第1章第2節 郷に入っては郷に従え

良い香りがする。

香のような強い香りではない。

花や草木の優しげな包み込むような香りに誘われ、重たい瞼をあげる。


いつの間にか眠っていたようだ。


見覚えのないベッドに見覚えのない天井。ここは……。


「……っ」


ズキリという鈍い痛みが足首に走る。


そうだ、盗賊に襲われたところを里旺と名乗る青年に助けられ、足の怪我を理由にそのまま家に泊めさせてもらうことになったのだったか。


あの後、痛みで意識が朦朧としてその後のことはよく覚えていないが、この様子だと彼に連れてきてもらったようだ。


何から何まで迷惑をかけっぱなしとは……。不甲斐ない。


「あ、お姉ちゃんが起きてる!」


自責の念を抱いているところに、幼げな声が響く。目線をそちらにやると、水桶を持った少年が扉の前に立っていた。


「里旺兄ちゃんに知らなせなきゃ。お姉ちゃん、ちょっと待っててね!」


こちらが何かを言う前に、そそくさと水桶を置いて部屋を出ていってしまう。兄ちゃんというならば、彼の弟なのだろうか。それにしてはあまり似てない気がするけれど。


「目を覚ましたんだな、どれ。うん、顔色も随分良くなった」


程なくして、少年に呼ばれた里旺様がやってくる。


「食欲はあるか」


「大丈夫だ」と断ろうとした声を、腹の虫が遮る。本当にどれだけの失態をこの方に見せれば気が済むのか……。


「はは、丁度先程朝餉ができたところだ、一緒に食べよう」


「僕持ってくるね」


「ああ、転ばないように気をつけるんだぞ」


「転ばないよ!里旺兄ちゃんは、いつまでも子ども扱いするんだから!」


「はは、悪い悪い。頼んだよ」


見た目からすると、10歳ぐらいだろうか。歳の割にしっかりしている子だ。昔のクロウド様に少し似ているかもしれない。


「あの少年は……」


「ああ、あの子は私の同僚のようなものだ。ああ見えて、薬学と医学に詳しい。君の傷の手当もあの子がしたし、朝餉もあの子が作った」


「あんな小さな子が朝餉を?」


「手先が器用なんだ。少なくとも私よりは。君も幼い子どもの好意を跳ね除けたりなどしないだろう」


朝餉をあの子が作ったと私に伝えたのは、そういうことなのだろう。私を助けておきながら、その実、私が彼を警戒するのと同等に、彼もまた私を見定めている。やはり、ただのお人好しではないようだ。


「言われずとも、あの少年が私に危害を与える存在か否かの区別はついています。ありがたくご好意甘えましょう」


「おまたせー!僕のお手製薬草粥だよー!あれ、2人ともなんの話ししてたの?」


「なに、彼女が君と仲良くしたいという話だ」


「ちょっと……」


盆に3人分の朝餉を乗せた少年は、里旺様の言葉にただでさえ大きい眼をキラキラと光らせ、こちらへと向ける。今更、そんなことは言ってないとは言えない。


「ほんと!?僕ね、縁樹!久能縁樹だよ!!お姉ちゃんの名前は?」


「せいらと申します。以後お見知り置きを、縁樹様」


「じゃあ、せいら姉ちゃんだ!せいら姉ちゃん、これ食べて!ちょっぴり苦いけど、怪我をした時によく効くんだ!」


「ありがたく頂きますわ、縁樹様」


お盆ごとずいっと渡された朝餉を一つ受け取り、スプーンで一口味わう。

なるほど、確かにほんのりと苦味はあるが、後味はさっぱりしていて口当たりが良い。身体もポカポカと温まってきた気がする。


「おいしい」


「ほんと!?嬉しい、おかわりいっぱいあるから沢山食べてね」


「ええ、ありがとうございます」


この先のことはまだ何も考えられていない。

身分を剥奪され、国を追い出された身の上だ。少なくとも隣国や周辺諸国には居られないだろう。

長旅を考えれば、今だけは、足が治るまでは体力の回復に務めるのも大事なことだ。


とはいえ、ここがどこかまでは分かっていない。余計な騒動は起こさないように、しばらくここでひっそりと療養させて貰えるよう頼むのが最善と言えるだろう。


「あぁ、怪我が治ったら姫様にも挨拶しなきゃいけないからな。よく食べてよく休め」


「姫?」


「そうだ。姫に会うからには面会用の着物も仕立てなければな」


「ちょっと、待ってください。色々と話がついていけないのですけれど」


「この国のしきたりでな、外部からこの国に来たものは、在国日数に限らず姫に挨拶せねばならない。君の場合は怪我をしているからと、面会日を遅らせて貰ってはいるが、準備は早めに終わらせておくことに越したことはないだろう」


ひっそりとした療養は期待できそうにない。



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仕立てあげられた悪役令嬢は、異国の姫に忠誠を誓う りょむ @ryom_646

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