第7話 鬼との決着
母が仏壇から取り出してきた祖父の伝記の末尾に「本人の言葉」という章があり、伝記の対象となった祖父(本人)が死没していたため、母が代わりにその章を書いていた。そこにこんな一節があった。
『父の一生は実に人生に対する闘いであり、刀つき、矢折れて倒れたという壮烈な一生だった。この父の生き方に引きかえ、我々兄妹六人、如何に生き方が生半可で真剣味に欠けた甘っちょろいものだと恥じずにはいられない』
母とその家族の満州での苦難を聞いた後改めてこれを再読した時、この言葉をそのまま母に返したいと思った。そして考えた。母のなかにも鬼はいたのではないかと。彼女は鬼と対峙しながらも負けずに生きてきたように感じる。
何故、母という鏡を通じてみる自分は恐ろしいのだろう? 母が私を鬼にするからだ、そう思って母を恨んできた。でも今は別の考えをできるようになった。私は、母との関わりを通じて鬼になることで、母親としての責任、外国に渡る覚悟、バイリンガル教育を施すことの難しさを自覚し、困難を乗り越えてきたように思う。
今だ私のなかに根強く残る、「母から認められたい」という承認願望が、新しい鬼となり私の心の眼を曇らせる。母が身を切る思いで証言してくれた『十二歳の少女が見た満州の終戦』をノンフィクションとして書き起こす前に、その鬼と決着をつけたかった。それがこのエッセイを書いた理由である。
母の鏡に映る鬼 青山涼子 @ropiyama
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