本編

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 川越かわごえ喜多院きたいん境内けいだいでは、屋台がたくさんあって、たこ焼きや焼きそばなどの匂いが漂い、祭りのようなにぎやかな雰囲気だった。


 耳元で少女の声がささやく。


『来てくれたようじゃな』


 辺りを見渡すが近くに少女の姿は無い。


『くふふ。こっちじゃ、こっち』


『うーむ、お主とは波長が合わないようじゃな。まあ、別に姿が見えんでも超絶美少女ちょうぜつびしょうじょボイスを聞けるのだから良いじゃろ』


『何? 昨夜さくやと全然違う? 余じゃないぞ、それは新人の何にでも化けられるあやかしじゃ。あやつ、仕事熱心過ぎて加減を知らんのでな……許してやってくれ』


『こほん、お主を呼び寄せたのには訳があっての。最近の人間達は、お主が今持っている機械の板に魂を奪われつつあるのじゃ』


『うんうん。えーっ! なんじゃと⁉︎ と思うじゃろうが事実じゃ。余の知り合いの妖怪や神達から、このままでは我々の存在を忘れてしまい、本来の力を失ってしまう……そこで、余達は機械の板の人間の心を奪う力を逆に使ってやろうと考えたのじゃ!』


『機械の中に入れる仲間が入って人間を誘い出し、余達の来て欲しい、もっと盛り上げたい場所に来てもらうという、ジョウホウナンチャラシステムの友好的な活用を考案したのじゃ』


『お主は栄誉えいよある第一サンプルじゃ。では、早速行こうかの』


山内禁鈴さんないきんれい ※場所は境内のどこでも。周りに通行が無く、立ち止まっても安全な箇所。


『この喜多院では、すずかねを鳴らしてはいかんという話しがあっての。由来は沢山あるが、主は知っておるか? って、コラコラ! いちいち機械の板で調べるでない! まったく、知らんもんは素直に知っておる人間に聞けば良いのじゃ』


『こんな話しがある。昔、夜遅くに喜多院を訪ねてきた、余のように超絶美しい女が居たそうな……女は当時の和尚おしょうさんに百日の間、鐘を鳴らさんで欲しいと頼んだ。和尚さんは女に見惚みほれて引き受けてしまった。時は流れて、あと一日で百日になろうとする九十九日に、また別の美人の女が現れて、鐘を一回だけ鳴らしてくれんかと頼まれた、あまりの美人に和尚さんは約束を忘れて鐘を鳴らしてしもうた』


(ゴーン!)※鐘の音


『美しく響く鐘の音と、時を同じくして美女は竜となり、天に上がったという』


(ゴロゴロ)※雷雲の音


『更に不思議な事にすぐにもう一度鐘を鳴らしてたら、何度も何度も叩いても鐘の音は響かなくなった』


(ゴン、ゴン、ゴン) ※鐘の音


『以来、喜多院では鐘や鈴を鳴らすのを禁じたとな。現代風に分かるようしてみたが、どうじゃ? 余の超絶美少女ボイスと合わさって中々なかなか面白いじゃろ?』


五百羅漢ごひゃくらかん ※場所は山門から右手にある像が沢山ある場所。


 少女がプロのバスガイド口調で、


『右手に見えますは、1825年の江戸末期に完成した五百羅漢です。五百羅漢とは、一切の煩悩ぼんのうを払いのけ、修行の最高ランクに到達した仏弟子ぶつでし五百人の事で……何じゃ? 急に別人になっとらんわ! ちょっとだけ本気出しただけじゃ。前の方が良い? しょーがないのー! 全国の色々なとこにある、お釈迦様しゃかさまに従っていた偉い人間の上位ランカー五百人の像じゃ、あ? テキトーちゃうわ! こほん……535体ある羅漢像らかんぞうは、ひとつひとつ違う顔をしておる。まずは、よーく見てみよ』


『なんじゃ、怖いのか? 噛みついたりせん……よーく、よーく、よーく見てみよ』


(ポン!) ※小太鼓こだいこを叩く音


『ぷぷっ! こんな子供だましに引っかかりおって、ビクッとしおった!』


『主は面白いのー。で、ここの五百羅漢像には、不思議な話がある。一つ一つ頭を撫でていくと、一つだけ妙に暖かい像がある。その像に印を付けて……おい、マジで触ったり印を付けるでないぞ? 本当にやったらポリスメーンとやらに通報するぞ? 夜中に見に行くと、主の近しい亡くなった者の顔に変わっているそうじゃ。ちなみに夜中は入れんから見れんがな』


鐘楼門しょうろうもんたか ※場所は、山門の左側にある鐘楼門 境内からだと龍が外側、鷹が内側になります。人により回り込むタイミングが変わるので、別々のスポット設置が必要と思います。


『ところで、この喜多院には他と違う部分がある。何か分かるかの? シンキングタイム、10秒じゃ。チッチッチッチッチッ、ブッブー! 時間切れじゃ、何? まだ5秒? 余の10秒は人間の5秒くらいじゃ。あの赤い門の周りにはとがあまりおらんじゃろ』


『目の前にある建物は鐘楼門という』


(ゴロゴロゴロゴロ) ※雷の音


『外側にはりゅうがおる』


(ゴルルル……ギャアース!) ※龍の鳴き声


『次は内側を見てみよ』


(ピュイー!) ※たかの鳴き声


『見事な鷹の彫刻が2匹あるじゃろ? この彫刻は江戸初期に活躍していたといわれる左甚五郎ひだりじんごろうという伝説的な彫刻職人でな。有名な作品だと、日光東照宮にっこうとうしょうぐうの眠り猫とかじゃな。ただ、こやつの制作しておった期間は300年を超えておる、一説では同じ名前を使って活躍しておった者がおったとか。話がズレてしもうたが、鷹の彫刻がリアル過ぎて鳩が、びびって逃げてしまうそうじゃ』


『昔、日本中を旅しておる人間達から左甚五郎にまつわる話をよく聞いておったよ。ちょいと待っておれ……余の脳内でーたあかいぶとやらに、小話があったはず』


(ぽく、ぽく、ぽく、ぽく) ※木魚を叩く音。


(ぱん!) ※手を叩く音


『よし、出たぞ。むかーし、むかし、飛騨ひだと呼ばれる山奥に佐吉さきちという彫物職人がおったそうな。ある時、佐吉は、「俺より上手い彫り物名人は、いないんじゃね?」と考えて山を飛び出したそうじゃ。


(ズタダダダダダダッ)※佐吉が走り出す音


『旅の途中、宿屋の主人が佐吉の腕前をみて、左甚五郎に紹介したら佐吉は日光東照宮の山門の猫を彫る事になった。佐吉は見事な猫の彫刻を完成させ、日光東照宮も完成した』


(ぱちぱちぱちぱち)※拍手の音


『仕事に関わった者達全員で、大宴会だいえんかいをしたそうな。酒をたらふく飲んで皆が酔っ払って眠った次の朝、飲みの席のご馳走や酒が獣に荒らされた後のように荒れ果てたようになっておった』


(ゴルルル、ガシャーン!) ※獣の唸り声→陶器とうきが割れる音


『この有様ありさまの原因が佐吉の彫った猫と気付いた左甚五郎は、猫の彫刻が二度と抜け出さぬよう、両目にノミを打ち込んだ』


(カーン! カーン!) ※ノミを打ち込む音


『左甚五郎は、佐吉の腕を認めて飛騨の甚五郎という名を与えたそうじゃ。今でも日光東照宮にっこうとうしょうぐうの眠り猫は見る事ができる。栃木の地を訪れる機会があれば拝んでみるのも良いじゃろう』


『……おっ、察しが良いの。先程、余は眠り猫は左甚五郎が彫ったというたな? あれあれ? 佐吉じゃ無いんかいって思うじゃろ。そもそも飛騨の甚五郎がなまって左甚五郎と呼ばれたなど、同じ話でも沢山違う話がある。人から人へつむがれる話しというものは、いつの間に変わったり、勝手に変わったりするもんじゃ。余がお主に話しておる話しとて、実際とは違うかもしれん』


『世の中は嘘か本当か分からん情報ばっかりじゃ。えらい大学教授が、有名な配信者が、芸能人の大物が、なんて話しの頭に付ければ信じる者が多い。もちろん全てを信じるなと無責任な事は言わん。余、個人の意見として言わせてもらうが、信じるべき情報とやらは、自分でて、自分で聞いて、自分で感じた事じゃと思う……なんか説教くさくなってしもうたな。今、余が言うた事は話半分で聞き流してくれ』


角大使つのだいし ※場所は喜多院の本堂前 ちなみに話に出てくる、角大使のお守りは本堂で買えます。


『平安時代の頃だったか、慈恵大師良源じえだいしりょうげんという、それはそれは偉い人間がおってな。ここのお守りに化け物の姿をした物があったじゃろ? これに関わる話があるんじゃ』


『ある日、大使が座禅をしておると、部屋の外に怪しい影が現れた』


(ギシ、ギシ、ギシ) ※木の床を歩く音。


『大使は尋ねた、誰かおるんか? すると、今も世の中にたくさんある悪い病気の神、疫病神やくびょうがみと名乗ったそうじゃ。余だったら、顔面パンチでお帰り頂くところじゃが、そこは優しい大使、ならば仕方がないので左手の指先に付けと言ったそうじゃ。疫病神が付いたら全身めちゃくちゃ痛かったが、痛がる事無く指先をピン! と弾いた。疫病神は吹っ飛んで痛みは消えたそうな。指先に疫病神を付けただけでこんな痛いと知った大使は、世の中の人々の為に祈ったそうな。その姿を鏡に写すとなんと、鬼の姿になるではないか!』


(べべべん!) ※三味線しゃみせんを鳴らす音。


『この鬼の姿を弟子に写させ、門戸もんど戸口とぐちに貼ると疫病神がビビって近寄って来なくなった。以来、角大使と呼ばれ厄除やくよけとなったそうじゃ』


『ん? あれ、そういえば余も一応、鬼ではあるが……もしかして余でも出来るのではないか⁉︎ おい、疫病神の方ちゃうわ!』


神人共食しんじんきょうしょく ※場所は売店や屋台の近く。


『この喜多院の境内では、食い物や飲み物が売っておる。ほとんどの寺は境内での飲食禁止としておるのに不思議じゃろ』


『人間が考える小難しい話は余も分からんが、要は神様と同じ物を腹に入れて、ご加護を受けるという考えなのかもしれん。だからと言って、酒を外から持って境内に入らない方が良い。……何故って? 酒は神様に捧げる物じゃ、それを盗んだと勘違いされてしまうやもしれん』


(しゃりん、しゃりん、しゃりん) ※沢山の鈴を鳴らす音が段々と近づいてくる。


『神様とは本来、マジで恐ろしい存在じゃ。酒は神様に捧げる物で分かりやすく例えるならば、お主の家にお主の好きな飲み物を持って行きまーすと約束しておいて、お主の目の前でゴクゴク飲まれたらムカつくじゃろ? この程度のムカつくで、そやつの住む街ごとぶっ壊してしまうような超怖い神様もおるんじゃ。だから、お主もあまり舐めた真似をしておると……』


(しゃりん‼︎) ※目の前で沢山の鈴を強く鳴らす音。


終幕しゅうまく ※場所は境内のどこでも。周りに通行が無く、立ち止まっても安全な箇所。


『他にも本堂の床下に龍を封じた巨大な穴があるとか、血を流す巨大な木があったとか色々あったが、時代の流れにより消失した逸話いつわも沢山ある。重要なのは、本物がなくなってしもうても、こうして誰かに話して引き継いでいけば良い。本来の話しと変わってしまう事もあるじゃろうが、そこには必ず根っ子となる話しが生きておる。さて、そろそろ別れの時間じゃな』


『この地には、まだまだ多くの怪談や逸話が沢山ある。お主の機械の板で調べてみるといい。くれぐれも鉄の車や通行人の邪魔じゃまにならんようにな。余は趣味で日本中の名所巡りをしているでな、また会う時もあるじゃろ。では、さらばじゃ!』

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鬼娘と名所巡り  黒鬼 @nix77

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