第31話 王都支部
ジメジメとした陰鬱な空気を肌で感じる。
ここはシルヴィアに案内された地下室への階段。
この階段の先に、女神教の教会があるらしい……。
「本当にこんな所に教会があるのか……?」
俺は不安になって前を歩くシルヴィアにそう尋ねる。
「ええ、ありますよ。この先にある教会は、私たちが女神教を信じる前からあったものです。ネル様によれば、千年前の邪教の遺跡とか言ってましたね」
千年前の邪教の遺跡……?
聞き覚えしかないそれに、俺は嫌な汗が背中に流れる。
「ふふっ、ここは良いところですね。落ち着きます。キースさんもそう思いませんか?」
すると、すぐ隣を歩くリヴィアがちょっと理解し難いことを言い出した。
え? 落ち着く?
ジメジメしてて、なんか気味の悪い空間じゃないか?
い、いや、待て。リヴィアは落ち着くと感じているんだ……それを否定するのはダメか。
「あ、ああ、うん……確かに……落ち着くかも……」
俺は目を閉じ、リヴィアの感じる落ち着きを感じようとする。
…………いや、無理だ。
普通に落ち着かない……。
****************
数分ほど階段を下ると、その先に小さな扉が見えた。
「ここが……女神教王都支部の教会か」
俺は小さな扉を前に、ゴクリと息を飲む。
どうしてか俺の心臓の鼓動がバクバクと音を鳴らす。
そう言えば、あの山小屋にいた期間、ずっと石盤に記されていた信者数は増え続けていた。
それは指数関数的に増えていた。
この扉を開けると、そこには何百人もの信者がいてもおかしくない。
そうなると、俺は世界に多大なる悪影響をもたらしていることになってしまう……。
「あ、開けますね……」
シルヴィアはそう言うと、ガチャっと小さな扉を開いた。
扉の先から薄く光が漏れ、徐々に教会の様子が明らかになる。
「─────え? あ、あれ?」
地下室にしては広めの教会の隅々を見渡す。
しかし、肝心な人間はどこにも見当たらなかった。
「し、シルヴィア……? 誰も……いないんだけど……」
俺は隣に立ったまま何も言わないシルヴィアにそう尋ねた。
「……っ! あ、あの……! わ、私……お二人に言わなくちゃいけないことがあって……」
シルヴィアは頬を紅く染めながら、改ってそう切り出した。
え? このタイミングで?
俺は疑問に思いつつも、シルヴィアの言葉を待った。
「そ、そのっ……私……布教が……下手くそで……信者を全然増やせなくて……」
シルヴィアは顔を伏せたまま、歯切れの悪くそう言った。
え? 信者を全然増やせなかった……?
確か、門番は新興宗教が治安を悪化させてるとか言ってたよな?
話題になるくらいだから、流石に少しはいるんじゃないのか?
「え? じゃあ、王都支部の信者って何人くらいなの?」
「……私だけです」
「……え?」
「私だけなんです……。そのせいで王都支部は最悪の支部と呼ばれています……」
俺はシルヴィアの回答に思わず絶句してしまう。
え……? 王都支部の信者……シルヴィアだけ?
というか、王都支部以外にも支部ってあるのかよ……。
俺は何が何だか分からないながらも、ある程度状況を把握した。
つまり、王都だけおかしいのか。
王都以外は結構上手くやってるんだな……。
そして、王都が最悪である原因は……多分シルヴィアなのだろう。
俺はシルヴィアを見つめながら、何となくその理由が分かる気がした。
「ち、違うんです使徒様! 何故か! 何故か、私のことが怖いって皆逃げていくんですよ! ただ女神様のためにテロを起こしてるだけなのに……!」
すると、シルヴィアは涙目になりながら俺にそう訴えた。
「い、いや……テロ止めろよ……」
「へ……? テロを……止める……?」
俺の言葉を聞いたシルヴィアは目を丸くして、そのまま動かなくなってしまった。
え? テロを止めるって、そんなに難しいことなのか?
ネルはどんな教育をシルヴィアに施したんだ……?
「ま、まぁそれはいいから……今日泊まる場所に案内してくれ」
「……そ、そうですね……すみません……」
硬直してしまったシルヴィアの肩を揺すると、シルヴィアはハッと意識を取り戻した。
*******************
地下の教会を歩き回ると、そこには見覚えのある女神像が建てられてたり、不穏な獣の唸り声が聞こえてきたり……。
色々物騒な雰囲気を隠せていなかったが、俺とリヴィアは何とか今夜の宿を手に入れることができた。
地下室の奥の方には、もう一つ扉があり、その先にはごくごく普通の寝室が用意されていた。
本棚に収められている本が全部女神教の教典であること以外は、本当に何の文句もない部屋だった。
「す、すみません……何も成果を見せれなくて……」
部屋にまで案内してくれたシルヴィアは、俯いたままそう謝った。
いや、別に信者数なんて、あんまり必要じゃないし……。
いや、リヴィアを成長させるためには必要か?
いやいや、女神教の信者が増えることはリヴィアの成長以上に、悪い影響を世界に及ぼすかもしれない。
まぁどっちにしろ、俺にとって信者数はあまり関係なかった。
「別にそれは良いんだけど……どうして王都で女神教は有名なんだ?」
俺はふと疑問に思ったことをシルヴィアに尋ねる。
「ああ、それは私がめちゃくちゃ信者数が多いって嘘ついて布教してるからですね。そっちの方が布教しやすいと教えられたので……。ふふっ、テロを頻繁に起こしてるせいか、みんなその事を信じてくれるんですよ! まぁそのせいで信者数が増えなかったんですけど……」
シルヴィアは分かりやすく明るくなったり暗くなったりしながら、そう説明してくれた。
「そ、そうなんだ……」
俺はシルヴィアの言葉に、とりあえず頷くことしかできなかった。
どうしてネルもシルヴィアも、そんな過激な方向に走ってしまうのだろうか。
女神教に引かれるものとして、似たような感性があるのだろうか。
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