依存する魔法

海沈生物

第1話

『魔法があれば、世界はずっと今よりも平和になると思わない?』


 いつも夢見がちで、危うくて、ワガママだった幼馴染の彼女。二十代になっても、子ども向けのキラキラと光るステッキを振り回し、本気で魔法使いになろうとしていた痛すぎる彼女。そんな彼女を今、私は土の中に埋めている。


 スコップで作った大穴に、バラバラに解体した彼女を投げ捨てる。その上から、ざっ、ざっ、ざっ、と土を覆い被せていく。その作業はとても単調だ。既に死んだ人を埋めるというのはとても簡単で、それでいて、心の奥底がギュッと締め付けられるようで辛かった。


 彼女に土をかける度、私は恐怖に襲われる。これから、私は彼女のいない日常を過ごさなければならない。依存していた彼女のない、一人ぼっちの日常を生きなければならない。


――――――かつて、私は彼女に依存していた。


 彼女はとても平凡な破滅主義者であり、一言で表すのなら「カス」だった。

 作った恋人を金づるにして、搾取できる限界までお金を搾り取り、もう無理になれば捨てる。そんな彼女に対して、私はどうしようもなく依存していた。時々恋人でもない彼女から「お金を貸してほしい」「ご飯を作りに来てほしい」「ストロングゼロとホープを買ってきてほしい」という頼まれた。それら全ては断るべきことであったが、私は「仕方ない」の一言で断らずに受けた。


 多分、私は彼女から離れるべきだった。けれど、ダメな相手に依存することには、心地良い危うさがあった。確かに何者にも依存しない人生は、それは素晴らしいものだ。正しい倫理観を持った人間とのみ付き合うことも素晴らしいことだ。だが、それは同時にあらゆる行為の責任が自分にキックバックすることも意味している。


 仮に人生において何か大きな失敗をしてしまった場合、その責任を他者に押し付けることができない。


『私は悪くない』

『あのカスが全部悪い』

『あいつが”普通”であったのなら』


 そんな言い訳の言葉ばかりを並べ、人生の主導権を放り出し、自分の心が壊れてしまうことを防ぐことができる。そのために、私は彼女を利用していた。彼女に依存していた。


 そんな彼女だったが、そんな生活も十人目の恋人で終わりを告げた。悪評が祟り、誰も彼女に寄り付かなくなったのである。だから、そんな彼女が酒と煙草に溺れ、部屋の中で死んでいるのを見た時、私は驚かなかった。


 その日は彼女から「少し会って話したい」と久しぶりにLINEが来たので、彼女の好きなストロングゼロとホープを手土産に遊びに来てやった。だが、鍵の開いた部屋にいたのは既に息のない死体だった。部屋の明かりにロープを括り付け、それを首にぐるりとかけて死んでいた。明らかに自殺だった。


 私は死体を見て、さてどうしたものかと思った。このまま警察に通報しても良かった。だが、本当にそれで良いのか。通報して、火葬されて、墓地に入ったとすれば、私はもう彼女という依存先がなくなる。これからの人生を全て、自分の責任で生きていかなければならなくなる。それは到底耐えられるようなことではなかった。


 生き方としては最悪かもしれないが、それが私にとっての生存戦略だった。


――――――だから、私は今彼女を埋めている。


 かつて、彼女は言った。


『いつか私が死んだのなら、土の中に埋めてほしいな。そこにお酒と煙草を供えてくれたのなら、天で全てを見守っている女神様がきっと私のことを魔法の力で蘇らせてくれるはずだから……ね?』


 そんなことは有り得ない。魔法なんてこの世に存在しない。土の中に埋める程度で蘇るのなら、土葬したあらゆる人間は蘇っているはずだ。それなのに、私はその魔法に賭けていた。有り得ない幻想まほうに手を伸ばしていなければ、現実のどうしようもない重さに耐えることができなかった。


 彼女を埋め終えると、私は一息ついた。彼女のために購入したホープに火を付けると、彼女を埋めた土の上にぐりぐりと擦り付ける。そして、その上から彼女のために購入したストロングゼロを流してやる。


「おーい。さっさと起きろー」


 声だけが虚しく木霊する。分かっている。分かっているのだ。こんなことをしても、奇跡も魔法も起きるわけがない。ただの自己満足でしかない、と。それでも、私はぐりぐり、ぐりぐりとタバコを擦り付けた。


「……さっさと、起きろ」


 これは無意味だ。無価値な行為だ。こんなことをするぐらいなら、さっさと帰宅して明日の仕事に備えて眠った方が良い。それでも、やめられない。ぐりぐり、ぐりぐり、ぐりぐりと、何度も何度もタバコで地面を擦る。


 最後の一本まで擦り付けると、私は地面の上に倒れ込む。もうこのまま、ここで死んでしまいたい。煙草と酒の匂いが混ざり合って、鼻が曲がりそうだった。それでも、今は。今だけは。匂いかのじょの中が心地よくて、その中にまだ溺れていたくて。


 ただただ、彼女の幻想まほうの中で微睡んでいた。

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