モテ女。本命に告られるために自身のレジェンド超えに挑む

犀川 よう

モテ女。本命に告られるために自身のレジェンド超えに挑む

 あたしこと今泉いまいずみみどりは、中学三年の二学期にして一日に三人もの男子から告白されるというモテ期の絶頂にいる。恋愛について耳年増な親友の葉子ようこに言わせれば、これは我が校初めての快挙であるらしく、レジェンドオブモテガールということになるらしい。あたしはそんな称号が欲しいわけではなく、小学生六年から奇跡的に同級生である本命の高山くんから告白されさえすれば良いのだが、何故か本命以外の男子たちから人気なようで、嬉しいような悲しいような気分でいる。高山くんがショートカットが好みと耳にすれば、肩まであった髪をバッサリと切り、活発な性格の子が好きだと葉子経由で知れば、できもしないスポーツ女子を演じたり、とにかく高山くんのために寄せてきたのに、寄ってくるのは興味の無い男子たち……。

 だから、あたしはこれではイカンと、葉子に相談をして、なんとか高山くんをゲットできないかと画策するのであった。


  ◇


「だいたいさぁ、アンタがそれだけやってるのに、高山のヤツが無関心なのがおかしいよね」

 放課後の教室でカーテンをいじりながら、葉子はボヤく。

「ボヤきたいのはこっちだよ。最近、カッコイイ女子が好きな説を聞いて、王子様キャラまでやってみてるのに、釣れたのは高山くんじゃなくて後輩女子だからね? クラスの女子からはやっかまれるし、いっくらモテたって、何の意味もないよ」

「ま、そりゃあ、一日で三人もの男子から告白されれば、僻みやっかみのひとつやふたつ受けるわな」

「でもさ。この前なんか、告白された一人のサッカー部の山本くんのことが好きみたいな女子の裏垢でさ、あたし、〇ね、とか書かれていたからね。このままだと、中学卒業する前に〇されちゃうかもしれないよ?」

「それはご愁傷様。もしそうなったら、高山も、実はみどりが好きだったとお通夜で言ってくれるかもね」

「あの世に行ってから告られたって仕方ないじゃない。なんとか現世でお願いしたいんだけど」

「そうは言ってもねぇ。高山って、いかにもな奥手そうじゃない。自分から告白とか、考えたことないんじゃないかぁ」

 葉子はカーテンの裾をまとめて、あたしに投げつける。

「いやぁ、それじゃ困るんだよね」

「ならさ、いっそ、アンタから告ればいいじゃない?」

「確かにそうなんだけどさ。ほら、あたし、この前、レジェンドなんちゃらに、なっちゃったじゃない? だから、何というか、自分から告るのは違うかなぁ、とか」

「何という無駄なプライド!」

「仕方ないじゃない。あたしにもキャラ、みたいなモノがあるわけで」

「知らんわ」

「知らんでいいけどさ。ねぇ葉子。高山くんから告白してくる方法、何かないかな?」

 葉子はあたしからカーテンを受け取ると、それをイジりながら思案する。あたしはまだ教室に残っている香山さんを見る。彼女も高山くんに淡い恋心を抱いているように見える。――なもんで、実のところ、ちょっと焦っている。

 しばらくすると、恋愛経験どころか浮ついた話すらない葉子に、恋愛の神様が降りてきたらしく、自身とあたしをカーテンの中に包み込んで、悪い顔をしてあたしを見る。

「ねぇ、みどり。レジェンドを更新することで、高山くんに奥手の扉をブチ破ってもらおうよ!」

 こういう時の葉子の悪巧みは冴えている。あたしはカーテンの中で彼女の作戦を拝聴することにした。


  ◇


「高山くんを四人目の告白者に仕立て上げるなんて、邪道もいいとこじゃない」

「正道で上手くいかないだから、仕方ないじゃない。もう一度作戦を確認するね。アタシはとにかく高山以外の三人を集めて、アンタに告白させる。高山にはそれを影で見させる。見させるための口実は簡単。今度こそ、アンタは三人のうちの一人から告白を受け入れるかもしれない。だから高山がみどりのことが好きならば、『これがラストチャンスかもしれない!』って焚き付けるわけ。見ている高山が三人の男子に少しでも嫉妬しようものなら儲けもの。最後の高山は絶対にアンタに告白するってわけ」

 自分の策に酔いしれた葉子の口は、気味が悪いくらいに滑らかだ。

「葉子の言う通り、これで高山くんが告白してくれれば最高なんだけれど」

「馬鹿ねぇアンタ。ここまできたら、アンタも全力アピールしつつ、何が何でも告白させるんだよ。レジェンドなんだから、それくらいできるでしょ?」

「レジェンド関係ないわ。ただ告られただけだし。だけどまぁ、頑張るしかないよね」

「そうそう。その意気よ!」

 葉子の顔が近い。そろそろカーテンの中も暑苦しくなってきた。

「で、肝心な相手だけど、メドは立っているの?」

「実はもう、考えてある」

「すごいな。お見合いおばさんか!」

「うっさいわね。一人目はサッカー部の山本。リベンジをさせるわけ」

「……あたしの死期が近くならなければ良いけど」

「二人目は科学部の佐藤。佐藤もアンタのこと好き見たいだから、この際告らせる」

「佐藤くん、タイプではないけど、いい人だから申し訳ないな」

「気にしたら負けよ。恋には犠牲はつきものだから」

 そうなのだろうか?

「三人目は放送部で二年の福井」

「洋子の後輩かな? 知らない子だけど」

「そう。わたしと同じ放送部。福井はアンタのこと好きでもなんでも無いけど、告らせる」

「ウソ告はさすがにダメじゃない?」

「この際、プロセスは無視するのよ。高山との告白と、レジェンド更新がかかってるんだから」

「ま、まあ、確かに」

「それにね」

 カーテンの中が大分暑くなってきたからか、葉子は赤面する。

「ウソ告とはいえ、断られた福井は多少はショック受けるじゃない? で、そこにわたしが現れて、彼を優しく慰めてあげるの。そこらからなんだかんだして、わたしも彼氏をゲットする……という予定なんだ」

「ちゃっかりしてるな!」

 思わずあたしはカーテンをまくって、ツッコミを入れてしまう。

「それくらい、わたしにも役得があっていいじゃないの!」

「まぁ、それで葉子に彼氏ができるなら、あたしも嬉しいけど。ていうか、その福井くんってのは葉子のこと、好きなの?」

「めっちゃ好き。アイツ、むっつりだから告白してこないけど、部活中もめちゃわたしの方を見てくるし」

「……それは、仲がよろしいようで」

「ということで、お互いの恋のために頑張りましょう!」

 あたしは苦笑しながら、モタモタして高山くんを香山さんに取られないためにも、このどうしようもない作戦を実行することにしたのであった。


  ◇


 翌日の放課後。葉子の手配通り、サッカー部の山本くんが校舎裏にやってくる。あたしの後ろの側の校舎の影には高山くんがいて、あたしと対峙する山本くんの向こう側には葉子が待機している。

「今泉さん。俺、どうしてあきらめられなくて。二度目で悪いけど——付き合ってください!」

 山本くんは頭を下げ、まっすぐ右手を伸ばした。彼の右手のように、性格もまっすぐで笑顔も素敵な彼を好きな女子は多い。あたしだって高山くんが好きでなければ、彼を好きになっただろう。胸が痛いが、あたしは為すべき事をする。

「ごめんなさい。あたし、やっぱり好きな人がいて。山本くんはカッコイイと思うんだけど。本当にごめんなさい」

「……だよな。いや、わかってる。ごめんな、何度も」

 山本くんの笑顔が眩しくて見てられなかった。彼は静かに去っていく。これであたしは、裏垢女子たちに呪詛の言葉を投げつけられることが確定した。


 そんな感傷や恐怖に浸る余裕などはなく、数分経って、二人目の科学部の佐藤くんがやってくる。葉子によればド近眼なはずの彼だが、普段している黒縁のメガネをしていない。この日のためにコンタクトをして気合いを入れてきたのだろうか。それとも、断られるのが怖くて裸眼であたしを見ないで済むようにしたのか。どちらにしても、申し訳ない限りだ。

「今泉さん、そんなにお話しをしたことはないけど、俺、今泉さんのことが好きです。よかったら、付き合ってください!」

 彼は頭を下げた。きっと何度も練習してきたのだろう。緊張はしていても、淀みなく最後まで言い切った。あたしは彼の誠実さをもて遊んでいる罪悪感に押し潰されそうな気分になりながらも、口を開く。

「ごめんなさい。せっかく告白してくれたんだけど、あたしには好きな人がいて。佐藤くん、格好良かったよ。ありがとうございました」

 出来る限りの誠意を込めて頭を下げる。こんなことをしなきゃいけないレジェンドの称号なんて、本当に要らない。心からそう思う。

 佐藤くんは肩を落として去っていくと、すぐに放送部の福井くんがやってくる。彼は葉子の彼氏になるのだから(葉子次第なんだろうけど)、少し気が楽だ。

「今泉先輩。二年の福井と言います。葉子さんと同じ、放送部です」

 ——葉子さんときたか。あたしはまだ高山くんから一度も「みどりさん」なんて呼ばれたことないのに!

「先輩を一目見て、素敵だな、と思いました。もしまだ彼氏がいなかったら、よろしくお願いします!」

 当たり障りのない告白。葉子から仕込まれたのだろうか。なかなか微笑ましい。

 後輩からの告白は初めてだったから、この際、お姉さんぶってみよう。

「福井くんごめんね。あたし、年下の子はちょっと違うかなって思っていて。ごめんなさいね。同学年なら良かったのに」

「……わかりました。ありがとうございました」

 あれ? 福井くん。今、ちょっとホッとした顔したよね?

 福井くんは踵を返して葉子の方に走る。隠れているはずの葉子が校舎の壁から顔を出し、満面の笑顔で福井くんを見ている。福井くんが葉子の方に近づくと、葉子はちゃっかり彼の手を握って自分の方に引っ張りこみ、二人してあたしの視界から消える。——なんなんだよもう。二人ともお幸せにな!


 ようやくレジェンド更新にかこつけた本命との対峙を迎える。あたしの後ろにいた高山くんがこちらにきて、あたしのせいで散っていった三人が立っていた場所まで歩いてくる。

「……今泉は、本当にモテるんだね」

「別に大したこと、ないし。好きでもない男子に告られても嬉しくないし」

 恥ずかしくて、耳を掻いてしまう。

「そうなんだね」

 そうなんだよ!

「さっきから、好きな人がいるっていってたけど、それって、誰なのかな?」

 は? 目の前にいるんだけど。

 あたしはこのままではイカンと、恥ずかしさをおさえて、彼の制服の裾を握った。

「あたしが好きな人、誰だと思う?」

 ここで、昨日の夜に鏡で練習した、上目遣い。ついでに、ねぇちゃんから勝手に借りた香水が香るように顔を少し動かす。——どうだ。お膳立てはしたよ? あとは高山くんが頑張るだけなんだよ?

 高山くんは意を決した顔であたしを見る。来た。いよいよ告白されるんだ。あたしは胸がドキドキして顔が熱くなっている。

「俺もね。好きな人がいるんだ」

「そうなんだ」

 早くコクって!

「で、その人とは、みんなには内緒で、付き合っているんだ」

「——え?」

 高山くんは「ごめんね」と言って、その付き合い初めた人の名前をあたしに言うと、あたしは高山くんに「そうなんだ。よかったね」と呟く。

「ありがとう。実は今泉が俺のことを好きなんじゃないかな、とは思っていた。いたんだけど、こういうの、どうしていいかわからなくて」

 そこからは、彼が何を言っているのか、あたしにはわからなくなってしまった。


  ◇

 

 彼が去って、あたし一人が校舎裏に突っ立っている。あたしは高山くんの彼女になることも、レジェンド更新も叶わなかった。——そりゃそうだ、相手があの可愛らしい香山さんじゃ、最初から相手にならなかったんだ。何よ、ショートカットとか元気な子とか関係ないじゃないの。香山さんなんて、ど反対なロングで大人しいな女子じゃないのよ——。

 あたしは大きく溜め息をついてから空を見上げる。澄んだ秋空が広がっている。少しだけ冷たい風が頬にあたるのを感じる。

「次回のモテ期はいつなんだろな」

 急に自分のしたことが恥ずかしくなって、制服の袖で首筋を擦り、汚れてもいないスカートをはたいてから、自分の教室に戻った。

「次のモテ期が来るまでは、髪を伸ばそうかな」

 あたしはそう心に決めてから、あのカーテンにくるまって、抑えていたものを静かに溢れさせていくのであった。

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