6分0秒小説『餅大福』
「すいません。店長が留守の間にお客様からクレームの電話がありまして――」
「クレーム……どんな内容?」
「『今朝買って帰ったイチゴ大福の中身が全部餅だった』という内容です」
「え?イチゴ大福の中身が?全部?いや、そんなことあり得ないはずだけどなぁ……うちの和菓子屋の看板商品だし、製造はベテランの柏原さんが担当だし」
「あ、今朝私がちょっと手伝ったんで、ひょっとしたらその時に間違ってしまったかもしれません」
「山岸さんが?製造手伝ったの?」
「はい、柏原さんが体調が悪いので少し車で休みたいと言われたので、ちょっとだけ手伝いました」
「手伝うように言われたの?」
「いえ」
「え?言われてないのに?」
「はい」
「駄目だよ!勝手にそんなことしちゃあ」
「ごめんなさい。手伝わないと開店に間に合わないと思ってつい――」
「いいんだ。済まない、強く言い過ぎた。謝るよ。悪気があったわけじゃないんだもんな。仕方が無い。で、クレームのお客様に俺から電話すればいいのね?」
「はい、宜しくお願いします」
凄く可愛い子だから、看板娘になると思ってレジ兼接客要員として採用したのに山岸さん……ちょっとズレてるなぁ。
「はい」
「あ、私、森本和菓子店の店長の森本崇と申します。先ほどご連絡頂いた件でお電話差し上げました」
「あ?……それで?」
「はい、そのぉ、この度はお客様にご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした。すぐに代わりの商品をお持ちしますので――」
「は?ふざけるなよ!代りの商品?さっきと言ってることが違うじゃねぇか!」
「え?あ……申し訳ありません。あの……失礼ですが、『さっきと』ということは、うちのスタッフが既に何か申し上げたということでしょうか?」
「そうだよ。電話したらさ、若い女の子が出たの。で、イチゴ大福の件伝えたらね、何て言ったと思う?『いますぐ代わりの中身をお持ちします』って言ったんだよ。『どういうこと?』って聞いたらさ『今すぐ餡子とクリームとイチゴをお持ちします』って言ったんだよ!」
「え?えーと、それはどういう意味でしょうか?」
「こっちが聞きたいよ!意味分からないから俺『交換してくれるってことででいいんだよね?」って言ったらさ「お餅はそちらにあるので、中身だけ持って行きます』って言いやがったの、ふざけすぎだろ!」
「誠に申し訳ありません。その――」
「続きがあんだよ!で『この度は本来より多めにお餅をお渡しした形になると思いますが、中身分のお餅に関しては追加料金を頂くことになりますが宜しいでしょうか?』って言いやがったの!」
「うわっ、あ、すいませんつい……その、うちのスタッフが何か勘違いをしたようで――」
「勘違い?そういうレベルの話じゃないだろ?!整理するぞ!つまりお宅はなにか?中身が全部餅のイチゴ大福を売りつけることがある。そして、それに対して抗議をしてきた客がいた場合には、外側の餅はそのまま、中身の餅に関しては追加料金を取る、代品はクリームと餡子とイチゴしか出さない。そういう対応をするってことでいいんだな?」
「大変申し訳ありません。スタッフに対する指導が行き届いてなかったようです。代品で対応させて頂きますので、どうかお許しください」
「……店長さん、普通の人なんだね。いや、俺女の子にね『店長と代わって』って言ったのよ。そしたら『私はお客様対応の全権を任されているので、店長に代わっても補償内容は変わらないです』って言い切りやがったのよ」
「嘘でしょ……あ、すいません」
「いいよ。事情が呑み込めてきた。つまり俺たち二人とも被害者ってことだ。そういうことだろ?」
「……はい、私の口から言うのはなんですが、多分お客様が言う通りです」
「代品、持ってこなくていいよ。忙しいでしょ?わざわざ大福一個持って来るなんて面倒なことしなくていい。また店に行くからさ、その時なんかオマケしてくれ」
「あ、有難うございます。この度は大変申し訳ありませんでした」
「いいよ。店長さんが謝ってくれたから、一つだけお願いがあるんだけど、いいかな?」
「はい、何でしょうか?」
「電話の子、あのレジしてた子だよな?あの子、あんまし叱らないであげて、俺、あの子目当てで店通ってるみたいなもんだから」
「あ、ああ、あ、ああ」
「おい!店長、メンタル!しっかりしろよ。笑顔もいいし、優しいし、凄く良い子だよ……ちょっと、いや、かなり変わってるけど」
「はは、あ、すいません。その辺は今後しっかりと教育していきます」
「そいじゃ、頑張ってね店長さん。餅だけの大福結構美味しかったよ」
「本当ですか?……商品化すべきですかね?」
「調子に乗るなよ。当たり前だけど、味的には100%餅だった」
「……ですよね。貴重なご意見頂き、有難うございました。では、失礼致します」
********************
「山岸さん、ちょっといいかな?」
「はい」
言うべき事の情報量が多すぎる。何から話せばいいんだ?悩む間も無く電話が鳴る。
「はい、森本和菓子――」
「ちょっと!今朝買ったイチゴ大福どうなってんの?!イチゴも餡子も入ってなくて全部餅なんだけど?!」
「え?」
「近所の人の頼まれ物だったのに!あとうちの分として買ったのもおんなじだったわ」
「申し訳ありません!すぐに代品を――」
「店長、店長、電話代わってください。クレーム対応は私の仕事なんで」
「しっ!黙って!あ、すいません。すぐに代品をお持ちしますので」
「そう?じゃあ住所言うから――」
「はい……はい、消防署の交差点を……はい、分かります。はい、すぐにお届けにあがりますので」
受話器を置く。
「や・ま・ぎ・し・さ・ん!ちょっと奥で話そうか」
言い終わるか終わらぬかのタイミングで、電話が鳴った。
「店長、私出ます!」
「駄目だー!山岸さんっ!ちょっと手伝ったって言ってたけど、結局何個くらい作ったの?」
「全部です」
「え?」
「今日の分は全部私が作りました」
「あ、ああ、ああああ」
「店長は直ぐに代品を届けに行ってください。その間、私がクレーム処理をしておきますから!急いで!」
絶体絶命。でも頑張れ店長!
5~10分程度で読める短編小説集 或虎 @altrazzz
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