第2話 何でだよ?

 山岳国家(俺からしたらちょっと大きな村)より移動を開始して三日が経過していた。


 ーーガラガラ、ガラガラ。ガチャガチャ


 そんな音を立てながら走る馬車。そして、一台の馬車を取り囲むように配置され、一切の乱れなく進む護衛の騎士達。


 全員が見たこともないような全身鎧プレートアーマーを装着しており、光に反射して眩しく光っている。


 だが、鎧が見たことないだけで、帝国の兵士達を俺はばったばったと斬り倒したんだ。


 今さら怯むようなことはない。


 馬車内には三人、俺、ゴリラ軍務大臣、護衛と思われる騎士。

 問題はコイツだ、この護衛と思われる仮面の騎士。コイツの纏う雰囲気がヤバい。


 山で魔獣や魔物と幾多となく戦ってきたが、そのどれとも違う。一言で言うと、薄気味悪い。


 仮面をつけてるから、視線がどこを向いているのか分からない。見られている感じはある。


 ちなみに、なぜすぐさま移動を開始させられたのか。

 理由は簡単、ここから帝都までだと今日移動しないと間に合わないらしい。


 あと、こちらからの候補者云々の質問は一切取り合ってくれない。


 クソめ、上辺だけでも説明しろやい。


 そんなことを考えていると、突如馬車が停止した。

 対面に座る軍務大臣の眉がピクリと跳ねた。


 馬車外で何かが起こったようだ。


 軍務大臣が小窓を開け、護衛の騎士と何やらひそひそ話をしている。

 だが残念、俺は耳が良いので聞こえてしまうのだ。


 ふむふむ……ほう、どうやら魔物か魔獣が道を塞いでいるようだ。

 まあそんなの護衛の騎士が倒してくれるだろう。


 そう考えていた俺であったが、不意に軍務大臣の双眸が俺の両眼をしっかりと捉えた。


「……ちょうどいい、君の実力を測るいい機会だ。ハンスよ、外の魔獣を討伐してこい」


「はああ!? 何で俺が……」


「言っただろう、君の実力を測るためだ。そもそも魔獣に臆しているくらいじゃ次期皇帝にはなれんぞ。これから地獄のような日々が待っているんだからな」


 いや、そもそも次期皇帝になりたいなんて一言も言ってないんだけど。


「地獄って、だからそれを説明してくれって言ってんじゃん」


「無理なものは無理だ。皇帝陛下から厳命されておる。……早く行かんと拒否したとみなすぞ?」


「……ッ、足元見やがって」


 流石に祖国を人質に取られれば、やるしかない。

 俺はスッと立ち上がると、軍務大臣に一声かける。


「剣を一本くれ」


「ほう……君は剣士だったか」


「別に……使い勝手がいいからだよ」


「そうか。なら、これを使え」


 そう言って軍務大臣は自らの腰に差す剣を俺に差し出してきた。

 と同時に、隣から鋭い視線が突き刺さってきたが、あえて無視した。


 俺は剣を受けとると、そのまま引き抜く。そのあまりの綺麗さに度肝を抜かれたが、田舎者だと思われたくないため、平静を装う。


 が、無理でした。


 ……おいおい、なんだよこの剣。刀身に目が吸い込まれていくような感覚だ。


 とてつもない業物なんじゃ……。


 そんな感覚のまま外へ出ると、護衛の騎士達が陣形を整えながら静観していた。


「あれは……ドラグノガルーダか」


 ドラグノガルーダ。別名、"竜のなり損ね"だ。強靭でしなやかな体格に、竜を想起させる爪や鱗が部分的に見られる。翼のようなものが付いているが、空は飛べない。せいぜい高く跳ねることができる程度だ。


 霊峰グリンスヴルムに住む俺が、何度も狩ってきた相手だ。


 俺は抜き身の剣をだらだらと振り回しながらドラグノガルーダへ接近する。

 すると俺に気付いたドラグノガルーダがけたたましい鳴き声と共に動き出す。


 ドラグノガルーダは"魔物"に区別される。

 一般的に知性があるのが魔物、ないのが魔獣とされている。


「コオオオオオ!!」


「ははっ、相変わらずおかしな鳴き方だな」


 長く鋭い爪が両側から右、左の順に迫るが、俺は一歩分のバックステップで回避する。

 次の瞬間、前傾姿勢の状態から両膝をバネのように曲げ力を溜め、即座に開放すると、ドラグノガルーダを優に超える位置まで跳ぶ。


 剣を持たない左手一本を支えにドラグノガルーダの頭部に触れると、身体をねじり背中付近に着地する。


 ドラグノガルーダの弱点は鱗に覆われていない背中の部分、他は鱗が硬く並の刃じゃ通らない。


 俺は大きく振りかざした剣を勢いよく振り下ろし、ドラグノガルーダを両断した。


 ――ザンッ。


 おおっ、この剣とんでもない斬れ味だ。鱗がないとは言え、骨まで一刀両断するとは……。


 んんむ……この剣、いいな。物々交換できるかどうか後で交渉してみよう。


 この今の俺には、お金、という概念がないことを付け加えておく。


「ふう……」


 一息ついた俺は剣に付着した返り血を簡単に拭うと、足早に馬車へ戻った。その際、護衛の騎士達から好奇な目で見られていたが、何のことか分からず首を傾げた。


 馬車の傍では軍務大臣と仮面の騎士がいた。

 どうやら俺の戦いを観戦していたようだ。


 ふん、どうせあれこれ言われるんだろう。


「……素晴らしい戦いだったな。ドラグノガルーダ相手にあの身のこなしとは……恐れ入った。それに、とは……常に争いの渦中にいたのか?」


「いや、国は平和だったよ。魔物や魔獣と戦うことが多いだけ、身体は山を走り回ってたら自然と出来上がってた」


「ほう……さすが皇帝陛下の思し召しというわけか」


 最後の方の言葉は聞き取れなかったが、それよりもだ。

 さらに前に引っかかった言葉があるぞ。


 とは何だ? 進化でもすんのか?

 アホらしい、人間生まれりゃ誰しも一緒だろ。


 俺はもののついでと言って感じで言う。


「あ、あとこの剣。俺にくれない?」


「バカ言えっ、そんなことはいいから行くぞ。あまり道草食うと間に合わなくなる」


 俺は軍務大臣に咎められると、促されるまま馬車内へ引きずり込まれ、すぐに馬車が動き出した。


 けちなゴリラめ。いいじゃないか、剣の一本や二本。

 あーあ、帰ったら鍛冶師のおっさんに極上の剣作ってもらお。


 こうして暇を持て余しながら四日後、遂に帝都アムンゼン・ムゥへ辿り着いたのだった。



 ◇◇◇



「お、おお……お、おおおおおお!! 何じゃこりゃ――!!」


 俺は目の前に現れた光景に驚きを隠せず、大きな声をあげてしまう。


 先の見えないほどに伸びた城壁。巨人でも通るのかと思わせるほど巨大な城門。


 霊峰を常日頃から見てきた俺でも、その凄さに圧倒されてしまう。


 だってさ、これ人工でしょ? 山は自然じゃん?


 そんな姿を真正面から二人に見られていることに気付いた俺はやや照れながら口を閉じた。


「…………んんっ、ところでこれからどこ行くんだ?」


「候補者選抜の会場へ向かう。時間は正午からだが、早めに行っておいて損はないだろう」


「ふーん、ちなみにその候補者って全員あんたが迎えてんの?」


「……基本的にはな。俺の迎えなど必要ない御方もいる」


 軍務大臣の言葉を聞き、俺は少し考える。

 ってことは、全員が全員俺みたいなやつじゃないってことね。


 ……つまり、軍務大臣よりも地位が高いやつだ。


「…………は、はは」


「どうした? 長旅で狂ったか?」


 うん、狂ったよ。ちょっと違うけどね。

 俺はそのままの勢いで軍務大臣に尋ねる。


「あのさ、もしかして候補者の中に皇族って混じってる?」


「…………」


「さすがにそれは答えてもいいんじゃない? あと一時間くらいで明らかになるんだから」


 俺は少し語気を強めて問い詰める。

 すると、咳払いをした軍務大臣がボソリと呟いた。


「ぁあ、第一皇子と第二皇子がおられる」


「……………… じゃあそいつら二人で争わせろや」


 俺も同じくボソリとそう言った。この言葉、身に沁みてくれたら嬉しいな。


 ほんと、何で俺が選ばれたんだろ?


 こうして微妙な空気に包まれた馬車は帝都中央の特設会場に入ったのだった。




ーあとがきー


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