エピローグ「ユーカリ」

 ピピピ。そんな音と共に、目を覆いたくなる様な光が差し込み思わず目をギュッと瞑る。


「オッ!来たぞっ!」

「成功、、ですかね、ほんと、手間をかけさせてくれました」


 両サイドからそんな声が聞こえ、首を傾げる。なんだ、何があったんだ、と。


          ☆


 爽やかな風が吹いていた。強いわけでも無く、ほんのりと涼しい。本当に理想的な風だ。

 それに吹かれた花々がサワサワと。音を立てながらそれぞれが生命を主張する。そんな光景を、ただぼんやりと眺めながら。蒼穹の空の元、坂になっている芝生に直接座り小さく口にした。


「...私、、考えたんです」

「何をだ?」


 約束の二日後。帰還の準備が出来たのか、ガースはカエデの隣に座り込み、その後の進捗を問うた。そんなガースに、カエデはどこか吹っ切れた様子で。だが、目は虚で。それでもしっかりとした声音で返した。


「...この星での、出来事」

「...そうか。そうだな、、この星と、別れを告げるかどうかの話だからな」


 ガースが僅かに視線を下げて口にすると、カエデは無言で頷き続けた。


「この星に、未練があるわけじゃ無いんだけど、、でも、この星で出会って紡いだ記憶は、どれもこれも素敵過ぎて、私には勿体ないくらいで。忘れてた記憶を呼び起こすくらいには、素敵なものだった」


 カエデが遠くを見ながら語るそれに、ガースはただ無言で。聞き入れる姿勢で相槌を打った。


「なんだかいつも雨降ってたなぁ、、彼と居る時は」

「彼、、とは、イオの事か?」

「うーん。ちょっと違うかもだけど、大体合ってる。...初めて彼を知ったのも、雨の日だったんだ」


 カエデの返答に、どこか腑に落ちない様子で首を傾げるガースだったが、尚も続けた。


「最初は意味分かんなくて。ムカついたなぁ。嫌、ってわけじゃ無かったけど、変に絡まれると困るし、向こうが色々言われちゃうかもしれないから。...ほんとに困ったなぁ」


 ふふふと。ほんのり微笑んでそう口にする。その様子に、困っていた様には見えなくて。だからこそ、ガースもまた微笑んだ。


「でも、本当は凄く嬉しかったんだと思う。私、あの時はあまのじゃくだったから」

「...思い返してみると。って事は、、あるよな」


 ガースもまた、色々悩んで困った事があったが、改めて。思い返すとどれも素敵な思い出で。だからこそ、あんな言葉で最後になった事を、胸中で悔いた。


「そうそう。そこからは色々楽しかったなぁ。向こうからだったけど、私もそれ以上に。負けないくらい大好きだったし。いつも寝る前は色々妄想しちゃって大変だったよ〜」

「妄想?」

「ああっ!そ、そこはっ、深掘りしないでっ!」


 ガースの問いに、慌てた様子でカエデは声を上げると、改めて空に目を移した。


「...そして、初めてイオとしての彼と会った時も、記憶が無かったけど、やっぱり気持ちは変わって無くて。助けてくれた時、凄く嬉しかった」


 一つ一つ。二人の彼との記憶を呼び起こしながら、カエデは感慨深そうに呟いた。


「初めて私の部屋を見た時はびっくりしてたなぁ。なんか異質なものを見る様な目だった!それに、色々ハプニングもあって、恥ずかしかったりもしたなぁ。...後、あの時のイオは、ちょっと近寄りがたいイメージで。なんか、、冷たかった」

「戦闘員は、そんなものだろう?」

「うん。その通りだったんだけどね。でも、私他の戦闘員知らないし、怒っちゃって。でも色々あって勝手に仲直り出来て良かったぁ。私人間関係疎いからそういうの苦手なんだよね、、だから、なんか順序とかも分からなくて、結局その後も色々連れ回す事しちゃって、」


 ここまで話したのち、ふーっと。一度息を吐いて仰向けに寝転がった。


「楽しかったなぁ。色々なとこに行ったんだよ?初めて山を見たし、観光地は色々行ったなぁ、、縁結びのデートスポットも行っちゃって、雨の日に部品探しにも行ったっけ。...辛い事、沢山あったけど。もち太郎との生活は凄く楽しかった。念願のペットだったし、心の拠り所だったなぁ。イクトとも、色々話せて。いい方だったんだ。まあ、レプテリヤ達には脅威かもしれないけど、、でも、イオを変えてくれたのは、イクトのお陰でもあったと思うし、、イオの事、もっとよく知れて、私がこうして元気に過ごせたのも、イクトの明るさもあったのかなって、、思った、」

「...」

「後、私には叔父さんが居たんだけど、、その人も、私のために一生懸命。ずっと、、ずっと。人生賭けて頑張ってきてくれて。...私わがままだから。あんな事言っちゃって。...何一つとして、感謝も、気持ちも、伝えられなかった。あの後、どうなったのかは知らない、、もしかすると、どこかに居るのかな、?でも、なんか上の人達は叔父さんの事切ってた様に見えたし、、この一週間で、、もしかすると、」


 カエデはそこまで呟くと、目を逸らす。

 そんな彼女の言葉一つ一つに、ガースもまたフレアとの記憶を重ねて、拳を握りしめながら目を逸らした。


「楽しい事、数えきれないくらいあった。楽しい事の分、辛い事もあったけど、、私は、やっぱりこの星の住人だから」


 カエデはそこまで呟くと、起き上がってガースに向き直り寂しげに微笑んだ。


「...私、やっぱり、ここに居る。...みんなと。大切な思い出と一緒に。私もそっちに、、みんなのところに、行きたいから」


 カエデは、涙を流しながら、掠れた声でも懸命にそう伝えた。


 そう、伝えきった。

 その答えに、ガースは視線を少し下げ、そうか、と呟くと。僅かに口元を綻ばせて右側に居たカエデからは見えない位置にあった左手を差し出した。


「なら、これ持って少し待ってろ」

「え、?」


 泣きじゃくった目が潤んで、しっかりと見据える事が出来なかったものの、それは確かに青紫色をしていた。


「これって」


 そう。ガースが差し出したのは、ムスカリの花。それをカエデは震えた声で聞き返しながら受け取ると、対するガースは立ち上がり、坂の上へと戻って行った。


「結論出すなら、この後にしてくれ」

「...え、?ど、どういうこと、?」


 ザッ、ザッと。ガースが坂を登るのを、遅れてカエデもまた起き上がり追いかけた。


          ☆


「ウッシ!頑張った甲斐があったぜ!」

「これで、ガース様も喜んでくれるでしょうか、」


 それぞれが話す中、眩しい光に目を擦りながら、小さく口を開いた。


「な、、何処だ、?ここは、」

「地球です」

「それは分かってるって!小学生か!?」

「意味分かんないこと言ってないで、もうそろそろ時間ですから急いでください」

「は!?一体どうなってんだ!?俺は一体、どうなったんだ!?」


 ラミリスに告げられながら、グレスに押され、そう声を上げる。だが、そう放つ彼の口元は、どこか微笑んでいる様に見えた。


「行ってコイ!」

「...ああっ!もう、分かった!とりあえず真っ直ぐ行けばいいんだな!?」


 そう放ち走る後ろで、グレスとラミリスが何やら会話を交わす。


「俺もいっていいか?さんかしてぇよ!」

「はぁ、、いけませんよ。ガース様に怒られます」


 グレスが声を上げながら走り出すのを、ラミリスは液状化した腕で止め息を吐く。すると、それを放ったのち、それにと。そう付け足して浅い息を零した。


「感動の、再会なんですから」


 そんな言葉を耳にしながら、今までの光景。

 中型に遭遇した時。大型を前にした時。ヒト型を前にした時。親を敵に回した時。戦闘員と戦う事になった時。

 それぞれ。いつも隣にいたあの人を思い浮かべながら、強く。


 走り出した。


          ☆


「はぁっ、はぁ、、ガースッ!ちょっと、、どういうことっ、なの!?」


 息切れをしながら、ガースの背中を追ったカエデは、膝に手をついて声を漏らした。

 すると、それを耳にしたガースは一度安堵とも取れる息を零すと、優しい表情でカエデに振り返った。


「なんとか間に合ったみたいだな」

「え、、どういうーーっ!」


 それを呟いた瞬間、ガースの後ろから同じく走って現れる"彼"に、カエデは驚愕に目を見開いた。


「え、、なん、なんで、?」


 掠れた声で、信じきれていない様子で、カエデは静かにその場を去るガースの奥にいる彼にふらふらと近づいた。


 そう。その先には。


「久しぶり、、になったな。カエデ」

「っ」


 敬礼をする、イオの姿があった。


「え、、嘘、、なんっ、へ、?」


 雲が晴れ、晴れ間が現れる空の元、イオは何を言うでも無く微笑んだ。その姿に理解が追いつかないカエデは、そんな変な言葉を口にした。


「あの時、カタストロフィと一緒に爆破して消滅した。だけど、俺の体の設計図はカサブランカのデータ内にまだあったらしくてな」

「体のデータって、、でもっ、記憶は、?なんで爆発した事も覚えてるの、?」


 驚愕を口にするカエデに、イオは一度フッと優しく微笑むと、彼女に向き直って放った。


「カエデの、お陰だ」

「え、?」

「爆破するタイミングで、聞こえたんだ。カエデの、声が」

「わ、私の、?」


 身に覚えのないそれに、カエデは首を傾げる。


「ああ。俺はカサブランカとシステムが繋がって無い筈だったのに、聞こえたんだ。きっと、頑張ってくれたんだよ」

「え、、それって、、もしかして、」


 カサブランカ内のAIであったカエデ。そちらのカエデが、必死にプログラムの壁を越え、イオに接続したのだ。あの、システムが終了した最中で。

 と、そう、考えるならば。


「そうだ。あのギリギリの瞬間で、俺の記憶データは、カサブランカの一部のコンピュータにバックアップされたんだ」

「っ!」


 その一言で、今まで疑問でしかなかったこの感情が、全て喜びに溢れ。それが思わず瞳から零れ落ちた。


「うっ、うぅっ!ひくっ、イオッ、イオォ、、良かった、っ!イオッ、、イオなんだねっ、」


 掠れた声で、腕で目を擦りながらイオに向き直る。それに、イオもまた優しく微笑みそうだと。頷き近づいた。


「イオッ!良かったっ、、良かったよ、、うぅ、もう、会えないって、、思ってっ!」


 もう、どうでも良かった。どうしてカサブランカ内のカエデの存在をイオが知っているのか。誰がイオを再構築したのか。カサブランカ内で、まだ機能していたコンピュータが存在していたのか。そんな疑問が僅かに脳を過ったものの、そんな事は重要では無いと。カエデは溢れ出して止まらない感情を、ただ口に。体に現した。


「ありがとう、カエデ。ずっと、こんな俺と一緒に居てくれて。...カサブランカのシステムも、カエデが何とかしてくれたんだよな?」

「へっ、、あ、うん、、でも、違うよっ、ひくっ、あれはっ、向こうの、私がっ」

「はは、いや、カエデのお陰だよ。カエデが、システムの解除をしたんだろ?」

「え、、あ、もしかして、」

「ああ。ラミリスから聞いた。ありがとう、俺のために、みんなのために、頑張ってくれて」

「うっ、、うぅっ、そんなのっ、そんな事っ、、私っ、それしか出来なかった、、イオの助けに、、なれなかったっ!一回でも、、イオを、死なせちゃった、」

「現に生きてるんだ。問題無い。あのまま爆破してしまったら、カサブランカごと爆破してたわけだし、それだったら俺はここには居ないんだ。俺が今ここに居られるのは、カエデの、お陰だ」


 微笑み、カエデに目の高さを合わせて目の前で屈む。その言葉には、目の前のカエデと、もう既に機能を停止したカエデ。二人に向かって言っている様であった。と、それと共に、ふと彼女が手に持っていたそれに目を移し、僅かに目を見開いた。


「ムスカリか、」

「えっ、、あ、うんっ、、これ、ガースさんに、渡されて、」

「へぇ、、そうか、それどころじゃ無くて気づかなかったが、そういえばガース達が戻って来た時に、あの場所に生えてたな」


 それを放つと共にカエデは差し出し、イオは持ち上げて見つめる。と、それを見ながらそこまで口にしたのち、浅く息を吐いてどこか遠い目をして続ける。


「懐かしいな。不恰好で、なんの準備も出来てない、グダグダな告白だったよな」

「...へ、?」

「ムスカリの花が綺麗だったから報われたけど、他の場所だったらなかなか酷かったよな、あれ。それにあと、色々行ったよな。なんかいっつも雨だった気がするけどなぁ。傘が邪魔だったけど、でも、楽しかったなぁ。俺がいつも傘係だったから大変だったのかもしれないけど。...それに、かえでも花に興味持ってくれて、色々勉強してくれてたんだよな、、すげぇ嬉しかったなぁ。俺は俺で学校の勉強出来たし、一緒に勉強したお陰で前より成績良くなった。腕相撲も少し心なしか強くなった気がする。でも、未だになんで源五郎が駄目なのかは分からないな」


 イオはムスカリに目を向けたままそこまで独り言の様に大きく放つと、カエデに向き直った。


「...なん、、え、?なんでっ」


 そこには、きょとんとした、泣きじゃくった後の腫れた赤い目を向けた、カエデの姿があった。その姿が可愛らしくて。イオもまた目の奥が熱くなりながら、その感情を悟られないよう無理に微笑んでそう口にした。


「遅くなってごめん。久しぶり、野茨のいばらさん」


「っ、はっ、日葵はるきっ」


 目を見開き、楓が目を潤ませて彼の名をそう口にした。それと共に穏やかな風が一帯を通り抜け、花弁が空を舞い、草はサワサワと音を立てた。


「ごめん、、ごめんね、野茨さん、」

「うっ、うぅっ!日葵っ!日葵!...遅いよっ、馬鹿っ!ずっと、、ずっとっ、待ってたんだからっ!」


 楓は、先程よりも更に大粒の涙を溢し、俯きながら、そう声を張り上げた。


「無事で、良かった、、野茨さん、」

「うっ、ひくっ、、うぅっ、日葵、、もう、、馬鹿っ、日葵っ」


 蒼穹の空の元、楓の喜びによる泣き声だけが響く。その姿に、日葵もまた、微笑み続けていたが、だんだんと抑えきれなくなり、顔を歪ませて俯いた。

 そんな彼を、楓はくしゃくしゃになった顔で見据え、腕で目を擦りながら笑顔を作る。それに合わせて、日葵も顔を上げて笑みを浮かべた。すると。


「へっ、日葵っ、」

「え、?あ、あれ、?おかしいな、、なんで、」


 顔を上げた事によって、日葵の瞳から、大粒の涙が溢れている事に気づき、お互いに驚愕する。と、それに続いて再会故近づかない様にしていたガース達が遠くから現れる。


「なっ、お前らっ、居たのか、」

「そろそろいいだろ出ても。命の恩人になんて言い草だ」

「一から作ったのはこの私です。まあ、ガース様のための行動ではありますが、、ガース様はもちろんのこと、私にも敬意を表しなさい」

「おいっ!俺もやっただろーがよぉ!」

「あっ、ありがとうっ!ラミリスさんっ!グレスさん!ほらっガースさんもっ、言ったでしょ?褒めてあげてっ!」


 近づきながら放つガースとラミリス、グレスに、楓は未だ涙を含んだ瞳で微笑みながら、元気に放つ。それに「お、おう」と苦笑を含んだ返しをすると、ガースは改めてラミリスに向き直った。


「ありがとう。ラミリス、爆破の件も、今回の件も。本当に助かった。いつも、俺の指示を、、いや、奴らの言葉を借りるなら、、俺のわがままを聞いてくれて助かる」

「っ!い、いえ、、そ、それは、勿論ガース様の命令ですから」

「ふふふ〜」


 ガースの言葉に僅かに顔を背けるラミリスに、楓はニヤリと微笑む。


「オォッ!なんかお前ら両方いいかんじだなっ!」

「何の話です!?」


 と、後からグレスが笑いながら日葵と楓、ガースとラミリスを互いに見合いながら放つ。それにどこか恥ずかしさを隠す様にして放つラミリスに、楓達は暖かく微笑んだ。


「それとグレスも、ありがとう。いつも、俺のわがままを、聞いてくれて」

「イヤァいいんだですよガースさま」

「貴方は何もやっていないでしょう。それに、改めてこちらの星の言葉の波長を学び直す必要がありそうですね」

「おうぇ、、いやぁ、それは、ダイジョぶだ、」


 改めてガースがグレスにも感謝を告げる中、ふと日葵は放つ。


「それにしても、これは何だ、?ラミリス、造り変えた時に何かやったのか?」


 日葵が、瞳に浮かんだ涙を拭きながらそう切り出すと、少し自信げに、ラミリスは微笑んでグレスの方からこちらに振り返った。


「はい。私が涙というものを、感情に合わせて放出する様設定いたしました。心というものは、言葉では表しづらい。それは、全ての生き物共通なのだと、カエデから教わりましたから」

「?」


 ラミリスが微笑んでそう呟くと、その視線の先に居た楓は首を傾げた。その言葉と共に日葵は隣の彼女を一瞥すると、フッと微笑み顔を上げた。


「一番大切な機能だ。ちげぇねーな」


 日差しを受けながらそう放った日葵に、ラミリスは続ける。


「カサブランカのシステムが停止する中、予備電源によって通信が行える様になっていた様です。予備電源に関しては人間は触れていなかったのでしょう。それはイオ。貴方の通信も含まれていました」

「と、いう事は、」

「はい。予備電源に切り替わる瞬間、僅かに残されたカエデの記憶が働きかけ、バックアップをとったのだと予想出来ます。その後はただ作り替えただけです。作り替えたので、元の体とは違いますよ」

「じゅ、十分だよっ!ありがとう!ラミリスさん!」


 ラミリスの軽い説明に、楓は目を見開き笑顔で感謝を放ち、日葵もまた「そうだったのか」と。納得した様に頷いて頭を下げた。と、そんな中、ガースは改めて口を開く。


「それで、悪いが、時間もないんだ。そろそろ、この星に居続けるかどうか、俺らについてくるか、改めて決断してくれないだろうか」


 時刻が迫っている。そう言わんばかりの様子で、ガースが答えを急ぐ。それに、日葵は僅かに悩んだのち、楓に促す。


「私は、どこでもいいよっ!日葵が居るところが、私の居場所だもん!」

「そうか、」


 楓の返答に、日葵は改めて悩む。と、そんな中、ガースが割って入る。


「いい知らせを話しておく。選択の判断材料にしてくれ。...俺らはこの辺りにカタストロフィの反応がある事を知ってからここを中心に攻撃を行った。この地球のどこかには、まだ生存者は居るだろうし、生き物も居る。戦闘員だったお前なら、カエデの食料には困らないだろう」


 ガースは、自分で食料は調達しろ。そう言っているのだろう。決して簡単な事では無い。どんなに改良されていようとも、日葵はまだ戦闘員であるが故に、そう遠くには行けないだろう。

 だが、と。日葵は楓同様自信ありげに微笑み、ガース達に向き直ると決意を露わにした。


「俺らはこの星に残るよ。ありがとう、ガース。ラミリス、グレス。我々人類が本当に悪かった。...そして、ありがとう。俺らと共に戦ってくれて。それに、許してくれて」

「別に許した記憶は無いがな」

「それに、私達は今からそいつらを潰しに行くんですよ」

「ヨシャア!熱くなってきたな!」


 日葵の言葉に、皆はそう続けて踵を返す。それに、疑問符を浮かべる二人は、思わずガースを呼び止め疑問を投げかけた。


「待ってくれ、、その、今から潰しにって、、どういう、?」


 その問いに、一同はフッと視線を合わせ笑い合うと、ニヤリと微笑みながらガースはそれを放った。


「カサブランカの、お前らが親と呼んでた奴ら。あいつらの乗った脱出用ロケットは、俺らの母星に向かう様にプログラムされてたんだ」

「「えっ」」


 その発言に、同時に声を漏らす日葵と楓。その中の楓へと視線を移し、ラミリスは悪戯に笑った。


「貴方の、仕業でしょうね」

「っ!」

「ちょっと待て、、ということは、俺のデータの件もそうだが、、カサブランカ内のデータを、閲覧したのか、?」


 目を見開く楓の隣、日葵は何かを察し、恐る恐る問う。その視線の先。ガースは同じく何の事かを察して優しく頷くと、目を逸らした。


「...カサブランカには、、駆除レプテリヤの情報が更新されている筈だ、、もし俺のデータが残っていたのだとすると、それも残ってる筈だ、」

「...」

「...って事は、」

「...ああ。見た。確かにあれは、フレアの特徴と一致してた、」

「「「「っ」」」」


 データ内に含まれていた、小柄なヒト型レプテリヤの情報。それは、間違い無くフレアのものだ。それを目にした時、ガースはどんな気持ちだったのだろう。その苦しみは、計り知れない。


「もの凄く、、辛かったよ、」

「っ」


 その胸中の言葉が聞こえていたかのように、ガースは日葵にそう返す。と、そののち。


「でも、それが無かったら、きっとお前を復旧なんてしなかった」

「「っ!」」


 どこか遠くを見つめ、ガースが呟くと、日葵と楓は目を見開く。やはり、自身と楓の境遇を、重ねていたのだろう。でなければ、あんならしくも無い行動はしないと。ガースは小さく呟く。

 その発言に、日葵はかける言葉を悩んだ。元々は我々がいた種。人間によって戦争が起こり、人間によって悪化。人間によって多くの犠牲が出た。そんな中で、レプテリヤは、ガースは日葵を助けた。

 そんな、言葉にすると悪でしか無い我々が、どう声をかければいいのだろうか。

 そんな事に悩む中、日葵の隣で。


「ありがとうっ、ガースッ!本当にっ、ありがとう!」


 楓はただ無邪気に。純粋に。頭を下げ感謝を放った。そんな、頭の良くて上手い言い方の出来る楓が放った純粋な言葉に、日葵は目の奥を熱くさせながら、同じく微笑んで頭を下げた。


「...ありがとう。ガース、、返せるものは、俺にはないけど、、でも、もう、同じ過ちは起こさない。俺が、、ガースに命をもらった俺が、人間とレプテリヤの、架け橋になってみせる。これが俺なりの、、償いだ」


 優しい風が吹き渡る中、お墓を背に、こちらを小さく微笑み見つめるレプテリヤ命の恩人達に、日葵は強く宣言を放った。


          ☆


 未だ微風が頰を撫でる場で。地面は剥き出しで、崩壊した建物らしきもの。何かに使われていたであろう、LEDが搭載されていた痕跡のある筒状のもの。そして、建物を支えていたのか、その意味も分からない鉄の棒などが、草木も生えない地面に突き刺さり、乱立している。そんな地を一望しながら。

 花弁舞う崖の上で、日葵と楓は横に二人並んでただそれを見つめていた。


「ここから、始めるんだ」

「え、?」

「野茨さん、、いや、、楓の言った様に、ここが俺らの居場所だ」

「っ」


 日葵が唐突に放ったそれに、自身の名を口にした事に対し楓は目を見開き僅かに頰を赤らめた。


「...ここで。この、星で、また、作り出すんだ」

「...私達がって事、?」

「ああ、もう一度。始めよう」

「アダムとイブ的な?」

「そうだな」


 顎に手をやり呟く楓に、日葵はほんのり笑ってそう呟く。すると、何かを想像したのか、楓は突如顔を真っ赤に染める。


「えぇっ!?そ、その、それって、もしかして、、え、いや、でも、今の日葵はどうなんだろ、、あるのかな、?」

「何言ってるの?」

「ああっ、いやっ、、その、なんでも、」


 慌てて手を振って目を逸らし、髪をいじる楓を同じく頰を僅かに赤らめながら見つめると、改めてこの星全体を見つめるように視線を移動させる。


「...約束したんだ。レプテリヤと人間が友好的になる世界を」

「...うん、、そうだね」

「そんな世界を作るんだ。ここから。俺らでだ。ビビってられないよな」

「あんなに色んな事があったんだもん。今更怖いものなんてないよっ!」

「はは、、かもな」


 ガッツポーズをして元気に放つ楓に、日葵はクスッと笑いながら返すと、彼女に向き直り、目つきを変えた。


「たとえ全てが変わり果てたとしても、、俺が楓を、、楓が俺を思い出せた様に。...もう一度、作り上げよう。枯れた植物がまた花を咲かせられる様に。この戦場から、あの頃の世界を」

「うん、、私達の居場所を、ね」


 少し赤らめて、大人びた笑みを浮かべる楓と日葵は、それを呟いたのち。


 サワサワと草木が音を立て花弁舞うこの地。未来は明るいと告げる様な蒼穹の元ーー


 ーー接吻を交わしたのだった。


たとえ枯れても、戦場でもう一度。(完)

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たとえ枯れても、戦場でもう一度。 加藤裕也 @yuuyakato

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