第4話 梅子、塩むすびをこしらえる



 *~*~*



「――あらやだ、もうこんな時間?」


 ぽーん、ぽーん、と、壁の時計が音を立てて、しらせてくれた時刻は、正午ちょうど。


「カースさんも、お腹すいたわよね。おひるにしましょ」


 よっこいしょ、と、畳の上で、たちあがる。


「なにか食べたいものはある?」


 と、ふり返ってみれば、あら? カースさんと、カニちゃん、重なりあうようにして、げっそりしてるわ。どうしたのかしら?


梅子うめこ……おぇ、いくらこいつに前のツラでもよかったって伝えたいからって、三時間もお前のその口調で筋肉について語られつづけたら、誰でもメンタルげるわ!』


 えー? そんなに? ちょっと、かるーくお話ししただけじゃない?


「……いえ、いろいろと、その、熱い思いが伝わりました……ありがとう、ございました……」

『おめぇ……いいヤツだな、カース』

「恐縮、です……」


 がくっ、と、カースさんたら、畳の上にへたばっちゃった。


「ほらぁ、やっぱりお腹すいたのよぉ。ちゃちゃっと作れるものにしましょ」

『いやだから、お前のせいだよ梅子ぉ……』


 さーて、食材は、どうしようかなー? すぐにできるんなら、やっぱりあれかしら? ええとー、すりばちどこだったかなー? 


「あの、ところで、カニさん」

『ん?』

「さっき、ちょっと聞きそびれたんですが、ここは、一体どういう世界なんですか?」

『ああ、そうだったな。そこからだ。――ええとな、まず、お前さん、自分のいた前の世界では、国以上の単位って、把握はあくしてる世界観だったか?』



 ♪ジャンジャリーン、ジャッジャッ!

 ♪ババババーン!


 ♪永久とわの灼熱 雪原の夕陽に運命の足音を感じた(チャリッター) 



 あ、『ダン・ガイ(ダンジョン・オブ・ザ・ガイムの略)』けっぱなしだったわ。オープニングはじまっちゃった。仏間とおだいどころが、つながってるから、音だけはきこえてくるけど、カースさん(金髪マッチョのほう)、見たいなぁ。あ、あった。すりばち、すりばちー。それから、お塩、お塩っと。


「国以上……といいますと、大陸とか、星とか、そういうことでしょうか……?」

『そう、それだ。俺ァ、お前さんのアニメは、梅子につきあってみてただけだから、イマイチ内容が――オイコラ梅子ォ! それヒマラヤ岩塩じゃねぇ! バスソルトだ!」

「えー? うそー?」

『なんで隣にならべて置いてんだお前ぇ! かたしてくるからよこせ! カース、すまん、ちょっと待ってろ』

「あ、はい」


 カニちゃんたら! そんな乱暴にひったくらなくったって。……もー、すたこらさー、しゃしゃーっ。ガサガサガサ、どかっ、しゃしゃしゃーっ。


『つーわけで、カース』

「あ、はい。おかえりなさい」

『ここは、地球っていう星だ。そんで、ここは極東にある島国。お前さんらんとこでいう――まあ、東洋の国のひとつだな。大陸のさきっぽにあって、南北に長い弓なりの形をしてる。全体としては北よりだ』

「ここは、島国、なんですね」

『ああ。アキツシマ連合王国だ。旧国名は日本。半世紀ほど前に革命がおきてな、震災も重なって、かなりの広範囲の土地が沈んだ。いまの首都キャピタルは〈首要しゅよう〉っつーて、近畿地方の内海側にある。で、ここは〈首要しゅよう〉から三時間程度のところにある、ヒルミ村っつー村だ』

「ヒルミ村……」

『それから、おおよそ、地球全体で通じるこよみとしては、西暦っつーて、西洋のある宗教が基盤になってる暦がつかわれている。今は、西暦2062年だ』

「え? いま63年じゃなかった?」

『勝手にタイムスリップすんなー、梅子ォぉ』


 ♪ピンクーピンクのぉ、ヒマラヤー、がんえんー。

 ♪すりばちにー、いれてー、ごーりごりーごーりごりー


『梅子ぉ、即興歌、こごえでれてるぞー』

「やだはずかしっ」

『ったくよぉ』


 もー、カニちゃんたら耳ざといんだからー。あーはずかし。えっと、ごはんごはん。うん。十分あるわね。

 

「――仲がいいんですね、カニさんと、梅子さん」

『――ああ、まぁな。俺ぁ、あいつの旦那のパーソナルデータで構築した疑似人格AIだから、どうにもあいつのどんくさいのの、フォローに回っちまう』

「あの、梅子さんの旦那さんは……」


 ほかほかご飯ー。ほかほかご飯ー。あっつあつー。……あっつい! お水おみずぅ。


『――十年ほどまえにな、先に行っちまったんだよ。星に、な……」


 よし。できたっ。


「かんせーい。お海苔のりさんを巻いた塩むすびとー、それからお庭のネギとお揚げさんのお味噌汁。あとは大根のお漬物よー」


 くるっとふり向いたら、すぱーっと煙草をふかすマネしたカニちゃんと、顔を両手でおおって、肩をふるわせて、泣いてるカースさんがいたわ。


 え? 何があったの?







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