祖国では【史上最強】【天上天下唯我独尊】と呼ばれていた俺、実は【能無し】だったようです。 〜次期皇帝の候補者に選ばれてしまったので、自慢の力を存分に振るおうと思います〜

@mapi-mapi2002

第1話 帝都へ連行された

 東の大陸の覇者、ムズガルド帝国の第12代目皇帝――ハンス・グリンスベルト。


 彼を讃える呼び名は多々あるが、唯一大陸を越えて浸透した呼び名【能無し皇帝】。

 一見馬鹿にするかのような呼び名だが、全員が一貫して畏怖と憧憬の念を持ってそう呼んでいる。


 そして彼は今――即位式の真っただ中、眼下に溢れんばかりの人々から猛烈な歓声を浴びていた。


「「「ォォォオオオオオ――――!!」」」


「皆、静まれえええい!!」


 能無し皇帝が歓声をかき消す声をあげる。

 瞬間、ピタリと歓声が止む。この乱れぬ反応も、彼を讃えるものの一つだ。


「「「………………」」」


「――我が親愛なる帝国の民達よ、我こそが第12代目皇帝【天上天下唯我独尊】ハンス・グリンスベルトであるッ」


「「「………………」」」


 シーーン、これまた瞬時に熱気が猛烈に冷めていく。


(あ、あれ……何で誰も湧かないんだ……皆の皇帝の晴れ舞台なんだよ)


 ハンスは内心焦り、徐々に冷や汗が増えてきていた。

 それを見かねた側近の一人が、ハンスの背中に隠れこっそりと言う。


「皇帝よ、皆はを期待しておるのです。あなた様の象徴とも言うべき名を――」


「ぐ……っ、嫌だと言ったら?」


「あなた様の皇帝人生は三日で終わります」


「……」


 三日天下というパワーワードが側近の口から飛び出したことで、ハンスは押し黙る。

 やがて意を決し、堂々とした顔つきに戻ると、天を衝くほどの声量で叫んだ。


「――我こそが第12代目皇帝【】ハンス・グリンスベルトであるッ!」


 数秒間を置いて、


「「「ォォォオオオオオ――――!!」」」


 ドッと先ほどよりも大きな歓声が湧き上がり、新たな皇帝の誕生を讃えた。


(はあ……ったく、俺の【天上天下唯我独尊】人生が三日で終わるとはな……。あの頃に戻りたいぜ……)


【能無し皇帝】ハンスは心の中で、特大の溜息を吐く。


「「「能無しッ、能無しッ、能無しッ!! バンザーイ!!……バンザーイ!!」」」


(ってか能無し能無しうるせーぞ!!)


 皇帝の能無しコールはその後も数時間続いたのだった。



 ――これは【能無し】と蔑まれた男が、帝国の皇帝に成り上がるまでの物語である。




 ◇◇◇



 東の大陸の約50%を支配するムズガルド帝国。侵略という侵略を重ね、今や東の大陸一の超巨大国家である。


 そしてその帝国の左に位置し、海に面するのがラクア王国である。

 対して帝国の右側には幾つもの国があり、小規模ではあるが国としての体をなしている。


 その数々の小国も今や帝国の属国となる国も多く、敵対しても長くはもたない。それでも誇りか、薄っぺらいプライドなのか戦うことをやめないのだ。


 そんな帝国に最近下った属国の一つ、山岳国家グリンスヴルムに俺、ことハンスはいた。


 大陸でも名高い霊峰グリンスヴルムに根を張り、独自の文化を築いてきた。国家と言っても規模は極小で、少し大きな村というのが正しいのかもしれない。


 国としての歴史は古いが、いかんせん秘境と呼ばれる地域にあるため、他国との交流はほとんどない。


 それどころか、最近になって認知された節もある。


 連なった山々は天然の要塞として、鉄壁の守りを可能にしていた。


 俺はその国一番のつわものとして、【史上最強】【天上天下唯我独尊】などなど多くの強そうな呼び名を付けられていた。


 三日だけ続いた帝国との戦いでも大活躍、恵まれた体格と山で鍛えられた強靭な足腰、独学ではあるが剣を扱うこともできた。加えて少しばかり耳が良く、奇襲が俺には通用しない。


 そのおかげで、帝国のなんちゃら団長の首を取るという偉業も成し遂げた。型にはまらない戦い方が効果的だったのだろう。


 帝国を撤退させたのは俺のおかげだが、逆にそのせいで帝国を怒らせ数の暴力の前に沈んだ。


 そんな経緯があり、俺は最強人生を楽しんでいた。


 そんなある日の今日、俺は育ての親である爺さんの下へ向かっていた。


 一体何の用だ? 爺さんが俺を呼び出す時は決まってどうでもいいことだ。

 歩いていると、顔見知りである鍛冶師のおっさんが声をかけてきた。


「よう、ハン――いや違った違った。よう、【天上天下唯我独尊】男」


「いやあ、そんな……恥ずかしいからやめてくれよ」


「なーに言ってんだ、お前さんの力は本物だろうがよ。帝国軍をほぼ一人で追っ払ったのも、山に住み着いた飛竜ワイバーンや地竜を一匹残らず素材にしちまったのも、全部お前さんだ。お前さんなら、帝国十剣ツェーンシュヴェールトにもなれちまうだろ」


 帝国十剣とは、ムズガルド帝国の現皇帝ハインリッヒ1世が誇る最強の矛と盾のことだ。


 全部で10人、詳しい概要は秘匿されており、根も葉もない噂が飛び交うだけだ。


「いやぁ、流石にそれは無理だろ?」


 俺はわざとらしくそう言ったが、おっさんはどこまでもおだててくる。


「いけるいける。何たってグリンスヴルムの【史上最強】だからな。いっぺん勝負してみるといい。そうそう負けやしねえだろ」


 うーむ、なぜおっさんはここまで俺の自己肯定感を爆上げしてくれるんだ。

 そういう風に思ってなくても、無意識に思ってしまうじゃないか。


 罪なおっさんめ……。


「まあ考えておくよ、それじゃ爺さんに呼ばれてるからもう行くわ」


「おう、長老によろしくな」


 ちなみに俺の言う爺さんとは、この国でのお偉いさん、長老と呼ばれる者だ。

 威厳もなければ覇気もない、今にも死んでしまいそうだが、結構長生きしている。


 実のところ爺さんは、不死の体じゃないかと疑っていたりする。


 しばらく歩くと今度は青空学校が見えてきた。

 黙って横切ろうとすると、子供たちに気付かれてしまった。


「あー!! 【史上最強】の人だ!!」

「違うよ、【天上天下唯我独尊】の人だよ」


 フフフ、おっと思わず口元が緩んでしまった。いけないいけない、油断大敵。

 俺は立ち止まると、子供たちに言葉をプレゼントする。


「あー、うん。呼び名は何でも構わないよ。ただ覚えておいてほしい、俺がいる限りこの国は安泰だということを」


「「「おおおおお……」」」


 子供たちが目を輝かせている。素晴らしい光景だ、帝国と戦った甲斐があったってもんだ。


「それじゃ、俺は用事があるからまた今度な」


 俺はそう言い残すと、颯爽と去った。

 それから急斜面な山道を登り、やっと爺さんの住む屋敷にたどり着いた。


 ん? 何だあれ? 見慣れない馬車だな。客人でもきてるのかな……。

 はっ、もしかして俺とお見合いしたい人が来ているんじゃ……。


 簡単に身だしなみを整え、屋敷へ入る。

 いつも爺さんがいる部屋の前まで行き、ノックをし軽く声をかける。


「あー、【天上天下唯我独尊】のハンス参りました」


「――入れ」


 この厳かな感じ……間違いない女性がいる時の感じだ。いつもなら「入っていいぞ」的な感じだもんな。


 スゥ、とできるだけ静かに部屋へ入ると、まず真正面に爺さんの顔が見えた。

 そして、視線を横へやると――


 ――ん? いや待て待て、何かの勘違いだ。一瞬ゴリラに見えた。


 俺は目をごしごし擦り、数秒目を瞑り、再び開いた。そこには――


 ――うん、間違いない。たっぷりと髭をたくわえた筋骨隆々のゴリラがそこにいた。


「すいません、部屋を間違えました。それじゃ、失礼しま――」


「――待て、どこに行く?」


「いやどこって、可愛くて美人な女の子が俺を待ってるんだよ」


「ふむ、お前の頭がどうなっているかは知らんが、ここにおわす方がわざわざお前に会いに来て下さったんじゃ。話だけでも聞いていけ」


 はあ……仕方ない。後々面倒くさそうだし、話を聞いていくか。

 それにしても、すごい服装だな。どこかの王族か?


 あーいや、でもがっつり帯剣してるし、それはないか。


 杖を付く爺さんが見た目ゴリラな客人に丁寧な言葉をかける。


「失礼しました、軍務大臣様。改めましてこやつがハンスでございます」


「うむ。確かにそのようだな。ではハンスよ、心して聞け」


「は、はい……」


 え、何軍務大臣って……体が硬直してるんですけど。


「――ムズガルド帝国・第11代目皇帝、ハインリッヒ1世の名において命ずる。山岳国家グリンスヴルムのハンスは、1210。よってしかる日、帝都アムンゼン・ムゥに出頭せよ。これを拒否すれば、皇帝の名において山岳国家グリンスヴルムを殲滅の刑に処す。――以上」


「「…………」」


 何も言えず放心状態になったのは俺だけでなく、爺さんもだった。


「ん? どうした、答えを聞こう」


 おい、何冷静に答えを聞こう、だよ。

 何だか危険なワードも聞こえたし、意味が分からん。


 爺さんに至っては魂が抜けかけてるぞ。

 死んだらゴリラ、お前のせいだからな。


「え、と……その殲滅の刑というのは具体的には?」

「? その名の通りだ。拒否したら後日、ここに大軍が押し寄せる」


 あ、そうですよね。字面の通りですよね。

 思考を飛ばす俺、と言ってもこの状況を打破できるほどの脳みそを俺は持ち合わせていない。


 となると、俺が出せる答えはただ一つ。


「――大人しく出頭させてもらいます」


「よし、それでは来い。今からお前を連行する」


 こうして、俺は突如現れた帝国の軍務大臣によって帝都へ連行されたのだった。

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