第二章 塩牢城防衛戦 其ノ三
トウヤを先頭に四騎は馳せた。防具をつけてはと勧めても王軍師は首を振る。
「俺には不要だ。装備のあるお前等はウタの両側へ。遅れずついてこい」
西街道は再び奪われていた。だがトウヤは敵陣を避けずに突っ切り、馬は敵兵を蹴り飛ばしながら最短の道を行く。正に飛ぶような速さで、言われた通りリジョウと部下はウタの両側をついて行くだけで必死であった。「馬に道案内をさせる」との意味を尋ねる暇もない。
必死で駆けながらも、リジョウの頭の中では疑問が湧き起こる。馬とは、これ程までに長く速く駆ける生き物だっただろうか。敵はまるで攻撃する事を思いつく間もない様子でこちらを見送る。ごくたまに矢が射かけられるが、トウヤは全ての矢の方向と速さを知っているかのように方向を変え、時に背中の小刀を瞬時に抜いて容易く斬り捨てる。この人は、子供の姿をした夜叉ではないか、とすら思う。
やがて塩牢城が見えてきたが、水津軍は城の正面大手門を既にこじ開けていた。矢が飛び交い、火の手が上がり、煙が立ち込め、城は落ちる寸前である。
「トウヤ殿、別の門に回りましょう!」
トウヤは答えず馬から飛び降りる。
「ウタ! ミミミを!」
二人は馬を交換し、芦毛の馬に乗り直したトウヤは一声叫ぶと走り出した。
「押し通る! 我の背だけを見て追え!」
その後どのような道筋で城内に入ったのか、リジョウはあまり記憶が定かでない。
火矢が飛び交う中、芦毛の馬は槍の間をかいくぐり、叫び斬り合う兵士を巧みに避け転がる兵を飛び越え、城内へと馳せた。
馬が止まったのにリジョウは気づかずにいたが、トウヤの鋭い声で我に返った。
「リジョウ、城主の元へ案内しろ!」
陥落直前の城の軍議室に子供が入っていく。
「王軍師、トウヤ殿です」
皆、子供の後から入る長身の従者を見た。
「あの、こちらが……」
と、リジョウが言う前に、トウヤは左の手袋を外して卓にどん、と手をついた。小さな手の甲いっぱいに、日高熾国王、焚宮の王章がくっきりと焼きついていた。更に着物の袖を捲ると、手首にはやや小さめの王軍師印章の焼印もある。
「王軍師トウヤである。私の見た目について今は説明する間はない。城の図面を」
ここでようやくリジョウが予想していた反応があった。トウヤの言葉に呆然としたカズサが、笑い出したのだ。
「リジョウ、お前は最期に私を和ませようというのか」
だがトウヤが通る声を被せた。
「国王の名代として問う。反逆者は誰か」
カズサは小さく息をついた。
「子供、このような所にいてはいかん。去れ」
トウヤは再び言葉を被せる。
「焚宮国王陛下より預かりし塩牢の領、水津に渡すとあれば反逆罪と見なす」
「小僧、一体何を言っているのだ」
「再度言う。王軍師トウヤである。城を守る気のない者を反逆者として処す」
「リジョウ、この血迷った子供を連れ出せ!」
だが次の瞬間、塩牢西隊長のオザ(尾坐)が巨軀をのめらせて叫んだ。
「お待ち下さいっ!」
同時に一同が見たのは、小刀を抜いてカズサの首筋にぴたりと当てているトウヤであった。カズサの首に滲んだ紅く細い筋が、トウヤが本当にカズサの首を斬ろうとしていたと知らしめる。
「私が抜いたのが見えたか、良い目だ。領主、良い目の臣下に免じてお前の死をわずかばかり待つ」
トウヤはカズサの首に小刀を当てたまま、声を投げる。
「良い目の臣下、許そう。言え」
部屋の中で最も体が大きいオザが、子供が放つ鋭い紫の眼光に射すくめられていた。
「……二つの章印、確かに。また、軍師殿が仰る事ごもっとも。だが城は完全に包囲され、もはや打つ手はない。守る気がないのではない、守れなかったのだ」
「城に取りついている水津兵を明日の朝までに絶やし、正門前の敵を一掃する。援軍は昼までに来る」
「それは、どのようにして……」
「説明している間が惜しい。私に従うのならどのようにするか見せてやる。今この時も」
子供は一同をぐるりと見渡す。
「兵は死に続けている。一つでも駒は惜しい」
オザが子供に頭を垂れた。
「軍師殿……どうか、主の命をお助け下さい」
トウヤが刀を納め、脱力したカズサを数人の部下が支える。
「良い目の臣下、名を何という」
「オザと申します」
「よく通る声だ。お前の言葉に兵は従うか」
「はい」
「城の図を見せろ。最も危ういのはどこか」
卓には急いで図面が広げられた。
※試し読みはここまでです。本編は書籍にてお楽しみいただけましたら幸いです。
月光、雄山を馳せる如く powy @powy
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