くだらないことのすべて、一秒後に胸を揺らすことのすべて

増田朋美

くだらないことのすべて、一秒後に胸を揺らすことのすべて

新学期が始まって一ヶ月たった。3学期は短いのであまり意味のないものだと思われがちであるが、卒業式とか、離任式など結構大きな行事があって、学生にしてみればちょっと疲れる期間でもあった。親にしてみれば、やっと学校に行き始めてくれたと思ったら、すぐに春休みになってしまうので、あまり重要ではないだけであるが。

その新学期になって、今年は呼び出されることが少なくなってくれるといいなと思っていたジャックさんであったが、その日、学校から呼び出されてしまった。

「は?武史が、同級生の勉強の邪魔をしたというのですか?」

ジャックさんは驚きを隠せない。

「はい。何も聞いていませんか?」

担任教師は、嫌そうに言った。

「聞いてないって、お父さん、武史くんが、何をしたのか本当にご存知ないんですか?あの、同じクラスの、山下彩さんという女子生徒の名前をご存知ですか?」

担任教師がそう言うのでジャックさんはとりあえず自分が聞いている、

「はい、彩ちゃんという同級生が居ることは、武史から聞きましたが、武史は、その女子生徒さんに、勉強を教えて、試験で点数を取れるようにさせてあげたと言ってました。それはよくあることだと思いますが、それはいけないことなのでしょうか?」

と言ってみたのであるが、

「お父さん、イギリスと日本では学校制度が違います。試験でいい点が取れるようにしたというのはですね、つまり、カンニングさせたということになるわけです。日本では、カンニングはいけないことになっています。それを促したということで、武史くんの素行の悪さには、目に余るものがあります。本人にとっては善意でしたことであっても、それはいけないことだって教えるのも、親の努めですよ。早く日本の学校制度を理解して、武史くんがこれ以上問題行為をしないように言い聞かせてください。」

担任教師は、選挙演説する人みたいに言った。

「そうですが、武史が学校のことはよく話してくれますけど、武史は彩ちゃんが困っていたので、それで教えたと言っていましたけどね。それは、よくあることでは無いのですか?」

ジャックさんは、イギリスの学校でよくあることを言った。

「ありません!日本の学校では、不正行為をさせることは、いけないことになっているんです!いいですか、それをちゃんと理解していただかないと!いいですか、このままでは進学もできませんよ、武史くんは。」

担任教師は、呆れた顔で言った。

「進学進学って、まだ一年生ですよ。それに、まだ5年も先のことでは無いのですか。一年生のときは、今をゆっくり楽しませるという時期では無いのですか?」

ジャックさんがそう言うと、

「お父さん、本当に日本の教育制度のことを知らないんですね。それともイギリスの制度がのんびりしすぎていたんでしょうか。まあ、よくわかりません。とにかくですね。武史くんが、山下彩さんに、試験の答えを教えてしまって、カンニングを促してしまったのは事実ですから。武史くんは、勉強を教えてやった程度で済んだと思っているかもしれませんが、お父さんがそれでは行けないって、ちゃんと言い聞かせてください。それでもう二度と、こんな素行の悪い生徒をわが校から出さないように、気をつけてください。」

と、担任教師は、ジャックさんに怒りをぶつけた。

「わかりました。そうですか、、、。」

とにかく、担任教師の、二度とカンニングをさせないようにという演説を聞きながらジャックさんは、やれやれという顔をした。どうして日本の学校は、こうやってヴィランズ探しをしてしまうのだろうか。そうやってヴィランズ探しをするよりも、彩さんという女子生徒が、なぜカンニングをしなければならないのか、という方をクラス全体で話し合うのが先だと思うのだが。少なくとも、イギリスの学校ではそうなっている。

「じゃあ、とにかくですね。武史くんに、よく言い聞かせてくださいね。これ以上、問題を起こさないようにしてくださいよ!」

担任教師にそう言われて、ジャックさんは、とりあえずハイと言った。

「お父さん、日本の着物が好きで、それを着て出たいのはわかりますが、それなら、日本の教育制度も知っていただかないとね。」

確かに、着物が好きで毎日着物で生活しているジャックさんであるけれど、まさか担任教師にそう言われてしまうとは思わなかったと同時に、日本で着物を着ている人が少ないのはこういうことかとわかったような気がした。

「じゃあ、今日のところは帰っていいですから、その代わり武史くんには、ちゃんと言い聞かせてくださいよ!」

そう言われて、ジャックさんはすごすご学校を出ていった。それにしても、あったかい日だ。三学期ってこんなに暖かいかなあとジャックさんは思ってしまう。普通、三学期といえば、寒さ厳しい中で、マラソン大会でもしているようなイメージがあったのに、最近はそれもなくなっている。まあマラソン大会があまりためになるとは正直思ってないが、学校がなんだか変な場所になっているような気がする。

ジャックさんは、とりあえず、持ち前の軽自動車に乗って、製鉄所に向かった。学校へ呼び出されている間、製鉄所に武史くんを預けてあった。製鉄所につくと、杉ちゃんが、迎えてくれた。武史くんは、何をしているかと思ったら、大飯を食っていた。

「すみません、わざわざカレーまで作ってくれて、食べさせていただけるなんて。」

ジャックさんがそう言って、杉ちゃんにお礼を言うと、

「いや大丈夫だよ。カレーは、なんぼでもできるから。で、今日は何のお叱りだったんだよ。」

と、杉ちゃんは言った。

「はい。なんでも武史が、山下彩さんという女子生徒にカンニングをさせて、試験の答えを教えてしまったようなんです。しかし、小さな子供なのに、そういう事しますかね?そんな意図的に、ずる賢いことをして、試験の点数を取ってやろうなんていう意志が、武史にあったのかな?本人に聞かないとわからないのかな?」

ジャックさんが考え込むように言うと、

「僕もそう思っている。」

と、杉ちゃんが言った。

「だって、まだあの子は六歳です。まだ小さな子どもなんです。担任の先生は、武史がわざとカンニングをさせて、その子に点数を取らせ、それを担任の教師に教えるということをしたのではないかと、言っていましたけど、つまり、彩さんという女子生徒に、恥をかかせようと言うことで、武史はカンニングをさせたと聞きましたが、そういうことを、6歳の子が考えるものでしょうか?」

ジャックさんは困った顔でいうと、

「それは僕もわかる。だって、6歳といえば、赤ん坊に毛の生えた程度だ。」

と、杉ちゃんが言った。武史くん本人は、水穂さんが隣に座っているが、ベラリベラリと、カレーライスを食べていた。そんなふうに美味しそうに食べている少年が確かに、同級生に恥をかかせるためにカンニングさせたとは思えない。

「そういうことですから、武史が、そうしたということは、思えないんですよ。うーん、どうしたらいいかなあ。子供が考えていることと、大人が考えていることはえらく違うということもありますからね。」

ジャックさんは、考え込むように言った。

「それはざっくばらんに言っちまえばいいんじゃないの?多分武史くんのことだから、あんまり気にしていないと思うよ、あんなふうにカレーを食べるんじゃ、まだ人間にあるヴィランズ的なことは、あまり無いと思うしね。そういう醜悪な感情は身についてしまうのは、ずっと後のことにさせてやりたいね。」

杉ちゃんがそう言うと、ジャックさんもうなづいた。とりあえずその日は、武史くんにカレーを食べてもらって、自宅に帰っていったのであるが、武史くんが喉が乾いたというので、近くにあったコンビニに車を止めた。そして、車を降りたのと同時に、

「あ!彩ちゃんのママだ!」

と武史くんがコンビニの入口から出てきた女性を見てそういったのであった。それと同時に、ツインテールの髪をした小さな女の子が、コンビニを出てきたが、なんだか偉く疲れてしまったような顔をしている。

「こんにちは。」

ジャックさんも、彩ちゃんのお母さんに挨拶した。

「こんにちは。」

彩ちゃんのお母さん、つまり山下さんは軽く頭を下げただけであった。

「彩ちゃん、なにかあったの?」

と、武史くんが、そう聞く。こういうところが、武史くんの感の鋭いところでもあった。

「武史くんは、何もしないでいいんだねえ。それはいいわねえ。」

と、彩ちゃんは嫌そうに言う。

「何もしないでって、学校行ってるじゃない。」

武史くんが言うと、

「そうだけど、あたしよりはずっと楽だよね。」

と彩ちゃんは言った。彩ちゃんのお母さんが、彩、行きましょうと言って、その場を離れさせてしまった。

「この子は、今模擬試験の前で大変なんです。小学生のうちに受験の準備をしておかないと、良い教育を受けることができなくなります。」

彩ちゃんのお母さんは、つっけんどんに言った。

「受験?」

ジャックさんがそう言うと、

「はい。彩は、私立中学を受験させることになっています。そうしないと、彩も良い教育を受けて、幸せになることはできないんですよ。まあ、イギリスの田舎者で、日本の着物にハマっている方には、わからないでしょうけど。まあ、そういう方はいいですよね。小さなことで幸せを感じられるんですから!」

と彩ちゃんのお母さんは言った。ジャックさんが、

「これからどこへ行くんですか?」

と聞くと、

「自宅へ帰ります。すぐに家庭教師の先生が見えられます。」

と、彩ちゃんのお母さんが答えた。そして、彩ちゃんとお母さんは、すぐに車に乗り込んで、急いでコンビニから帰っていってしまった。多分あやちゃんが大きなカバンを持っていたので、塾に行った帰りだったのだろう。

「彩ちゃん、えらく疲れているみたい。なんか、可哀想だね。」

と、武史くんが言った。

「僕は、そんな事したくないな。だって、パパは自分の好きな道に行けばいいって言ってたもんね。」

「そうだけど、、、。」

ジャックさんは、返事に困ってしまった。たしかに武史くんにそう言ったことはあったが、だけど、そんなことをいっても、日本の教育制度の中では、無理なのではないかと思ってしまったのだった。

ジャックさんは、コンビニでジュースを買って、美味しそうに飲んでいる武史くんを眺めながら、本当にこれからどうすればいいんだろうと思って、大きなため息をついた。結局その日は、武史くんに、なぜ彩ちゃんに試験の答えを教えてしまったのか、理由を聞くことはできなかった。

その次の日。武史くんはいつもどおり学校へ行って、普通に授業を受けた。いつもどおりに先生に対して、やじを飛ばすこともあったし、間違った答えを平気で言うこともあったが、それでも楽しそうに学校で過ごしていた。でも、助けてもらった彩ちゃんの方は、とてもつらそうな顔で、なんだか落ち込んで居るようだった。

武史くんが、学校から帰ってくると、ジャックさんは、依頼された小鳥の挿絵を描く仕事をしていたが、武史くんが帰ってくると、仕事の手を止めて、おやつの支度をした。そしてむしゃむしゃとおやつを食べながら武史くんはいつもどおり学校であったことを話し始める。その内容は、誰々が、どんなことがあって、授業でどんな発言をしたとか、答えが出るまで先生とガチバトルをしたとか、そういう話をしている。その中で彩ちゃんの話も出たが、彩ちゃんはとても悲しそうで、疲れ切った顔をしていたということであった。

「武史。」

ジャックさんは、武史くんの両手を取っていった。

「頼むから、本当のことを話してくれないかな?彩ちゃんにどうして試験の答えを教えてしまったの?それは、何のために教えてしまったの?彩ちゃんを、なにかいじめてやろうと思ったのかな?」

「ううん、そんな事無いよ!」

武史くんは言った。

「じゃあどうして、武史は彩ちゃんに、試験の答えを教えてやろうと思ったのかな?怒らないから、教えてくれないかな?」

ジャックさんがそう言うと、

「彩ちゃんが可哀想だったから。彩ちゃんが、辛そうで、大変そうだったから教えた。彩ちゃんは、あのとき試験の予想問題がどうしてもわからなくて泣いてたから、僕が答えを教えてあげた。」

と武史くんは答えた。

「それは、本当のことかな?彩ちゃん、本当に辛そうだったの?」

ジャックさんがそうきくと、

「うん。だって本当に大変だったの。彩ちゃん、最近勉強ができなくて悩んでいるみたいだった。だって彩ちゃんのママが、すごい厳しそうで、彩ちゃん遊びに行くこともできないって言ってた。」

と、武史くんは答えた。

「だって彩ちゃんは、試験でいい点を取らないと、ご飯を食べさせてもらえないくらい、大変だって言ってたんだ。」

「武史はどうして彩ちゃんからそういうことを聞いたの?」

ジャックさんはそうきくと、

「彩ちゃん本人から聞いたの。彩ちゃんが、僕に向かってそういったの。それで僕、一緒に彩ちゃんと帰ったことがあったんだ。そうしたら、彩ちゃんが僕と一緒に帰りたいって言って、帰りに足し算教えてあげたんだ。」

と、武史くんは言った。確かに生徒名簿に描いてあった住所から判断すると、彩ちゃんの住所は、武史くんの家に帰る途中にあることがわかる。それだから一緒に帰っても、おかしなことではない。その時にきっと武史くんは、彩ちゃんに足し算を教えて、彩ちゃんと、仲良くさせてもらったのだろう。

「それでね、僕、約束したの、僕のうちに来て、一緒に宿題をやれば、勉強も少し楽になるんじゃないかって。彩ちゃんは、本当に大変そうだったから。」

と、武史くんは、何お気にしない顔でそういったのであった。やはり、武史くんの視点は、みんなからズレているようだ。それはやはり自分が、海外から来たせいなのかとジャックさんは思ったが、それだけでは無いようだ。

「そうなんだね。じゃあ武史は人助けをしたと思っているわけだね。」

「うん。だってそうだもん。彩ちゃん、本当に疲れているみたいで大変だったよ!」

年を押すようにジャックさんがそう言うと、武史くんはしっかりとうなづいた。ジャックさんは、それを信じることにした。武史くんは、きっと、彩ちゃんのことを、辛い思いをしていて、助けてあげただけだと思っているのだろうから。そうなると、学校の先生に言われたことを教え込むのは、本当に難しいことだなとジャックさんは思った。

その次の日。武史くんは、いつもどおりに家に帰ってきた。でもなにか考え込んでいるようで、ジャックさんが出してくれたおやつも少ししか食べなかった。ジャックさんがなにかあったのと聞くと、武史くんは、彩ちゃんがつかれて大変そうだと言うことを話した。まあ、あまり気にするなとジャックさんは言ったのであるが、

「どうして気にしないの!彩ちゃんが辛そうでどうして気にしないでいられるの!」

と武史くんはいうので、答えに困ってしまう。それと同時に、玄関のインターフォンがなった。ジャックさんが出てみると彩ちゃんのお母さんだった。

「ああ山下さん。」

「ああじゃありませんよ。あの、失礼ですけど、田沼武史くんのお父さんですよね?まあイギリスから来られていい顔されて、すっかり日本人木取りしてらっしゃると思いますが、家の彩を誑かすのはやめていただきたいですわ!」

彩ちゃんのお母さんは、そうきつく言った。

「誑かす?何のことです?」

ジャックさんが聞くと、

「とぼけないでください。あなたが、武史くんに、答えを教えて、うちの子を陥れようとしたんじゃありませんか!彩は、そう言いましたよ!武史くんが、私に足し算を教えたのは、武史くんが、カッコつけたいからだって。それは子供が一人で考えたことだとは思えません。大人がたぶらかしたんでしょう。田沼さん。武史くんに何を言い含めたんですか!」

と彩ちゃんのお母さんは言った。これは、やはり武史くんの言葉そのものを話したほうがいいなと思ったジャックさんは、

「いいえ、そんな事ありません。それに武史が、なにかしたのではなくて、武史は彩さんが辛そうなのでそれを助けるために足し算を教えたのだと申しております。」

と言った。

「何を言うのですか。家の彩は、武史くんにたぶらかされた被害者なんですよ。それなのに、武史くんの言葉を信じるのですか?」

彩ちゃんのお母さんはそう言うが、

「いえ、そんな事ありません。武史はおそらく、塾やカバネスなどで疲れてしまって、なおかつお母さんの期待に疲れてしまった彩さんに、楽になってほしいと思って、答えを教えたのだと思います。それは、武史がそういうのですから、親としてはその言葉を信じます。それができないのなら、親ではないですよね。そういうことは、やはり武史のことを信じてあげたいと思います。」

とジャックさんは、そこはきっぱりと言った。

「だってうちの子は、武史くんに、たぶらかされたとちゃんと言うんですよ。それなのに、反省させようとかそういう態度も取らないなんて、どうかしてらっしゃいますわ。一体何を考えていらっしゃるのかしら。やっぱり、海外の人は違いますね。なんでこういうふうに、話が合わないのかしら。だから、外国の方というと、ろくなことが無いんですわ。全く、変な人ね!」

彩ちゃんのお母さんはそう言うが、ジャックさんは思わず言ってしまった。

「だったら、彩ちゃんに期待をしすぎるのをやめていただけませんか。きっと彩ちゃんは、塾だったり、カバネスだったり、疲れ切っていると思いますよ。それで家の武史が、彩ちゃんに世話を焼いたのでしょう。そういうことなら、彩ちゃんをもっと楽にしてやってください!」

「話にならないわ。」

彩ちゃんのお母さんは、そう言って、かえって言ってしまった。ジャックさんは、その辛い時間をずっと耐えた。だけど、絶対にあやちゃんのお母さんにごめんなさいという気にはなれなかった。

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くだらないことのすべて、一秒後に胸を揺らすことのすべて 増田朋美 @masubuchi4996

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