕なんだよ」
「……ほんとに殺したのか、才色を?」
「うん。この手で」
天使の魔女は思い出す。
500年前、確かにこの手で才色の魔女を殺したことを。才色の魔女という存在をこの世から、一片残らず消したことを。
「そうか」
そう短く括った巨塔の魔女だが、次第に肩が震え、笑い声が漏れ出てしまう。
「何で笑うの?」
「いやあ、すまんすまん。お主が魔女をたかが殺した程度で死ぬと、本気で思っておるようじゃったから」
「魔女の厄介さはよく知ってるよ。私だって、首を切られても粉々にされても生き返れるし。けど、才色はもう蘇れないように並列世界にも干渉したし、魂魄も破壊した」
「そうじゃな、魔女を殺す……才色ほどの魔女を殺すとなれば、それぐらいは必要じゃな。しかしのう、天使の。ワシから言わせてもらうと、ちと爪が甘いの」
「意味分かんない」
「分からんなら、分からんでいい」
「教えてよ」
と、天使の魔女が巨塔の魔女に問うと、また巨塔に魔女は笑いが込み上げた。
「魔女が、魔女が教えを乞うてどうする。はっ、ははは! ワシを笑い殺す気か!」
「……だからアナタ嫌い。別にそれぐらい聞いてもいいでしょ」
「なら、答えは決まっておる。嫌じゃ、自分で考えるがいい………しかしの、ヒントぐらいはやろう」
「ヒント?」
「才色の魔女は、お主の前に現れる。遠い先じゃろうが、必ずの」
「……まあ、覚えとく」
「ああ、覚えとけ………全く、これから面白くなるというのに、ワシは終わりか」
巨塔の魔女が菓子を口に放り込み咀嚼。人生最後の食事を終え、目の前にいる天使の魔女を見ると、天使のは杖の先を巨塔の魔女に向けていた。
「もう死ぬ準備はいい?」
「最後に、一つ聞きたいんじゃが……ワシを殺すと塔が崩壊する事は知っておるな?」
「うん、当然でしょ」
「なら、なぜ魔女連合の要を担う塔を壊そうとする? 魔女連合には神の子が作ったんじゃろ?」
「今の神の子が、蘇生魔術を使っちゃってね。神の子のために、魔女連合を黙らせるためだよ」
「お主はぶれないのぉ」
「私は、神の子の願いを叶えるだけだから」
杖に力が込められる。
塔に無理やり力を吸われている巨塔の魔女には、抵抗する力も死後に生き返る力もない。
人間と同じように、心臓を貫かれるか、脳を切り離すか。それだけで、死んでしまう。
本来なら来る事のなかった死を目前に、巨塔の魔女はどうするのか。
泣くか?
震えるか?
目を瞑るか?
巨塔の魔女は悩んだ挙句、最も似合わないであろう答えが思い浮かんだ。
あり得ないと捨てようとしたが、頭から離れない。離せない。
なら、コレが良いのかもしれない。
巨塔の魔女は、生まれて初めて己の勘に従った。
「待っててやるから、面白い話を持って来い」
友への言葉。
太古の魔女である巨塔の魔女が死を目前にして芽生えた仲間意識。
その言葉が天使の魔女に届いたかは分からない。
彼女は、いつも通り短く締め括った。
「じゃあね」
ベチャ、という音と共に血と肉が四方八方に飛び散った。
塔が揺れた。
塔が揺れた。
その危機を感知した魔女連合は総出で塔の安定化図った。
安定化への道は険しかったが、この危機を想定していなかった訳ではない。
魔女連合は、時間こそ掛かったが塔の安定化に成功した。
そして、塔の最上階。
巨塔の魔女がいたとされる部屋に学者が足を運ぶと、その辺の草、いわゆる雑草がテーブルの上に添えられていた。
魔女の軌跡 すずまる @zatusyu
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