第33話修繕師は修繕を望まない
「ファルたちは、ここには来なかったのですね」
自分の店で、アリテは待っていた。
だが、帰ってきたのはユッカだけである。
「エアテールが……テカに殺人を告白されたから、ギルドに連れて行かないといけないと言って。フォルは、そっちに付いて行った」
妹が殺人を——仲間を殺したことを知ったフォルの落胆は見るに堪えないものだった。しかも、その理由はフォル本人に由来していたのだという。
アリテの恋人は、セリアスというらしい。
そのセリアスに、テカは横恋慕していた。テカは、セリアスの恋人がアリテだとは知らなかったのだ。セリアスの恋人は、病弱なアリテの姉だと思っていたのである。
病弱で何もできないアリテの姉よりも、彼女の方が魅力的だとフォルは妹をそそのかしたのだという。その裏にはセリアスと家族になって、彼の遺産が欲しいというフォルの思いもあった。
テカは、兄の言葉を信じた。
兄の言葉を信じて、セリアスに告白をしたのである。
「セリアスは、断ったって言っていた。自分は、アリテと付き合っているってテカに言ったらしい。だから、付き合うことはできないって」
アリテは目を、見開いた。
信じられないと言う顔をしていた。
「そこで……テカは許せなくなったらしい。フォルは、セリアスは彼女に気があるみたいなことを言っていて……。絶対に成功するみたいなことを言っていたから」
犯行は衝動的だった。
自分の告白を断ったセリアスを許せなくて、自分たちを騙していたセリアスが許せなくて、気がついたらセリアスを殺してしまっていたらしい。
だから、魔法で剣を壊して『セリアスはモンスターに殺された』という嘘を付いたのである。
「そうですか……セリアスは、私のことを言ったから殺されたのですね」
アリテは、目を閉じた。
なにかを噛みしめているような光景であった。
「最後の最後で、彼が自分の価値観を正そうとするなんて。自分自身を修復しようとするだなんて……。たっだら、壊れたままで良かったのに。自分で受けられない傷を負った彼でも、私は良かったのに」
今のアリテには、誰も話しかけるべきではないのだろう。けれども、ユッカはどうしても話したいことがあった。それは、今この瞬間でしかユッカには言えない言葉だったからだ。
「セリアスって言う人は、アリテとのことを真剣に考えていたんだよ。後ろ指を刺されるような関係ではないって言いたかったんだと思う。だから、自分から嘘を撤回したんだ」
ユッカは、セリアスを知らない。
けれども、セリアスがユッカを愛していたことは分かった。今までついていた嘘をテカにだけ打ち明けたのは、彼女ならば味方になってくれると思ったからではないだろうか。
テカならば自分とアリテのことを応援してくれて、世間についた嘘を明らかにする勇気をくれる。そう思ったからこそ、セリアスはテカには真実を話したと思うのだ。
「テカに嘘を付かなかったのは、アリテのことがすごく好きで、嘘を付かせているのが申し訳なくて、そんな自分が情けなくて——それでも一緒にいたくて」
ユッカの目には、いつの間にか涙が浮かんでいた。
まるで、セリアスの霊が乗り移ったように感じてしまう。死んでしまったセリアスのことを考えれば考えるほどに、アリテが愛おしくなるのだ。そして、それ以上に彼を残して死んでしまったことが申し訳なくなる。
「セリアスは、俺と一緒なんだよ。俺は、アリテのことを自慢したい。俺の友人の刀鍛冶は凄い奴だろって、いつだって自慢したい。セリアスだって、そうだったんだ」
僕の人生の伴侶は凄い人間だろう。
セリアスは全世界の人間に向かって、そう言いたかったに違いない。ギメルリングなんて面倒くさいものを送るぐらいに嫉妬心が強い人間なのだ。
「アリテ、自分のせいだと思うな!そんなことされたら、セリアスは辛いだけなんだ。俺は、セリアスは知らないけど……そいつの気持ちは分かるような気がする」
ユッカは泣いていた。
見たこともない人間を想って、涙を流していた。
「俺もセリアスも、アリテのことが大好きなんだよ」
修繕師アリテは思い出は修繕しない 落花生 @rakkasei
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