第二話 温もりと夢と現実と

 初めて味わった恐怖。

 何気ない日常が。

 何気ない普通の一日が。

 全て簡単に崩れる感覚を。


 小さい頃からよく人には見えないものが見えていた。

 「それ」はみんなが知っているような動物や生き物ではない。また別の存在。

 「それ」は小さいものから大きいものまで、いろいろと。

 小さい「それ」は可愛く思える。

 危害を加えられた事はなかった。時に「それ」は、人を興味深そうに見ている。

 イタズラするものも、さり気なく手伝いをするものも。

 悪いものではないと思っていた。

 最初は、私だけが見えていた。お母さんとお父さんも見えてはいなかった。

 一花にも見えてはいないようだった。

 でも、やがてそれを認識できる人が増えた。

 「それ」は、一花にも見えるようになっていった。

 一花がいつから「それ」を認識できるようになったかは、知らない。

 でも、外を歩くときに私の手を引くようになった。これまでも、手は繋いでいたけどその時は違った。

 意図して。あるものから避けさせるように。

 「それ」から私を遠ざけるように。

 私は言った。

 「大丈夫だよ?悪い子じゃないよ」

 一花はとても辛そうな顔をしていた。

 「ダメだよ。危ないよ」

 一花の腕には傷があった。

 そういえば、最近の一花は長袖を着ていた。まだ、そんなに寒くないのに。

 この傷を隠すためだったのか。

 「それはどうしたの?何でそうなったの?どこで」

 一花は私の手を強く握って言った。

 「それ」のせいでこうなった。と。

 「それ」に傷つけられた、と。

 「それ」が見えるようになってからまもなく、怖くて近くにあった本を「それ」に投げつけた。「それ」はすぐに逃げて行ったそう。

 でも、夜にベッドで寝ている時、「それ」はまた一花の前に現れた。

 「それ」は一花の服を引っ張り、ベッドから引きずり出そうとした。一花は抵抗し腕を引いた。

 「それ」は、今度は腕を掴みより強く引く。その時だ。一花の腕に傷ができた。出血がひどく、一花の鳴き声に両親が駆け付け病院へ。

 一花の言うことは信じてもらえず、何らかの拍子に棚やベッドの角にあたり怪我をしてしまった。という事になった。

 それから、怖くて仕方がないそう。「それ」に近づく私を、心配していたそう。

 私が同じ目に合わないように。私が傷つかないように。

 一花の怪我はすぐには治らないそうだ。傷跡も、すぐには消えない。

 その傷はとてもひどく見え。

 私の目には、「それ」は恐ろしく見えるようになった。

 危害を加えないわけじゃない。危害を加えなかったのは、私を安心させるため。私を食べるため。

 私の認識は変わっていった。

 それからは、私は「それ」を避けるようになった。

 近づけなくなった。怖かった。あの傷を今度は私が負うかもしれない。

 未知の恐怖に。

 通り道に「それ」がいた。

 怖く、動けなかった。引き返そうか。でも、家はその向こう。

 怖い。足が震える。

 一歩。また一歩。私は後ずさる。

 「それ」を見ていることすら怖く、目をつむる。

 動けない。動けば食べられてしまうかもしれない。

 どうすればいいか分からない。

 「(だれかたすけて……)」

 震える手に、柔らかい温もりが包み込む。

 温もりのする方を見る。とても温かい。とても優しい。

 とても安心する温もり。

 「だいじょうぶよ」

 一花の手。

 一花の顔。

 一花の声。

 足の震えが収まる。

 一花は私の手を引き走りだす。

 私達は公園まで走っていった。

 無我夢中。ただ、ただ、遠く。「それ」から逃げた。

 公園の真ん中で、私達は倒れこむ。

 「だいじょうぶだったでしょ!」

 ニコっと笑い親指を立てる。

 その時の一花は。今まで見てきた中でも、一番輝いて見えていた。それどころか。

 「うん!すごいよ!」

 周りの景色がキラキラしているように見えた。沈み始めている夕日が。

 空を泳ぐ雲が。周りを舞う葉が。木の葉が擦れる音が。

 私はこれまで一人だった。一花は優しいけど、私とは違って元気で友達がいっぱいで。

 でも、一花は私のそばにいつもいてくれる。

 これまで、一花を見ていなかった。

 一花は見てくれていた。

 その日やっと一花を見ることができた。

 一花の優しさに。一花の明るさに。一花の温もりに。

 気づくことができた。

 周りがこんなにキラキラしていることを知ることができた。

 その日からだろうか。

 私は一花のそばから離れなくなったのは。

 依存している。

 そう思われても仕方がない。

 実際、依存していたと思う。

 だって、一花は明るくて優しい。

 どんな時も、私のそばで、何があっても助けてくれる。

 私のそばに一花がいること当たり前。

 一花が守ってくれるのが当たり前。

 当たり前。そう思っていた。

 学校でも、いつでも。

 でも、それが覆ることになった。

 当たり前の事が当たり前ではないのだと。思い知らされることになった。


 いつものように、公園で遊ぶ。

 その日は二人だけだった。

 私達は、はしゃいでいて暗くなり始めていたことに気づくのが遅れていた。

 季節は冬。雪が降り始めてやっと気づいた。

 冬は暗くなるのが早い。寒くなってから気づいた。

 私たちは急いで帰ろうと、公園の出口へ向かう。

 その時だった。

 空気が重くなった。心なしか温度も低くなったように感じた。

 周囲も暗く。

 日が沈むにしては早く感じる。暗くなってきたのには気づいていた。でも、まだ太陽が見えていた。

 でも、今は違う。

 「――」

 私達は息を詰まらせた。

 目の前には「それ」がいた。

 ただ、これまでとは違う。

 大きい。

 それに、鋭い爪。

 そして。

 明らかな殺気。

 「それ」は一歩私達に歩み寄る。

 足が言うことを聞かない。

 二人で後ろへ倒れる。

 手を取り、体を寄せ丸まる。

 「それ」は、鋭い爪を上に掲げる。

 殺される。

 私は初めて味わった。物凄い殺気を向けられる恐怖。

 「だめ!!!」

 「――!」

 その時だ。

 当たり前の事がそうではないと知ったのは。

 当たり前の存在は簡単に失ってしまう事。

 一花の優しさを。

 一花は私に覆いかぶさる。

 私を「それ」から守るために。

 身を挺して。

 一花の体は震えていた。

 当然だ。一花は「それ」に気づ付けられたことがある。

 今回も。

 いや、もっと痛い思いをするかもしれない。

 その温もりは安心するものだった。

 でも、その時は違った。

 怖かった。

 自分のせいで。

 一花が居なくなる。

 一花は私を守ってくれる。

 一花は私のそばにいてくれる。

 ダメだ……。

 私は怖かった。

 一花の優しさが。

 私は怖かった。

 私の。この。

 愚かさに。

 私の愚かさで、一花が居なくなること。

 一花の温もりを失いたくない。

 一花に死んでほしくない。

 

 私は初めて思った。


 一花を守りたい。


 私は強く一花を抱きしめた。

 手放したくない。遠くへ行ってほしくない。

 守りたい。助けたい。

 一花に笑顔でいてほしい。

 「…………」

 周りが明るくなった。

 その光は私達を温かく包み込む。

 「それ」はその光に触れると。

 バチッ!

 という音と共に、弾かれる。

 「それ」は弾かれたことへ驚いたのか、勢いよく私達の方へ爪を振るう。

 私達を包む光は弱くなっていく。

 防げない。

 私は死を覚悟した。

 「――ッたあああ!」

 気づけば「それ」は消えていた。

 その代わりに年老いたおじいさんそこにはいた。

 何が起きたか分からない。

 ただ、私は。

 一花の胸で泣いていた。

 安心から。

 でもあったけど、どちらかというと、恐怖から。

 「それ」への恐怖ではなく。

 一花が私のために死んでしまうと分かってしまった恐怖。

 私が一花を殺してしまう恐怖。

 一花は、泣いている私の頭を撫でて笑顔で慰めている。

 自分も怖かったはずなのに。

 一花は優しい。

 一花は強い。

 おじいさんが私達に「それ」の説明をしてくれていた。

 「それ」はミツメという妖怪らしい。

 私達がこれまで見えていたものは皆、妖怪だと。

 その説明もよく聞いていなかった。なにせ私は、ずっと一花の胸で泣いていたから。

 これは、後から一花から教えてもらった話。

 私は、妖怪と対抗するための結界を使う才能があるらしい。

 私は、おじいさんに勧められていたという。

 怖い。対抗する力。結界。よくわからない。

 それでも。

 私は決断した。


 このままじゃだダメだ。

 このままじゃ一花が私を守るために何でもしてしまう。

 一花を死なせないため。

 一花のそばにいるため。

 一花の優しさに触れていられるために。

 今度は私が、一花を守れるようにならなくちゃ。


 私は、妖怪に対抗するための結界を使うため。挑戦した。

 初めての挑戦。

 誰かのためにする挑戦。

 初めて自分で決断した。

 自分に誓った。

 一花を、周りの皆を、より多くの人を。

 私は守りたい。

 一花が笑っていられるように。

 誰も失わせない。




 夏の道場。

 私達は天井を眺める。

 暑いなぁ。そして痛い。

 「負けちゃった……」

 「頭……ヒリヒリするわ……」

 私達は、エアコンを賭けて師匠に挑んだ。

 結果は……敗北。

 「まだまだ、だな」

 師匠は軽くため息をついて、腰に手を当てる。

 「今後は一層厳しくするか」

 「なんでよぉおお」

 「当たり前だろう。わしに一撃入れえることができたらエアコンを買う。入れることができなければそのペナルティが必要となるのは当然の事だ」

 「聞いてないよ?師匠……」

 「言ってないからな」

 地獄だ。ただで、手に入るものはないということか……。

 私達はショックを受けながらも片づけを始める。

 もう、終了の時間だ。

 「そうだ」

 師匠が何かを思い出し、動きが止まる。

 「一花お前先程、何と言った」

 「え?」

 師匠が微笑んでいる。

 「……え……なにいつの……どうしたの?あはは」

 あの顔。私達は知っている。

 師匠は怒るとき。顔が険しくなる。雰囲気に出ているから、分かりやすい。

 もう一つ。怒っている時を表す顔がある。

 それが。

 「貴様わしに向かって、くたばれ、この老いぼれと言ったか?」

 そうこの顔。表情は微笑みを作っている。

 でも、目が笑っていない。怖がらず前に出なさい。というような顔。

 「……ぇぇっと……その……気のせい……よ?」

 一花がゆっくりと一歩下がる。

 師匠が二歩前に出る。

 終わりだ。

 「私、片付け終わったので着替えてきますね。あはは」

 私は気配を消しながら更衣室へ走る。

 その間一花の助けを呼ぶ叫びが聞こえる。

 ごめん。私は更衣室で待つよ。一花。

 「ちょ、まってさち!置いてかないでぇ!いやよ!さちぃいいいいいい」

 「貴様!師に向かって何て口の利き方をする!なぁにが老いぼれだ!まだそんな歳ではないぞ!この、愚か者が!!!」

 「いぃやぁああああああああああああ」

 気に障ったのは、老いぼれの部分か。気にしてたんだなぁ。

 一花への説教は、小一時間続いた。


 「災難だったね」

 「まさか、鍛錬終了後にまだあんな試練が残ってたとわね……知らなかったわ」

 「自業自得じゃ……」

 一花の顔は、鍛錬の時よりズーンと暗くなっていた。

 「そうだ!今日はシチューだよ!一花好きでしょ!元気出して!」

 「シチュー。そうね、さちの愛情のこもった愛が待ってる!そうよ!早く帰りましょ!愛情が待ってる!愛情を早く食べましょ!」

 「……シチューだよ」

 私達の両親は家にはいない。

 私の両親と幸の両親は同じ仕事をしている。なんと、同じ職場。

 忙しくて家に帰って来ることは少ない。帰ってこないわけじゃない。だいたい、一年に二回くらいは帰ってきてくれる。

 だから、私達は夕飯を一緒に食べる。たまにお泊りもする。

 ほんとは、一緒に暮らしたかったけど、どっちかの家を開けっぱなしにするのは良くないかもってことで、普段はお互い、自分の家で暮らしている。

 夕飯は、最初は当番制だったけど、結局二人で作るから、当番制はいつの間にか消えていった。

 食料などは土曜日や日曜日に買いだめすることが多いけど。師匠や近所のおばあちゃんが気を利かせてくれて、食材をくれる事が多いから、土日は足りないものを買い足すだけなのが多い。

 師匠と近所の方々には感謝で頭が上がらない。

 家に着いた私達は、夕飯の準備をする。準備と言っても軽く温めたり、盛り付けたりするだけ。あらかじめ、昨日のうちに作っておいた。

 「エアコンくらい買ってくれても……ケチなのよ!あの老いぼれ!金持ってんでしょ!」

 「また老いぼれって、お説教効いてないなぁ?」

 「いや……だいぶ効いたわよ……」

 ご飯を口に運びながら今日の出来事を話す。

 今日のエアコンの愚痴や学校でのこと。

 「今日、たくさんお話しできた」

 「それは良かったわね。もっと、どんどん積極的に話しかけてけばいいじゃない」

 「そう簡単に言わないでよ。話すとすごく緊張しちゃって疲れちゃう。そもそも話しかけれたら苦労しない」

 まったく、と微笑みながらシチューを頬張る一花。

 「桃井さんともっと仲良くなれるかな」

 「あんた、あかりにも緊張してるわけ?」

 「……そうだよ?」

 「あいつなら大丈夫でしょ?あいつも変わってるし」

 「そんな!桃井さんそこまで変わってる人じゃないよ?……っていま、も、って言った?」

 「言ったわよ。あんた流石にどうかと思うわよ?今日の」

 何の事だろ。私、今日変な事したかな?ん?

 私は首を傾げ、何が変だったのか聞く。

 「目線。あんた、ずっとあかりの胸見てたでしょ?今日ずっっっと」

 「ギクッ!」

 バレてたか。今日、桃井さんが近くにいるとつい見てしまっていた。

 あの、綺麗で大きい山を。

 「それは……その……」

 「たぶん本人にも気づかれてたわよ」

 「そんなぁ!!!私は、その……いいなぁって思ってただけで……」

 「だろうとわ思ったわ。だとしても、なんであかりなのよ」

 「え?」

 「別にあかりのじゃなくても、アタシのがあるじゃない。あかりより大きいはずよ?」

 「……ええっと」

 一花が胸を両手で掴み、私に強調する。

 「一花のも見てるよ……」

 「さち///」

 「もー!食べ終わったんなら片付けるよ!」

 「あーまって、愛情がまだ残ってる!」

 「シチューだよ!」

 私達は食器を洗い、片付けた。

 リビングのソファに座り、テレビを見ながら雑談する。

 食べ終わった後は、どうにも動く気になれない。

 「ねぇ、今日一緒にお風呂入りしょ」

 「えー、一緒に?」

 「良いじゃない?私の傷ついた心はまだ癒えていないのよ?」

 「自分のせいじゃん。んー、どうしよっかな」

 一緒にお風呂。小さい頃は一緒に入る事が多かったけど、最近は一緒に入ることはなかった。

 だって、恥ずかしいし。でも。

 「服はどうするの?」

 「んー、パジャマは置いてあるの使って、下着はいっか」

 「え、ノーパンで帰るの?泊ってく?」

 「いいわよ、明日使う教材取り行かなきゃいけないし」

 「そっか、わかった。今、お湯沸かすね」

 久しぶりの一花とのお風呂。

 実は少し、期待している自分がいる。あの、巨峰を拝めることを。

 一花と私のパジャマを用意する。

 一花のパジャマはお泊り用で置いてある。一花の家には私のパジャマが置いてある。

 な、何か、緊張してきた。

 ピロローン!

 お湯が沸いた。

 「さぁー!入りましょ!」

 「う、うん」

 制服を脱ぎ始める。

 「…………」

 何だ。この光景は。

 服の上からでは分からなかった大きさ。ブラジャーのおかげで強調されてるのか、大きさが目立つ。

 そして、おしゃれな柄。

 はッ!

 何だ、そのパンツは!まさか、セットなのか。アアアアア。

 「どうしたのよ」

 「へ!?」

 一花がを見ている。

 「ははーん」

 「……なに?」

 「可愛いじゃない。その下着」

 「――!」

 ニヤけながら私を上から下へ。下から上へと視線を上下する。

 「それはそれでいいわよ」

 「うるさいよ!」

 何だよ!ちょっと小さくてちょっとスレンダーなだけだもん。

 スポーツブラだって、動きやすいからよく使ってるだけで!パンツは……一花とそんな変わんないし……。

 「髪、洗ってあげるわよ」

 「……うん」

 素直に頭を預ける。

 もういいんだ。もう。来年にはボインボインになってるんだもん!

 頭がきもちいい。一花は優しく髪を洗う。マッサージをしながら。

 「はわわー」

 「ん?きもちいの?相変わらず可愛いわね~」

 気持ちいい。でも、そうじゃない。

 鏡に反射している。巨峰。でかい。生で見ると。でかい。

 はははは。すご。

 泡を洗い流して今度は、一花の髪を洗う。

 「一花の髪サラサラだよね」

 「そう?あんたの方がサラサラできれいだったわよ」

 「ええ?そう?」

 「むふふん」

 気持ちよさそうな顔。

 私もあんな顔してたのかな?

 って、あれ?

 「あっ」

 鏡に写る一花と目が合った。

 「一花……」

 「あー、あはは」

 「……」

 一緒の事を考えていたのか。

 私は何も言えなかった。

 「ふぅーあったかー」

 「とろけるぅ」

 二人でお湯につかる。

 「――ちょ!」

 一花が私を後ろから抱きしめる。

 「あわわわわわ」

 背中に柔らかい感触が。

 「さぁ堪能しなさい!」

 「私は変態じゃないよ!!!」

 「ははははは」

 柔らかい。温かい。

 胸がとかじゃなく。

 一花のそのものの柔らかさ。

 「安心する」

 「え?どうしたのよ」

 「ううん。なんとなく安心しただけ」

 「……そう?私も安心するわ。あんたを抱きしめると」

 ずっと一緒。この手を放したくない。だから守るよ。この温もりを。

 「一花……いつもありが……ん?」

 「えへ、えへへへへ。って、ん?どしたの?」

 一花の手の位置。胸に感じる感覚。

 「なに、さり気なく揉んでるの?」

 「ちゃんと柔らかいなぁーって」

 「ふーん」

 「いッたぁぁあああああああああああ」

 家中に一花の悲鳴が響き渡った。


 「気を付けてね」

 「ええ、あんたも早く寝なさいね」

 「もー分かってるよー」

 一花は手を振って家を出ていった。

 家を出る直前に赤くなった頬をさそすっていたのが見えた。

 私の必殺頬伸ばし。私の胸を揉んだ罰。

 もちろん。ちゃんと揉み返した。その後、鼻血を出してしまったけど。何か気づいたら一花も出してたし。

 ベッドに横になる。

 疲れた。

 「まだまだ、か」

 鍛錬の事を思い出す。

 師匠に一撃も食らわせられなかった。自分の中でもかなり動けた。一花とも連携とれているつもりだった。

 でも、届かなかった。

 「もっと早く纏わせないとなぁ」

 はぁ、エアコンも逃した。てか、今日の鍛錬いつもよりきつかった。

 師匠との対決したから余計にだな。

 そっと目を閉じる。

 「桃井さん、また話掛けてくれるかな。また、たくさん話したいな」

 桃井さんの事を思い出して喜びを噛みしめる。

 「……むね」

 明日は目線に気を付けよ。

 桃井さんのも見たいな。できれば触り……。

 「なぁに考えてるんだぁああああ!わたしはぁあああああああああああああああああ」

 枕に顔を埋め悶える。

 私は変態なのか……。


 

 ………………。

 「ねぇねぇ因幡ちゃん!今日、お昼空いてる?良かったら私と一緒に食べない?」

 「だめ!ねぇ因幡さん!うちと一緒に昼休み遊ばん?てか、放課後ひま?一緒に遊び行こ!」

 「だめだめ!因幡さんとはワタシが一緒に帰るの!」

 周りの女の子が揉めている。

 「まって、私のために喧嘩しないで。お昼はみんなで食べよ!放課後はごめんね~予定があってぇ」

 「因幡ちゃんやさしいい!」

 「ダイジョブ!困らせちゃってごめんね!」

 「ワタシ!因幡さんの隣~!」

 「だめぇええ」

 私のためにまた喧嘩しだした。

 「困ったなぁ~」

 「相変わらず人気ねぇあんた」

 一花が下から私をのぞき込んで顔を見る。

 「一花余裕だねぇ」

 「あったりまえじゃない!特等席は私の者だもの」

 私は一花の膝に座っている。一花の特等席。

 「人気者も困りものだなぁ」

 「さーちーちゃーん!」

 「あー!きたきた!」

 ぎゅっ!

 桃井さんが抱き着いてくる。

 「もー!桃井さん私の事好きすぎ!」

 「そうよ~さちちゃんは私のもの!」

 「なに!言ってんのよ!私のよ!」

 「いーや、私のよ~」

 あー、一花と桃井さんまで。

 まったく、この人気者オーラ消せれたらな~!

 「みんなの事だーいすきだよ!」

 「きゃ――――――!!!」

 みんなの歓喜が教室を包む。

 私はみんなのアイドルだからね!皆を愛さなきゃ!

 ……………………。

 …………。

 ……。

 「………………ぬ……ぬぉおおおおおおおおおおお」

 三時限目の途中。私は羞恥心に溺れた。

 「ははははは!あんたが寝るなんて珍しいわね!」

 「一花も寝てたでしょ!!!!」

 「え?起きてたわよ?」

 「うそ!?」

 「一時限目までは」

 「ほっとんど寝てるじゃん!」

 一花は頼れそうにないな。

 私は、三時限目が始まって間もなくして睡魔に敗北してしまった。昨日の疲れが効いたんだと思う。

 三時限目のノート、どうしよう。一花は寝てるし、誰かに見してもらうって言っても、頼めるほどの仲の良い子が……。

 「また何か騒いでるの?」

 「!?」

 救世主!天使!女神!

 「桃井さん!」

 「え!どうしたのぉ?」

 「ノート見して欲しいんだけど……いい?」

 「…………」

 「……えっと……だめ?だよね……あはは」

 「そんなことないよ!いいよ!いいよ!見せてあげる!待ってて!いま、持ってくよ!」

 「え、う、うん」

 すごいテンションで机からノートを取り出している。どうしたんだろ。

 「どーぞ!」

 「ありがとう」

 「あんた凄い嬉しそうね」

 桃井さんはピョンピョンと跳ねながら胸を揺らしている。じゃなかった、胸を躍らせているように見える。

 「だってぇ、さちちゃんからノート見せてって滅多にないでしょ?頼られたのうれしくてぇ~」

 「なるほど」

 ええ!桃井さん可愛い!そんな事で喜んでくれてるなんて!

 「桃井さんのノート綺麗。すごい見やすいよ!」

 「ええ?本当?ありがとぉおお!」

 桃井さんが私に抱き着く。

 ゆ、夢と同じだ!現実になった!

 「えへへ~」

 「え~何その可愛い顔~かわいい~」

 「あー、さちは喜びゲージが八十%を超えると顔がとろけるのよ」

 「え~!そうなの?じゃ、もっと喜ばせてあげよ~よーしよしよしよし!」

 「むふふ~えへへ~ぐふふ~ふ~へぇ~」

 顔に温もりが。夢が叶った。桃井さんの巨峰。柔らかい。一花とは違う感触。最高……。

 「って!次の授業、体育じゃない!早く着替えないと!」

 「あら、そうね」

 「ふぅへへぇへぇぇぇ~~~」

 「あんた!いつまでとろけてんのよ!早く着替えないと遅れるわよ!」

 そ、そうだった。急がなきゃ。

 ……ダメだ。ふわふわする。

 「まったくもぉおお!」

 「あー!私も私もー!」

 二人が着替えを手伝ってくれた。


 「体力測定何て聞いてない……」

 「良かったわね正気に戻って」

 あの後、急いでグラウンドに向かった。何とか間に合ったけど、その先が地獄だった。

 体力測定。私、そこまで運動神経良くない。憂鬱だ。嫌な時間だ。さっきまでは天国だったのにぃいいい!

 「――っと!」

 「――よいっしょっと!」

 それに比べて、この二人は楽しそう。

 二人は五十メートルを走り切りタイムが読まれる。

 「橘!六秒八八!」

 「桃井!七秒三八」

 早すぎでしょ。

 女子の中でもこの二人は最速。クラスどころか、学年でもトップ。

 しかも、走った後なのにあんなに元気。楽しそうに話してる。

 「因幡!準備はいいか?」

 「は、はい!」

 先生が準備をする。

 「よーい!」

 下げた手を一気に振り上げる。

 「――ッ!」

 地面を蹴り、前に出る!

 息が荒くなる。もっと前に!

 ゴールが近づく。

 「――よし!」

 走り切った。

 やった。終わった。私凄い!

 「因幡!八秒七六」

 「……ぇ」

 七秒……切らない……。

 …………。

 あはは。私、おそ。

 私はゆっくり次の種目の場所へ向かう。

 せめて、桃井さんには勝ちたかったな。私は鍛錬してる訳だし。

 「……もう、疲れたよ……」

 「さーちーちゃーん!」

 「わぁっ!」

 桃井さんが勢いよく飛びついてきた。

 「よく頑張ったねぇ~いい走りだったよ~!よ~しよしよし!」

 「…………ふぇふぇ~」

 ぬくい。最高。疲れが飛んでいく。

 「も…もい…ふぁん?」

 「うんうん!頑張りは伝わった!つぎよぉ!次をやるのよ~」

 次の種目は、長座体前屈。

 私は桃井さんに支えられて位置に着く。

 「――ふん!」

 「ぉおおおおお!」

 周りが驚きの声を上げる。

 「因幡さんの記録!六十八センチ」

 「……ぇ?」

 六十八?

 「凄いわ!さちちゃん!いい子いい子!よく頑張ったわ!ちなみに、私は五十五センチだったわぁ」

 「ワタシスゴイ?」

 「凄いわ!学年で一番柔らかいってぇ!」

 「ふぁぁ」

 私は桃井さんの胸に体を預ける。

 さいっこうぉおお。

 「あんた、さちで遊ぶのやめなさい」

 「えぇ、別に遊んでるわけじゃないわよぉ?」

 「そんなにとろけさせて、どうすんのよ。このあとの種目」

 「まずは気分を上げることが大事だと思うけどぉ?」

 何か桃井さんと一花が話してる。何を話してるんだろ。

 「よーし!さちちゃん!この後の種目がんばろ!私も一緒に行くからぁ」

 「……うん……がんばりゅ……」

 気づいた時には半分の種目が終わっていた。

 「私、やってのけたの?」

 「ええ。やってのけたわ」

 「私!スゴイ!」

 「ええ。すごいわ」

 「何で、そんなに雑なの?私!頑張ったんだよ!」

 「いやー、最初の種目以降、あんな情けない顔で種目をこなしてる子って、今までであんただけよ……」

 「……え?」

 一花の話によると、どの種目もふぉふぇえええ~と顔をとろけさせながら終わらせたようだ。

 しかも、種目が終わるごとに桃井さんが駆け付け褒める。またとろける。そのまま次の種目へ。終われば、また褒める。

 それを繰り返していたそう。周りの子達がくすくすと笑っているのが見える。

 「……私、そんな情けない顔を……」

 「さーちーちゃーん!」

 「ふぎゃ!」

 桃井さんが私に抱き着き頭を撫で始める。

 「よく頑張ったわねぇ。もう今日のノルマは達成したわぁ~もう~自由時間でいいらしいわぁ~」

 「ふぁぁ~やったぁ~」

 幸せぇ~。

 「はい!もうおしまいよ!」

 「ちょっとぉ!」

 「あんた!くっつきすぎよ!」

 「いいじゃない!私にだってさちちゃん頂戴よぉ」

 「いやよ!」

 「いつも一緒にいるじゃないぃ~」

 桃井さんと一花が私を取り合う。

 夢と同じだぁ。これは夢?現実?天国なのぉおおお????

 「そうだ!あんたは知らないようだけど……」

 「なぁに?」

 「アタシ、昨日一緒にお風呂入ったわ」

 「……ぇ」

 桃井さんは勢いを失う。

 「そんなぁ」

 「アタシ達の間には、入ることはできないのよ。さちの成長も、この手で確かめたしね」

 「それはどういう……」

 「さちと胸を揉みあったのよ!」

 「そんな!!!!」

 一花がドヤ顔で桃井の前で私を抱きしめる。

 「ずーるーいー!」

 「ふふーん」

 「私もお風呂一緒に入るぅ~」

 「それは無理よ。アタシ達は放課後、習い事があるし」

 「むー!」

 桃井さんの膨れ顔可愛い。

 徐々に意識がはっきりとしてくる。

 「ねぇねぇ!今度お泊り会しましょうよ~」

 「えぇ~」

 「お、お泊り会?」

 「お?さちちゃん意識戻った?そう、お泊り会」

 桃井さんが私の手を握りながらピョンピョン跳ねる。

 「私もお泊り会したいかな」

 「ほんと!」

 「お泊り会って、そんな時間ないじゃない」

 「お休みもらお!今度!」

 「……」

 一花がちょっと驚いたように見える。

 「じゃ、じゃあ、明日とかどう?」

 「明日?んー、今日相談してみるよ!ね!一花!」

 「そうね、あんたがそこまで言うならいいわよ」

 やった!桃井さんとお泊り会!

 桃井さんと手を取り一緒に飛び跳ねる。

 「楽しみね!」

 「う……」

 ――――!

 私は森の方を見る。

 「……」

 嫌な感じ。この気配は間違いない。

 「どうしたの?」

 「え?い、いや!何でもないよ!楽しみだね明日!」


 体育の授業が終わり、お昼の時間になる。

 お昼は、桃井さんも一緒にお弁当を食べた。

 「さちちゃん!もう、ねんねしちゃだめよ?」

 「き、気を付けます……」

 「そうよ!授業中に寝るなんて良くないんだから!」

 「一花さんもねっ!」

 「はい」

 何か、さっきから桃井さんが子供扱いしている気がするけど、気のせいなのかな……。

 「でも、さちが寝てる時は何となく分かってきた気がするわ」

 「え、なになに?寝言でも言ってるの~?」

 「寝言なんて……言ってないと思う……言ってない!」

 「寝言ではないけど、何かいきなりぬぉおおとか、っくぅうううとか聞こえるのよ。しかも何か暴れてるのよね」

 「ふふふ。怖い夢でも見てたのかしら」

 バレてたのか……。あの夢のせいだ。ある意味怖い。

 「何の夢見てたの~?」

 「え、えっと……その……楽しいゆめ?」

 「なんで、楽しい夢で悶えてんのよ」

 「そ!それは……夢と現実とのギャップがね……」

 「よしよし」

 桃井さんが微笑みながら頭を撫でる。

 言えないよ……あんな……二人をバカにしたような夢。私が密かに夢見ていることなんて……。

 ご飯を食べ終えた私達は、お弁当を片付け机を元に戻した。

 「相変わらず可愛いなぁ、さちちゃんは~」

 「ふへへぇ~」

 私はすでにとろけていた。

 「あんた、さちを凄い気に入ってるわよね」

 「そりゃそうよ~こんなに可愛いんだもの~」

 「何か、このままじゃさちがアホになりそうだわ」

 「そうかしら」

 私の顔はどうなっているのだろうか。私の後頭部は、柔らかい山に挟まれている。

 「なんて情けない顔……」

 「この顔も好きなの~」

 「はぁ」

 桃井さんは私の手をにぎにぎしだした。

 「さちちゃんの手、小さくて柔らかいわねぇ~フニフニ~」

 「ひゅふぇへぇぇぇ~~」

 「あれ……」

 今度は手の平をにぎにぎしてくる。

 きもちいぃ。

 「豆できてるのね」

 「うぎゃ!」

 咄嗟に手を放す。

 「こ、これはたん……護身術の練習でなっちゃって……その……何もしなければ柔らかくて……」

 「大丈夫よ。これはこれで好き。さちちゃんが頑張ってる事が伝わったわ~」

 「桃井さん……」

 「それに、この豆の感触も私、好きなのよねぇ~」

 「ぅう……」

 また桃井さんが私の手を取りにぎにぎする。しかも、豆を中心に。

 何か、これはこれで恥ずかしいよぉ……。

 「そっかそっか……さちちゃん、無理しちゃだめよ?」

 「無理……って?」

 「さちちゃん、かなり頑張り屋だと思うの。だから、頑張りすぎて潰れちゃわないかな~って心配になっちゃって~」

 「……うん。大丈夫だよ。私、案外丈夫だから!」

 桃井さんは微妙な顔をしていた。

 

 その後、昼休みが終わり、午後の授業が始まった。

 「…………すぅ」

 桃井さんに寝ないようにっと言われていたのに、私は敗北してしまった。

 まもなくして、先生に叩き起こされた。みんなが、こちらを注目している。恥ずかしかった。

 同じように一花も叩き起こされていた。ふと、桃井さんを見る。桃井さんはクスクスと楽しそうに笑っていた。えへへ、っと笑い返す。

 先生にバレてしまったから、ちゃんと起きなきゃ。

 「ほわぁ~」

 あくびが止まらない。

 窓の外を眺める。私の視線は山の方へ向けられる。

 体育の時に感じた気配。少し不安だ。


 帰りのHRが終わってすぐ、一花に相談した。

 あの時感じた、森への気配。

 一花は少し考えた後、口を開いた。

 「みつ姉の所へ行きましょ」

 私達は教室を出ようとするとまた、桃井さんが声をかけてくる。

 「一緒に帰ろ!」

 桃井さんの言いたいことは分かっていた。だから今度は、私から誘ってみた。

 「うん!」

 桃井さんは満面の笑顔だった。

 答えは分かっていても、勇気がいた。

 校門まで歩く。何気ない会話をしながら。

 別れる寸前まで、桃井さんが私に抱き着いたり手を握ったりしていた。

 恥ずかしいけど、嬉しいが上回った。

 

 別れた後、私達はある所へ向かう。

 この町の診療所。知由李診療所。

 そこにいる先生へ用がある。

 「こんにちは」

 「おっと……どうしたんだい?」

 扉を開けると、白衣を着た女性がそっと微笑んで迎え入れてくれる。

 「ちょっとあの件でお話が」

 「そうか、奥へ行くといい」

 私達は奥の部屋へと向かう。

 「気配を感じたのかい?」

 「うん」

 髪を後ろで団子に結び、眼鏡をかけた綺麗な女性。

 この人は、知由李美津葉ちゆりみつはさん。

 ここの診療所のただ一人の先生。

 私達にとってこの人は、お姉ちゃんみたいな存在だ。小さい頃からお世話になっていて、よく面倒を見てもらっていた。

 私達は、みつ姉と呼んでいる。

 「とりあえず、弦十郎さんには伝えておこう。そうだね。今日の~八時頃かな。道場で合流しよう」

 「わかった」

 私達は、診療所を出た。

 師匠のいる道場へ向かう。

 「そうか」

 師匠に森で感じた気配の事を話したけど、もう知っているようだった。みつ姉がもう、連絡したんだと思う。行動が早い。

 その日の鍛錬は、軽く行われた。

 私達も、いつもより集中し行った。

 「そこまで!」

 師匠の掛け声で鍛錬が終了する。

 振り向くと、すでにみつ姉が来ていた。

 「お疲れ様。私、特製のドリンクだよ」

 「やったぁ!ありがとーみつ姉!」

 「おいしいよ!ありがとう」

 私達は少し休み、服を着替える。

 それは制服じゃなく、衣装。綺麗な白色と桜色。巫女服のようだが、動きやすいよにひらひらしていない。

 一花は、黒色に近い紺色。赤い色も入っていてカッコいい感じ。私とは違って、パッと見、忍者っぽい。

 これは、私達にとっての正装のようなもの。戦闘服。

 準備が整ったら、森へ向かう。

 私、一花、みつ姉の三人。

 師匠は、今日はこれないようだ。

 「すまん。今日は外せぬ会議があってな。二人とも油断せず気を付けるのだぞ。美津葉、この二人を任せる」

 師匠は、他の地域の同じ仕事をしている仲間と、会議があるらしい。

 師匠は、この町を担当している。この町の管理。

 この町には結界が張られている。

 結界とは、魔物と呼ばれる悪い存在から守るために張られたもの。

 私達はその魔物を、妖怪と呼んでいる。

 結界は、二つ張られている。

 一つは、妖怪を入れないための結界。守界しゅかい。妖怪は、この結界を通り抜ける事は出来ない。仮にできたとしても、中で体が保てづ、蒸発してしまう。

 もう一つは、妖怪を寄せ集める結界。寄界よかい。妖怪は無意識にこの結界へ集まる。妖怪にとって居心地の良いと思わせる結界らしい。

 なぜ、この二つを張っているかというと、守界は守るだけで、その外には妖怪がウロウロできてしまう。それでは、結界の外を出た時に妖怪に襲われてしまう。

 そうならないために、寄界を使い。外の妖怪をある特定の場所に集め退治する。それを行えば、外に出とも、妖怪は寄界の周辺に集まるため危険が少なくなる。

 そもそも、守界の効果は絶大で、入れないだけでなく、近づけない効果もあるらしくわざわざ近づくような妖怪はいないそう。

 最近はその妖怪自体、少なくなっているみたいだ。だから、妖怪が寄界に集まるのも久しぶり。

 私達が向かっている森は、その寄界が張ってある場所。

 つまり、守界の外だ。

 寄界が張ってある場所は、木が切り取られていて中心が平地になっている。切り取られてるといっても、寄界内全部というわけではない。ある程度見渡しが良くなるように切ってあるだけ。

 森は暗く静か。暗いといっても、真っ暗ではない。黄色い人魂のようなものが浮いている。これは、ここを照らすための結界。

 この結界は、さっき説明したものとは別。結界は、妖怪に対抗するための力。守ったり、寄せ集めたりするほか、自身の体の強化や空間に物理的に存在させたりできる。この結界は物理的に存在させている結界。妖怪を退治するほどのものではなく、あくまで、照らすための結界。

 そして、寄界内に奴らがいる。

 妖怪。奇鬼きき

 小さい鬼の妖怪。鬼と言っても、本物の鬼の劣化版。そこまで、威力があるわけでなく、知能も低い。ただ、素早く、爪が鋭い。

 比較的に、私達のような下層の結界しには倒せるとされている。

 

 私達、結界術師に階級がある。下層、中層、上層。中層から先はさらに階級が存在し。

 六~四階級が中層。三~一階級が上層。

 上層の人間は次元が違うと聞いている。私達の師匠は、四階級。みつ姉は五階級。

 二人とも中層だ。

 

 妖怪の退治には、結界を使うが、武器を主に使って退治する。

 私の使う槍は、ただの槍ではない。妖刀と呼ばれるもの。妖怪を斬るのに特化した武器だ。

 この武器には結界が張られており、結界を纏わせなくても妖怪を斬ることができる。普通の武器で斬ったとしても、傷が浅かったり、そもそも切れなかったりする。それに奴らは、少しの傷なら再生できてしまう。でも、この妖刀を使えば、その再生を遅らせることができる。

 一花も同様に妖刀を使っている。一花の場合は、槍ではなく短剣を二本。リーチが短いが、結界を張りって刃の部分を長くすることだ出きる。一花は物理結界と空間結界が得意だから。

 空間結界は、物理結界と似ているが違う。物理結界は目に見えるような結界と例えると、空間結界はその空間に結界を張ることができる。閉じ込めたり、押さえつけたりと便利。

 私は、物理結界だけど、主に肉体の強化がメイン。体の部位に結界を集中させて強化する。これを使えば、パワーをあげたり、早く移動することができる。


 「さて、そろそろいいかな」

 「はい!」

 「オーケー!」

 奇鬼は七体。

 「結界!」

 ホォワン!

 奇鬼を分裂させる。

 「――ッ!」

 シャキン!シャキン!

 少なくなった方の奇鬼を討伐しに行く。

 槍と体を回しながら二体へ同時に斬りつける。

 「――このぉ!」

 一花も連続で斬りかかる。

 短剣のリーチを結界で伸ばし斬る。

 「――ッギィィ」

 「よし!次!」

 分裂させたもう一方の奇鬼へ切り替える。

 「――ッキィイイイ!」

 「……ぇ!」

 速い!

 咄嗟に槍で攻撃を受け流し体勢を整える。

 「……これは」

 みつ姉は奇鬼の動きを注意深く観察する。

 「何だこの違和感は……」

 奇鬼の様子が変わる。

 「――ギィ……ギィヤアアア!」

 「――――!」

 足に結界を集中させる。

 勢いよく地面を蹴り、空中へ高く飛ぶ。体を丸め小さく回転しながら槍を回し、奇鬼の元へ勢いよく落下する。

 「――ッキィアア」

 奇鬼の手足は切り裂かれ、振り返りとどめを刺す。

 「――ちょっ!」

 「――――ギィヤアアア!」

 勢いよく一花に襲い掛かる。

 ホォワン!

 結界の壁を作り、攻撃を防ぐ。

 「――――!」

 体勢を崩したところをすかさず狙う。

 奇鬼の体を斬りつけ。

 「あげるわよ!」

 短剣に張っていた結界を奇鬼目駆けて放つ。

 「――ッキィアア」

 奇鬼は消滅していく。

 「これで、終わったわね」

 一花は、奇鬼の消滅を確認するとドヤ顔で私を見てくる。

 「見た?アタシの攻撃!」

 「うん、見てたよ。すごく……一花!」

 一花の後ろに奇鬼が!

 奇鬼はすでに腕を上にあげて切り裂く寸前。

 「――――――ッ!!!」

 全力で地面を蹴り、一花の方へ飛ぶ。

 ヴォワォオオオン!!!!

 「――ッキィア」

 物凄い風圧と音と共に全力の斬撃が奇鬼を切り裂く。

 「やっば……」

 地面は削れ。

 バキバキッズドォオオオン!

 大木が折れる。

 「……ぁ、えっと……」

 「妖怪退治完了……よ」

 「はぁ」

 みつ姉が呆れながらこちらへ来る。

 「また派手にやったねぇ~」

 「ちょっと……何というか……やりすぎちゃった!(てへっ)」

 「てへっ!じゃないわよぉお!どうすんのよこれ!」

 「えええ!だって!一花危なかったし……って一花が油断するのが悪いんでしょ!」

 「そ、それは……確かにアタシが悪かったわよ?!で、でも、いくら何でもこれは……」

 一花と言い合いになる。

 「まったく……」

 ヴォン!サァアアア……。

 折れた木が黄色い光に包まれ、粉々になる。

 「おお……」

 「感心してないで、この大量の木の粉運ぶんだよ」

 「これなら……って私達だけで!?」

 「当たり前だろう?実際やりすぎだ。こんなに広々とした空間があってなぜそうなる……」

 「さちのゴリラパワーのせいね……」

 「いちかぁあ!」

 「喧嘩してないで、はやく……」

 バキバキバキ……ズドォオオン!

 「…………ぇ」

 三人で音のする方を見る。

 大木がまた倒れた。

 「はぁ~。まったく、あれは二人で処理しない」

 「な、な……」

 まさか、もう一本折れるなんて……。

 「あ……あんた……どんだけ力込めたのよ……」

 「……なんか……スッキリはしたよ。あはは……」

 月明かりの下、倒れた大木を運ぶ。

 夜は長そうだ。

 


 「それはどういうことだ」

 弦十郎は厳しい表情で尋ねる。

 「我々の部下が確認した。奴らは凶暴になっている。動きもな活発に」

 「なら、どうする。ここ周辺の警戒を強化するか?応援を?どこから……」

 「分かりません」

 今回の会議は妖怪の動きに変化があった事から開かれた。

 妖怪の動きが活発化し、今までより凶暴になった。

 なぜだ。

 「我々の部下が今も調査をしています。まずは、この結界の強化……」

 「強化なんぞできると思っておるのか?この守界は強度なものだ。我々が手を加えることなどできぬぞ」

 「分かっている。あの結界を作った者ももういない。だが、何か練らなければ」

 「…………」

 その空間にいた者は皆、重い口で対策を練る。

 あの事件がまた起きようとしているのか……。

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