第二章 塩牢城防衛戦 其ノ二

 敵の目をかいくぐり里から里へとトウヤ王軍師を探し回る。

 リジョウは、カズサの前で嘘を言っていた。援軍は来ていないと確信していたのだ。西部国境にいる彼の友人は言っていた。

「援軍など来なかったさ。だがあの人はたった一人で戦の流れを変えた。見た目は、お前が想像したのと真逆だ」

 王軍師本人は「見た目について他言した者は斬る」と日頃から周囲に言っているそうだが、友人は密かにリジョウに伝えていた。聞いていた姿を二人の部下と共に、戦で人影まばらな里から里へと昼も夜も探し回った。

 四日目の夕暮れ。帰る城はまだあるだろうかと脚も心も萎え始めた時、リジョウの目が通り過ぎる一組の旅人に釘付けになった。

「そこの方!」

 リジョウの声に、背の高い男が振り返る。

「いや、そちらの」

 リジョウは男の隣にいる子供に向かって声を投げる。子供は頭巾を目深に被ったまま、男の影に体を半ば隠す。

 胸が早鐘を打つ。震える声を抑えてリジョウは続けた。

「塩牢城弓兵長、リジョウと申します。恐れながら、トウヤ王軍師殿ではありませんか」

 友人は言っていた。その人は芦毛の大きな馬を連れ、十二、三歳ほどの子供に見えると。前が見えぬのではないかと思うほど深く頭巾を被っているが、その奥の世にも稀な帝王紫の瞳はまことに美しいと。子供が、小さな声で答えた。

「……何用か」

 リジョウは戦況をトウヤに伝えた。聞き終えると子供は眉間にしわを寄せて舌打ちした。

「その状況で弓兵長を伝令に使うお前の主は余程の馬鹿だな。さて。お前達三人の中で最も弓が下手なのは」

「私、です」

 部下の一人が申出るとトウヤは続けた。

「馬に道案内をさせるのでよこせ。お前は里で一番速い馬を買ってすぐに後から追いかけて来い。下手でも弓兵は惜しい」

 そう言いながら金貨を一枚渡す。ずしりと重いそれは日高熾で最も価値が高く、家や土地などの大取引に使われる王刻金貨だった。

「リジョウ、俺について話した者がいるな。そいつとお前を斬り捨てるかは俺宛の書を確認してから決める」

 子供の声には、棘がある。

「ウタ、お前が塩牢城までミミミに乗れ。少し話がある」

 トウヤはウタという背の高い従者を三人から少し離れた場所に呼び、しばらく話し込んでいた。その姿は三人の前での横柄な態度と違い、大人に願い事を訴える子供のような姿である。ウタは少し背を屈めて、耳を傾けてやっていた。

 リジョウはますます混乱させられる。本当にこの小さな人に、託して良いものかと。


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