【ショートストーリー】鏡の中の約束
藍埜佑(あいのたすく)
【ショートストーリー】鏡の中の約束
毎朝、私は鏡を見る。
しかし、今日は何かが違った。
鏡の中には、いつもの私ではなく、どこか懐かしい風景が広がっていた。
そこは、幼い頃に遊んだ古びた公園。
そして、鉄棒にぶら下がるのは、私と瓜二つの少年。
「おはよう」と少年は言った。
鏡の中の世界は音声まで伝えるのか。
私は手を振るが、少年は真剣な顔で言った。
「今日はお前に大切なことを伝えるために来たんだ」
その瞬間、私は鏡を通じて、幼い日の記憶に触れた。
公園で一人寂しく遊んでいた私に、初めて話しかけてきたのが彼だった。
彼は、いつも私に「僕たちはずっと夢を追いかけて生きよう」と言っていた。
あれは一体誰だったのか。もしかしたら自分? それとも……。
だが、彼はある日、突然消えてしまった。
「覚えてるかい? 僕たちの約束を」
私は記憶を辿り、少年と交わした約束を思い出した。
それは、大人になったら一緒に宇宙飛行士になるという、子ども特有の無謀で純粋な約束だった。
「でも、僕はもう、その約束を果たせないんだ」
鏡の中の少年は寂し気に笑った。
私は困惑した。
鏡の中の少年は、ほんとうに一体何者なのか?
彼は微笑んで、言葉を続けた。
「でも、お前は違う。お前にはまだチャンスがある。だから宇宙飛行士になる夢を諦めないでくれ」
私は鏡を見つめながら、今は遠い宇宙を目指す夢を忘れてしまった自分に気づいた。
日々の忙しさに追われ、本当に大切なものを見失っていたのだ。
すると、鏡は再び変わり、私は自分自身を見た。
だが、何かが違う。
その目は、少年の時のように輝いていた。
あの時のように、煌めいていた。
そして、私は決心した。
少年との約束を、今こそ、自分自身との約束として果たす時が来たのだ。
その日から、私は再び夢に向かって歩き始めた。
鏡に映るのは毎日同じ私だが、心の中にはいつもあの少年がいる。
彼は私の心の中で生き続け、私を宇宙へと導いてくれるのだ。
そして私は今、宇宙船から地球を見下ろしている。
重力から解き放たれた私の体は、宇宙船の観測窓にゆっくりと浮かび上がる。
窓の向こうには、青く輝く地球が広がっている。
その美しさは、どんな言葉も形容しきれない。
大気の薄い層が地球を包み込む様は、まるで全ての生命を優しく守る母のようだ。
私は手を伸ばし、窓に触れる。
冷たく硬いガラス越しにも、地球の生命力が伝わってくるようだった。
ここから見る星は、静かで、穏やかだ。
しかし、その静けさの中には、喜び、悲しみ、創造、破壊といった、無数のドラマが紡がれている。
現実とは思えない光景に心が震える。
私の中にいる少年が、かつて夜空を見上げていたころの夢を思い出させてくれる。
宇宙飛行士になるという夢は、今ここに、現実として存在している。
地球がゆっくりと回転し、新たな大陸が視界に入ってくる。
私はその一部始終を目に焼き付ける。
この瞬間、私はただの観測者ではない。
私は、地球という星の一部であり、この広い宇宙の中で生きている一個の生命だ。
そして宇宙は私全体でもあるのだ。
私は再び少年に話しかける。
「見てるかい? ここから見る地球は、本当に美しいよ。約束、果たせたよ」
言葉は宇宙の虚空に溶けてしまうが、私は心の中で彼と繋がっていることを感じる。
地球が放つ静かな美しさに圧倒されながら、私は宇宙船の中で深い感動を覚える。
この旅は、少年との約束を果たすための旅だったが、それ以上に、私自身の内なる宇宙を探検する旅でもあった。
この宇宙船の窓から見える地球は、私たちが共有する家であり、私たちの行動一つ一つが未来を形作ることを教えてくれる。
そして、この宇宙の中で私たちはとても小さいけれども、夢を追い続けることで、無限に大きなことを成し遂げることができるのだ。
宇宙船の中で、私は地球を見下ろしながら、これからも夢を追い続け、新たな約束を自分自身と交わす。
そして、その約束は、宇宙のどこかで、いつか、少年と再び共有することを信じて。
(了)
【ショートストーリー】鏡の中の約束 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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