第3話 勇者カース・ガイム
*~*~*
『おらっ、さっさと起きねぇか!』
ぱしゃーん!
「うわああああっ!」
と、カニちゃんが、異世界からやってきちゃった男の子(推定三十代)に、タライの中の水をぶちまけちゃった。もう、乱暴にしてぇ。やさしく起こしてあげてっていったのに。
あ、なんで彼のすぐそばに、水をはったタライなんてものがあったのかって? あれよ、泥をあらっておとしてあげたかったから用意してたんだけど、もう、カニちゃんたら、おおざっぱねぇ(CV. 旦那。もしかして、声が焼きもち焼いちゃったのかしら? うふふ)。
まあ、土間だから。いっか。もーまんたい、もーまんたい。
「気がついた? だいじょうぶ? 鼻に水つまってなぁい?」
げっほげほと、むせかえっていた男の子(推定三十代)は、そばで、ちんまりしゃがみこんでいたわたしに、その質問で、気付いたみたい。男の子は、はっと顔を上げた。
「あのっ、ここは?」
「ええと、わたしのおうちです」
「おう……そう、ですか」
『おい
カニちゃんのつっこみに、「あらそう?」と、わたし、ほっぺに手を当てて、小首をかしげちゃう。
『異世界とやらから、かっ飛ばされてきたんだろ? つか、お前さん、例の仏さんに、むりくり送り込まれたんじゃねぇのか?』
「ああ、いえ……」
男の子は、ぬれた前髪を指先でよけながら、はっとその髪の先をつまんだ。そして、ふわっと笑った。
「あっ、やった、黒くなってる……!」
んんー?
「あの、申しおくれました」
と言いながら、男の子はその場で片膝をついた。あら、なんだかかっこいいわね。たたずまいは、騎士みたい―――っていうか、あれね、いせかいアニメの勇者さんみたいね。
きりっとした顔立ち……ではないのよねぇ。
でも、わたしはね、こう、もっと彫りがふかくって、西洋っぽい、がちっとした高身長で、ムキムキのマッチョが好きなのよねぇ。ほら、男らしいって、いいじゃない? わたし、自分の身長が146センチしかないものだから、ないものねだりっていうの?
「ぼくの名は、カース・ガイム。伝説の聖剣を引きぬき、教会の命を受け、《
わたしのひとりごとなんかはよそに、彼はていねいに自己紹介をしてくれた。
「ほえ?」
『――なんか聞いたことあるな……』
ひとしきり、短いアームを組んで考え込んでから、とうとつに、カニちゃんは、うでをポン! とやったの。
『あっ、梅子思い出したぞ! あれだ!『ダンジョン・オブ・ザ・ガイム』だ!」
ほええ?
「あっ、あれ、アニメの」
『そうそう。サブスクで見たやつだ。第二期で打ち切りになったやつ』
「あ、あにめ?」
困惑する彼――ええと、カースさんかしら。を前に、カニちゃん、『ちょっと待ってろ』と、すたこらさーっ。廊下でしゃしゃしゃーっとすべって行き、しゃしゃしゃーっと戻ってきたときには、アームにバスタオルをもっていた。それでカースさんを乱暴にわちゃちゃっと拭いて、『こっちだ』と、家の中にご案内。
カニちゃんが連れて行ったのは、仏間。そこにテレビもおいてあるの。カニちゃん、器用にぽちっと電源をいれて、サブスクのアニメを画面に映し出した。
「うっわ!」
はじまったのは、大音量のオープニング。あら、ごめんなさいね。最近ちょっと耳がとおくなっちゃって。補聴器つけるのさぼって、大音量にしちゃってたの忘れてたわ。
♪ジャンジャリーン、ジャッジャッ!
♪ババババーン!
♪
♪青天の
「な、なんですか、これ……」
『『ダンジョン・オブ・ザ・ガイム』っつー異世界アニメだ』
カニちゃんがいうなり、タイトル文字が浮かび上がる。
「あっ、よかった、ちゃんと字読める……ホットケーさま、ちゃんと異世界言語理解能力、付与してくださってた」
ほっと、カースさんは胸をなでおろしている。あら、よくわからないけど、よかったわね……?
『おめぇ、カース・ガイムっつったろ』
「あ、はい」
『見てろ』
画面が切りかわると、そこにあらわれたのは……ああん、かっこいい! 銀の
と、カースさん、画面にかじりついちゃった。
「ぼっ、ぼくが何で映ってるんですか!?」
カースさんが、そうさけぶなり、カニちゃん、背後からカースさんの後頭部をぺーん! とはたいた!
『ばっかなにいってんだおめぇ! 全然ビジュアル違うじゃねぇか⁉』
「ちょっと前までこうだったんです! 異世界転移時のチートとして、ホットケー様から外見変更の希望を聞いてもらったんです!」
『はああ!? おめぇ、それでなんでそんなウダツの上がらねぇツラに変えられてんだよ⁉』
「ウダツが上がらない!? 何言ってるんですか! これ以上にモテるビジュアルないでしょおおお⁉」
つかみあいのケンカをしている男の子(推定三十代)と、家庭用AI搭載型ロボット
「そうだわ、この世界って、第二期以降のおはなしだと、そこでもめたのよ」
「『え?』」
ほらほら、と、わたし、ちゃぶ台の上においてたタブレットを引き寄せて(これもすっかり古くなっちゃったわねぇ)、過去の記事を検索して、よみあげようとした。あら、字が見にくいわね、メガネどこやったかしら、ええと……ああ、おでこの上にあったわ。
「えっと、第二期以降の原作だと、カースは
『ああ、あったあった、その話』
「それで、原作者のシャックルさん(年齢八十九才)が、がんとして受け入れなくて、第二期で打ち切りってことになったのよ」
「そうなんですよ……」
とたん、カースさんたら、しょぼんって、うなだれちゃったの。
「ぼくだって……田舎で大工やってただけなのに、まちがって聖剣なんか引きぬいちゃったもんだから、それで、ぼくしか勇者できないっていうから、しかたなく引き受けたのに……っ」
うんうん。そんな話だったわねぇ。
「がんばって魔王たおしたら、なんでも願いを叶えてくれるっていうから……がんばったのにいい!」
あらー、カースさん、大号泣。
『おめぇ、そんなことに何でも叶えてもらえる願いをつかうやつがあるかよ⁉』
という、カニちゃんのつっこみに、
「だって! 東洋人の容姿のほうがモテるからっ……!」
――ああ、そうよね、いせかいアニメって、確かに、黒髪短髪で、アジア系の、ほそーい男の子が、主人公なの、多いわよねぇ。そういう子が、モテるものねぇ。
『そんな魂ふりしぼったような絶叫すんじゃねぇよ! それでも魔王たおした勇者かよ!』
「モテたいいい! ぼくだって一度くらい人生でこれ以上ないくらモテたかったんだあああ! だからがんばったのにいい! やっぱりムリですとかひどいいい!」
かにちゃんが、むむむと、うなる。
『……これは、なんだ、まさか、こっちのコンプラが、こいつの世界に干渉したとか、そういうことか?』
「あらやだ、そういうこと? かわいそうねぇ……シャックルさん」
「『いや、そっちかよ⁉』」
びしーっとふたりから、突っこみの手が入っちゃったわ。あらあら、声までそろえちゃって、もう息ピッタリね。うふふ。
ずびずばーっと、カースさんは鼻水をバスタオルでかんじゃった。
やだ。あとで手洗いしてもらわなきゃ。
「それでっ、絶望して身投げしようとしてたら、ホットケーさまが現れて、願いを叶えてやるし、色々チートも付与してやるから、代わりに異世界に行けって……」
『お前、渡りに船で使われてんじゃねぇか……』
なるほどねぇ、そういうことか。
「でも、わたしは、元のカースさん、すーごくイケメンだったと思うわよぉ」
「そんな……見えすいた嘘の励ましなんかっ……いらないっ」
鼻水たらしながら泣いてるカースさんに「あらあら、ほんとなのよ?」と、ちょっとすわってる場所をうごいて「これ見て」と、声をかけた。
わたしの背後にあるのは――お仏壇。
そして、その前のローテーブルにかざってあるのは、わたしの、家族の写真。
そのなかに、画面のなかのカースさんそっくりの、でも実写の人の全身写真がひとつ。
「ぼ、ぼくがいる……」
「ね? 生き写しみたいでしょう? これね、わたしの旦那の、若いころの写真なのよ」
わたし、うふふってわらっちゃった。べつに、旦那に似てるから「推し」てたわけじゃないのよう。でも、好みって、あるじゃない?
「好きな容姿になるのもいいけど、あなたは、あなたのままで、じゅうぶんステキだと思うわ」
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