第5話 カース、念願のラブコメがはじまる……?



 *~*~*



「おっ、おいしいですっ……これがっ、コメのオムスビ……っ」


 カースさんたらー。鼻水めっちゃたらして、そんな泣いて感動して、食べてくれるなんて、おさんどん冥利につきるわぁ。


「あわてないで、ゆっくり食べなさいね」

「ありがどうっ……ございますっ……ゆめっ、ゆめでしたっ……!」

『まあ、海流の都合で、お前さんの国までは、コメの流通、行きとどかなかったんだもんなぁ。生まれてはじめて村からでたら、とたんに勇者にされちまって、世界の建築物をみて大工の腕をみがくってぇ当初の目的が絶たれっちまったんだよな?』

「そ、うですっ……」


 タブレットで購入した、『ダンジョン・オブ・ザ・ガイム』のノベルス(シャックルさん作)と、コミカライズ版(画・もみノリさん)を読み込みながら、そういうカニちゃんに、カースさんは、ずずっとはなをすすりあげつつ、うなずいた。はい、あったかい緑茶もどうぞ。


「ありがとう、ございましゅっ(ぐすん)」


 ずずっとお茶を飲むと、カースさんは、ふにゃっと笑った。うふふ。やっぱり仔犬みたいね。


『まあ、どうやらお前さんが目指してた最終目的地は、アキツシマをベースにしたような国だったようだし、お前さんが知りたいと思ってた『木組み』に関しちゃ、ある程度なら、連合政府の情報データベース《アカシック・レコード》でも勉強はできる。――ただ、実際に師事するとなると、大工の数がなぁ……』


 カースさん、ごっくんとおむすびを飲みこんで、嫌な予感がするぅみたい顔をした。


「数が、といいますと……」

「さいきんはねぇ、めっきり数がへっちゃったものねぇ、大工さん。そもそも、このうちだって、天然木材に感触をよせた、強化プラスチックとグラスファイバーで作った人工材だし、お仏壇だって木材の切りを樹脂で固めたやつだものぉ」

「そんなぁ……」

『世界政府の取り決めでなぁ。木材の伐採なんかも、年間で国ごとに最大数が決められてんだわ。まあ、環境保全のためだから、しかたねぇんだがなぁ』


 いわゆる、環境問題ってやつね。あら、カースさん、かわいそうに、肩落としちゃったわ。


『しかし、なんで例のヤマドー国に行先を決めたんだ? ……あ、もしかして、八巻以降で書いてるとかか?』


 あ、カニちゃんたら、もうノベルスも七巻まで買っちゃったのね?

 ……請求書がいったら、ニノが怒ってきそうだわあ……。


「あっ、あの、それはですね……」


 カースさん、口に運んだばかりの大根のおつけものを、こりこりしてたのをあわてて飲みこんだ。ちょっと、のど、つまっちゃうわよ。あわてないで。


「ヤマドー王国は、国土の七割が森林と山でできている半島国家なんです。その特徴から、紙の生産地としても有名でして、結果、識字文化が高度に発達しているんです」


 ふむふむ。


「国民全体の文化水準も高く、平民でも気軽に書物を手にできたり、自らも書いたり描いたりするのがふつうになってるんですね」

『ほうほう』

「それで、その……」


 あら、カースさんたら、急に内またになって、もぞもぞし出したわね。おしっこかしら?


『んん?』

「なぁに? カースさん。言ってみて? はばかりなら廊下をいったさきにあるわよ?」

「あっ、ちがいますっ! そうでなく……そのっ、平民のあいだで流行している、あるジャンルがありましてっ……」

「ジャンル……え、小説とか、そういうこと?」

「はいっ!」


 カースさん、お目め、きらっきらにして、ぱあっと花がひらくような笑顔をうかべた。あらかわいらしい。


「ぼく! 子どものときに、旅の吟遊詩人ぎんゆうしじんから村で聞いた、ヤマドーで人気のラブコメ『勇者と姫と鬼娘たち』が、どうしても読みたくてっ!」

『お前ぇ、大工の修行どこ行ったんだよ!』


 カニちゃんの後頭部ぱーん! が、カースさんに、さく裂した。


ったい! カニさん痛いです!」

『たりめぇだ、この軟弱野郎! そんなんでよく迷宮の魔王たおせたな⁉』

「あれはっ、ほぼ聖女リリカルがやってくれたことで! 僕は魔王にとどめをさしただけなんですうう! 「女性が強くて解決しちゃったら、強すぎてお嫁のもらい手がなくなっちゃいますから、最後の花は男性に持たせてあげなくちゃいけないんですぅ」とか言われた、ぼくの身にもなってくださいいい!」

『あっ、あの、お前ぇが倒れた時に、耳元でリリカルが、ごしょごしょ言ってたって描写はそれか⁉』

「みんな、それぞれ戦略と都合ってもんがあるんですうう!(号泣)」

『あー……あの聖女、魔王討伐後、迷宮の入り口まで、むかえにきた皇子の胸にとびこんで「こわかったですっ……でも、ライオネルさまの御代みよのために……わたしっ」とかやってたもんなぁ……』


 カースさんと、カニちゃん。二人して「『はあああ』」と、ため息。あら、どうしたのかしら? 大丈夫? おなか足りてないの? おむすびもっと食べるかしら?


『まあそのなんだ……リアルな女の策略見ちまって、夢も幻想も破壊されたもんだから、ラブコメに走りたくなったってぇ気持ちならわかったぜ……』

「言語化ありがとうございます……」


 ねぇ? おむすび……食べる? 食べたら元気でるよ……?


 と、次の瞬間だった。


 ぎゅいいいいいん! と、すごい音が近づいてくる。

 と、お庭にどーん! 地響き、どかああん!


「んなっ、なんの音ですか⁉ 爆発魔法か何か⁉」

『カース! 非常時に勇敢ゆうかんにも立ち向かってくれようとする姿勢は、さすが勇者として見上げたもんじゃああるが、それ木のスプーンだ! 魔法杖ロッドじゃねぇ!』

「ああ、ふたりとも、だいじょうぶよう。ほら、あの音なら……」


 あ、でもあの音ってことは、まずいかも……。


 カースさんとカニちゃんが、だだだだっ、しゃしゃしゃーっと廊下をはしってゆくのに、「ああん、まってまって」と、がんばってついてゆくわたし。


 そして、追いついてみればやっぱり。


 庭の簡易カーポートに停車していたのは、見なれた黄色い自家用飛行車。

 

 そして、その運転席をばばーん! と押しあけて飛びだしてきたのは、細身長身黒髪ストレートロングヘアのキラキラ美少女(二十三才)。かっこ、お胸のサイズは細身に適応したくらい、かっことじる。


「おばあああちゃん! なんかヘンに詐欺さぎにひっかかってない⁉ いきなり、『ダン・ガイ』のラノベとコミカライズ爆買いしてるって通知きたんだけど⁉」

「ニノちゃん、だいじょうぶよう。なんにもまちがってないったらぁ」

「あっ!」

「へっ?」


 ――と、ニノちゃんとカースさんの視線が、ばちっと重なる。

 ん? これってもしや……運命の出会い、とか、かしらん?


「あんたっ! ちょっとそこの、ウダツの上がらない顔したオッサン!」

「おっさんって……ひ、ひどいっ」


 あ、ちがったわね。ぜんぜんラブとか生まれそうになかったわ。


 ニノちゃん、ずかずかとカースさんにつめよると、ぐわっと襟元えりもとをつかんで、ぎらっと迫力のある、おっきな瞳でにらみつけた。


「あんたね⁉ ばあちゃんに『ダン・ガイ』買わせたのは!」

「ちっ、違います! ぼくじゃあありません!」

「じゃあ、あんた何者なのよ! 見たこともない他人が、急に一人暮らしの老人の家に上がり込んでたら、怪しまれて当然でしょうが!」

「あっ、反論できないっ……!」

「あまつさえ……あんたそれ、ごはんまで、おばあちゃんに作らせたってワケ⁉」


 ニノちゃん、カースさんの鼻のあたまについてた、お米粒みつけたのねぇ。あ、もしかして、ニノちゃんも、お腹すいてるのかしらん?


「ま……まってまって、に乃香のかちゃんっ……いきなりよその方に、そんなつめよらなくても……」


 あ、後部座席から、いちちゃんがおりてきたわ。あら、髪パーマ当てたのね? 茶色い髪にふわふわなのを、右のえりもとでお花のシュシュでまとめてるのが、にあっててかわいいわぁ。全体がふわふわしてて、お胸もふわふわしてて、お洋服も花柄はながらワンピースで、よくにあってるわねぇ(二十四才)。


「ニノねぇの暴走なんか、いまにはじまったことじゃないじゃーん。そんなことより、おばあちゃーん、ひさしぶりー」


 ピンクのショートヘアに、ロリポップをくわえて、助手席からでてきたのは、みちゃんだわぁ。ショートパンツたけのオーバーオールが、小柄な体型に、よくにあってるわねぇ。どことは言わないけど、断崖絶壁なのも、あいかわらずだわぁ(十九才)。


「みちゃん、いちちゃんも、ひさしぶりねぇ」

「お……おばあちゃん……、でも、あのかた、ほんとうに、どちらのかたなの……?」


 口元をおさえながら、ニノちゃんにしめあげられているカースさん(と、それを止めようとしているカニちゃん)を見て、質問するいちちゃんに、わたし、「ええとね、それがね」と、答えた。


「『ダンジョン・オブ・ザ・ガイム』の世界からやってきた、カースさんよぉ」


「『はああ⁉』」と叫んだのはニノちゃんとカニちゃん。


『梅子! お前ぇ、そんな言い方したら、マジにコイツカースが新手の詐欺か、現実と非現実の見分けがついてねぇ真正ちゃんかと思われるだろうが!』

「こんな、ウダツの上がらなそうなオッサンが、あたしのカース様なワケないでしょおおお⁉ ていうか、こんなんが美の極致であるカース様を名乗るなんてっ、ありえないわっ! 不敬罪よ!」

『ニノお前、そっちかよ⁉』

「あっ、ひどいっ、美の極致って、うれしいけど嬉しくないっ……!」


 あらー、と口元をおさえたままのいちちゃんと、「あーあー元気いっぱいだにゃー」と、どうでもよさそうな、みちゃんと並んで、「あ」とわたしも、思い出したわ。


 そういえば、ニノちゃんにオススメされて、見だしたんだったわね、『ダンジョン・オブ・ザ・ガイム』。








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梅子(七十六才)、トラックにはねられても転生転移しなかったかわりに不老不死になったから、田舎の実家をDIYリフォームしながら永遠のスローライフします。 珠邑ミト @mitotamamura

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