第2話 梅子、異世界転移者をあずかる。



 *~*~*



 ぴぴぴ、ぴぴぴ。

 おーい、梅子ー。あさだぞー。おきろー。

 ぴぴぴ、ぴぴぴ。

 おーい、梅子ー。あさだぞー。おきろー。

 ぴぴ



 ばちんっ!



 先に行った旦那が、声を吹き込んでくれていた、家庭用AI搭載型ロボットHELPヘルプ(わたしはあだ名をつけて、カニちゃんって呼んでるの)の頭を、ぺちーんと叩いて黙らせる。


 お布団から、はい出すと、うーんとのびをして、「カニちゃん、たたんでー」とお願いする。すると、お布団は真ん中のところで、ぎゅーんと山型にもりあがり、そのまま、部屋のすみまで、じゃまにならないよう、自動で動いていってくれた。


 あ、ちがうのよ? わたしだって、お布団が自分で動くだなんて、そんなこと思ってませんよ? まだそこまでボケちゃいないわよう。お布団のしたに敷きこんである、自動布団上げ下げプレート「たたみくん(乾燥機能付き)」が、やってくれてるんだって、ちゃんとわかってますって。これね、娘夫婦が三年前にプレゼントしてくれたのよ。ありがたいこと。


 ほんとねぇ、年とると、布団の上げ下げが大変なのよねぇ。腰も痛いし、膝もまげのばしが辛いし。



 この状態で、不老不死になっちゃうって、ちょっと乱雑よねぇ。

 どうせだったら、身体のあちこち痛いのとか、そういうの、とってほしかったわ。



 もそもそと、ピンクのパジャマをぬぐ。ワッフル生地で、肌あたりがとってもいいの。それも、カニちゃんが両手の五指アームでつかんで、しゃしゃしゃーっと、ちょっと廊下ですべりながら、いつも通り洗濯機まで、ほうりこみにいってくれた。


 カニちゃんは、ほかにも家のあちこちにある、「その日洗濯するもの」のスケジュールに、のっとって、布製品をかきあつめては、洗濯機のなかに、ぽいぽーいと、放り込んでゆく。そのにぎやかな音を聞きながら、わたしは窓をがらっとあけた。


 つっかけをはいて、縁側にでる。お庭でうーんと、のびをする。

 ここは家の裏庭側。

 そして、生け垣の向こうには、村の西から東へとヒルミ河が流れている。きょうもきらきらキレイ。お天気も、ハレバレ。


 と、


「あちょーっ!」


 あらあら。今日も凜花りんかちゃん(六十二歳)は絶好調ね。早朝トレーニングにはげ凜花りんかちゃんの大きな声は、あちょーっ、あちょーっあちょちょーっと、尻きれトンボになりながら、毎朝うちにまで響いてくるの。


 うちと凜花りんかちゃんちのあいだには、ミガクレ山がはさまってるのにね。これ、けっこう遠いのよ?

 

「元気はいいこと。うんうん」 


 凜花りんかちゃんも、わたしも、どちらも結婚して、一線からはしりぞいたんだけどね。彼女は強くて優秀だから、まだまだ、なにかあれば、どうしても現場に呼ばれるの。


 わたしは、すっかりなまっちゃったけどね。


 さあさあ。それにしても、これからどうしましょうかね。

 庭の畑でネギをひとつかみ、はさみで、ぱちん、と切り取る。

 仏様の手違いで、ついつい不老不死になってしまったけれど、いまのところ、そのギフトを実感する場面はないのよねぇ。


 「よっこいしょ」、と腰をのばしつつ、立ち上がる。

 

 と、次の瞬間だった。



 目の前に、にゅるん、と空間の裂け目があらわれた。



 え? 「空間の裂け目」?

 なんでそんなものがあらわれるの?


 呆気に取られていると、なんとなかから、先般お会いして、お別れしたばかりの仏様が、半身をのぞかせているじゃあないですか。


「お、おはようございます、仏様? まだわたしに何か御用ですか?」


「ああ、おはようございます、梅子さん。それがね、ちょっとまた困ったことになりまして」


 はい?


「あなたを手違いで転移させてしまったまではまだしも、ギフトを授けてしまったことで、世界の均衡がくずれてしまったと、ダイニチげふんげふん様から叱られてしまいまして」


 はあ。げふんげふん様ですか。


「そのバランスをとるために、こちらに別の異世界の人間を、ひとり転移させないといけなくなりまして」


 は?


「というわけで、この方、あずかってください」


 ええ―――――? どういうことですか―――?


「では、まかせましたよ」


 仏様、自分のふところ(いや、ちがうわね。「空間の裂け目」のあちら側からね)から、ずるりと何かをひっぱり出すと、ぺいっと、わたしへ向けて、ほうり出した。


 どちゃっ、と音を立てて、畑の中に顔からつっこんだその人に、わたしが年甲斐もなく「きゃっ」なんて言っていると、そのすきに仏様ったら、しゅいん、と姿を消してしまってらっしゃるの。


 あらあらまあまあ、なんてことでしょう。

 返されたと思ったら、よその人が送りこまれてきちゃうなんて。


 畑に顔をつっこんでいるのが、かわいそうなので、「カニちゃーん」と、カニちゃんを呼び寄せて、ひとりと一台で、なんとかかんとか引っこ抜いて、その場に寝かせてあげた。


 ――えーと、わかい男の子、だわね。二十代後半? いや、三十代かな? 東洋人、なのはまちがいなさそうだけど。ほそいわね……色も白くて、顔色も悪いし、かっこよ……く、なくもないわね。イケメン、というのではない……ええと、仔犬系? あ、そうね、そんな感じの、かわいい系、ってやつね、きっと。

 あ、うなってる。気持ち悪いのかしら? とりあえず、お部屋にはこんで寝かせてあげたいけど、どろだらけなのが嫌だわね……畳に上げたくないわ……。ひとまず土間でいいか。


「カニちゃーん、この子、おうちの中に運びたいの。よろしくねぇ」


 わたしの意思をくんだカニちゃん、二本の前アームを、ぎゅいんっと伸ばして、男の子を持ち上げると、あぶなげなく、玄関がわへむけて、かさかさかさーっと、ひとっぱしり。

 そこで、わたし、ちらっとふり返る。



 あらやだ。やっぱりネギがつぶれちゃってるじゃないの。





 




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