第一話 平穏な日常
チュンチュン!
窓の外から朝日が差し、小鳥のさえずりが聞こえる。
「よしっ!」
鏡の前でくるりと回ってガッツポーズを決める。
私は
着慣れてきた制服を整え、セットした長い髪を横に揺らす。私は少し背が低い。だから、身だしなみを整えてお姉さんっぽい雰囲気をさりげなく出す。じゃないと……中学生に間違われるからね……。
この前、洋服を買いに行った時、店員さんに大人っぽい服ありますか?と、勇気を振り絞って聞いてみた。勇気を出したのに。なのに。
「大人っぽいお洋服ですか?そうですね~こちらとかどうでしょう?大人びて見えて、可愛さも残せると思うのでオススメですよ?もしかしたら、高校生に間違われるかもしれませんね!フフフ」
ハハハ。高校生に間違われる?高校生なんですけど!!!高校生になってから!もう!3ヶ月なんですけど!
「はぁ~結局、あの日は何も買えなかったなぁ。洋服はとっても良かったんだけど……何か、プライドが許せなかったな……ハハハ」
ピロン!
「あっ」
スマホの画面にメッセージ出ている。
(ついたわ)
(いまいく!)
返信して急いで家を出る。
「おはよ~さち!」
家の前で手を振るボブヘアの女の子。幼馴染で私の親友。
まぁ、姉妹ってことはどちらかが妹って事になるけど……。仕方がない。
一花は、背が高くてスタイルがいい。そして、胸も。服も少し着崩してるし、世話焼きで運動神経も良くて、クラスでは皆に好かれてる。全てが私と正反対。
私は、身長が148センチ。背が低くて、胸も……まだ、成長の準備中。運動神経もそこまで良い訳じゃなく、人見知りだからクラスの人と話すとぎこちなくなる。
一花の身長は160センチ。もう、お分かりでしょう。この身長差。私の体、もう準備できる頃かな?いつでも良いからね、成長。
「一花おはよう」
「相変わらず暑いわねぇ~バイクの免許でも取ろうかしら」
「バイクの免許?」
「そう。バイクの免許って十六歳から取れたでしょ?バイクがあれば、この暑くて長い通学路もだるさを感じず学校まで行けるわ」
「え~私はどうなるの?見捨てる気?」
「大丈夫よ!後ろが空いてるわ!」
「却下!怖いし、二人乗りは確かダメだったでしょ?捕まりたくないし」
「まじめねぇ~」
話しながら学校の方へ歩く。七月に入って、まだそんなに日を重ねたわけじゃないのに暑さがすごい。家を出て、そんなに時間たってないけど汗が出てくる。持ってきたタオルをさっそく使う。一花はすでに首へ掛けてる。一花と私の家まで遠い訳じゃないけど、たくさん汗かいてた。
「あら~おはよう~」
笑顔で挨拶をしながら来るおばあちゃん。いつも朝、通学路を通ると会うおばあちゃん。いつも朝早くから散歩していて、見かけるといつも笑顔で話しかけてくれる。
「おはようございます」
「おはよ!おばあちゃん」
「今日も一花ちゃんは元気ねぇ」
「でも、この元気もやがてなくなるわよ……この暑さが続く限りね……」
一花はクラスだけでなく近所のおばあちゃんたちからも人気。一花と話すと元気がもらえるとか。
「ふふふ。本当、二人は仲がいいわねぇ~姉妹みたいで微笑ましいわぁ~」
…………。
「ふふふ。あなた達を見ていると元気が出るわ~」
「アタシ達もおばあちゃんの笑顔を見ると元気がでるわ」
「あらあら。一花ちゃんも幸ちゃんも、今日は暑いから水分をしっかりとるんだよ」
「ええ、ありがと!おばあちゃんも気を付けてね!」
「学校まで気を付けてね」
「ええ、行ってきまーす!」
「行ってきます」
おばあちゃんと別れ学校へ向かう。
学校の門をくぐり、下駄箱で靴を履き替える。
教室までの道、凄い暑い。窓からの風が涼しい。
「ふぁぁあああ」
教室の扉を開けると涼しい風が私達を迎え入れる。
「暑かったぁ~」
「うん。教室涼しいね」
「……」
教室に着いてすぐ、一花は机に溶けていった。
教室の中はエアコンによって涼しくなっている。暑苦しかった外とは別世界にいるようだ。まさに天国。
「ねぇ?さち?」
「……なに?」
「どうしたのよ?」
「……」
一花が顔を覗かせる。
見破られてるな。私の機嫌が悪い事。
「……どっちが……妹?」
「……あぁ~」
一花の呆れ顔。分かってるよ。そんなことって。
「さっにおばあちゃんが言ってた、姉妹みたいッての気にしてるの?」
「……うん」
「まったく、そんな事で……」
そんな事って……私にとっては重要事項だ……。
「大丈夫よ、さち。そんなの決まってるじゃない……」
一花が優しく微笑んで頭を撫でる。
「……いちかぁ(ぱぁああ)」
キラキラした目で一花を見上げる。一花は優しいからきっと……。
「姉は……」
「うんうん」
「姉はアタシ!妹はあんた!」
「ぃいちかぁあああああ!」
「あはははは」
私の反応を見て大声で笑う。
なんだよ!期待させておいて、突き落とすなんて!私より少し……少しだけ背が高くて、胸が大きいからって~~!!!
私は一花を掴み、前後に揺らす。怒りのままに。
「相変わらず仲がいいわねえ~」
ふわふわな髪をなびかせ、ニコニコと上品のある笑顔で歩いてくる。
「……あんた」
「なぁに?」
「また車で来たんじゃないでしょうね?」
「フッフッフンー」
「……」
「快適だったわぁ~外は暑かったみたいねぇ~」
「ッくっそぉおおお」
一花が机を叩きながらドタバタしている。
「いいなぁーアタシも車で登校したいなぁー」
「あら?どうしてもって言うなら~帰り車乗ってく?」
「え?あー帰りはいいのよ。登校。朝、学校まで歩くのが嫌なの。朝、車に乗りたいの!快適な!涼しい!あの!車に!」
「そっかぁ~ざぁ~ねぇ~ん」
「なんでよ!」
「だって~それだと朝早く起きなきゃいけないじゃない?」
「あーんーたーねぇー!」
さっきから一花を煽ってる女の子。桃井あかり《ももいあかり》さん。お嬢様。親が大手の社長でその娘。お金持ちでいつも登下校は車。エアコンの効いた。
「朝起きるの苦手なのよね~ゆっくりしたいし」
「早起きくらいしなさいよ!アタシ達の気持ちに寄り添いなさいよ!」
「え~~」
二人の争いはしばらく続いた。
桃井さんと一花は、いつもこうやって煽りあい?をしている。まぁ一方的に一花が煽られてるだけなんだけど。
桃井さんはふと、考えて言う。
「そういえば、あなた達は部活、どこにも入ってないのよねぇ?」
「うん。部活はどこにも入ってないよ」
「じゅあ放課後はいつも何をしてるの?」
桃井さんは首を傾げる。
「……え?」
「だってあなた達、いつも早く教室を出てるじゃない?何か習い事とかしてるのかな~って」
「ぁ、あー。まぁそんなところね」
一花が苦しそうに合わせる。
「何をしてるの?」
「えっと……」
桃井さんがさらに掘り下げる。
な、なにか言わないと……。で、でも嘘とか苦手だしなぁ。どうしよ。このままだと怪しまれちゃう。
ふと、一花を見る。
「……」
あはは~と笑って私の方を見ていた。
えぇー、私を頼るって……。
「え、えっと。ご、護身術!護身術を少し!」
「護身術?!」
と、とっさに護身術とか言っちゃった。まぁ嘘ではない……よね。
「何で護身術?」
「えっとー、私達の親って、家にいる事って少ないんだよね。だから何かあったら大変だから、何かあった時のためにって、一花と私のお母さんが……ね……」
「へ~なるほどね~」
目を細めて、ふーんっと言いながら黙り込む。
ご、ごまかせた……かな……。
「その……護身術の特訓?は何時までやっているの?」
「えっと……だいたい九時までかなー」
「九時……結構遅くまでやっているのね」
「うん。帰りは暗いからちょっと怖いんだよね。あはは」
「早く終わることはできないの?」
「んー。始まりが六時だから、鍛錬は三時間。二時間じゃちょっと、短くて」
「……そう」
「あ、大丈夫だよ!帰りは明るいところ歩いてし、一花と一緒だから」
「……そうね、ゴリラが近くにいたら大丈夫ね」
そっと視線を一花に向ける。
「ちょ、だれがゴリラよ!」
「でも、気を付けてね。最近…………」
キーンコーンカーンコーン!
チャイムが鳴った。
「あら、席に着かないと。またねっ二人とも」
「うん、またね」
桃井さんが席に向かっていく。
何か言いかけてたけど、何だろ。なんとなく桃井さんの顔が暗く感じたけど。
「ねぇ一花」
「ん?」
「ごまかせた……よね?」
「ええ、たぶん大丈夫だと思うわよ」
「本当の事は言えないから……」
「言っても、信じてもらえないだろうしね。護身術も嘘ではないし」
「あはは……」
HRが終わり、授業が始まった。
「……いい天気」
窓の外を眺める。
風に揺られ、木から舞う葉。青い空を飛ぶ鳥。眠くなっちゃう位気持ちがいい風。平和だなぁ。
「――すぅ」
前の席にいる一花の首は、カクカクと縦に首が動いている。夢の中だなぁこれは。
「はぁ」
ノートを自分なりにまとめる。きっと、後で一花に見せることになる。無理はない。私も正直眠い。昨日の疲れが来てる。昨日も鍛錬をしていたけど、昨日の鍛錬は正直きつかった。
「体が……痛い……」
あと三時間……持つかな……。
私は寝ないようにノートをまとめるのに集中した。
……。
…………。
………………。
「……あれ?私寝ちゃってた?やっば!もう休憩時間ぽいけど……」
「おはよう。さちちゃん」
「桃井さん?!ごめんなさい、私寝ちゃってた、あはは」
桃井さんに寝てるとこ見られちゃった。何か恥ずかしいなぁ。
「さちちゃん、何か欲しいものない?」
「欲しいもの?」
「そう、さちちゃんいい子だから、何かプレゼントしたいなぁって」
「そうだなぁ」
チラッ。
桃井さんの上半身に目を向ける。やっぱり、おっきい。羨ましい。ほんとは、一花のような大きさが理想だけど。桃井さんのは桃井さんので、なんだろ、形かな、いろいろと良い。
「む、胸……とか……」
「ほうほう、なるほどねぇ」
恥ずかしい。
桃井さんにこんな事言うなんて。私……一体どうした!
桃井さんは腕を組み、首を縦に振る。腕を組むおかげで胸が強調される。
め、目が離せない。
「じゃあ、可愛いさちちゃんにプレゼントしよう!」
「……え?」
「受け取れぇー!私の愛だぁーー!」
桃井さんは両手を私の前に伸ばし、何か念を送る。
「え、えぇええええ」
胸が……胸がどんどん大きくなっていく。
「す、すごい!私の……私の胸が……大きく!」
「喜んでもらえてよかったわ」
「ありがとうございます!桃井……さん……?」
あれ?何か、桃井さんの胸が。
「桃井さん……胸が……」
これまであった山が……平地になっている。まったいらに!
「あーこれね。さちちゃんには私の胸をプレゼントしたの。だからね、プレゼントした分、私の胸が小さくなってしまったの」
「そんな……」
「でも、いいのよ。さちちゃんの可愛い笑顔が見れれば。それでいいの!」
優しく微笑む。
桃井さん……。胸も大きかったけど……心の広さまで大きかったなんて……。
自分の胸に手を当て、大きさを堪能する。
「ぅうう。ありがとうございます!私、この胸!大切にします!桃井さんの胸!大切にします!」
「うん、大切にしてね!」
ついに、ついに私も、巨乳ライフが……。
………………。
…………。
……。
「……………………はぁ…………」
夢かぁああああああああああああああああああああああああああ。
「わたし、私なんて夢を……桃井さんごめんなさい…………恥ずかしい…………」
顔を手で覆い悶えた。
時計を見ると、十五分くらい寝ていたらしい。おかげで目が覚めたけど。はぁ……。
その後、午前の授業では、眠ることはなかった。が、授業中は思い出すたびに悶えていた。
「やっとお昼だぁー!」
お昼のチャイムが鳴り、お昼休憩に入った。
一花がウキウキでお弁当を開ける。
「いただきまーす!」
「いただきます」
私達は机をくっつけてお弁当を食べる。
「あらあら、おいしそうね」
「っむ!」
桃井さんが近くの椅子を私達の席へ持ってきて座る。
「何の用よ」
「一緒にご飯食べようと思って」
「ムムム」
「桃井さん、ここどうぞ」
「ありがと、さちちゃん」
桃井さんのお弁当を置くスペースを作る。
桃井さんはニコニコしながらお弁当を置く。
「あら?なぁに?」
桃井さんおお弁当を一花が恨めしそうに見つめる。
「あんたの方がよっぽど」
「そう?私的には、あなた達のお弁当の方がおいしそうに見えるけど~」
「あはは」
「隣の芝生は青く見えるものね」
「んな!」
意図して言っていない事は分かる。桃井さんは天然なところがある。一花にはダメージが入ったけど……。
桃井さんのお弁当は豪華だった。色鮮やかで、キラキラしてる。おいしそう。
「……」
どうしよ。目線が胸に。さっきの夢思い出して、何かなんだろ。
「ん?どうしたの?」
やば、ばれる!
「えっと……そういえば一花。授業中寝てたでしょ」
「え!?」
無理やり話題を出す。一花には申し訳ないけど。
「あら?そうなの~?」
「お、起きてた授業もあったわよ……英語の授業とか……ね……」
「英語の授業って四時限目でしょ~もしかして、寝てる授業の方がほとんどかしら?」
「さぁ~ねぇ…………」
「まったくもー!」
「て、ことで!さち~一限目から三限目のノート見して~」
「一時間しか起きてないのね。フフフ」
「仕方ないなぁー」
まぁいつもの事だからね。ノートを渡す。
一花は悪いわねっと手を合わせて受け取る。その間、桃井さんは楽しそうに口に手を当てて笑っていた。
お弁当を食べ終わった後も、三人で休憩時間を過ごした。
「……あれ?」
ふと、桃井さんを見ると、何か考えている様子が見えた。
「ふふ」
目が合うとニコっと笑い、楽しそうに話し始める。
お昼の時間が終わり、午後の授業へ入る。
結局、聞けなかったなぁ。桃井さん、何か悩んでるようだったけど、なかなか聞くタイミングがなかった。目が合うと楽しそうに話を始める。きっと心配させないよにするためだと思う。私のコミュ力では聞けなかった。一花は気づかないし。
「……すぅ」
午後の授業。一花はまた睡魔に囚われてしまった。
午後の分も必要かな。これは。
午後の授業が終わって、放課後になる。私達は帰る支度をした。
「今日もがんばろ」
「ソウネーガンバリマショー」
なんて、やる気のない。
「じゃあ、いこっか」
「ええ、地獄へ向かい歩きましょ」
「地獄って……」
鞄を持って、元気の無い一花を連れて教室のドアを開ける。
「まって~」
後ろから声を掛けられ、振り向く。
「校門まで一緒に行きましょ」
「え?」
桃井さんが小走りで私達の元へ来た。
「ダメだった?」
「ううん!そんなことないよ!」
「よかったぁ〜」
桃井さんは嬉しそうな顔をする。
感情が顔に出やすいタイプだなぁ。
「じゃ~校門までね」
「あんた、アタシ達を煽るために付いて来たんじゃないでしょうね?」
「そんなんじゃないわよ~たまには一緒に帰りたいなぁって思っただけ。それに私、煽った事なんてないけど?」
「あんたねぇ」
下駄箱で靴を履き替えて校門へ向かう。
「ねぇ二人とも」
「なに?」
桃井さんの顔が少し暗い?ように感じる。
「いや、何でもない」
「……そう」
何か言いたそうに見えたけど、また表情を変えて別の話をしだした。
「二人とも暗くなると危ないから、なるべく明るいところを歩いて、なるべく早く帰るのよ~」
「どうしたのよ急に」
「暗くなると不審者が出るかもしれないでしょ?あなた達は遅くまで習い事あるし~」
「なるほど。アタシが可愛いから一層気をつけなきゃいけないって事よね」
「さちちゃん小さくて可愛いから、誘拐されちゃうかもだしね~」
何か照れるな……。
「そうそう、アタシもスタイルいいし可愛いから危ないわね!」
「あ、うん。まぁ一花さんは大丈夫だと思うけど」
「何でよ!」
「わざわざゴリラに近づく人はいないでしょ?」
「あーんーたーねぇー!!!」
「あはは」
二人とも仲良しだなぁ。
「でも、一花さんも気を付けてね」
「え、う、うん」
あれ?何だろ?何か違和感が。
校門に着くと黒い車が止まってるのが見える。
「それじゃ~私はここで」
「うん!また明日ね」
ドアが自動で開き車の中が見える。
中は質のよさそうな椅子と内装。何か、小さなテーブルみたいのある。
「よいしょっと」
「迎えに来てくれてもいいのよ~」
「気が向いたらねぇ~」
自動でドアが閉まり、車が発進する。
窓の向こうで桃井さんは手を振っていた。私も小さく手を振り返した。
ブゥ――ン!
車が遠ざかっていく。
「涼しかったわね……」
「ぇ?……うん」
桃井さんが乗る時、中から涼しい風が私達を包んだ。車の中はきっと、冷房が効いていて快適なんだろうな。羨ましい。午後になってもまだ、暑い。
「にしても、すごい見られたわね~」
「……うん」
校門付近に黒い車が止まり。運転席には黒いタキシードを着た人が。それに乗る女子高生。あんなの桃井さんだけだ。
周りの生徒たちがすごい注目していた。誰だって注目する。私達も最初の頃はそうだった。正直今でも見かけると見つめてしまう。
「珍しいわね。あいつが一緒に帰ろうだなんて」
「そうだね。まぁ、いつも急いで教室出てるし、仕方がないけどね」
「なんか、今日はずっと一緒にいた気がするわ~」
今日は、休憩時間になるたびに桃井さんが話しかけに来てた。いつもはそんなに会話するわけから珍しく感じる。
「どうしてだろ」
「あいつの考えてることはアタシには理解できないわ」
今日、何か悩んでる事多かった気がしたけど、もしかして話すタイミング伺ってたり、内容考えてたのかな?そう考えると何かニヤニヤしてしまう。嬉しさと。桃井さんの可愛さに。
私は人見知りだから、今日は桃井さんとたくさん話せてよかったな。これからも、たくさん話せたらいいなぁ。
目的地に向かい歩るく。その間、ずっとニヤニヤしていたと思う。夏の暑さも気にならない位に。
「はぁ」
一花の大きいため息。
目の前の長い階段。私達はこれを上らなくちゃいけない。
「エスカレーターにしてくれればいいのに……」
「それ良いね。私、上りたくなくなってきちゃった……」
長い階段を上る。三分の二を上ると鳥居が見えてくる。鳥居をくぐり終える頃には、息が切れていた。体力がない訳じゃない。暑さのせい。暑いなか、長い階段を上ったから。言い訳じゃない。うん。
歩いていくと神社が見える。私達は神社の奥へ向かう。目的地は神社の奥にある道場。
「おー、きたか」
奥から声が聞こえる。
「こんにちは」
道場の中に入る。
道場の中は木の香りに包まれていて、静か。
道場の奥の方におじいさんが座っている。
「着替えて、水分を取ったら始めるぞ」
このおじいさんは、私達の師匠。
「始めるぞって……暑いんだけど」
「集中すれば暑さも忘れる」
「いや、忘れた頃には倒れてるんじゃ……」
「その前に水分を取らせるから問題ない」
「エアコン付けなさいよ!」
一花がキレる。しかし、師匠は動じない。
「仕方がなかろう。無い物はない」
「買いなさいよ」
「……やかましい!さっ始めるぞ」
「んなぁあああ」
最後はごり押しだった。
私と一花は、幼い時から師匠に稽古をつけてもらっている。私達にとって師匠は、おじいちゃんみたいな存在。
そんなおじいちゃ……師匠は優しくもあるが厳しい。
これから地獄の幕が上がる。
「はじめ!」
師匠の合図とともに鍛錬がスタートする。
「――ッ!」
パンッ!
ドンッ!
カンッ!
道場に激しい音が響き渡る。踏み込む音と木刀が重なる音。
私は槍を振り、一花は双剣を振るう。
「幸!もっと踏み込め!」
「はいっ!」
「一花!もっと積極的に攻撃をしんか!」
「分かってるわよ!」
師匠の厳しい鍛錬は続いた。
「――ッこんのぉおおお」
「――ッたぁああああ」
ドンッ!パンッ!
私達の持つ木刀は、また強くぶつかる。
足を踏み込み、さらに前へ。
さらに強く。
さらに早く。
一花の攻撃を受け流しながら攻撃をする。
私の攻撃を片方の木刀で防ぎ、もう一方の木刀でカウンターを決める。
それをまた受け止める。
その繰り返し。
「そこまで!」
「くは――」
「ふは――」
師匠の合図とともに床へ崩れる。
「……あつすぎんのよ……」
「……流石にきつい……」
「ほれ、水分を取りなさい」
師匠が水を持ってきてくれる。
「ちょっと!ホントにエアコン付けてくれない?」
「暑さに対応できなくては一人前にはなれんぞ!」
師匠が圧を掛けてくる。
「ホントはお金がなくて付けられないだけ……」
「何か言ったか?!」
「いえ……なにも……」
圧に押され負けた。
「では、少ししたらまた再開するぞ」
「えええええええ」
「もう諦めたら?」
「嫌よ!暑いもん!」
あー。一花がダダをこねだした。
「まったく……では、わしに一撃でも加えることができたら、エアコンを付けてやってもよいぞ」
「それホント!」
「でも、一撃って……」
「二人同時にかかってきなさい」
「――っ!よしっ!一花!」
「ええ!」
私達のやる気は急上昇。
「分かりやすい奴らめ……では、準備は良いか?」
「はい!」
「いつでもいいわよ!」
「はじめ!」
私達は全力で師匠に立ち向かった。
「エアコンのためぇええ!」
「これまでの恨み!思い知りなさいぃい!この老いぼれがぁああ!!!」
ドン!!!!!!ドン!!!!!!!パァアアアアンン!!!!!
とても重く、とても鈍い音が道場中を響き渡らせた。
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