第32話 主人公

「やっと帰ってきたんだ……」


 小さな部屋の一室で、私は小さくそう呟いた。


 良かった。


 ようやく帰ってきたんだ……。


 キースさえいれば、今の王都の現状を何とかできるかもしれない。


 聖騎士の横行も、新興宗教の暴走も。


 もうこんなことが起こらないように出来るかもしれない。


 私は視線の先で横たわっているセリナを見つめながら、そんな淡い期待を抱いた。



 セリナは意識を失っていただけで、幸いにも怪我はなかった。


 それでも、まだ侍女としての任務には支障がある状態だった。


「……フィーネ様。王城にお戻りください」


 すると、眠っていたはずのセリナが急に口を開いた。


「え? 王城に……? どうして?」


 私はセリナのセリフに首を傾げる。


「もう隠れる必要はありません。あの方が王都に来られたということは、そういうことです」


 セリナはふっと小さく笑みを浮かべながらそう言った。


 隠れる必要は無い。


 確かにそうかもしれない。


 キースが戻ってきた今、私たち王家には聖騎士に対する圧倒的な抑止力がある。


 キース頼りの考えに嫌気が差しながらも、私は小さくセリナの言葉に頷いた。


「分かったわ。私、王城に戻るわ……」


 私はセリナの小さな手を取り、そう言った。


「……あれ? セリナってキースのこと知ってたの?」


 そう言えばそうだ。


 セリナってキースが出て行った後に、侍女として私の元に来たのよね。


「それは……幼い頃にフィーネ様からたくさん聞かされましたので」


 セリナは無表情のままそう答えた。


 あ、そう言えばそうだった。


 私は顔が赤くなりそうなのを誤魔化すために、セリナから顔を背けた。


「ま、まぁ! そういうことだから……セリナも……無事でいてね」


 私はセリナに背中を向けたまま、そう言った。


 そして、私は部屋の扉に手をかけた。



「はい。私も……信徒としてなすべきことをします」


 去り際に、耳に微かに残ったセリナの声。


「……え?」


 え? 信徒? 何の話?


 聞き間違いか、別に私には関係ないことか。


 私は疑問に思いつつも、別に気にすることじゃないと割り切った。






 **************






 王城に入るのは数ヶ月ぶりだった。


 懐かしいと思いつつも、変わってしまった王城の雰囲気に胸がズキっと痛む。


 聖教直属とはいえ、元はと言えば王を守るために生まれた聖騎士。


 そんな聖騎士が今は、王かのように王城を我が物顔で歩いている。


「一応見つからないようにした方が良いのかしら……」


 私は大きな柱に身を隠しながら、王城内の様子を伺う。


 王城内には複数の聖騎士がいた。


 私の顔は流石に知ってるだろうし、見つかったら捕まってしまうかもしれない。


 今はキースがいるから捕まっても最悪大丈夫だ。


 しかし、捕まったら捕まったらで色々面倒臭い。


 今は……お父様にキースが戻ったことを知らせることが優先だ。


「よし……」


 私は覚悟を決め、音を立てないように一歩踏み出した。





 **********





「つ、ついた……!」


 長い時間、何度も何度も息を殺し、少しずつ前進しながら私はやっとこの部屋に辿り着いた。


 ここは私のお父様がいる場所。


 この扉を開ければ、お父様に会える。


 数ヶ月ぶりに私は会える。


 私は無意識に震える手で扉に手をかける。


「まさか気づかないと思ったのか? フィーネ」


 扉にかけた手が冷たい金属に鷲掴みにされる。


 手に激痛が走り、同時に聞き覚えのある声が聞こえてくる。


 もう二度と聞きたくなかった声が頭に響く。


 振り返ると、私の腕を掴んでいるのは聖騎士長のアランだった。


 聖教が権力を拡大できた要因であり、王都で聖騎士が思う存分力を振るえた原因。


 アランは王都最強の聖騎士であり、聖教と共に王に刃を向ける存在だった。


「ど、どうして……分かったの……?」


「逆に分からないと思ったのか? 俺はこの王都の王だぞ」


 アランは私の腕を引っ張り上げたまま、笑みを浮かべそう言った。


 王都の王と名乗ったアラン。


 確かにアランは今や王都の王だった。


 キースがいなくなり、王城に大きすぎる抑止力が突如として消えた。


 その間に入り込むように、アランが王城に居座るようになった。


 それはアランが王都最強だったからであり、アランに抵抗できる人間が王都にいなかったからだ。


 でも、今は違う。


「ふふっ、じゃあキースが帰ってきたことも知ってるの?」


 私は笑みを浮かべたままのアランを嘲るようにそう言った。


「キースが……? アイツが王都にいるのか……?」


「ええ、そうよ。もうこんな勝手はできないわ」


「そう……か」


 急にアランは私の手を離し、目を手で覆った。


 まるで考え込むかのようなアランの仕草に、私は少しだけ安心した。


 よかった……。まだキースの力をアランは覚えていた。


 昔みたいにキースがきっと色んな驚異に対する抑止力になれる。


「……そうか。ならやっとアイツを使う時がきたな」


 すると、アランは目を開き、私の方を睨んだ。


 アイツを使う……?


 私はアランの言葉を理解できなかった。


 アイツって誰のこと?


 キースに届きうる存在が、アラン以外にもいる……?


「俺の言うアイツが誰だか分からないだろ? それもそうだ。知るはずもねぇ。俺はずっとコソコソ隠れて用意してきたんだよ。この世界の【主人公】をな」


 アランは笑みを浮かべながらそう言い放った。


 私は主人公という単語に聞き覚えがあった。


 主人公は子供の頃、キースがしばしば口にしていた単語だ。


 キースは子供の頃から、その主人公ってのを探していて、そのためだけに狂ったような鍛錬をしていたらしい。


 私にとって、その主人公という存在は全く理解できないものだった。


 しかし、今、キース以外にも主人公という単語を使った人間が現れた。


 どうしてだか嫌な予感がする。


 キースが負けるなんてありえない。


 でも、その主人公という存在がいるのなら……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

主人公だと思って拾った銀髪美少女が、どう考えてもラスボスな件について。 seeking🐶 @seeking1111

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ