第3話 次期皇帝サバイバル、開幕です

 帝都アムンゼン・ムゥ中央に位置する皇城〝カイザーブルク〟の横に併設された特設会場にて、式典が行われる。


 俺は少し早く会場に入り、裏で準備をしていた。

 というのも、公の式典で山岳衣装を着るのはいかがなものか? というらしい。


 服装をそんなに気にするか? と思ったが、またもや祖国を人質に取られた。

 そんなわけで、式典用の正装を借りて準備しているのだ。


 全裸にさせられ、身体を濡れた布で軽く拭かれ、正装を着させられる俺。


 服装が煌びやかすぎて、目がチカチカしてきたよ。ほんと、候補者全員こんな服着るのか? いざ登場して俺だけ浮いてたらどう責任を取るつもりだ。


 次々に浮かぶ文句は心に留め、決して表には出さない。


 ものの数十分で着付けが終了し、俺は時間まで待機を言い渡された。



 ◇◇◇



 さあ、やってきました。式典のお時間です。

 脇から会場を覗いてみたら、物凄い数の人がぞろぞろと会場入りしていた。


 そんなビッグイベントなのか……。何だか急に胃が……。


 「――えーそれでは、第12代目皇帝選抜記念式典を始めます。本式典の司会進行を務めます。ムズガルド帝国軍務大臣、アレキサンダー・クレノフです。では早速ですが、第12代目皇帝の候補者に選ばれました10名に登場していただきます」


 会場では俺を連れてきた軍務大臣が話し終えると、会場全体が揺れたと錯覚するほどの拍手喝采が巻き起こる。


 それに合わせて、全10用意された特製ゲートから一斉に候補者達が飛び出していく。


 俺も周囲を注意深く確認しながら、中央ステージへ歩き出す。


 ……や、やばい。緊張で身体が硬直してきた。一体何万人いやがるんだよ。


「――では、左から順に候補者を述べさせていただきます」


 一人目・ムズガルド帝国第一皇子【エゼルバルデ・ムゥ・ムズガルド】


 二人目・ムズガルド帝国第ニ皇子【エゼルレッズ・ムゥ・ムズガルド】


 三人目・ムズガルド帝国軍務大臣長男【アルクヘンダー・クレノフ】


 四人目・ムズガルド帝国宰相次男【ディノン・テイラー】


 五人目・ムズガルド帝国公爵家長男【グラハ・ハッシュヴァルト】


 六人目・ムズガルド帝国公爵家長女【イルナ・ハッシュヴァルト】


 七人目・ムズガルド帝国第一騎士団、団長の息子【ヒース・ジャックマン】


 八人目・亡国、ステラ共和国国王の遺児【クリステンセン・キルナ―】


 九人目・シュナイデル商会、商会長の娘【ミラ・シュナイデル】


 十人目・ムズガルド帝国属国、山岳国家グリンスヴルムの天上天下唯我独尊男【ハンス】


「――以上、10名が候補者となります」


 候補者全員のだいたいの家柄などを聞かされた俺は呆然自失状態になっていた。

 そりゃそうだ。俺以外〝家名〟があるし、次期皇帝になってもおかしくないやつらばっかりだ。


 その中に属国のたかだか一人が放り込まれてみろ、すぐ死ぬぞ。

 謀略に巻き込まれ、毒殺か暗殺か、はたまた後ろから刺されるのか?


 ……いや、もしかすると何等かの儀式の生贄にされるんじゃ。


 俺の脳内に高速で悪いイメージが駆け巡る。

 その間外部からの音は全て遮断されている、軍務大臣の口元は動いているので何か喋っているのは分かる。


「――さ……か、す――者は……こうと、うで――――(参加を表明する者は口頭で受け付ける。ちなみに、参加を表明した上で結果として皇帝になれなかった者は、新皇帝専属の永久奴隷身分に落とされることとなる。さらに、新皇帝から最も使い物にならない一人として選ばれた者は、皇帝の名において極刑となることを知らせておく。しかし、国に対し1000兆ゴル上納した者は永久奴隷身分に変更可能である)」


 コクン(首肯)×10回。


「では、全10名を選抜へ参加することとする!!」


「……え?」


 おい、今何て言った? 全10名って言ったか? 全9名の間違いじゃなくて?


「あ、あの……」


 俺のか細い呼び声は届くことなく、軍務大臣が口を開き、完全にかき消される。


「それでは次に、第11代目皇帝ハインリッヒ1世より御言葉を頂戴する。みな、臣下の礼を」


 すると、全員が跪く。俺も慌ててそれに倣い、決して顔をあげないようにする。


 ――コツ、コツ……。


「ぁぁ。みな、面をあげよ……。我がハインリッヒ1世である。例にならいこの式典が執り行われたこと、大変嬉しく思う。みなも知っているだろうが、代々皇帝の座についた者に与えられる【未来予知】において選ばれた者こそがそこの10名だ。ムズガルド帝国悲願の大陸制覇を成し遂げる者かもしれん。我では成し遂げられなかった悲願を必ずやみなと共に成し遂げよ――」


 髭ボーボーのヨボヨボ爺さんが威厳のある声で言葉を述べると去っていった。

 

 おい待てよ、その感じじゃ俺の爺さんの方が元気そうだぞ? 今度診てもらえよ、あと100年くらい長生きできるかもしれないぞ……ッ。


 現皇帝による御言葉が終了すると、軍務大臣が再び話し始める。


「では、これより第12代目皇帝になるための条件を開示する――」


 一つ・自らの力で騎士団を設立せよ。規模は10万、資産を1兆ゴルとする。


 二つ・設立した騎士団から一人、帝国十剣ツェーンシュヴェールトを輩出せよ。


 三つ・帝国が指定した全10の特定侵入危険地帯を一つ攻略せよ。


 四つ・帝国が指定した全10ののうち一つを自設の騎士団のみで落とせ。


 五つ・皇室に籍を置く皇姫、最低一人と婚約せよ。(もちろん、双方合意のもととする)


「――以上、5つを一番早く成し遂げた者を第12代目皇帝として認める」

 

 ……いや、無理やん。何? 最終的には国落としをしろってか? それあんたの仕事じゃん。


 金なし、人望なしの俺がどうやって成し遂げろと? あ、でも女を口説き落とす力が必要なのは納得だ。


 俺が内心でどれだけ愚痴っても何も変わることはない。


「ではこれより、候補者からの質問を受け付ける。何かある者は挙手を」


 軍務大臣がそう言うと、間髪入れずにすっと手を上げる者が3人。


 まずは宰相次男のディノン・テイラーとかいうやつ。いかにも頭脳派に見える。


「テイラー家次男、ディノンです。国落としは一国以上でも構いませんか? それとそのタイミングも含めてお伺いしたい」


「ふむ。国落としは何国でも構わん。そのタイミングに関してもいつでもどうぞ。こちらが指定した国を落としていれば問題ない」


「そうですか……。ありがとうございます」


 丸メガネのディノンくんはニヒルに笑うと、静かに目を閉じた。


 お前、何聞いとんねん。普通国は一国も落とさないんだよ? あとその顔やめて、サイコパス味を感じるから。


 お次はシュナイデル商会の娘さん、ミラちゃんだ。


「騎士団設立に際して、何をどこまで利用していいのでしょうか?」


「そうですな。構成する人に関しては、現在別の騎士団等に属している者を引き入れるのは禁止。あくまでも一から全てをやってください。そして、設立の資金などに関しては今あるものを使っていただいて構いません」


「あ、そうなんですね。では遠慮なく使わせていただきますね」


 ミラちゃんもそう言ってニコリと笑う。


 うん。ミラちゃん、ナイスバディしてるね。

 質問内容じゃなくてそのナイスバディに注目してしまった。


 あとで声かけてみよう。一歩目の勇気が大事なのだ。

 それと軍務大臣さんさ、男と女で口調が全然違うよ?


 最後は俺。気になることは多々あるが、一番大事な部分を聞かせてもらうぞ。


「えーと……候補者同士での潰し合いはなし、でいいんですよね?」


 俺はなし、がさも当たり前のように尋ねた。

 しかし、返ってきた答えはあまりにも悲惨なものだった。


「? 何を言うか。大いに潰し合ってくれて構わん。ただし、相手を殺すときは候補者自らで行うこと。多少痛めつけるくらいなら候補者自身でなくてもいいぞ」


 軍務大臣は口調を変えることなく淡々と述べた。


 ……そういうことね。つまり、俺は合法的に殺される可能性があると。

 それに、わざわざこういうことを言うってことは、今回が初めてじゃないということだ。


 そりゃそうだ。ムズガルド帝国の皇帝の座につけるんだ。

 身内同士で殺し合いがあっても不思議じゃない。ただ、それに俺が巻き込まれるということ。


 いっそどこかに引きこもるか?

 俺がどれだけ強くても、寝込みを襲われれば終了だ。


 と、そんなことを頭の中で考えていると、軍務大臣がまた話を進めだした。


「他に質問者がいないようであれば、次へ移る。候補者達には準備が出来次第、第一騎士団から第十騎士団に半年間仮入団してもらう。その際の序列決めを今から模擬戦で決めていく。それに従い、候補者たちは両肩を見せてもらおう。の確認も同時に行う」


 俺はまたも意味が分からず、ぼうっと突っ立っていた。


 チラリと周囲を見渡すと、俺以外の候補者が全員腕をまくり、肩を露呈させていた。

 俺の左隣のミラちゃんの肩が妙に色っぽいのはなぜですか?


 それ、ほんとにタダで見ていいんですか?


 俺の脳内は徐々にピンク色に染まっていく中、突然軍務大臣からきつめに問いただされた。


「候補者が一人ハンスよ!! はやく肩を見せろッ」


「え、あ……はい」


 俺は慌てて肩を露出させる。その時、会場内の視線は自然と俺に集まっていた。


 ――ゆえに、


 ……ざわ、ざわざわ……ざわざわ


「お、おいあいつの肩何もないぞ?」


 えーと、何ですか? 俺の肩には興奮するべきものがないと?


「ハンスくん、能力紋はどうした……?」


 いつの間にか近付いてきていた軍務大臣にそう問われる。心なしか、声がかすっている感じがする。


「え、能力紋? 何すか、それ?」


「……ま、まさか無能力――」


 その軍務大臣の一言によって拡散された事実は観客にも伝わり――


「あ、あいつ……【能無し】じゃん」


 俺にとって聞き覚えのない、そしてなぜか怒りを覚える言葉だった。


 

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