第13話「イトスギ」

「え、何、、あれ、」


 レプテリヤをまとめ、引き返すグレスとラミリスの中。隣をトボトボと歩くカエデは、大きな警告音の様なものを耳にし振り返った。

 と、そこには。

 本部であるカサブランカ。破壊されているものの、その上にーー


 ーーホログラムで浮かび上がった、時刻と認識できる数列が存在していた。


「ンダあれ?」

「時刻、、いや、違う。あれは、、っ!」

「嘘、でしょ、」


 その1:00:00と浮かぶそれが一桁目から減っていっている様子を見て、ラミリスはそれを察し険しい表情を浮かべる。その隣で、対するカエデもまたそれを察し絶望の色を見せる。


「お、おいおい、なんだアリャ?」

「時刻が減っている。...あれは、恐らく時限式爆弾です」

「ば、ばくだん!?」


 理解していないグレスにラミリスがその時刻に目を向けたまま口にすると、それに驚愕する。


「も、もしかすると、ただのサプライズ的な事も、」

「このタイミングですよ?」

「う、」


 カエデが僅かな希望を抱いて呟いたそれを、ラミリスはぶっきらぼうな物言いで遮る。それは、カエデもどこかで理解していた。これ程までの巨大なレプテリヤ。恐らく、戦闘員にも対処出来ないだろう。ましてや既にカサブランカも半壊されている。その状態で完璧なバックアップ作業など出来るはずもないだろう。故に、それは全てを諦めた行動だと、察する事が出来た。


「この爆発、どのくらいの大きさでしょうか、」

「でっ、でもっ、そんな大きくは無いんじゃない、?まだ本部の人達も居るわけだし、」

「そうでしょうか、、恐らくこうなる事を察して作られたもの。星は分かりませんが、大陸程度なら爆破する程の力はあるかもしれませんよ」

「え、」

「爆破をして、それでカタストロフィが残ったらどうするのです?...まあ、どちらにせよ、待っているのは絶滅でしょうけど。恐らく、文字通り自爆する気なのでしょう」

「嘘っ!やだっ!やだよ!イオをっ、早くっ!イオをっ、連れて逃げなきゃ!」


 ラミリスの淡々とした返しに、カエデは冷や汗混じりに震えた手を握りしめその時刻に目をやる。一桁から一秒ずつ減っていくその光景から察するに、爆破までの猶予は一時間。一時間もあれば救出も不可能では無いだろう。そう考えたカエデは、迷う事無くイオの方へと向きを変え走り出す。


「あ、貴方っ!」


 その後ろ姿にラミリスは一度手を伸ばしたのち、大きな息を吐く。


「おれらも、、どうすんだ?」

「...」


 そんなラミリスに不安げな表情でグレスが声をかけると、同じく表情を曇らせカタストロフィに。いや、ガースの方向へと視線を移し目を細めた。


          ☆


 対するカエデは、カタストロフィの巨体を頼りにイオの方向へと走り続けた。


「はぁっ、はっ、早くっ、イオッ!逃げっ、うぐっ!?」


 息を切らし走る中、突如体に激痛が走り倒れ込む。


「う、、な、なんで、?」


 カエデは声を漏らすと共に痛みの根源に目をやる。そこには、先程ラミリスによって塞がれた傷があった。


ーそ、そっか、、ただ外からの侵入を防いでるだけで傷は癒えてないんだった、、ど、どうしよ、これじゃあ、走れないー


 そんな絶望に拳を握りしめ呻く。どうすれば良いのだろうか。また、彼を失いたくは無い。今度は一生会えないかもしれない。嫌だ、失いたく無い。


「う、うぅっ、私だって、、私だってイオの事っ、、日葵の事っ、失いたく無いのっ!」


 カエデは歯嚙みして、強く拳を握って、前だけを向いて立ち上がる。絶対に失うわけにはいかない。今度は、今度こそは、自分の手で救ってみせると。

 カエデは目の前の0:55:35の文字を見据え強く足を踏み出し走り出す。


「はぁっ!はぁっ、はぁ!うっ、ぐっ、、う、はぁ、はぁ!」


 痛々しい声を漏らし、カエデはただカタストロフィに向かう。ラミリスの液体は既に真っ赤に染まり、踏み出す足の力も弱まっていた。だが、それでも足を止める事はせずに、ただただ痛みに耐え走り続けた。だがしかし、このままでは間に合わないのでは無いかと。カエデの脳裏に僅かながらの不安が過る。

 イオとガースの速度故カタストロフィには瞬時に向かえてはいたものの、カエデの様な人間には走り続けても四十分程度はかかるだろう。更には、現在負傷している状態である。いくら帰りにはイオのジェットで帰れるからとはいえ、残り五十五分という時間内に逃げ切れるだろうかと。既に感覚の消えた足を、使命の様にただ前へ前へと動かしカエデは思う。


「う、やだ、、やだっ、絶対、二人でっ」

「はぁ、人間とは本当に愚かな生物だ」

「えっ」


 痛みや不安から、後ろ向きな感情ばかりが溢れて止まらなくなったその瞬間、背後から、いつも通り淡々としたそれが耳に届いた。

 そう、そこにあったのは後を追って向かう、ラミリスとグレスの姿だった。


「自身の力の限界も、自分の安否も考えずに動く無能で馬鹿な生物。全く、どうしてこの様な下等生物にカタストロフィを奪われてしまったのか、」


 そんな憐れみを込めた言葉を零しながら、ラミリスは腕を液状化させ、またもやカエデの傷の上から、新たに覆う様にして腕を分離した液体をつける。


「え、ら、ラミリスさん、?」

「はぁ、勘違いしないでください。私は未だに、人間は最も憎むべき邪悪だと感じています。...ですが」


 留まりラミリスに振り返るカエデにそう告げると、少し間を開け前に出る。


「貴方には、そこまでの嫌悪は感じませんので」

「ラ、ラミリス、さん、」

「それによ!俺らも戻るわけにはいかねんだ。ガース様を置いてはイケネって事よ!」


 息を吐くラミリスに、背後から追いついたグレスが付け足すと、カエデはジト目を向ける。


「む、、元はと言えばグレスさんが私に攻撃したからこうなってるんだけどぉ?」

「オオウ?なんだ?別にお前をたすけなくてもいいんだぜ?」

「う、」

「こうしている間にも時間は過ぎます。早く行きましょう。...私だって、貴方と同じ。大切なお方を失いたくはないので」

「!」


 グレスとの言い合いの間に入って放つラミリスの言葉に、カエデは目を見開いてそれを察したのかニヤリと微笑む。


「何ですか?」

「いやぁ〜、やっぱり、ガースさんの事好きなんだなぁって、えへへ」

「っ、別に好きというものではありません!」


 その一言で理解したカエデがニヤニヤと話すと、ラミリスはそう声を上げる。と。


「へぇ〜、、でも、私達目的は一緒だね!行こっ!好きな人のとこに!」

「ですからっ!好きとかでは無いと言ってますでしょう!?ガース様は、尊敬しているお方であり、別にその様なことは」

「オイ!さっさと行くんだろ!?」


 そう否定するラミリスを置いて、グレスとカエデはそそくさとカタストロフィに向かっていく。その促しにより既に歩き始めている事に気づいたラミリスは、ハッと目を剥いたのち苛立ちを見せながらも歩き出した。


「分かっていますよ!捕まっていてください」

「へっ!?え!?」

「貴方も、行くんでしょう?」


 瞬間、ラミリスは腕を液状化させ、それを広げると、カエデを包み込み吸収し、そのまま飛び上がる。


「やっ、ちょっ、えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 イオの時とはまた違った感覚である。液体内に居るがために、イオの時よりも安定感がある。と思いきや、薄い膜一つで囲われているだけの感覚であり、正直こちらの方が恐怖度は高かった。

 だが、これでイオの元へ直ぐに向かえると。そう希望を持ち覚悟の目つきへと変化した。その時であった。


「「「っ!?」」」


 突如、轟音と共に衝撃が伝った。それは、カタストロフィによるものではない。更にはレプテリヤの仕業でも無いと。その何かを噴射する様な音で察した。と、それと同時に目の前に。

 カサブランカから打ち上がる、一つのロケットが見て取れた。


「え、、あれって、」

「なっ!?クソッ!どれ程腐っているんだ人間という生き物は!」

「え、?」


 その打ち上げられたロケットは、カサブランカから上がったものだと予想できる。即ち、それが意味するのはーー


「あいつら、、勝手に逃げましたね、」

「う、嘘、」


 そう。皆を置いて、脱出用ジェットに入り込める人数だけで、もう時期跡形もなくなる地球をあとにしたのだ。その事実に殺意を覚えるラミリスとグレスとは対照的に、カエデは冷や汗を流す。やはり、この星が滅んでしまうのでは無いかと。


「...嘘、、これじゃあ、本当に大陸ごと爆破しちゃうんじゃ、」

「だから言ってますでしょう?そんな小規模な爆弾を切り札に残しておく筈がないでしょう」


 ラミリスが怒りを僅かに見せながらも冷静に返すと、カエデは俯き考える。どうするべきか。イオの元に行けたとして、逃げ出せるのだろうか。ここが全て爆破した後、どうするのだろうか。様々な不安がカエデを襲う中、ふと。


「っ」


 カエデはそれを思いつき真剣な表情へと変化する。と。


「きっと、、このカウントダウンがあるから焦るし、最悪な未来しか無いんだよね?」


 カエデは小さく、イオとガース目線で考えた現段階の問題点を口にする。と、それを前置きとして放ったのち、カエデは真剣な表情で。だが、口角を上げて。まるで戦闘中のイオの様にそれを告げた。


「やっぱり、イオのところに行くのやめる」

「え!?」「は!?」

「...その代わり、私に考えがある」


          ☆


「大丈夫か!?大丈夫かイオ!」

「う、、く、くぅ、」


 二度目の再起動によって、なんとか立ち上げに成功したイオは、ガースによる声掛けによって目を覚ました。


「イ、イオか!?イオだな!?...はぁ、良かった、、無事で、」


 そんな、心からの安堵を口にするガースに、バリバリと目の前にノイズが走りながらもイオは笑みを浮かべてみせる。


「あ、ああ、、なんとかな、」


 辺りは先程とは一転、静まり返っており、恐らく距離を取ったのだろうと予想出来る。見える景色は瓦礫に囲まれており、暗かった。即ち、瓦礫の下に隠れているのだろうと予想できる。

 そんな中、イオが弱々しい返しをすると、対するガースは気が気でない様子で立て続けに口を開いた。


「お前が倒れている間、更に事態はマズい事になったぞ」

「なっ、、何が、起こったんだ、?」


 恐る恐る、イオは眉間に皺を寄せ聞き返す。と、それを耳にしたガースは冷静に聞いてくれと真剣な眼差しを向けると、続けて後ろを振り返り、まるでカサブランカを見据えている様子で、言いづらそうに声を小さくして答えた。


「今、カウントダウンが始まった。意図は不明だが、恐らく自爆だろう。先程カサブランカから脱出用のロケットが打ち上げられていた」

「っ!?嘘だろ、、まさか、フルリコールが発動されたのか、?」

「...知ってるのか?」


 ガースの一言によって目を見開くイオの、その知っている口ぶりに訊き返す。と、イオは一度頷いたのち、バツが悪そうに視線を泳がした。


「マズいな、、あれは、戦闘員が居なくなった際や既に駆除出来ないと判断されたレプテリヤが現れた際に実行される自爆システムだ。確か、俺がNo.1の時に見たデータベースだと、この星全体を破壊出来るものみたいだ。日本この場に卵がある以上、それが孵化した場合やレプテリヤに手をつけられなくなった時、現場の判断でシステム起動をしてくれと。そんな契約だった気がする」

「...という事は、、この地球が消えるという事だな、」

「ああ、、だ、だからこそ一時間の猶予を用意してあるんだ。他の国の人々が非難を行える様にな、」

「だが、生き物を全て乗せるには機体が小さ過ぎないか、?現地でこれでは、他の国も大した大きさではないんだろう?」

「...ああ、、つまり、捨て駒、、って事だ、俺たちは、、っ!」


 イオの言葉をまとめ、一言に結果を口にしたガースによって、それの意味を改めて理解し耳を疑う。そうだ。今までならば問題は無い。恐らく、戦闘員を地球に残し、親が総出でこの星から抜け出したのだろう。脱出用ロケットを一度見たことがあるが、明らかに戦闘員が乗れるスペースは無かった。それだけならまだマシである。だが、しかし。


「なら、、カエデが、、マズいっ」


 今のイオには、守るべきものがあるのだ。

 その重大さに気づき、イオは険しい表情を浮かべる。と、その様子に、ガースが問う。


「それもそうだが、お前もマズいんじゃ無いのか?」

「俺は別にいい。元々、俺は罪を背負うためにお前達に破壊されるつもりだったからな、、だが、カエデは、そうじゃ無い。頼む、あの人は、何も悪くないんだ。だから、カエデも一緒に、お前達レプテリヤの星に連れて逃げては、くれないか、?何か、、何かの乗り物に乗って来てるんだろ、?以前のデータに、未確認飛行物体があったが」


 その、僅かな可能性に賭けて、イオは懸命にそう声を上げる。がしかし、ガースは息を吐きながら首をゆっくりと横に振った。


「悪いが、、それは出来ない」

「何故だ!?」

「...レプテリヤの群勢でやって来た。だから、大きめの機体がある事は認めよう。だが、、それはあくまでも我々、レプテリヤ用に造られたものだ」

「...と、言うと、?」


 声を荒げるイオに、ガースがそこまで理由を伝えると、目を逸らして小さく付け足した。


「だから、、人間であるあいつを乗せてこの星を出たら、きっと体がもたない」

「っ!」


 そう。レプテリヤは再生が行える以前に、人よりも強い肉体を持った生物である。恐らく、我々人類が造り出した飛行用機体よりも、遥かに安全面では不完全だろう。


「クソッ」


 その事実に、イオは歯嚙みし拳を地面に叩きつける。が、対するガースは苦笑ではあったものの、歯を見せ力強く微笑んだ。


「なら、俺らでなんとかするしか無いな」

「っ、、ガース、」


 立ち上がるガースに続いて、イオも立ち上がり駆け寄る。


「お前、、大丈夫なのか?体」

「フッ、"俺ら"で、なんとかするんだろ?お前だけで戦わせられるかよ。協力してもボロ負けだった相手に」

「...そうか」


 シューッと。体からオーバーヒートした熱を逃す様に熱気を発生させながら、イオは首に手をやり返す。すると、ガースが呟き視線をカタストロフィに向ける中、イオは表情を曇らせて耳打ちした。


「...どうして協力してくれるんだ?脅威の対象であるならば、このカタストロフィってやつは無理に取り押さえる必要も無いだろうし、ましてはここはレプテリヤを苦しめてきた人間の星だ。どうなろうと、知った事じゃ無いんじゃないか?」


 イオの、聞いていいものか悩みながらに放ったそれに、ガースは一度視線を泳がせたのち、浅く息を吐いて返した。


「俺も、守りたいやつが居るからだ」

「...ラミリスとグレスか?」


 顔を、咆哮を上げるカタストロフィに向けたままのガースに、イオが返すと、「いや、我々の種族全てだ」と。レプテリヤ全体を指している事を答えたのち、一歩進んでニヤリと微笑み振り返る。


「だから、そいつらがここの星から去るまでの間、全力で共闘しよう」

「フッ、、そうか。なら、その間に終戦する事を願うしかないな」


 ガースとイオは互いにそう微笑み合うと、巨大であるのにも関わらず走り出したカタストロフィを追うようにして飛び立った。


「逃すかっ!チェーンメタルッ!」


 イオがカタストロフィを取り押さえるべく、背中から四本の鎖を出しては足に突き刺す。がしかし。


「クッ、うっ、クソォッ!」

「そんなちっちゃい鎖で止められるわけないだろ。俺がっ、止めるっ!」


 突き刺した鎖は巨大な体に耐えきれずに、イオを逆に引っ張る様な形となった後に引きちぎれた。それを一瞥しながらカタストロフィの真上を取ったガースは、腕を変形させて、巨大な鈍器の様なものにしたのち、それで顔を頭から叩き潰す。

 が、しかし。


「っ!」


 その潰した筈の頭が、突如割れ、まるで口の様に大きく開くと、その変形させた腕を丸呑みにして引きちぎる。


「ぐあっ!?がっ!?」


 どうやら、変形をしているものであっても、腕である以上神経は繋がっている様だ。故に噴き出した大量の青い液体に、ガースは叫びを上げた。と、同時に。


「ガースッ!危ないっ!」

「っ」


 その口の様なものが、またもや開いたかと思われた矢先、今度はその中から目玉が現れて、それに目を奪われた、その直後。


背後うしろだっ!ガースッ!」

「何っ!?うぶっ!?」


 背後の皮膚から、突如突起が現れたと思った次の瞬間、それが伸びてガースの足を貫通する形で引きちぎった。


「ガァァァァァァァァァァァッ!?!?」


 右足を失ったガースは、思わずバランスを崩し、倒れ込む。それに追い討ちをかける様に、その周りの皮膚から、同じ様に突起が現れ、時期にそれが一点に収束する様に伸び、腕の時のように全身が飲み込まれそうになる。が、その一瞬でーー


「インパクトッ!」

「ギャイィィィィィォォッ!」


 ーーイオが飛行しガースを回収すると共に、口のように開いた部分にインパクトを放ち距離を取った。


「はぁ、はぁ、はっ、た、助かった、、悪いな、、イオ、」

「回復するまで、あまり話さない方がいい」


 掠れた声で感謝を呟くガースに、イオは真剣に返す。と、ふとカタストロフィに向けていた視線をガースの体に移す。するとその先、先程から受けている攻撃の傷が、治る気配が無いのだ。ガースは、レプテリヤの中でも最も再生が早かったと記憶している。そのガースが、復旧不可能なまでに、身体を破壊されているということだろうか。それを自覚し、イオは僅かながらに恐怖を感じた。だが、そんな感情に踊らされているわけにはいかないと。首を振って目つきを変える。


「ガース、答えなくていい。ただ、声は出さなくていいから聞いてくれ」


 そう前置きをしたのち、イオはガースを抱えたままカタストロフィの周りを浮遊してサーチミサイルを飛ばす。


「どうやら、こいつはまだまだ未知の存在みたいだ。ガースに引けを取らない程の変形能力と、捕食の能力がある。恐らく、、他の戦闘員の姿が既に見えないのも、こいつに捕食された可能性が高い」


 既に破壊された分析システムを懸命に使用しながら、必死にコアを探しイオが結論を告げる。


「だから、こいつに接近戦はやめた方がいい」

「!」

「ガースには申し訳ないが、遠距離なら俺に任せておけっ!」

「待てっ、、ごふぁっ、、イオッ!」


 イオはそう告げると、距離を取った先の地面にガースを寝かせ、そのままカタストロフィにブーストをかけて向かう。


「喰らえよっ!ゴミッ!インパクトッ!」

「ギュウ」


 イオは一キロの距離を保ち攻撃を放つ。だが、それ程の距離がある場でインパクトは効果的で無いと察したイオは、立て続けに背中のパーツを補っていたナノマシンを分離して四つの塊りを飛ばす。


「クッ、チッ、喰らえっ!ナノレーザー」

「ギュルゥゥゥゥ」


 本体は距離を取りつつ、ナノマシンだけを接近させ表面にカッターを入れていく。そして、それによってほんの僅かに剥がれた皮膚に向かって、残りのナノマシンを全て手に移動して両手を合わせ放つ。


「ジェット、ブーストッ!」


 ジェットのシステムと、ブーストシステム。それを腕へと移行し、インパクトの要領で放つ。故にそれは威力とスピードが追加され、そのため距離を取っていてもーー


「ギャウィィィィィィィッッ!」


 ーー狙った場所に届かせる事が出来る。


 だが、それだけではまだまだ歯が立たないと。イオは続けて降下し、足元に向かって腕を構える。


「ブースト、インパクトッ!」

「ギャウッ!ギャウッ!ギャウッ!」


 四本の足に正確に打ち込んだのち、続けて前足のある"地面"に向かってインパクトを放つ。


「おらっ!」

「ギュゥゥゥ!」


 それによって大きく抉られた地面に躓いたカタストロフィが大きく倒れ込む。その衝撃はとても凄まじく、イオは瞬時に離れたものの、それでも尚風に軽く飛ばされる。

 がしかし、それも計算の内だと。イオは空中で回転し、カタストロフィの真上に移動し急降下しながら右腕にナノマシンを集める。


「メテオッ!」

「ギャウッ!」

「バーニングブーストッ!」


 降下しながらメテオで身動きを封じ、続いて表面を燃やし、変形を絶つ。その後、イオはまたもや新たな鎖を背から放つと、カタストロフィの体に突き刺す。


「プラズマッ!」

「ギャイィィィィィォォッ!ウッ!ギャウ!」

「っ」


 がしかし。それにカタストロフィは対抗し、触角を三本イオに向かわせる。それには降下していたのもあり、回避出来ず、三本が全て体に突き刺さり、斬り刻まれる。

 が。


「フッ、甘いなっ!」


 瞬時に体のナノマシンを分解させてそれを貫通させたイオは、急いでそれを復旧させたのち、腕を伸ばして手を合わせ、手首の関節を折ってドリルを放つ。


「これでっ!終わりだっ!」


 ドリルは周りに出来た炎の膜によってそれを纏い、そのまま体を貫通し突き進む。それを見据えたイオは、その場所に。正確に、胸を張って"それ"を腹から出した。


「ジェット、ストライカーッ!」


 瞬間、その場一帯にはカタストロフィの一撃にも引けを取らない程の衝撃と閃光、轟音が鳴り響く。


「はぁ、、はぁ、はぁ、」


 現在使用出来るであろう全てを出し切ったイオは、荒い呼吸を零した。パラパラと、破片や砕けた石が地に降り注ぐ中、薄れゆく煙の中を見据え、イオは驚愕する。


「嘘、、だろ、」


 煙の中。先程地が裂けるほどの一撃を浴びせた筈のカタストロフィが、その場で、先程とは何も変わらぬ状態で立っていた。


「あれで、、これかよ、」


 思わず全身の脱力を感じた。先程ドリルで破壊し、その中にジェットストライカーを放った場所は、コアまで到達するなんてものは愚か、表面が僅かに削れているだけの状態であった。そんな絶望感な光景を前に、イオが嗚咽を零すと、刹那。


「っ」


 その傷の周りから、瞬時に認識出来て八本以上の触角の様な触手が、皮膚から飛び出しイオを囲む。


ークソッ、取り込むつもりか!?ー


 全方向から迫るそれに、イオはオーバーヒートした体から熱波を飛ばす要領で全体に風圧とバーニングを放ち焼き切る。と、それによって訪れた一瞬の隙を狙ってイオは飛び出すと、上空へと。追いかけるその触手の数々から逃げるように飛び上がる。

 がしかし。


「ぐがっ!?」


 瞬間、イオの死角から、元々カタストロフィから出ていた触角がイオの腹を貫く。


「クッ、うっ、うぐっ」


 必死にそれから逃れようとするものの、今回はナノマシンに突き刺す事に失敗したが故に、抜け出す事は出来なかった。そのため、イオは触角に突き刺された状態のまま大きく振られ、そのまま力強く地面に叩きつけられた。


「ぐがはっ!?」


 その衝撃は、蹴り程では無かったものの凄まじく、地面が崩れイオのナノマシンを幾つか破壊するのには十分過ぎるものだった。だが、それに続いて。


「ぐはっ!がぼっ!?」


 とどめを刺すかの如く、倒れ込んだイオの腹にまたもや巨大な触角を突き刺す。それによって殆どのシステムが停止し、体からは赤黒い液体が溢れ出す。


「く、くぅっ!クソッ」


 そんな、歯嚙みするイオに向かって、またもやいくつもの触角が向かう。だが、何やら様子がおかしい。先程の様に殺傷性のあるものというよりかは、ガースを取り込もうとした時の様な。


「っ!?」


 そこまで脳内で呟き、イオは理解する。即ち、先程のとどめの様な一撃は、イオを捕食するための前段階だったのだ。即ち本命はこちら。カタストロフィは、イオを捕食するため、ゆっくりとそれ専用である触角を伸ばした。


「クソッ!やめろっ!動けっ!動けよっ!」


 イオは懸命に体を揺らして脱出を試みる。がしかし、イオの体は限界を越えているのだ。故に体は既に命令通りに動いてはくれず、何度も何度も。立ち上がろうとはするものの、その体が動くことは無かった。


「やめろっ!動けっ!ここでっ、こんなところでっ!まだ死ねねぇんだよっ!」


 心からの叫びをイオが叫んだ、その瞬間。


「っ!」


 目の前の伸びて向かう触角が、全て斬り刻まれイオを何者かが回収する。それに気づきイオは自身を担ぐそのものを見据える。


「ガッ、ガース!?」

「バカが、、ごふぁっ、、話しっ、かけんなっ!」


 再生途中の弱々しい足で、懸命にイオを担いでカタストロフィから距離を取る。大丈夫なのかと。イオは言いかけたものの、話しかけるのは今はよそうと。口を噤み、代わりに感謝のみを伝えた。


「ありがとう、ガース」

「...フッ」


 その言葉に、ガースが僅かに微笑み鼻を鳴らすと、その直後。


「っ!?マズいっ!来るぞ!」


 カタストロフィが突如大量の眼を開き、次の瞬間ーー


 ーーそこから、いくつものレーザーの様なものを出した。


「クソッ、なんでもありかよっ!?」

「クッ」


 その光線を避ける様に、ガースはイオを担いだまま地を駆け巡り距離を取り続ける。

 が。


「っ!マズいっ」


 流石にその大量のレーザーは避けきれずに、ガースの頭目掛けて頭上からそれが降り注ぐ。と、その矢先。


「っくっ!」

「っ!イオッ」


 担がれていたイオがその中で向きを変え、腕にナノマシンを移動させると、そのレーザーを。

 吸収した。


「クッ!うっ、なんてっ、力だっ」

「耐えきれそうか!?」

「任せろ。寧ろ、これを利用するっ!」


 イオがそう叫ぶと、ガースに担がれたまま、向かうレーザーを全て吸収する。


「がっ!?うっ、うぐぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 戦闘員には対応しきれない程の強大な力に、イオの腕にはヒビが入り、悲鳴を上げていた。既に限界値を越えている。それは分かっていたものの、カタストロフィの攻撃が止まる事は無かったがために、イオは吸収を続ける。と、その時だった。


「っ!今だっ!イオっ!まだ噴射の力は残ってるか!?」

「っ!ああ!行くぞっ!」


 一瞬、カタストロフィが攻撃を止めた瞬間を見逃さなかったガースは、イオにそう声をかけると、彼もまたその意味を汲み取り頷く。

 すると、それと同時に。

 ガースは全力で、イオをカタストロフィに向かって投げた。


「行けっ!イオ!」

「ああっ!これがっ!守るべきもののために強くも弱くもなれる、馬鹿な種族の力だ!」


 イオが叫び、ジェット噴射を使用しながらカタストロフィの頭上に到達すると、先程ジェットストライカーで削った部分にとどめを刺す様にして、イオはその吸収した全ての力を、一点に放った。

 だが。


「ギュィゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

「なっ!?マズッ」

「何っ!?がはっ!」


 雄叫びを上げたカタストロフィは、続け様に触角を伸ばしてイオを突き刺し、続いてガースに対しても、地中に突き刺し向かっていた触角が地下から飛び出し体を貫く。


「ギャゥォォォォォォォォォ!」


 と、その突き刺されたまま持ち上げられたイオとガースは、互いに勢いよくぶつけ合い、そのまま放り投げられる。


「ガハッ、グッ、させるっ!か!」


 と、その空中でガースが薄れた意識の中触角を伸ばし反撃しようとするもののーー


「ごぶあっ!?」


 ーーその全ての触角がカタストロフィの触角によって潰され、更に体にいくつもの触角が突き刺さる。

 と、その後またもやそれを抜かれイオと共に降下するガースが、口から大量の青い液体を吹き出すと。イオとガースは共に、助走をつけて向かって来たカタストロフィの蹴りを正面から受けた。


「「があぁぁぁぁぁっ!?」」


 星の形を大きく変えてしまう程の蹴り。それを、全ての体重で受けた事によりとてつもない勢いと共に吹き飛んだ一同は、数キロメートル先の地を突き破って激突する。


「ギィィィィィィィィィィウッ!」


 がしかし、それだけでは攻撃は収まらず、続いて先程同様無数に開いた眼からレーザーを放ち、皆に直撃させる。勿論、それによっても地面は大きく抉られた。


「ガハッ、」


 ガースの体は、ほとんどの原型が保てて居なかった。イオもまた、左腕や、顔の半分など、様々な部分が剥がれ、既にただのガラクタの様な見た目をしていた。薄れた意識のガースとイオは、互いに思う。


 もう、いいのでは無いかと。

 やれることはやった。きっと大丈夫だと。ただの希望でしか無いそれを思い、倒れ込んだ。


ーもう、、あいつらは行ってくれた、、筈だ、、俺も、もういい、、フレアのところへ、、俺もー


ーカエデ、、いや、楓、ごめん、俺は、もう戻れそうに、無いな、、頼む、、楓だけは、無事で居てくれ、、頼む、みんな、、誰でもいい、、楓を、救ってくれー


 互いに薄れた意識の中最期を覚悟する。

 ラミリスは、淡々として冷徹そうに見えるが、それは人間を嫌っているからであり、話も通じるし理解力もある。故に、先程のカエデの治療と同じく、彼女を液体に入れておけば、レプテリヤ用の機体でも問題は無いのではないかと。そんな、ただの期待と願望にイオは賭けながら、ただ残された力で、イオは強く蹲り願った。

 が。


「っ!」


 隣で、同じくもう既にこの星を皆が去っている事を願っていたガースが薄目でそれを見据えたのち、幻覚だと思いたいと。突如目を見開いた。


「嘘だろ、」

「ど、とど、どう、ししし、した、?」


 会話の機関だけはなんとかなっている様だ。どこか、話しづらい感覚もあるが、イオはバチバチと火花が散る体を僅かに動かし、ガースに問うた。すると。


「いや、、気のせい、、だよな、?」


 ガースもまた、隣に居るイオにも聞こえない程弱々しく、掠れた声で呟く。


「何、だよ」

「...まさか、、あれって、」


 突如、ガースは起き上がりそれを見据える。対するイオは既に体を起こす力など残っておらず、それを見据えるガースの絶望だけを目の当たりにした。


「ただだだっ、だからっ、いたた、いたい、何があってーー」

「みんなだ、」

「は、?」

「みんなが、居た。ラミリスと、グレス、、そして、」


 ガースはそこまでを告げると、少し間を開け、イオにゆっくりと視線を動かし震えた口で放った。


「カエデもだ」

「っ!?」


 既に限界を越えている事も忘れ、イオは目を剥く。何と言った。カエデが、居ると言っただろうか。何処に。いや、ここから見える距離である。ならば。


「まさか、、俺達のところに、?」

「いや、、違う、あれは、っ!」


 ドクンドクンと。既に錆びていた筈の心が、胸騒ぎという形で目を覚ます。どうしてだろう。あのまま帰還しなかったのだろうか。そんな答えの見えない考察をただ繰り返す中、ガースは眉間に皺を寄せ口にする。


「本部に、、向かってる、?」

「何っ!?」


 数キロ先に薄らと映り込むカサブランカ。そこに、三つ程の影が、空中を飛躍しながら向かっているのだ。


「そそそ、それは、、まち、間違い無いのか、?」

「ああ。俺達レプテリヤの視力は人間の五倍だ。間違える筈が無い」

「...だとすると、、まさか、」


 そう。カエデ達は、カタストロフィと戦うイオ達の援護。それも、カタストロフィとの交戦の応戦では無く、本部が起動した時限式爆弾の解除。それを、優先したのだ。


「ま、ままず、マズい、、このままじゃ、も、も、もし、もし爆破した場合一番最初に被害に遭うのはみんなで、、しか、しかもも、カタストロフィが少しでもカサブランカに近づいたら、」


 イオは、ガースから与えられた情報の中で、絶望の色を見せながら口にする。その様子に、対するガースは歯嚙みし拳を握りしめたのち、目つきを変える。


「ふざけんな」

「何、?」

「何勝手に、、来てるんだ。俺は、お前達に、、命令した筈だぞ」

「ガース、」

「報告しろとっ!言ったはずだ!」


 ガースは、強く感情を剥き出しにしながら声を荒げる。


「どうしてそんな勝手な事をしたんだ、、なんで、何でっ!」

「...」


 そう声を荒げるガースの声音は、以前聞いた事がある。フレアの時だ。あの時にイオに怒りをぶつけた際と、ガースは現在同じ声音をしていた。


「何で、、なんなんだよっ!」

「っ」


 ガースが声を上げた、その瞬間。


「くうぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!らぁっ!」


 ガースは気合いを入れる様に声を上げながら、ゆっくりではあるものの力強く立ち上がると、続いて背中から八本の触角を生やし、手足を生やす。


「っ!」


 先程まで形すら持っていなかった肉塊の様なレプテリヤが、歯嚙みして、鋭い目つきでカタストロフィを見据えていた。そんなガースに、イオは険しい表情を浮かべる。再生が、早過ぎると。


「っ!ま、待てっ!どど、何処に行くつもりだ!?かかか、体が言うことを聞かなかったんだろ?それなのに、そんな直ぐに再生して、、無理してるのは目に見えてーー」

「悪いな」


 ガースがその再生したばかりの体を必死に動かしてカタストロフィに向かう背中に、未だ倒れ込むイオは声を上げる。と、それにガースは短く背を向けたまま返すと、鋭い目つきのまま、ただ口角は上げてそれを答えた。


「ちょっと、奴を完全に駆除しなきゃいけない理由が出来たんでな」


 と、それを告げたのち、ガースは踵を返す。その姿を見据えながら、イオは胸中で思う。先程から止まない胸のざわめき。ガースだけでは無い。イオもまた、思いがあるのだ。カエデもまだそこに居るのならば、尚更である。そうだ。こんな事をしている場合では無い。絶対に、カエデを守る。守り切ってみせる。

 今度こそ、と。そう、決めたでは無いか。

 イオは胸の前で強く拳を握りしめ目つきを変えた。


「ま、、待て、」


 プシューッと。既に立っているのが嘘の様な見た目をした機械が、ただ湯気を出しながら必死に立ち上がった。


「...お前、」

「俺も、、行く。俺だって、まだ死ねない理由が出来たからな」


 ガシャンガシャンと。歩いているだけで壊れそうな音をたてながら、イオはガースの元へ向かうと、その隣で立ち止まった。


「...完全に破壊されても知らないぞ?」

「...ああ、、た、たたた、たとえ原型がなくなろうとも、、破壊されようとも、あいつが生きていれば俺も破壊された甲斐があったってもんだろ?」

「...それで、、その大切なものが悲しんでもか?」


 ガースは遠い目をして呟く。ガースもまた、残されたものだからこその言葉なのだろう。だが、と。イオはカタストロフィへと体を向けて目つきを変える。


「それはお互い様だ。お前も、、死ぬつもりなんだろ?」

「...フッ、あいつらには迷惑かけてしまうな」

「いいじゃねーかよ」


 ガースが小さく笑うと、イオは前へ出て微笑む。


「もう、互いに迷惑かけ合ってるんだ。お互いがわがまま言った結果、今がある。...だから、もう一つくらい、わがまま言ってもいいんじゃないか?」

「何、?」

「ガース、ラミリス、グレス。そしてカエデ。全員生存。それが、俺のわがままだ」


 振り返り笑うイオに、ガースは一度ハッと目を見開くと、続けて同じく微笑みイオの前に出た。


「お前の名前が無いな」

「それは、」

「なら、俺はイオ。お前の生存を願うよ。俺の分まで、みんなの生存を願ってろ」


 ガースの一言に、イオは一度苦しそうな顔をしたのちニッと笑うと、同時に頷きカタストロフィへと向かった。


          ☆


「はぁっ!はぁ!後少しです!」

「貴方の話、、本当だったのですね」


 カサブランカ内を走るカエデとラミリス、グレスは、息を切らしながらもそう会話を交わした。

 カサブランカは既に半壊していたものの、未だセキュリティが機能しており、場所によってはゲートによって閉め出されている通路や部屋も存在した。そんな、普通では通れない。破壊したにしても時間がかかる様なものを、カエデはドアの隣にあるスクリーンに手をかざすだけで簡単に通り抜けた。


「どういうことだコリャ!?」

「話すと長くなりますけど、、私、この施設の管理AIなんです」

「管理AI?ならば、何故貴方はここに実体が?」

「私の脳のデータだけを取り出し、元々構築されていた施設内AIにそれを組み込んだんです。なので、私がAIとも、、言い切れないんですけど、、でも、私の記憶がある限り、この施設内や戦闘員の通信は全て私が操作出来ると言っても過言ではありません!」

「ど、どういうこった?」


 自信げに鼻を鳴らし、走りながら胸を張るカエデに、グレスは意味が分からず首を傾げる。それに続いて、ラミリスは少し目を細めて遠くを見据えた。


「つまり、、貴方の力があれば、あるいは。...この時限式爆弾も止める事が可能かもしれないと。そう言いたいのですね」

「そっ!もし私の記憶が私と共鳴して解除をしてくれ無かったとしても、私の脳が入ったAIが構築したプログラムだから。...きっと私も解除出来る筈!」


 強く放つカエデに、ラミリスは随分と強気ですねと呟きながら、目を逸らす。


「...はぁ、全く、その自信と活力は、あの戦闘員のお陰ですか?」

「当たり前です!」

「...戦闘員、、どうして、あんな戦闘員にここまでするのですか?」

「え、?」

「私はガース様の事を尊敬しています。ですが、貴方達は元々は敵同士だったのでしょう?あの戦闘員は貴方をレプテリヤだと思っていましたし、駆除対象として判断していた筈です」


 遠回しに、どうしてイオを好きになったのか。そう聞かれている気がした。それに、一度カエデは悩んだのち、言葉がまとまったのか、前だけを向いて返した。


「本当は、、最初、イオの事は好きじゃ無かったんです」

「...」

「なんだかめんどくさくて、直感的に行動するせいで私は迷惑してましたし、、恥ずかしい思いも沢山しました」


 カエデは、思い返しながら、どこか感慨深い様子で語る。


「でも、、それが私を救ったんです」

「救った、?」

「きっと、嫌だったけど、どこかで嬉しかったのかもしれません。最悪だったけど、楽しくて、私を変えてくれた。...だから、私はあの時返事をしたんです」

「返事、ですか?」

「はい。だからですかねー、一目で好きになったんですよ。私が初めて地下から出て、レプテリヤに遭遇した時。そこに居た彼の事」


 カエデの話について来られない様子で、ラミリスとグレスは首を傾げる。これだけでは、分かる筈が無いだろう。だが、それでもラミリスはフッと小さく微笑み、足を早めた。


「...きっと、そういうものなのでしょうね。...ガース様が言う、我々と変わらないという部分」

「ラミリスさん、」

「まあ、人間はクズですが」

「あ、まあ、、そうですよねぇ」


 呟いたのち、鋭い目つきで付け足したそれに、カエデは苦笑いで答えた。

 すると、それと同時に。


「「侵入者を発見。排除する」」

「えぇっ!?まだいたの!?」


 前方から、戦闘員の姿が現れる。どうやら、破壊されていない奥の通路には、常に本部の中で待機している、言わば門番の様な存在がいる様だ。

 それに驚いたのも束の間、カエデが足を止めようとしたその時には既に。


「ぐはっ!」「ぐふっ」


 ラミリスの伸ばした液状化した腕と、グレスの腕を固めて個体を放つ攻撃で一掃した。


「えぇっ!?やばっ!?」

「緊急事態です。会話の余地はありません」

「さっさと行くぞ!時間ねぇんだ!」


 そう言われてカエデが見据えた、廊下に所々存在するモニター。そこに、薄暗い赤の背景に赤字で書かれた数字は、既に三十分を切っていた。


「うん!さっきのスクリーンによると制御室はこの下みたいだからっ!後、早くて十分で行ける!」

「早くて十ですか、、解除を考えると少し心許無いですね」


 ラミリスがそう小さく呟くと。


「へっ!?」


 突如、カエデを液体で包み込み、そのまま僅かに浮遊しながら加速した。


「飛ばしますよ!」

「やっ、えっ、えぇっ!?」


 先程カサブランカに向かう時は何もない荒地の空中を飛んでいたから分かりずらかったものの、どうやら相当速度が出ていた様だ。気を抜いたら壁にぶつかりそうになる。

 カエデはそれをバランスを保ちながら避け、ラミリスとグレスはそれぞれ、次から次へと奥から現れる戦闘員の群勢を相手にしていた。


「チッ、キリがねぇな!おいラミリス!ここは俺がなんとかする!さっさと制御室に行け!」

「えっ、そんなっ、」

「...っ、、わ、分かりました。くれぐれも、油断だけはしない様に」

「ったりめぇだ!」


 グレスの言葉に、一度歯嚙みし、拳を握りしめたものの、ラミリスは直ぐに切り替えてそう告げたのち、カエデを連れたまま奥へと姿を消した。


「っしゃぁ!相手になるぜ俺が!」


 残されたグレスがそう声を上げると、数体の戦闘員から放たれるミサイルを全て取り込み、それを一つにして返した。


「っ!い、いいん、、ですか、?」


 そんな後ろ姿を見据え、カエデは不安げにラミリスに問う。それに、ラミリスもまた答えを渋る様に目を逸らしたものの、少し間を開けたのち頷く。


「...こうしなければ、、皆爆破に飲まれるでしょう。仕方のない事です。それに」

「...そ、それに、?」


 ラミリスはそこまで呟くと、僅かにカエデの方へと視線を向け付け足した。


「私はグレスを信じていますから」

「...っ!...そう、、ですよね、信じなきゃ、、ですよね」


 カエデは、その一言にハッとする。そうだ。不安になってばっかりじゃ無いか。こうして皆が手を貸してくれて、この爆破を阻止しようとしてくれているのに。

 そう思うと同時に、ラミリスはその考えを見抜いているかの様に口を開く。


「貴方しか、このカウントダウンを止められそうなものは居ないんです。貴方が、しっかりしてくれないと困りますよ」

「っ!...はっ、はい!分かりました!私、貴方の事、そんな好きじゃ無かったんですけど、、今はっ、違います!」

「...それ、言う必要ありました?貴方に言われたく無い、私の方から願い下げです」

「あははっ、だって、イオの事傷つけてたじゃ無いですか」

「私もあの戦闘員に襲われましたけど」

「な、なんだか、、エッチな響き、ですね」


 カエデの発言に、ラミリスは呆れ気味に息を吐く。その会話にカエデは笑みを浮かべながら、思う。そうだ。悩んでいる暇では無い。自身しか居ないのだ。これを収められるのは。


ー私は、、ずっと何も出来なかった。見てばっかりで、、それに、こうしてイオの事も信じてあげられないで不安になってばっかりの、駄目な奴だった、、だけど、これだけはっ、絶対にっー


 カエデは目つきを変える。


 あの日から全てが変わった。家の事情で外に出る事も少なく、幼い頃から頭が良いのをいいことに、勉強やビジネスの話ばかり。それでいて、やっと学生らしく学校に通えると思ったら、その先では疎外されて、一人になっていた。でも、そんな自身に手を差し伸べてくれたのだ、彼は。忘れるはずもない。あの時は腹が立った。それは嘘では無かった。でも、楽しかったのも、嘘では無い。

 あれから本当に色々な事があった。毎日が初めての連続だった。初めての友達。初めての彼氏。日葵の友人と友達になって、三人でもよく遊びに行った。その後地球はこんな事になったけど。


ーでもっー


 また日葵に出会えて、イオだとしてもこの気持ちは変わらなくて。悲しいけどイクトとの記憶は大切なもので。もち太郎との生活はいつも楽しくて。驚きの連続で。そして今は、敵だったのにも関わらず、レプテリヤの方々とこうして。それをする理由はそれぞれ違っても、同じ目的のために会話を重ね信頼し合い、成し遂げようとしている。

 つまり、何が言いたいのかと言うと。

 そうカエデは脳内で呟き、轟音の響く外の方向に顔を向けて、優しく微笑んだ。


ーありがとう、日葵はるき。私、もう、一人じゃないよっ!ー


          ☆


「お前、大丈夫か?もう動ける状態じゃ無いだろ?」


 動く度に軋むイオに、ガースは触角を生やした戦闘状態で問う。それに、苦笑を浮かべイオは呟く。


「まあ、、そう、かもな」


 そんな、どこか無理している様子の返しに、ガースは少し悩んだのち、またもやカサブランカに戻ろうとするカタストロフィに一度目を剥き低く告げる。


「悪いな、イオ。俺はお前と合わせてる暇ないみたいだ」

「ああ。...そそそ、それでいい。俺は、ここから動かない」

「...何?どういう意味だ?」

「こ、ここ、このカタストロフィとかいうやつ、、ももち、もち太郎に似た性質がある」

「もち太郎、、あのお前らが引き連れていたレプテリヤの赤ん坊か」

「ああ。も、もち太郎は、首元が柔らかかった。あの巨体はどうか分からないが、首元がキーになるかもしれない。だから、おお、俺は、ここで最後の一撃に賭ける。ガースは、俺の射程に入るようカタストロフィの誘導と攻撃を頼む」

「っ」


 イオの切り出しに、一度は仕切り出す彼に僅かに怒りを露わにしたものの、その作戦にガースは気に入ったと言わんばかりに微笑み体を低くした。すると、その直後。


「行く、ぞっ」


 ガースの瞳が黄色から赤へと変化し、触角を更に五本ほど背から生やして踏み出す。と、思われた瞬間。


「っ」


 地を踏み込んだ衝撃により地面が割れ、衝撃が伝う。それにイオが、思わず目を瞑った一瞬の間にーー


 ーーガースは既にカタストロフィの上空へと移動していた。


「やめ、ろっ」


 ガースが掛け声の如く呟くと、十三本の触角を駆使して高速でカタストロフィの上を走りながら斬り刻んでいく。


「ギャィィィィィィィィッ!」


 ガースが全身に攻撃を入れるべく、カタストロフィの体を一周するようにして回転しながら斬り刻む。その間、僅か三秒程で。


「っと」


 全身を斬り刻んだのか、その後ガースはカタストロフィの真上に飛躍する。すると、ガースが息を零した次の瞬間。


「ギッ!ギャウゥゥゥゥゥゥゥ!」

「っ」


 思わずイオは目を疑う。高速故にそれに気づかなかったのだ。数秒ののち、カタストロフィの体にヒビが入り、青い液体を噴き散らす。あれ程までに硬い皮膚。先程までは全然斬れなかったそれを、浅くではあるが、一瞬のうちに全身を斬ったのだ。


「なんだよ、あれ、」


 その光景に思わず声を漏らす中、見入っている暇はないと。ガースは空中でイオに視線を送り、ハッと我に帰る。そうだ、負けてはいられないと。イオは目つきを変えて手を前に出す。

 プシューという音と、警告音が鳴り続ける。恐らく、これが最後の攻撃になるだろう。もう動けなくなっても構わない。カエデを信用している。だからこそ、爆破は止まると。イオは確信しカタストロフィに目をやる。今は、こいつの駆除だけを考えろ、と。

 手を前に出したのち、ナノマシンを腕に集め、その一撃のために、唯一残された右腕を補強する。と、そののち。


「背パーツナノマシン起動、分離」


 残った背中のナノマシンを分散させて、周りに四つのナノマシン個体を浮遊させると、そこからレーザーを発射し、それをカタストロフィに。では無く、イオの右手に集める。


「全てを吸収する。俺が出せる一番の一撃をっ!」


 威力の大きさから、イオは押し出され、必死に踏ん張る。それによって彼の足元は抉れ、足のパーツも悲鳴を上げていた。だが、もう少しだけ。もう少しだけもってくれと。イオはノイズの走る視界で必死にカタストロフィをロックする。

 その姿から覚悟を見てとったのか、対するガースもまた目つきを変えて、こちらも負けてはいられないと。空中から急降下しカタストロフィに向かう。


「うおらぁぁぁっ!」


 と、今度は先程入れた傷を更に抉る様にして、今度は突き刺すかたちで十三本の触角を何度もそこに突き刺す。


「ギィィィィィィィ!」


 それに叫びを上げ、カタストロフィもまた大量の触角をガースに向かわせる。


「ぐっ!?」


 その速度はガース以上。故に、ガースは成す術なく腹にそれを喰らう。がしかし。


「うぐおあっ!」


 その触角を移動と共に無理矢理引き抜くと、一瞬で腹を再生させ、尚も移動しながら突き刺すのを続ける。


「グゥゥゥゥゥゥ!」


 それに対しカタストロフィは呻き声を漏らしながら何本もの触角をお返しだと言わんばかりにガースに突き刺す。その大きさは一目瞭然。ガースよりも何十倍も大きな触角である。だが、それすらもカタストロフィの体の上で移動しながら体を引きちぎって逃れ、一瞬で再生させながらガースは攻撃を続ける。


「ググ」

「っ!」


 と、今度はガースを取り込もうと考えたのか、突如体から突起が現れ、以前の様に取り込むかたちで閉じていく。と、それに気づいたガースは飛躍し、空中から触角を伸ばして体やその突起を斬り刻む。


「させるか」

「グギィィィィィィッ!」


 すると、今度はカタストロフィの全身から突如眼球が開眼し、ガースを見つめる。恐らく、以前の「あれ」を放とうとしているのだ。

 が。


「くぅぅおらっっ!」


 それすらも一瞬にして、ガースは高速に触角を動かす事によって全ての眼を潰す。


「ギャォゥゥゥゥゥゥ!」


 叫ぶカタストロフィの頭上に、ガースは全てを潰し終わり飛び上がる。そのガースの表情も、既に普段の冷静さは微塵も無く、歯を噛み締め、白目になっていた。そんな形相で必死に、その十三本の触角を一つにまとめてカタストロフィに向かう。


「終わりだ」


 掠れた声でそれを呟いた、その瞬間。


「ギャウッ!?」


 一瞬にしてガースが急降下したのと同時、カタストロフィの首が落とされ、青い液体が溢れ出した。


「グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!?!?」

「はぁっ!はぁっ!確かに首元は柔らかいな、、よしっ!今だっ!イオッ!」


 最後の力で放ったであろう言葉を耳に、その数十メートル先で構えていたイオは任せろと言わんばかりに微笑む。

 基本、レプテリヤはコアを破壊しなくては駆除は出来ない。即ち、首を落とした今でも、再生速度が尋常では無いカタストロフィには一瞬の油断も無いのだ。


「ふぅ〜」


 それを理解し、イオは意識を高める。前に出した右手にその全ての力を溜める。バチバチと、火花が散りながらも、今までで一番であろうそれをカタストロフィに構える。


「くっ!うっ、うおあぁぁぁーーっ!」


 ストッパーは砕け、足も既に押さえている体勢から動かすことは出来なくなっていた。また、右腕から熱を逃す通気口がいくつも開き、抑えきれないその一撃の熱を逃がしている。

 それによって、イオの顔もまた溶け始める。全身の表面が焼かれた様に爛れ、それは直ぐに溶ける様にして剥がれていった。


「ふぅ〜、ふぅ〜っ!」


 人間の皮を被った機械である事が分かってしまう。人間に内蔵されただけの機械だ。ただこの肉体の脳をそのまま活用した、機械仕掛けの偽物の体だ。だから、もうこんな体に用はない。そうイオは内心で強く呟き、一度目を瞑って深呼吸した後に踏み出す。


「行くぞっ!」

「っ!」


 イオが叫ぶと同時、ガースに向かって触角が向かい、慌てて避ける。


「マズい!再生が始まってるぞ!早くしろ!」


 ガースが叫ぶと共に、切断面の傷が塞がり、そこに眼が現れる。それを振り返ると同時に気づき、目を剥くガース。だったが。


「ガース!行くぞ!」

「フッ、だってよ。残念、、だったな」


 イオの叫びに微笑み、その安心からかガースはその場で倒れ込んだ。それによって、ガースの背後からーー


「ギャウッ!?」


 ーーカタストロフィの眼に、イオの、こんな体を破壊する程の一撃が向かった。


「グゥゥゥゥゥゥ!」


 それから身を守るために、反射的に眼からレーザーを放つカタストロフィ。その威力は互角であったためか、イオの一撃はその場で止まり、更にはカタストロフィのレーザーに押し返される。だが。


「がはっ!ごはっ、、はぁ、はぁっ!これでっ!終わりだと思ったかっ!」

「ギャウ?」


 イオが叫ぶと同時、まるで大砲のような物が、彼の腹が開かれ現れる。


「じゃあな。ゴミ」


 小声で、どこか確信を持った笑みでそう吐き捨てると、刹那。


「ジェット、ストライカー、」

「っ!」


 更に強大な一撃が後押しし、レーザーを飲み込んでカタストロフィにーー


 ーー到達した。


「ギャウゥゥゥゥゥゥゥィィィィィィィッッ!」


 ギリギリカサブランカを巻き込まない程の膨大な爆破が、その場を埋め尽くす。その爆風によって、既に動く機能が廃れたイオは吹き飛ばされ、僅かに機能した頭で、ガースの無事を願った。

 が。


「ググ、、グググ、」

「う、、うう、うそ、だ、ろ、」


 ビリビリと。目の前に亀裂が入る様なノイズがありながらも、必死にそれを見据える。

 そこには、体が大きく抉れ、コアが丸出しになったカタストロフィが居た。


ークソッ、、あれでやれなかったのか、?だ、、だが、コアは目の前だっ、、後、後一撃。それだけでいい。そこまで大きなものじゃ無くていい、、少し、ほんの少しだけ、あのっ、コアをっ!ー


 薄れる意識で必死に訴えながら、腹這いをしてカタストロフィに近づく。頼む、誰か頼むと。目の前で段々と再生し始めるカタストロフィに、イオは歯嚙みする。


ー嫌だ、、後少しなんだ、、頼むっ、誰かっ、、嫌だっ、ここまでやって、、嫌だっ、カエデを、みんなをっ、もう、失いたく、、っ!ー


 瞬間、イオはハッと目を剥く。

 恐らく、イオと同じ気持ちだったのだろう。ガースもまた必死の形相で、その爆破によって形の失くしたその体で、そのコアを破壊しようと必死に向かっていた。が、そんなガースに。


「ガースッ!危ないっ!」

「っ」


 再生したカタストロフィがガースに伸びていく。恐らく、取り込むつもりなのだろう。既に力が無い状態ではあるが、ガースはレプテリヤの中で最も強大な力を持っている。故に、取り込まれたらひとたまりもないだろう。だが、それよりも。


『ガース、ラミリス、グレス。そしてカエデ。全員生存。それが、俺のわがままだ』


ー絶対っ!死なせない!ー


「クソッ、、ま、ずっ、、っ!?」


 飲み込まれる寸前。身動きの取れないガースが突如、何者かによって突き飛ばされた。

 それに目を剥き、ガースは薄れた意識の中、そのものをしっかりと見据えた。そこにはーー


 ーー歯を食いしばってガースに手を伸ばし、身を乗り出すイオの姿があった。


「なっ!待てっ!イオッ!」


 何故こんな事を。そんな疑問を口にしそうになったものの、ガースはそれを飲み込み、声を上げる。だが、それも虚しく。


「ギャォ!」

「っ!」



 目の前で。まるで喰われるかの様にイオは取り込まれた。

 それによって引きちぎれたイオの右腕が、座り込むガースの目の前へと転がる。


「...イ、、イオ、嘘、、だろ、」


 それを見据え、力無くガースは零したのち。


「なんでっ、だよっ!」


 再生し始めた拳を叩きつけ、静かに涙を飲んだ。


「なんでっ!なんで俺を助ける!?馬鹿なのかっ、、馬鹿っ、なのか!?...お前のわがままを勝手に優先して、、俺のっ、願いをっ、、潰してんじゃねぇよ、、これだから、人間はっ、傲慢でっ、クソなんだよ!」


 ガースは悲しみにも似た怒りを、掠れた声で叫ぶ。目の前の、既に何者でも無い機械に向かって。目の前の、既に形を無くした、カタストロフィの中を見据えて。


「人間なんて、、やはり、大っ嫌いだ、」


 そんな言葉を漏らし、蹲った。


          ☆


「あった!制御室っ!」

「ここですか?」

「間違い無いよっ!私の直感がそう言ってる!」


 カサブランカの一番奥。特に異彩を放つ巨大な扉の前で、カエデはそう自信げに口にした。が。


「あ、あれ、?お、おかしいなぁ、」

「ん?どうかしました?早くしないと、警報は今尚続いています。直ぐに戦闘員が駆けつけると思われますよ。早くしてください」

「え、えと、、その、なんか、、開かない、」

「はぁ!?」


 普段の様に扉の前で手をかざすものの、先程までとは違ってドアがピクリとも動かない。どういう事だろうか。やはり、一番重要な制御室。一筋縄ではいかないという事だろうか。


「ど、どうするのですか!?貴方が出来ると言っていたから、私はっ」

「そっ、そうなんだけどっ、、えーと、、えーとっ、、あっ!隣にパネルがあるっ!」


 カエデが悩む中、ふとドアの隣にパネルがある事に気がつき近づく。すると、そこにはパスワード入力画面が表示された。


「う、うーん、、本来の入り方をするしか無いかぁ、」

「パスワードは分かっているんですか?」

「全然分かんない!」

「はぁ、、もう、終わりですね。我々、」

「えぇっ!?そんな直ぐに諦めないでぇ!」


 カエデは既に全てを終わりにしようと遠い目をするラミリスに、声を上げる。と、ふとラミリスは放つ。


「ならば、私が液状化してこの扉の僅かな隙間から入ります。内側からなら開けられるでしょう」

「っ!そっか!そうだよねっ!」


 それに目を輝かせてカエデは放ったが、ラミリスが液状化した、その時。


「...」

「...ど、どうしたの、?」

「駄目です、」

「えぇっ!?」

「僅かな隙間すらありません。恐らく、液状化出来るレプテリヤが居る事を把握していたのでしょう」

「じ、じゃあ、、どうすれば、」


 カエデは悟った様子のラミリスにそう口にすると、そののち、そのパスワード画面へと視線を戻す。

 そのパスワードは数字入力で、五桁入力であった。


「うーん、」


 カエデは目を細め考える。この制御システムはAIが管理している。管理者が離脱した今、AIに委ねられている筈だ。だが、その中にカエデの思考が含まれている。と、するならば。


ー私が考えそうな、、五桁の数字ー


「っ」


 と、そこまで考えたのち、カエデは目を見開きパネルに手をやる。


「っ!何か思い出しましたか?」

「ううん。でも、私がシステム管理者なら、たぶんっ」


 それに反応して声をかけるラミリスに、カエデは首を一度横に振ってから自信げにそれを入力する。その、五桁の数字。それはーー


 14106。


 少し古臭いけど。イオに伝えたくて伝えられなかった想い。

 恐らく、頭は良くともそんな想いがあるカエデならば、アクセスコードには必ずこれを使用するだろう。そんな事を思ったのち、それを入力し手を翳した。すると。


「っ!まさか、本当だったとは、」

「ねっ!やっぱり私は私だなぁ!ちょっと恥ずかしいけどっ」


 ゆっくりと開かれるドアの前、少し頰を赤らめ、微笑みながらカエデは制御室へと進む。と、その先には。


「うわぁ、、凄い、」

「ここまでの大きな施設に、更にこんな空間があったとは、」


 まるで巨大水槽が二つも入りそうな巨大な空間に、中間に全てを管理するパネルと、目の前にはカサブランカを司っているであろうスーパーコンピュータが存在していた。そして、その上に映し出されているホログラムには、既に。

 残り十八分と表示されていた。


「えぇっ!?もう後十八分!?」

「マズいですね、、直ぐに解除出来そうですか?」

「...う、うーん、」


 慌てて駆け寄り、パネルを覗く。と、そこには、爆破の中止ボタンが存在していた。が、しかし。


「っ」


 そこには、関係者のみが知るであろう四桁の数字を入力する画面が映し出された。


「ど、どうしよっ、、分かんない、」

「またですか、」

「うーん、、多分、ここまで重要なパスコードだと、、管理AIは触れられない筈、、多分、代表が定めたコードがそのまま使われてると思うから、、私は、何も、」

「何か、、何か解読できるものは無いですか?」


 隣のラミリスも慌てて声をかけるものの、それらしきものは見つからない。故に仕方がないと。カエデは目つきを変えて、スーパーコンピュータに近づき、手前に置かれた制御システムの操作盤を見据える。


「...ラミリスさん。すみません。何か、その液状化で物体を作り出す事って出来ますか?」

「え、、はい。液状化をしなくとも、ヒト型は体を変形させて物体を作る事が可能ですが、」


 一体それをどうするつもりなのか。ラミリスはそんな様子でカエデに寄る。と、カエデは真剣な表情で告げた。


「今から言う工具を作ってください。今から、直接システムに変更を加えます」

「えっ」

「恐らくこのAIは私と繋がってます。だからこそ、このシステムを作った使用者にバレずに、私に解除させるよう上手くプログラムが構成されてるはずです。だから、私は私を信じます。私の出来る全てで、このシステムを解除します!」


 解除する。簡単に口にはするものの、これ程までの膨大なシステム。そう簡単には解除出来る代物では無いだろう。ラミリスは僅かにそんな不安を感じながらも、ここまで来てしまったのだ。更には時間がない現状。やれやれと。仕方がありませんねと零し、ラミリスはカエデの指示と共に解体を始めた。



 それからおよそ九分後。基盤の物理的変更と部品の取り外し等を行い、画面には先程とは違った映像が現れる。


「来たっ!」

「ほ、、本当に、、出来たんですね、」


 感慨深そうにラミリスが呟くと、カエデは微笑んで振り返る。


「まあ、イオの修理してたのも私だしね!それじゃあ、ここからパスワードを変更、、っ!」

「今度はどうしました?」


 カエデがシステムを変更しようとしたその時。その画面には無数の数列が配置されているだけの無機質なものが現れる。どこかに触れてみても、声を出しても反応しない。それは、即ち。


「...素因数分解、」

「っ!まだ終わらないのですか!?」

「はぁ、、全く、、私もベタな事するよね、」


 カエデはそう呟くと、またもや目の色を変える。


「AIの私はこの画面に辿り着く事を分かってたと思う。それを踏まえると、これの答えが、そこのパネルのパスワードになるって考えるのが妥当かな。四桁にまとめるのは大変そうだけど、」

「後残り十分ですよ!?そんな時間で、こんなっ」

「大丈夫です。このシステム管理者は私ですから!十分で解ける内容にしてくれてる、、はずです!」

「なんだか心許ないですね、」


 ラミリスが小さく呟き肩を落とした、その瞬間。


「侵入者を発見。制御室に入っています。至急協力を」

「っ!戦闘員に追いつかれましたね。向こうは私に任せてください。貴方は、こちらを気にせず全力で解除を行なってください」

「っ!えっ、でもっ、ラミリスさんっ!?」


 ラミリスはそれだけをカエデに告げると、体を液状化させて戦闘員へと飛びつく。その中で、ラミリスは微笑み、小さく告げる。


「私も、貴方を信じてみたくなりましたから」

「っ」


 それを告げると同時、戦闘員ごと制御室から飛び出し、入り口の扉を閉鎖した。


「っ!待って!ラミリス!そんな事したらっ!ラミリスがっ」


 扉の向こうからは、既に声は返って来なかった。内側からならば簡単に開ける事が出来る制御室の扉だったが、カエデは拳を握りしめ、赤くなった目で覚悟を決める。

 ラミリスが命をかけて作ったこの密室。無駄にするわけにはいかない。カエデはその勢いのまま画面の前に向かい、解読を始めた。



 その後、九分が経ち、爆破までの時間は残り五十秒となった。地面には取り外した基盤で傷をつけながら書いた数式が並び、カエデはある四桁に辿り着き目を見開いた。


「っ!...これって、」


 カエデはそれを解き終わった事により、その四桁に涙を浮かべた。


 0305。


 それは、忘れるはずもない。大切な日付と同じであった。


「そっか、、貴方は、、ずっと記憶があったんだもんね、」


 カエデは、コンピュータに向かって、掠れた声で小さく呟く。


「ごめんね。私、何も覚えてなくて、その間、ずっと空回ってたかも、、貴方はずっとイオ、、ううん。日葵を、守ってくれてたんだね。...記憶があるからこそ、ずっと、苦しかったんだよね。システムには抗えなくて。でも、どうにかして日葵を助け出したくて。どこかに居る、抜け殻の私と、出会って欲しくて。日葵に真実を知って欲しいから、色んな事を試してたんだよね、、ごめんね。私は、何も、してなかった」


 カエデは語りかけるようにしながら、パネルの前へと足を進め、正面からコンピュータを見据える。


「ありがとう、もう一人の私。貴方も形は違っても、私だもん。色々、辛かったと思うし、複雑だよね。...それでも、会えたよっ!日葵にっ、そしてっ、記憶にも!」


 既に残り二十秒となり、辺りには今まで以上の警告音が鳴り響く。真っ赤に染まったモニターと、降り注ぐ真っ赤な光。それに照らされながら、カエデはイオとの。日葵との思い出を思い返しながら続ける。


「色々、辛い事多かった。今みたいに、理不尽ばかりの人生だった。けど」


 俯き気味に放ちながらパスワードを入力し、その後カエデは笑顔を浮かべ、顔を上げて元気に放つ。


「もう、私は大丈夫だよ!一人じゃ無いから。絶対にっ、貴方に負けないくらいっ、イオを、、日葵をっ、守り切ってみせる!」


[残り、十秒]


「それにっ、貴方はイオの事、あまり分からないでしょ?ふふ〜、私はっ、日葵だけじゃ無くて、イオとも、ずっと一緒に居たからっ!負けないよ!たとえ自分でも、貴方は恋のライバルだもん!」


 そこまで告げると、カエデは涙ぐんだ瞳でコンピュータ。いや、かえで自身を見据え、頰を伝う涙を笑顔で誤魔化しながら伝えた。


「だから、後は任せて。ありがとう、私」


 と、それと同時に。

 そのパスワードを、決定した。と。

 ビーッという音が響き、突如全ての電気が消える。それどころか、扉も全て開き、カサブランカは予備電源へと移った。そんな薄暗い中、そのコンピュータの前で、カエデは座り込みながら掠れた声で。だが、しっかりと伝える様に、小さく口にした。


「はぁ、、お疲れ様、、ゆっくり、休んでね、もう一人の、私、」


          ☆


「っ!なっ、こ、これはっ」


 一方のラミリスもまた、突然予備電源に移行した事に、戦闘員の攻撃を液状化で躱しながら声を上げた。


「...間に合った、という事ですか、、というかつまりあれは、時限式爆弾の解除では無く、この施設自体のシステム終了だった。と考えるのが妥当ですね、」


 既にカウントダウンの音が聞こえないくらいに戦闘員との交戦に力を注いでいたラミリスは、突然の変化にそれを察し肩を落とした。

 と、その数十秒後。


「はぁっ、はっ、はぁ、、ラ、ラミリスッ」

「...解除、出来たのですね。カエデ」


 安心した様に。どこか優しい声音と表情でラミリスは振り返ると、その言葉にカエデは目を見開いた。


「え、、今、カエデって、」

「そんな事は今はどうでも良いでしょう?解除が完了した今、脱出が最優先です」

「あっ、そ、そうだよねっ!早く、イオのとこに行かなきゃ」


 カエデはハッとし、僅かに不安の色を見せてそう呟く。それにそうと決まればと。ラミリスは踵を返そうとしたがしかし。未だ戦闘員が束になってこちらに向かう。


「っ、厄介ですね、、システムを終了させたのに、戦闘員は動けるなんて、」

「戦闘員はカサブランカとは違うシステムで機能してるし、自律型だから。...とりあえず裏から脱出ルートを確認して出よっ!」

「は、はい、」


 カエデの、先陣を切っての言葉に、ラミリスは何か言いたげに頷くと、それを察したのか、振り返って微笑む。


「もちろん、グレスのフロアに回収しに行ってから、ね!」

「っ」


 カエデが放つと、ほんの僅かに口角を上げて、ラミリスはやれやれと息を吐いた。

 未だ不安だらけだった。この中で一番戦闘なんてものが出来ない体で、対抗すら出来ない自分。更には、あれ程までの強敵を相手にするイオを、信じきれないでいた。不安だらけで。最悪の想像ばかりをしてしまう。だが、だけど。

 あえて、カエデは力強い双眸と足取りで、先頭を走った。

 同じ心配性な、もう一人のカエデを、安心させられる様に。その分まで。いや、それ以上にイオを守る決心を、見せつける様に。


ー待ってて、イオ、そしてもう一人の私っ!絶対、守るからっ!ー


 そんな意思を見せるカエデの走る通路は、どこか他よりも明るく照らされている様で、脱出ルートを非常電源で照らしてくれている様な気がした。


          ☆


 暗い。何も見えない。ここが、腹の中だろうか。

 不思議と、怖いなんて感情は無かった。戦場に居たからという理由でも無い。どこかで、死に対する恐怖が消えていたのだ。

 そう、彼女のためならば、怖くは無かった。

 イオであろうと、日葵であろうと。それは変わらない。ただ、心の奥でざわめくこの感覚。それは恐らく不安だろう。残されたものへの、安否やその後。全てに不安の色を見せた。

 と、そんな中。


「っ」


 体を動かすことが出来ない。視界もまともに機能していなかったが、確かに、目の前に光が現れた。

 それはぼんやりとしたものから、段々とはっきりした光源へと変化していく。ぼやけた光によって柔らかく見えるが、それは間違いなく物質で、我々がよく知るものだった。


ーコアー


 イオは薄れた意識でそう脳内で口にする。少し普通のものより大きいが、あれは間違い無くレプテリヤのコアである。それを理解すると同時に、自身が本当に取り込まれてしまった事を知る。レプテリヤの生態は詳しく理解していなかったが、激しい損傷を与えたからか、吸収を行うであろう臓器から薄い膜一枚でコアが直接見えていた。

 他のみんなも、こんな感覚だったのだろうか。この景色を、見ていたのだろうか。

 イオはNo.2や3、4を思い返して歯嚙みする。捕食型では無いレプテリヤだったがために、No.2はただ単に真っ暗の中胃の中で生涯を終えたのだろうか。それは分からないが、こういう感覚だったのだろう。

 死に、直面するというのは。


ーここまで、辛いものなんだな、、誰かを遺して死ぬってのはー


 全てを託され続け、目の前で多くの仲間を失った。辛かった。苦しかった。それでも、託した方も、辛かったのだろう。何が正解かは分からない。恐らく、誰もわからないだろう。だからこそ、こうして過ちを繰り返したのだ。

 これが正解だとは思わない。きっとカエデは悲しむ。それは十分理解していた。だが、耐えきれなかったのだ。もう、目の前で大切なものが、奪われるのは。


「クッ、」


 歯を食いしばって目を強く瞑る。

 今でも鮮明に浮かび上がる絶望。イクトの言葉、彼との記憶。そして彼の最期。No.10をイオに変えてくれたのは、恐らくカエデだが、間違いなくその方向へと背中を押したのはイクトだろう。彼もまた元々は人間で、同じく改造された身である。だが、イオとは違って少し残っていたのだろう。人という心が。

 最初はそれがただただ面倒でうるさくて、必要の無いものだと思っていた。だが、カエデとイクトのお陰で、それが一番大切な事だと気づけた。ただ任務を遂行し全うする。それは十分な事だが、自分に嘘をつく事は、間違っている。

 嘘を演じてもいい。声を殺してもいい。だが、心で自分に正直に、自分の意思を保つ事が、こんな世界では大切なのだ。それを、彼は教えてくれた。

 No.2や3、4。かつての仲間は、自分らしく死ぬ選択を教えてくれた。誰かのために。それは確かに誰かのための行動かもしれない。だが、それを行ったその後はそのもの達には分からないし、正解では無かったかもしれない。だがそれでも、それが自分の選んだ方法で。その意思を、貫いたのだ。

 そしてもち太郎は、大切なもののために身をもって守る強さを教えてくれた。使命にだけの思考を、暖かいものへと変えてくれたのは、もち太郎のお陰である。毎日大変であった。辛い事も多かった。慣れない、生き物の世話というものの大変さを、思い知らされた。だがそれのお陰で、生き物への思いは変化し、イオとしてだけでは無く日葵としても、多くのものを学んだ。敵や味方なんて関係ない。どんな状況でも、敵対するものは存在する。それが生き物だ。だが、それに飲まれて、自分の意思を変えてはいけない。日葵が楓を庇った様に、周りには理解出来ないかもしれないが、それでも守りたいと思う。その思いの強さを、もち太郎を守ると決めた時に、感じた。

 皆、教えてくれたのだ。わがままでもいいと。それを貫けと。


「く、うぅ、」


 その暖かな日々を思い返すと、思わず口からは嗚咽の様なものが漏れ出た。涙は出ない。だが、それ以上の感情が、溢れ出した。

 今まで出会った全員が大切で。全員から大きなものをもらった。誰も欠けて欲しくはなくて。失う度に感情を漏らした。

 だからこそ、イオは歯嚙みして呟いた。


「ごめん、」


 遺したみんなに。カエデに。いや、楓に。ありがとうと言いたかった。伝えたい事が多すぎた。何もまだ言えていない。日葵としても、イオとしても。カエデにも、楓にも何も言えていない。それの悔しさも込めて、ただただ謝り続けた。コアの光に、照らされて。


「クッ、」


 ここまで近くにあるのに。カタストロフィを駆除出来る弱点が、今目の前にあるのに。それなのに、何も成し遂げられなかった。


ーはは、、これじゃあ、みんなに顔向け出来ないなー


 そんな不甲斐無い自分に、自己嫌悪に陥った。

 が、その、瞬間だった。


「っ!」


 ふと、思い出した。腹の違和感。既に傷だらけだったが故に、気づけなかった。色々な事が重なって、忘れていた。

 そうだ、あれから一度も"変えていなかった"のだ。


「フッ」


 イオは、「いつも」と同じ笑みを浮かべ、コアに向き直る。もう既に攻撃は出来ない。そんな力は残されていない。動く事さえ出来ない。だが、しかし。

 これなら、カタストロフィを倒せると。この至近距離のコアを見据え確信した。

 そう、その瞬間、イオは腹を突き出しコアに向けるとーー


 ーー自身の腹部を僅かに機能していたそれで、開いた。


 ずっと、忘れていたのだ。改良や改造を繰り返し、更には何度も限界を越えた戦いを繰り返してきた。それによって、もう既に破裂寸前だったのだ。逆に、よくこの状態で保っていたと称賛の声を上げるべきだろう。


「じゃあな。ゴミ」


 それだけを、微かな声で呟くと、その腹から。

 今にも破裂しそうなバッテリーが、飛び出した。

 それと同時。


「っ」


 ノイズの入った音で。もう使えないであろう通信システムに。こっちは大丈夫だよと。そう、聞こえた気がした。


          ☆


「っ!」


 その場に、イオのジェットストライカー並の巨大な爆破が起こる。

 絶望の表情で、ただ目の前のカタストロフィに目をやっていたガースは、突如「内側」から破裂したカタストロフィに驚愕の表情を浮かべた。


「な、、何、だ、?」


 それによる驚きに、ガースは理解出来ずに声を漏らした。爆破の爆風に吹かれながら、爆散して散ったカタストロフィの真っ青な血液がその場一帯に降り注ぎ、ガースはそれを浴びる。


「なんだよ、、これ、」


 そんな、未だ分からない様子で呟く。いや、もう既に心の中では分かっていたのだ。彼は。イオは、ただ誰かを守るために捕食され、そのまま死ぬ様な奴では無いと。どこかで、分かっていたのだ。

 だからこそ、瞳からは、液体が僅かに溢れ落ちた。


「っ!な、何、、今の、、カタストロフィってやつは、、駆除出来たの、?」


 そんな最悪のタイミングで、ガースの背後から息を切らした様子で数名の足音が近づく。


「...っ!ガース様っ!ご無事だったのですね!?」


 それに続いて放たれたラミリスの言葉に、ガースは絶望の表情のまま振り返る。その様子に、グレスとラミリスは目を剥く。


「ダイジョですかい!?」

「だ、大丈夫ですか!?ガース様っ!」


 そう。ガースの体は、もう既に再生が追いつかず、なんとか体を保っているものの、今にも壊れそうで。右腕は無く、顔も半分が溶けた様に歪んでいた。だが、そんな事はどうだっていい。それでは無い。そうじゃ無いんだと。ガースは歯嚙みして皆を見据える。

 そんな意思はつゆ知らず、ラミリスとグレスはそれぞれが心配の声を漏らしながら駆け寄る。

 が、その瞬間。


「っ」


 突如、カエデが膝から崩れ落ちた。

 その大きな動きに、ガースを含めた皆は、彼女に振り返る。


「...へ、?嘘、、嘘だよね、?ねぇ、、ガースさん、?ねぇ、イオは、、どこ、?ねぇ、、ねぇってば!」


 はははと。信じたくは無いそれを掻き消す様に力無い笑いを零しながら、カエデはガースに詰め寄った。

 そう。彼女もまた、それを、理解してしまったのだ。

 数メートル先に放り出された、イオの右腕を一瞥して。


「...それは、」


 ガースは、彼の行方について、皆に知ってもらいたかった。自分の事では無く、彼を。だが、それを迫られたと同時に、ガースの口は頑なに動かなかった。

 バツが悪そうに。絶対に言えないと言わんばかりのそれに、カエデは絶望に嗚咽を漏らした。


「嘘、、やだっ、、なんでっ、なんでよっ!なんで、、、イオ、こんなの、、あんまりだよ、!」

「「...カエデ、」」

「最後まで、イオは言わなかった。絶対に負けないって。また会えるって、」


 声を漏らすガースとラミエルに、カエデは俯き蹲り、涙を溢した。


「まだっ、、まだ色々、やる事あったじゃん、、なんで、?まだ何も、聞けてないよ、、こんなのっ、、こんなのって無いよ、」


 先程の爆発。駆除された最強レベルのレプテリヤ。散乱した部品や血の数々。目の前に落ちた彼の腕。その全てを見据え、ラミリスもまた察して拳を握りしめる。


「まだ言えてないっ!イオにっ、何も返せてないっ!なんであげるだけあげて居なくなっちゃうの!...馬鹿、、ほんと、馬鹿だよ、イオは、」


 拳を握り、地面を殴るカエデを見下ろしながら、ガースもまた強く拳を握りしめ目を逸らす。

 と、カエデは歯を食い縛り、強い目つきで、俯いたままゆっくりと立ち上がる。


「...カエデ、?」


 その様子に、不安の色を見せる皆を他所に、カエデはゆっくりとイオの腕の方へと歩みを進め、彼の残骸でもあるそれを拾って強く抱きしめる。

 と、次の瞬間。


「言うの、、遅くなってごめん。イオ、、ううん。日葵っ」


 そこまでギュッと。腕を抱きしめて呟くと、大粒の涙を流しながら、その手を握った。それと共に、彼女は顔を上げ、そこには居ないであろう空に向かって。


「日葵っ!大、、大大っ、大好きっ!」


 掠れた声で。だが、誰にも負けない程強く大きな声で。それを放つと同時に、カエデは抑えていた感情を剥き出しにしながら大きく泣いて崩れ落ちた。

 と、その姿を見たガースは、その矢先。

 同じくカエデの横にまで歩みを進め、精一杯の声で叫んだ。


「ふざけんなよイオッ!一人だけいい思いしてっ!絶対に許さないっ!こんな最後、俺は認めない。俺の大切な仲間に行った行為を、何もまだ償ってねぇだろ!」

「「...ガース、さま、」」

「勝手に死ぬんじゃねぇよ!馬鹿がっ!カエデの言う通り、大馬鹿だお前はっ!お前の望みだけ叶えて、俺の望みを叶えないで終わらすなよ!ほんとわがままな種族だ!俺はっ、お前みたいな、人間がっ!人間というものがっ!大っ嫌いだ!」


 泣き崩れるカエデの隣で。ガースは彼女とは真逆の言葉を、彼にぶつけ俯く。だが、それを放つ表情と気持ちは、どちらも同じだと。それは、誰から見ても明らかだった。


          ☆


 カタストロフィの駆除とカサブランカのシステム停止から一週間が経った。あれから五日。カエデは立ち直る事が出来ずに、自分の中と地下に閉じこもっていたものの、ガースの行動もあり、彼女はこの二日間は外に出ていた。

 ガースの行った行動。それは。


「...またここに来てたのか?」


 荒地となったカサブランカ前。ガースが作ったイオの墓の前で、カエデは今日も脚を合わせ、姿勢を正し、手の指を伸ばした状態で右腕を曲げ、額の高さまで上げていた。


「...あ、ガースさん。うん、、ありがとう。ここまでしてくれて、、私、人間なのに、」

「そんな事は別にいい。何よりも、爆破を解除してくれたんだろ?俺の大切な仲間を助けてくれたんだ。種族など関係ない」


 浅い息を吐くガースに、カエデは優しく微笑む。あの後、カエデが閉じこもっている最中、ガースはラミリスから話を聞いた様で、分かってはいたものの、大変感謝していたとラミリスの方から聞いた。


「ううん。あれは私だけだったら絶対成し遂げられなかった。だから、それ、ラミリスさんやグレスさんにも言ってあげてください」

「それはもう言った。ラミリスからは遅いという雰囲気を感じたがな」

「ふふふ、ラミリスさん。貴方に褒められたくて頑張ってましたから。...ご褒美とか、あげたらどうですか?」

「ご褒美?」


 首を傾げるガースに、カエデは微笑みながら頷く。このままいけば、恋のキューピッドになれるかもしれない。友人代表でスピーチをしてみたいところだ。そんな事を考えながらも、カエデは"イオの方"へと振り返って寂しげに見つめる。

 その墓の前には、青紫の花。ムスカリ。

 彼は昔から花を摘み取る事を嫌っていた。これは、イオ。いや、日葵に怒られてしまうなと。カエデは小さく口元を綻ばせた。

 そんなカエデに、ふとガースは提案だと前置きして、そう切り出した。


「そろそろ、この星に居続ける事は出来なくなる。この星の利用出来るものは全て採取してしまったし、戦闘員のシステムも会得済みだ。だから、とは言ってはなんだが、」

「分かってますよ。ここまでしてもらったのに、もうわがまま言えません。それに、イオと一緒の場所に行きたいって。思ってますから」


 ガースの、遠回しな帰還の意図を察し、カエデもまた遠回しな返答を口にした。それに、ガースは目をピクリと動かしたものの、「ああ、違う」と。息を吐いて続けた。


「カエデ。お前も一緒に来ないか?」

「...へ、?」

「お前は、我々の恩人でもある。まあ、確かに元を辿ればお前達人間の所為ではあるが、カエデは巻き込まれた側の者でありながら、我々を助けてくれた。俺からレプテリヤの民には伝えよう。きっと、受け入れてくれるはずだ。身体に関しては気にしなくていい。カサブランカの情報を漁って、人間でも耐え切れる機体の製造方法は心得ている」

「...いいん、ですか、?」


 ガースの言葉に、カエデは感情がごちゃごちゃになっている様子だった。感謝したい気持ち。何故そこまでしてくれるのかという疑問。そして一人で生き残る罪悪感。

 故に、カエデは少し考えたのち、口を窄め、視線を下げた。


「ごめんなさい。ありがとうございます。でも、少し、考えさせてもらってもいいですか?」

「ああ。別に構わない。寧ろ、こちらもそうしてもらう予定だった。後二日。待ってもらいたい。それから、決断してくれ」

「...二日、?」


 全然問題ないといった様子で返すガースに、カエデがそう聞き返すと、一度頷き口を開いた。


「俺達がこの星を去る日だ」


 その一言に、カエデは一度目を見開き、少し視線を下げそのまま逸らした。


「分かりました。...ありがとうございます」


 その後カエデは、ほんのり微笑みながらも、そんな曖昧な言葉を返して、またもや"イオの方"へと向き直った。

 と、その隣に並ぶ形で、ガースが足を進める。

 その光景はまるで、お互いの失ったものを補っている様に見えた。カエデの隣には、彼女よりも背が高い男性。そしてガースの隣には自身より小さい女性。それぞれが、それぞれを思い出しながら、その墓を、ただただ見つめた。


 そうする事数分。

 心中で何かお互いの大切なものに言葉を送り終わったのか、カエデは突如。

 先程同様、脚を合わせ、姿勢を正し、手の指を伸ばした状態で右腕を曲げ、額の高さまで上げた。


「...それ、なんなんだ?いつもやってるが」


 そんなカエデに振り向き、ガースはそんな疑問を口にした。それに、カエデはふふふ〜と。いつもの様だが、寂しげな笑みで微笑むと、口を開いた。


「敬礼って言うんだ。意味を一言で説明するのは難しいけど、大切な人とか、尊敬する人に向かって、その気持ちを表す行為、的な、?」

「そんな文化があるのか」

「うん。イオがいつもやってたんだ」

「イオ、、という事は、カエデにその様な習慣があったわけではないのか?」


 それを呟きながら、カエデは自身の中でイオとの記憶を振り返る。初めて会った時。敬礼を見た時。大型と戦闘した時。ヒト型にあった時。イクトと過ごした時。もち太郎と出会って過ごした時。

 その全てのイオの姿を思い起こしながら、カエデは抑えきれない涙を溢れさせて。


「そう」


 と、掠れた声で前置きし、くしゃくしゃになった顔で、強がりな笑顔を浮かべガースに振り返った。


「イオの真似、、してみちゃったんだっ!」

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