第一話 平穏な日常

 チュンチュン!

 窓の外から朝日が差し、小鳥のさえずりが聞こえる。

 「よしっ!」

 鏡の前でくるりと回ってガッツポーズを決める。

 私は因幡幸いなばさち。16歳。高校生だ。

 着慣れてきた制服を整え、セットした長い髪を横に揺らす。私は少し背が低い。だから、身だしなみを整えてお姉さんっぽい雰囲気をさりげなく出す。じゃないと……中学生に間違われるからね……。

 この前、洋服を買いに行った時、店員さんに大人っぽい服ありますか?と、勇気を振り絞って聞いてみた。勇気を出したのに。なのに。

 「大人っぽいお洋服ですか?そうですね~こちらとかどうでしょう?大人びて見えて、可愛さも残せると思うのでオススメですよ?もしかしたら、高校生に間違われるかもしれませんね!フフフ」

 ハハハ。高校生に間違われる?高校生なんですけど!!!高校生になってから!もう!3ヶ月なんですけど!

 「はぁ~結局、あの日は何も買えなかったなぁ。洋服はとっても良かったんだけど……何か、プライドが許せなかったな……ハハハ」

 ピロン!

 「あっ」

 スマホの画面にメッセージ出ている。

 (ついたわ)

 (いまいく!)

 返信して急いで家を出る。

 「おはよ~さち!」

 家の前で手を振るボブヘアの女の子。幼馴染で私の親友。橘一花たちばないちか。親同士が仲良しで、赤ちゃんの時から私達は一緒。当たり前のように隣にいて、周りからよく姉妹みたいって言われる。

 まぁ、姉妹ってことはどちらかが妹って事になるけど……。仕方がない。

 一花は、背が高くてスタイルがいい。そして、胸も。服も少し着崩してるし、世話焼きで運動神経も良くて、クラスでは皆に好かれてる。全てが私と正反対。

 私は、身長が148センチ。背が低くて、胸も……まだ、成長の準備中。運動神経もそこまで良い訳じゃなく、人見知りだからクラスの人と話すとぎこちなくなる。

 一花の身長は160センチ。もう、お分かりでしょう。この身長差。私の体、もう準備できる頃かな?いつでも良いからね、成長。

 「一花おはよう」

 「相変わらず暑いわねぇ~バイクの免許でも取ろうかしら」

 「バイクの免許?」

 「そう。バイクの免許って十六歳から取れたでしょ?バイクがあれば、この暑くて長い通学路もだるさを感じず学校まで行けるわ」

 「え~私はどうなるの?見捨てる気?」

 「大丈夫よ!後ろが空いてるわ!」

 「却下!怖いし、二人乗りは確かダメだったでしょ?捕まりたくないし」

 「まじめねぇ~」

 話しながら学校の方へ歩く。七月に入って、まだそんなに日を重ねたわけじゃないのに暑さがすごい。家を出て、そんなに時間たってないけど汗が出てくる。持ってきたタオルをさっそく使う。一花はすでに首へ掛けてる。一花と私の家まで遠い訳じゃないけど、たくさん汗かいてた。

 「あら~おはよう~」

 笑顔で挨拶をしながら来るおばあちゃん。いつも朝、通学路を通ると会うおばあちゃん。いつも朝早くから散歩していて、見かけるといつも笑顔で話しかけてくれる。

 「おはようございます」

 「おはよ!おばあちゃん」

 「今日も一花ちゃんは元気ねぇ」

 「でも、この元気もやがてなくなるわよ……この暑さが続く限りね……」

 一花はクラスだけでなく近所のおばあちゃんたちからも人気。一花と話すと元気がもらえるとか。

 「ふふふ。本当、二人は仲がいいわねぇ~姉妹みたいで微笑ましいわぁ~」

 …………。

 「ふふふ。あなた達を見ていると元気が出るわ~」

 「アタシ達もおばあちゃんの笑顔を見ると元気がでるわ」

 「あらあら。一花ちゃんも幸ちゃんも、今日は暑いから水分をしっかりとるんだよ」

 「ええ、ありがと!おばあちゃんも気を付けてね!」

 「学校まで気を付けてね」

 「ええ、行ってきまーす!」

 「行ってきます」

 おばあちゃんと別れ学校へ向かう。

 

 学校の門をくぐり、下駄箱で靴を履き替える。

 教室までの道、凄い暑い。窓からの風が涼しい。

 「ふぁぁあああ」

 教室の扉を開けると涼しい風が私達を迎え入れる。

 「暑かったぁ~」

 「うん。教室涼しいね」

 「……」

 教室に着いてすぐ、一花は机に溶けていった。

 教室の中はエアコンによって涼しくなっている。暑苦しかった外とは別世界にいるようだ。まさに天国。

 「ねぇ?さち?」

 「……なに?」

 「どうしたのよ?」

 「……」

 一花が顔を覗かせる。

 見破られてるな。私の機嫌が悪い事。

 「……どっちが……妹?」

 「……あぁ~」

 一花の呆れ顔。分かってるよ。そんなことって。

 「さっにおばあちゃんが言ってた、姉妹みたいッての気にしてるの?」

「……うん」

「まったく、そんな事で……」

 そんな事って……私にとっては重要事項だ……。

「大丈夫よ、さち。そんなの決まってるじゃない……」 

 一花が優しく微笑んで頭を撫でる。

 「……いちかぁ(ぱぁああ)」

 キラキラした目で一花を見上げる。一花は優しいからきっと……。

 「姉は……」

 「うんうん」

 「姉はアタシ!妹はあんた!」

 「ぃいちかぁあああああ!」

 「あはははは」

 私の反応を見て大声で笑う。

 なんだよ!期待させておいて、突き落とすなんて!私より少し……少しだけ背が高くて、胸が大きいからって~~!!!

 私は一花を掴み、前後に揺らす。怒りのままに。

 「相変わらず仲がいいわねえ~」

 ふわふわな髪をなびかせ、ニコニコと上品のある笑顔で歩いてくる。

 「……あんた」

 「なぁに?」

 「また車で来たんじゃないでしょうね?」

 「フッフッフンー」

 「……」

 「快適だったわぁ~外は暑かったみたいねぇ~」

 「ッくっそぉおおお」

 一花が机を叩きながらドタバタしている。

 「いいなぁーアタシも車で登校したいなぁー」

 「あら?どうしてもって言うなら~帰り車乗ってく?」

 「え?あー帰りはいいのよ。登校。朝、学校まで歩くのが嫌なの。朝、車に乗りたいの!快適な!涼しい!あの!車に!」

 「そっかぁ~ざぁ~ねぇ~ん」

 「なんでよ!」

 「だって~それだと朝早く起きなきゃいけないじゃない?」

 「あーんーたーねぇー!」

 さっきから一花を煽ってる女の子。桃井あかり《ももいあかり》さん。お嬢様。親が大手の社長でその娘。お金持ちでいつも登下校は車。エアコンの効いた。

 「朝起きるの苦手なのよね~ゆっくりしたいし」

 「早起きくらいしなさいよ!アタシ達の気持ちに寄り添いなさいよ!」

 「え~~」

 二人の争いはしばらく続いた。

 桃井さんと一花は、いつもこうやって煽りあい?をしている。まぁ一方的に一花が煽られてるだけなんだけど。

 桃井さんはふと、考えて言う。

 「そういえば、あなた達は部活、どこにも入ってないのよねぇ?」

 「うん。部活はどこにも入ってないよ」

 「じゅあ放課後はいつも何をしてるの?」

 桃井さんは首を傾げる。

 「……え?」

 「だってあなた達、いつも早く教室を出てるじゃない?何か習い事とかしてるのかな~って」

 「ぁ、あー。まぁそんなところね」

 一花が苦しそうに合わせる。

 「何をしてるの?」

 「えっと……」

 桃井さんがさらに掘り下げる。

 な、なにか言わないと……。で、でも嘘とか苦手だしなぁ。どうしよ。このままだと怪しまれちゃう。

 ふと、一花を見る。

 「……」

 あはは~と笑って私の方を見ていた。

 えぇー、私を頼るって……。

 「え、えっと。ご、護身術!護身術を少し!」

 「護身術?!」

 と、とっさに護身術とか言っちゃった。まぁ嘘ではない……よね。

 「何で護身術?」

 「えっとー、私達の親って、家にいる事って少ないんだよね。だから何かあったら大変だから、何かあった時のためにって、一花と私のお母さんが……ね……」

 「へ~なるほどね~」

 目を細めて、ふーんっと言いながら黙り込む。

 ご、ごまかせた……かな……。

 「その……護身術の特訓?は何時までやっているの?」

 「えっと……だいたい九時までかなー」

 「九時……結構遅くまでやっているのね」

 「うん。帰りは暗いからちょっと怖いんだよね。あはは」

 「早く終わることはできないの?」

 「んー。始まりが六時だから、鍛錬は三時間。二時間じゃちょっと、短くて」

 「……そう」

 「あ、大丈夫だよ!帰りは明るいところ歩いてし、一花と一緒だから」

 「……そうね、ゴリラが近くにいたら大丈夫ね」

 そっと視線を一花に向ける。

 「ちょ、だれがゴリラよ!」

 「でも、気を付けてね。最近…………」

 キーンコーンカーンコーン!

 チャイムが鳴った。

 「あら、席に着かないと。またねっ二人とも」

 「うん、またね」

 桃井さんが席に向かっていく。

 何か言いかけてたけど、何だろ。なんとなく桃井さんの顔が暗く感じたけど。

 「ねぇ一花」

 「ん?」

 「ごまかせた……よね?」

 「ええ、たぶん大丈夫だと思うわよ」

 「本当の事は言えないから……」

 「言っても、信じてもらえないだろうしね。護身術も嘘ではないし」

 「あはは……」

 

 HRが終わり、授業が始まった。

 「……いい天気」

 窓の外を眺める。

 風に揺られ、木から舞う葉。青い空を飛ぶ鳥。眠くなっちゃう位気持ちがいい風。平和だなぁ。

 「――すぅ」

 前の席にいる一花の首は、カクカクと縦に首が動いている。夢の中だなぁこれは。

 「はぁ」

 ノートを自分なりにまとめる。きっと、後で一花に見せることになる。無理はない。私も正直眠い。昨日の疲れが来てる。昨日も鍛錬をしていたけど、昨日の鍛錬は正直きつかった。

 「体が……痛い……」

 あと三時間……持つかな……。

 私は寝ないようにノートをまとめるのに集中した。

 ……。

 …………。

 ………………。

 「……あれ?私寝ちゃってた?やっば!もう休憩時間ぽいけど……」

 「おはよう。さちちゃん」

 「桃井さん?!ごめんなさい、私寝ちゃってた、あはは」

 桃井さんに寝てるとこ見られちゃった。何か恥ずかしいなぁ。

 「さちちゃん、何か欲しいものない?」

 「欲しいもの?」

 「そう、さちちゃんいい子だから、何かプレゼントしたいなぁって」

 「そうだなぁ」

 チラッ。

 桃井さんの上半身に目を向ける。やっぱり、おっきい。羨ましい。ほんとは、一花のような大きさが理想だけど。桃井さんのは桃井さんので、なんだろ、形かな、いろいろと良い。

 「む、胸……とか……」

 「ほうほう、なるほどねぇ」

 恥ずかしい。

 桃井さんにこんな事言うなんて。私……一体どうした!

 桃井さんは腕を組み、首を縦に振る。腕を組むおかげで胸が強調される。

 め、目が離せない。

 「じゃあ、可愛いさちちゃんにプレゼントしよう!」

 「……え?」

 「受け取れぇー!私の愛だぁーー!」

 桃井さんは両手を私の前に伸ばし、何か念を送る。

 「え、えぇええええ」

 胸が……胸がどんどん大きくなっていく。

 「す、すごい!私の……私の胸が……大きく!」

 「喜んでもらえてよかったわ」

 「ありがとうございます!桃井……さん……?」

 あれ?何か、桃井さんの胸が。

 「桃井さん……胸が……」

 これまであった山が……平地になっている。まったいらに!

 「あーこれね。さちちゃんには私の胸をプレゼントしたの。だからね、プレゼントした分、私の胸が小さくなってしまったの」

 「そんな……」

 「でも、いいのよ。さちちゃんの可愛い笑顔が見れれば。それでいいの!」

 優しく微笑む。

 桃井さん……。胸も大きかったけど……心の広さまで大きかったなんて……。

 自分の胸に手を当て、大きさを堪能する。

 「ぅうう。ありがとうございます!私、この胸!大切にします!桃井さんの胸!大切にします!」

 「うん、大切にしてね!」

 ついに、ついに私も、巨乳ライフが……。

 ………………。

 …………。

 ……。

 「……………………はぁ…………」

 夢かぁああああああああああああああああああああああああああ。

 「わたし、私なんて夢を……桃井さんごめんなさい…………恥ずかしい…………」

 顔を手で覆い悶えた。

 時計を見ると、十五分くらい寝ていたらしい。おかげで目が覚めたけど。はぁ……。

 その後、午前の授業では、眠ることはなかった。が、授業中は思い出すたびに悶えていた。


 「やっとお昼だぁー!」

 お昼のチャイムが鳴り、お昼休憩に入った。

 一花がウキウキでお弁当を開ける。

 「いただきまーす!」

 「いただきます」

 私達は机をくっつけてお弁当を食べる。

 「あらあら、おいしそうね」

 「っむ!」

 桃井さんが近くの椅子を私達の席へ持ってきて座る。

 「何の用よ」

 「一緒にご飯食べようと思って」

 「ムムム」

 「桃井さん、ここどうぞ」

 「ありがと、さちちゃん」

 桃井さんのお弁当を置くスペースを作る。

 桃井さんはニコニコしながらお弁当を置く。

 「あら?なぁに?」

 桃井さんおお弁当を一花が恨めしそうに見つめる。

 「あんたの方がよっぽど」

 「そう?私的には、あなた達のお弁当の方がおいしそうに見えるけど~」

 「あはは」

 「隣の芝生は青く見えるものね」

 「んな!」

 意図して言っていない事は分かる。桃井さんは天然なところがある。一花にはダメージが入ったけど……。

 桃井さんのお弁当は豪華だった。色鮮やかで、キラキラしてる。おいしそう。

 「……」

 どうしよ。目線が胸に。さっきの夢思い出して、何かなんだろ。

 「ん?どうしたの?」

 やば、ばれる!

 「えっと……そういえば一花。授業中寝てたでしょ」

 「え!?」

 無理やり話題を出す。一花には申し訳ないけど。

 「あら?そうなの~?」

 「お、起きてた授業もあったわよ……英語の授業とか……ね……」

 「英語の授業って四時限目でしょ~もしかして、寝てる授業の方がほとんどかしら?」

 「さぁ~ねぇ…………」

 「まったくもー!」

 「て、ことで!さち~一限目から三限目のノート見して~」

 「一時間しか起きてないのね。フフフ」

 「仕方ないなぁー」

 まぁいつもの事だからね。ノートを渡す。

 一花は悪いわねっと手を合わせて受け取る。その間、桃井さんは楽しそうに口に手を当てて笑っていた。

 お弁当を食べ終わった後も、三人で休憩時間を過ごした。

 「……あれ?」

 ふと、桃井さんを見ると、何か考えている様子が見えた。

 「ふふ」

 目が合うとニコっと笑い、楽しそうに話し始める。

 お昼の時間が終わり、午後の授業へ入る。

 結局、聞けなかったなぁ。桃井さん、何か悩んでるようだったけど、なかなか聞くタイミングがなかった。目が合うと楽しそうに話を始める。きっと心配させないよにするためだと思う。私のコミュ力では聞けなかった。一花は気づかないし。

 「……すぅ」

 午後の授業。一花はまた睡魔に囚われてしまった。

 午後の分も必要かな。これは。


 午後の授業が終わって、放課後になる。私達は帰る支度をした。

 「今日もがんばろ」

 「ソウネーガンバリマショー」

 なんて、やる気のない。

 「じゃあ、いこっか」

 「ええ、地獄へ向かい歩きましょ」

 「地獄って……」

 鞄を持って、元気の無い一花を連れて教室のドアを開ける。

 「まって~」

 後ろから声を掛けられ、振り向く。

 「校門まで一緒に行きましょ」

 「え?」

 桃井さんが小走りで私達の元へ来た。

 「ダメだった?」

 「ううん!そんなことないよ!」

 「よかったぁ〜」

 桃井さんは嬉しそうな顔をする。

 感情が顔に出やすいタイプだなぁ。

 「じゃ~校門までね」

 「あんた、アタシ達を煽るために付いて来たんじゃないでしょうね?」

 「そんなんじゃないわよ~たまには一緒に帰りたいなぁって思っただけ。それに私、煽った事なんてないけど?」

 「あんたねぇ」

 下駄箱で靴を履き替えて校門へ向かう。

 「ねぇ二人とも」

 「なに?」

 桃井さんの顔が少し暗い?ように感じる。

 「いや、何でもない」

 「……そう」

 何か言いたそうに見えたけど、また表情を変えて別の話をしだした。

 「二人とも暗くなると危ないから、なるべく明るいところを歩いて、なるべく早く帰るのよ~」

 「どうしたのよ急に」

 「暗くなると不審者が出るかもしれないでしょ?あなた達は遅くまで習い事あるし~」

 「なるほど。アタシが可愛いから一層気をつけなきゃいけないって事よね」

 「さちちゃん小さくて可愛いから、誘拐されちゃうかもだしね~」

 何か照れるな……。

 「そうそう、アタシもスタイルいいし可愛いから危ないわね!」

 「あ、うん。まぁ一花さんは大丈夫だと思うけど」

 「何でよ!」

 「わざわざゴリラに近づく人はいないでしょ?」

 「あーんーたーねぇー!!!」

 「あはは」

 二人とも仲良しだなぁ。

 「でも、一花さんも気を付けてね」

 「え、う、うん」

 あれ?何だろ?何か違和感が。

 校門に着くと黒い車が止まってるのが見える。

 「それじゃ~私はここで」

 「うん!また明日ね」

 ドアが自動で開き車の中が見える。

 中は質のよさそうな椅子と内装。何か、小さなテーブルみたいのある。

 「よいしょっと」

 「迎えに来てくれてもいいのよ~」

 「気が向いたらねぇ~」

 自動でドアが閉まり、車が発進する。

 窓の向こうで桃井さんは手を振っていた。私も小さく手を振り返した。

 ブゥ――ン!

 車が遠ざかっていく。

 「涼しかったわね……」

 「ぇ?……うん」

 桃井さんが乗る時、中から涼しい風が私達を包んだ。車の中はきっと、冷房が効いていて快適なんだろうな。羨ましい。午後になってもまだ、暑い。

 「にしても、すごい見られたわね~」

 「……うん」

 校門付近に黒い車が止まり。運転席には黒いタキシードを着た人が。それに乗る女子高生。あんなの桃井さんだけだ。

 周りの生徒たちがすごい注目していた。誰だって注目する。私達も最初の頃はそうだった。正直今でも見かけると見つめてしまう。

 「珍しいわね。あいつが一緒に帰ろうだなんて」

 「そうだね。まぁ、いつも急いで教室出てるし、仕方がないけどね」

 「なんか、今日はずっと一緒にいた気がするわ~」

 今日は、休憩時間になるたびに桃井さんが話しかけに来てた。いつもはそんなに会話するわけから珍しく感じる。

 「どうしてだろ」

 「あいつの考えてることはアタシには理解できないわ」

 今日、何か悩んでる事多かった気がしたけど、もしかして話すタイミング伺ってたり、内容考えてたのかな?そう考えると何かニヤニヤしてしまう。嬉しさと。桃井さんの可愛さに。

 私は人見知りだから、今日は桃井さんとたくさん話せてよかったな。これからも、たくさん話せたらいいなぁ。

 目的地に向かい歩るく。その間、ずっとニヤニヤしていたと思う。夏の暑さも気にならない位に。


 「はぁ」

 一花の大きいため息。

 目の前の長い階段。私達はこれを上らなくちゃいけない。

 「エスカレーターにしてくれればいいのに……」

 「それ良いね。私、上りたくなくなってきちゃった……」

 長い階段を上る。三分の二を上ると鳥居が見えてくる。鳥居をくぐり終える頃には、息が切れていた。体力がない訳じゃない。暑さのせい。暑いなか、長い階段を上ったから。言い訳じゃない。うん。

 歩いていくと神社が見える。私達は神社の奥へ向かう。目的地は神社の奥にある道場。

 「おー、きたか」

 奥から声が聞こえる。

 「こんにちは」

 道場の中に入る。

 道場の中は木の香りに包まれていて、静か。

 道場の奥の方におじいさんが座っている。

 「着替えて、水分を取ったら始めるぞ」

 このおじいさんは、私達の師匠。岩切弦十郎いわきりげんじゅうろう。とても威圧があるけど、実は優しい。おじいさんと言っても、よぼよぼな訳じゃない。筋肉があり、運動神経も良い。この先、介護なんて必要ないと思う。まぁ、五十六歳とそこまで歳をとってるわけじゃないけど。

 「始めるぞって……暑いんだけど」

 「集中すれば暑さも忘れる」

 「いや、忘れた頃には倒れてるんじゃ……」

 「その前に水分を取らせるから問題ない」

 「エアコン付けなさいよ!」

 一花がキレる。しかし、師匠は動じない。

 「仕方がなかろう。無い物はない」

 「買いなさいよ」

 「……やかましい!さっ始めるぞ」

 「んなぁあああ」

 最後はごり押しだった。

 私と一花は、幼い時から師匠に稽古をつけてもらっている。私達にとって師匠は、おじいちゃんみたいな存在。

 そんなおじいちゃ……師匠は優しくもあるが厳しい。

 これから地獄の幕が上がる。

 

 「はじめ!」

 師匠の合図とともに鍛錬がスタートする。

 「――ッ!」

 パンッ!

 ドンッ!

 カンッ!

 道場に激しい音が響き渡る。踏み込む音と木刀が重なる音。

 私は槍を振り、一花は双剣を振るう。

 「幸!もっと踏み込め!」

 「はいっ!」

 「一花!もっと積極的に攻撃をしんか!」

 「分かってるわよ!」

 師匠の厳しい鍛錬は続いた。

 「――ッこんのぉおおお」

 「――ッたぁああああ」

 ドンッ!パンッ!

 私達の持つ木刀は、また強くぶつかる。

 足を踏み込み、さらに前へ。

 さらに強く。

 さらに早く。

 一花の攻撃を受け流しながら攻撃をする。

 私の攻撃を片方の木刀で防ぎ、もう一方の木刀でカウンターを決める。

 それをまた受け止める。

 その繰り返し。

 

 「そこまで!」

 「くは――」

 「ふは――」

 師匠の合図とともに床へ崩れる。

 「……あつすぎんのよ……」

 「……流石にきつい……」

 「ほれ、水分を取りなさい」

 師匠が水を持ってきてくれる。

 「ちょっと!ホントにエアコン付けてくれない?」

 「暑さに対応できなくては一人前にはなれんぞ!」

 師匠が圧を掛けてくる。

 「ホントはお金がなくて付けられないだけ……」

 「何か言ったか?!」

 「いえ……なにも……」

 圧に押され負けた。

 「では、少ししたらまた再開するぞ」

 「えええええええ」

 「もう諦めたら?」

 「嫌よ!暑いもん!」

 あー。一花がダダをこねだした。

 「まったく……では、わしに一撃でも加えることができたら、エアコンを付けてやってもよいぞ」

 「それホント!」

 「でも、一撃って……」

 「二人同時にかかってきなさい」

 「――っ!よしっ!一花!」

 「ええ!」

 私達のやる気は急上昇。

 「分かりやすい奴らめ……では、準備は良いか?」

 「はい!」

 「いつでもいいわよ!」

 「はじめ!」

 私達は全力で師匠に立ち向かった。

 「エアコンのためぇええ!」

 「これまでの恨み!思い知りなさいぃい!この老いぼれがぁああ!!!」

 ドン!!!!!!ドン!!!!!!!パァアアアアンン!!!!!

 とても重く、とても鈍い音が道場中を響き渡らせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る