第4話 〝能力〟

「あ、あいつ……【能無し】じゃん」


 そんな言葉が放たれてから僅か数秒で、会場内から嗤いという名の罵声を浴びせられる俺。


「「「hahahahah」」」


「まじかよ、あいつ【能無し】だってよ」


「おいおい嘘だろ!? それなら俺と変われよ!!」


「【能無し】って、生きてる意味あんのかよ……」


 俺の存在を否定する言葉すらも耳に入る。

 耳が良すぎるせいで、普通なら聞こえない距離の言葉まで聞こえてしまう。


【能無し】って何だよ? あのあれか、役立たずを指すときの言葉か?


 俺の中に猛烈な速度でストレスが溜め込まれていく。

 

 やがて軍務大臣が静粛にするよう呼びかけるが、何万も集まり広がった声はそう簡単に止むことはない。


 ――だが、そこに突如差し込まれるとがり声。


「その煩わしい口を閉じよッ!! 不愉快だ!!」


 ――先ほど退場したはずの皇帝・ハインリッヒ1世だった。


「……我が帝国の臣民に問う、なぜ罵り嗤う? ここにいる候補者10名は我自ら選びし者達だ。それを嗤うということは、我を嗤っているのと同義だと思わないのか……? 今この場で【能無し】かどうかなど関係ない。実際この者のような【能無し】は他にもいるではないか。――それとアレキサンダーよ、前回から能力紋の確認はやめよと言った覚えがあるぞ」


「はっ、大変申し訳ございません。評帝会の賛同は取り付けたのですが、いかんせん元老院が頑なに固辞しておりまして……」


「……あの老害共か、これは考えねばいかんな。――臣民よ、この式典は見世物ではあるが、罵り嘲り嗤うためのものではない。そんなに嗤いたくば我の前に参上せよ、その口が開かれる前にその首斬り落とすがな」


 皇帝の脅しともとれる言葉に観客達はすっかり生気をなくしている。


 かくいう俺は、皇帝様の言葉に感動していた。


 皇帝様……何ていい御方なんだ。俺のためにそこまで言ってくれるなんて……俺はあなたのために(1%)必ずや次期皇帝になってみせます。


 その後、若干異例ではあるが、無観客での模擬試合が行われることとなった。


 他の模擬試合が行われている間、俺は例の軍務大臣と二人で密談していた。その際軍務大臣からは〝能力〟に関しての基本的な説明がなされた。


 曰く、能力とは約数百年前に人類で見られた超常現象であるという。


 誰もがその能力の秘めたる力を持っているらしい。だが、引き出すには体内の秘孔と呼ばれる場所を開き、〝魔力〟を体内に循環させなければならない。


 開き方は単純で、外部から魔力を秘孔に注いでやればいい。


 ただし、秘孔は20歳を目途に完全に閉まるようで、それまでに行わなくては〝能力〟の行使は不可能となる。


 そして俺は現在22歳、完全にオーバーエイジである。


 終わった……聞けば聞くほど使ってみたくなる。


 ちょうど軍務大臣との密談が終わると、俺の模擬試合が回ってきた。


「……辞退するか?」


「へ? この模擬試合を?」


「ああ、能力の有無というのは君が思っているほど莫大な影響がある。君の素の身体能力は目を見張るものがあるのは事実だ、だがそれだけ。今の世界、素の力だけでは敵わない相手はごまんといる」


 なんだ、あんた意外と優しいじゃん。でもな――


「悪いけど辞退はしない。そういうのがあるんなら自分で確かめてみる。【能無し】の俺でも候補者に選ばれたってことは、1%でも他の全員出し抜ける可能性があるってことだ。これでも俺は祖国では【史上最強】【天上天下唯我独尊】の愛称で呼ばれてたからな。強さには自信がある。諦める理由にはならねえよ」


「そうか……ならしかと見届けさせてもらおう」


「おう、そんじゃとりあえず行ってくるわ」



 ◇◇◇



 模擬試合:俺対帝国宰相が次男ディノン・テイラー


 会場内中央リングにて睨み合う俺たち。

 後輩にも関わらず、ディノンは生意気に話しかけてきた。


「えっと……【能無し】さん、でよろしかったですかね?」


 ――ピキ


「あーうん。かの有名な【能無し】です。で、早く始めないの?」


「ふっ、まあそう焦らずに。ことを焦ると女性に嫌われますよ?」


 ――ピキ、ピキ


「……そ、そうだなあ。で、何?」


「あなたに一つ質問がありまして」


「ほう、何でも答えてやるよ」


「では……式典中、あなたはちらちらと隣のを見ていましたが、好きなんですか?」


 俺、拍子抜け。そんなことかよ、ってかコイツもミラちゃん好きなんだ。


「……いや、まあ、可愛いなくらいの感じかな」


「そうですか。では大人しく諦めて下さると助かります。僕は彼女と約束してるんです、僕が皇帝になったら婚約してくれると」


「つまり、邪魔者は一人でも多く除外しておきたいと」


「そういうことになりますね。どうですか? いっそのこと僕の陣営に来ませんか? 決して悪いようにはいたしません」


 ディノンはずけずけとそう言ってくる。


 んのやろう、言ってくれるじゃねえか。

 俺はオトナの対応を意識しながら、返答をする。


「却下で。理由は二つある。まず一つ、俺はお前が嫌いだから。二つ、皇帝になるのは俺だから。というわけで、決裂だ」


「……残念ですね。まだ会って数時間なのにそこまで嫌われますか。まあいいです、ここであなたの心をへし折って差し上げますので」


「……御託はいらん。さっさと始めよう」


 というわけで、どこからともなく模擬試合が始まった。

 ちなみに俺の武器は普通の剣、刃引きはしてあるので斬ることはない。


 ディノンの武器は見る限り細剣レイピアだ。

 まあ当然っちゃ当然だな。ディノン、コイツはヒョロヒョロだ。細剣が精いっぱいなんだろう。


 そして、ディノンは間合いを詰めてくることはせず、一歩進んだり退いたり、意味の分からないことをしている。


 対する俺は溢れんばかりの脚力で接近している。速度には自信がある。霊峰で鍛え上げらえた足腰は伊達じゃないぜ。


 数秒後、俺は大上段から剣を振り下ろす。

 ディノンは回避を選ばず、受ける選択をした。


 ――キイイイン。


 刃と刃の衝突音が響く、力では圧倒的に俺が上のはず……なのに。


 ……何だ、コイツのこの力は。

 見るからにヒョロヒョロのくせに、一向に押し込めない……ッ。


「所詮、【能無し】じゃ……ね」


「ぁあ?」


 俺は鍔迫り合いによる力勝負をやめ、強引に弾く。

 流れるような身のこなしで、連続攻撃を仕掛ける。


 しかし、ディノンはどこに攻撃がくるのか分かっているのか、表情を崩さず、細剣で全てを受け切っている。完璧ではない、でも致命傷はことごとく避けられている。


 外から見ている者には、俺が押しているように見えるだろう。

 そんな剣による打ち合いの均衡が突如として崩れた。


 俺の視線がディノンの両眼をコンマ数秒捉えた時だ。


 ――ゆらりと、軽いめまいが俺を襲う。その直後、俺の身体は自らの意識と離れた行動を取ったのだ。


 戦闘中に自分の武器を手放すアホウなど、どこにいようか。


 ……ここにいます。


 俺は剣を遥か後方へ投げ飛ばしてしまった。決して自分の意志ではない、腕が勝手に動いたのだ。


「――!?」


「……いけませんね、戦闘中に武器を手放すなんて」


 そう言うディノンは怪しい笑みを浮かべている。

 その隙を見逃さず、ディノンは細剣による〝突き〟で俺の態勢を崩した。


 状況も未だ掴めず、為すすべのない俺は尻餅をつき、首元に細剣の切っ先を添えられていた。


 ……ジ・エンドである。


 すぐさま審判役の男がディノンの勝利を告げ、俺は訳も分からず敗れ去った。



 ◇◇◇



 序列決めの模擬試合は一人二回行われ、その結果を以て順位が決まる。

 1勝1敗が複数出た場合、模擬試合の内容によって優劣がつく。


 ディノンに敗れた後の続く二回目、俺の相手はミラちゃんだった。

 女が相手ということもあり、本来の力が出せなかった俺はまたもや敗北。


 最後は頭がぼーっとしている中、羽交い絞めにされノックアウト。


 2敗を喫し、さらには内容もひどく必然のごとく最下位となった。


 俺は初めて〝能力〟の有無がどれだけ重要かを身を以て知ったのだった。


 ……やべえ、このままじゃ男として自身無くしそう。


 後日始まる騎士団への仮入団までの間で、俺は祖国であるグリンスヴルムへ帰還することになり、翌日馬車で向かった。


 帰り際に軍務大臣から別れの挨拶を済ませてこいと言われ、次期皇帝サバイバルが始まるのだと実感した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

祖国では【史上最強】【天上天下唯我独尊】と呼ばれていた俺、実は【能無し】だったようです。 〜次期皇帝の候補者に選ばれてしまったので、自慢の力を存分に振るおうと思います〜 @mapi-mapi2002

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画