第12話「ヤブデマリ」

 昔から、大人からは期待され、小さな事では褒められた事が無かった。だが、褒めてくれない大人達しか周りにいなかったという訳では無く、大きな功績をあげた後は、決まって父や母、叔父や叔母は揃って褒め言葉を放った。それ自体は、嫌では無かった。

 だが、時期にそれは大きなプレッシャーとなり、かえでの心をどんどんと追い詰めた。

 その様な家系故に、幼い頃から父の職場を見学したり、軽いプレゼンの様なものを教え込まれ、実践するという事を行っていた。本当ならば、通販番組の様な元気なプレゼンをしたいものだが、その場の雰囲気は、とてもでは無いがそれを出来る場とは思えない。父は通販もまたプレゼンだとは言うが、多くの大人から期待の目で見られるあの場所では、到底真似は出来なかった。

 いつか、そんな軽い気持ちで出来たらなと。呟いた事もあった。

 そんな家系に生まれた楓は、ずっとこのままなのでは無いかと。内心で不安を感じていた。だが、そんな彼女にもまた、転機が訪れたのだ。

 学校という場所は勉学に励むと共に一般の方々との交流の場。そういう名目で、楓はエリート学校では無く、普通科の高校へと進学をする事が出来た。だが、その先でもまた、地獄だった。周りからは家柄によって距離を取られ、それ故に妬み嫉妬を向けられるのは毎日だった。それでも彼女は元気で居続けた。親からの期待に応える様に、学校は楽しいと。笑顔で居続けなくてはいけなかった。そんな辛い毎日だった。がしかしその場所は、案外苦痛ばかりでも無かった。

 日向日葵ひなたはるき。彼が、全てを変えてくれたのだ。

 今ではあの学校に行き、あの学校でいじめられ、彼に助けられた事に、感謝している。そうで無かったら、きっと彼には出会えなかった。いや、ここまで幸せを感じられる自分に、なれなかったから。

 それから彼との交際が始まり、そこからの生活は一転し全てが輝いて見えた。だが、そんな幸せに浸っていたからだろうか。幸せが続く事を、望んでしまったからだろうか。

 その幸せさえも、奪われてしまったのだ。

 とある、宇宙生命体によって。


「なっ、やめてっ!離してっ、日葵をっ!日葵を助けなきゃ!」

「楓、、私はお前のためを思ってーー」

「何が私のためなの!?日葵と引き離す事が、私のためだって言うの!?」


 その日、初めて親族に反発した。その、普段の彼女からは絶対に出ないだろう言葉と形相に、叔父はとても驚いている様子だった。それ以前に、交際は認められていない。故に、楓は親族に彼の話はしていなかったのだ。それも相まって、叔父は驚愕した。だが、と。それでも叔父は心を鬼にして楓を引っ張った。


「駄目だ、、このままでは楓が殺されてしまうんだぞ?」

「だっ、大丈夫だよ!私、この日のために地下室を用意したし、、それにっ、いざという時のために食料とか、水とかも貯蔵してあるの!だからっ、だから、離してよ!日葵と一緒に逃げさせてよ!」


 楓は必死の抵抗を繰り返し、叔父の手を振り払おうとしたものの、彼の意思もまた、固かった。そのため、叔父は少し呼吸を落ち着かせたのち、楓に真相を口にした。


「...駄目なんだ、」

「え、?」

「これから、戦争が始まる。その地球外生命体との。...だから、ものの数日で収まる騒ぎでは無いし、、それに、」

「そ、それに、?」


 叔父の言葉に、まるで自身の身に降り注ぐ事とは思えず楓は首を傾げる。そんな彼女に、話すべきかと渋ったものの、叔父はこの時のためだと覚悟を決め、楓を人目のつかない建物の裏へと連れて行った。


「な、何、?」

「...お、落ち着いて、聞いてくれ」

「う、うん」

「おじさんな、、楓を守るために宇宙開発に参加したんだ」

「え、?」


 初耳だった。自身の話ばかりを聞きたがっていたがために、周りの大人の事情など、何一つとして知らなかったのである。故に楓は、目を剥き硬直した。まず、叔父が宇宙開発に携わっていた事。そんな事が出来る場所に叔父が居た事。そして、それが楓のためだったという事。その全てが、楓にとって初めての事だった。そんな楓を察してか、叔父は改めて告げる。


「まず、おじさんは元々そういうところに居てね。まあ、宇宙開発とは関係が無いけど、別の部署に異動していたんだ。...だけど、状況が変わったんだ」

「それが、、これ、って事、?」


 楓の発言に、叔父は首を縦に振る。だが、それ以上叔父は何かを言うことは無かった。何かまだ言いたげであった。更に、先程の戦争についての説明が途中である。それなのにも関わらず、叔父は目を逸らし、「だから、すまない」とだけ呟いた。

 と、その瞬間。


「へっ!?な、何っーーうっ!?」


 突如、背後からスタンガンの様なものが放たれ、楓はその場に倒れ込む。そんな彼女を、背後から襲ったその人物が背負い運び出す様を、ただ見つめながら「ごめん」と。何度も小さく謝りながら、叔父はその人物を追う様に足を進めた。


          ☆


「う、、こ、ここは、?」


 薄らと目を開き、視界が露わになると共に意識がハッキリとしていく。ここは、一体。そう思うよりも前に、自身の置かれている場所に、楓は目を見開いた。


「なっ!?なななっ、何っ、なんでっ!?や、やっ!?」


 そう。楓が居た場所は、高さ二十メートル程ある空中。そこに体を固定されカプセルの様なものに入れられた彼女は、この現状に声を上げた。


「どっ、どうなってるの!?これっ、たっ、高っ、、うぅ、」


 何をされるか分からない恐怖と、高所である事から、体が無意識に震える。


「ね、ねぇ!なんなのここ!?だ、出してよっ!あ、でもこの場所で出されても困るか、」

「起きてしまったか、天才少女。後少しで移行が終わりそうだったんだがな」

「...誰、?」


 前にある自動ドアから、地上を歩き現れた男性は、確かにそう話していた。この場は無音の空間なのだろう。故に、カプセルに入っている楓の耳にも、しっかりとその声が聞こえた。


「私は技術担当代表の者だ。この、高度なコンピュータに備え付けられたAIの製作者でもある」

「A、、I、?」


 楓は、それが何と関係あるのか。目を細め怪訝な表情で返す。だが、それ以上話す事は出来ないと告げ、その人物は奥の制御室に居る白衣の男に何かを告げる。


「な、、何するの、?」

「そう心配する事は無い。脳のデータ化は、難しいがそう痛いものじゃ無い。寝ていればね」

「え、?」


 楓が最後に付け足されたそれに眉間に皺を寄せた、その直後。


「っ」


 そのカプセル内に煙が放出され、楓はまたもや重くなった瞼を閉じるのだった。


          ☆


「あ、、う、」


 薄れた意識の中、楓は目を覚ます。目の前には、見慣れた男性。叔父の姿があった。


「お、おはよう、楓。本当に申し訳ない、、こんな事になって。...でも、こうするしか無かった」

「あう、、うぅ」


 耳には入ってきているものの、何故だかその言葉の意味を考える事が出来なかった。ただぼんやりと。目の前に居る人物から発せられるそれを、聞き入れては流す。そんな作業を、繰り返していた。


「本当にごめん。ただ、楓を失いたく無かったんだ。我々は、地球外生命体との交渉に失敗した。奴らの大切な卵を所持している、時期に我々日本を中心に攻めてくる事だろう。だからこそ、放ってはおけなかった」


 恐らく、楓が"抜け殻"となったことを分かっているのだろう。ただぼーっとするのみの楓を前に、まるで墓の前の如く自身の想いを告げ続ける。


「このまま生き長らえても意味はない。...決まった事なんだ。その卵には女性を与えなくてはならない。きっと、今ここに連れて来られた女性も皆捕食用なんだろう。だからこそ、楓は助けたかった。...君が、天才少女で良かった。それを話したら、この施設を管理するAIに君の脳の構造をインプットしてくれると言ってくれたんだ。まあ、簡単な事じゃ無かったけどね、」

「あう?うん?」

「はは、だから安心していい。...向こうの楓に、こんな話は出来ないけど、体にだけは、謝らせてもらうよ、」


 そこまでで、記憶は途切れている。まだ、何か言っていたかもしれない。だが、本能的に、覚えておかなくてはいけないと感じたのだろう。次に意識が戻った時にはーー


 ーー楓は捕食のために運ばれる最中、おぼつかない足取りで施設から抜け出そうと奮闘している時であった。


「はっ、はぁ、、はぁ!」


 このままでは殺される。喰われる。それを理解したからか、長らくモヤがかかっていた頭は突如動き始め、ただここから逃げて、日葵に会いたいと。それだけを、強く感じていた。


「はぁっ!はぁ!」

「おいっ、何やってるんだ!早く捕まえろ!」

「お前あいつに何か言ったか!?」

「え、、あ、その、、AI計画の話を、ほんの僅かに、」

「何をしてる!?ならば尚更逃すわけにはいかないぞ!」


 まだ戦闘員というものが出来る前だったがために、施設内の大人が総出で楓を捜した。こんな厳重に閉め切られている施設から出られるわけがない。そんな高を括っていた人物もいたであろう。だが、それは大きな間違いである。それを理解させる様に、楓が出られる道の扉が自動的に開き、後から追いつかれぬよう彼女が通ったのちそれはまた閉め出された。


「なっ、クソッ!まさかっ、AIの奴が!?」


 大人達は、そこでようやく気づいた様だ。楓という存在が、この場では神である事に。その事実に、AI計画に野茨のいばら楓という人物の脳をインプットさせる事を許可した代表は、歯嚙みした。

 楓はただ頭が良いわけではない。ただ計算が得意であろうが、適切な判断が出来ようが、それは全てスーパーコンピュータでも可能な事である。いや、寧ろそちらの方が断然早いだろう。だが、楓にはもう一つの才能があった。それが、生まれつきの察しの良さである。察し、というよりかは、まるで予知したかの様に、楓は物事を予想する事が出来るのだ。確かにコンピュータさえあれば何通りかの予測は出来るだろう。だが、その全てに対応しようと考えると、至難の業である。

 故に、彼女の予知能力を、インプットさせる必要があったのだ。彼女の、記憶と共に。

 叔父は記憶の含んだ脳だけでも残したかったのだろう。そのために出世をし、上手く説明を重ね、必死にその事例を説明し、やっとの事成立が決定した。がしかし、こんな事になっては意味がないと。叔父は責め立てられる事となった。

 結果的に、楓は行方を眩ました。恐らく、既にこの施設の外に行っているのだろう。それを察したが故に、代表取締役は「追わなくていい」と。そう告げた。彼曰く。


「どちらにせよ、外ではレプテリヤの餌食。もし逃げられたとして、逃げ込んだ先は恐らくこの施設だろう。結局戻って来る事になる」


 との事だった。確かにそれは大きな脅威ではないと。そう皆も判断し、叔父の解雇は免れる事となった。

 その後、対する楓はボロボロの体でとある一室に倒れ込んでいた。その場所は、体が勝手に向かった先であり、何故ここかは分からなかった。だが、何か理由があるのだろうと。既に全てが消えかかっていた脳みそで、唯一残っていたそれを、呟いたのだった。


「は、、日、葵、待って、る、」


          ☆


「...はっ、日葵っ!」


 ずっと追いかけてきた、大切で大好きな背中。それを見据え、カエデは思わずその名を口にした。


「っ」


 そんな、誰にも聞こえないほどに小さい一言を、イオは聞き逃す事はせずに目の色を変える。と、その直後。


「イオ、まだ生きていたか。それは良かった」

「...ガース、」


 ラミリスの背後から、ゆっくりと姿を現したそれに、イオはその名を呟いた。


「良かったって、、それなら、何故俺らを狙う?」


 怪訝に返すイオに、向かおうとするレプテリヤの大群、及びラミリスに、ガースは手を出し引き止めると、自身が足を踏み出し返す。


「言っただろ。まだやる事が残ってるって」

「それが、、俺らを破壊する事に繋がるのか?」

「違う。カタストロフィの回収だ」

「「っ」」


 その一言に、カエデとイオは目を見開く。カタストロフィ。それは、以前我々に確認を行った名称である。それに反応していると、ガースは続ける。


「またの名をミツマタ。我々レプテリヤ内ではカタストロフィと名付けているがな」

「っ!ミツマタ、?」


 カエデがまたもや目の色を変える。それは以前、グレスが放っていた名称と一致する。同じものの事を言っていたのかと。イオは目つきを変えると共に、ふと思い返す。ミツマタ、その名はどこかで、と。そんな薄れた記憶を僅かに思い起こしながらも、イオは改めて問う。


「だが、そのカタストロフィとかミツマタってやつを回収するのが目的なら、俺らを相手する必要はーー」

「ああ、無い。だが」

「っ」


 イオが話すのを遮ってガースはそれを告げる。


「お前らを保護する必要もない」

「「!」」


 その発言に、二人は動揺を見せる。


「な、何もメリットは無いはずだ!ただ時間を使ってしまうだけで、」

「メリット、ならあるぜぇ、」

「!?」


 イオが必死に話す最中、背後からグレスが割って入る。


「貴方達は一度我々を殺そうとした。いや、未遂で済んでいるのはガース様のお陰。即ち、貴方達は私達を駆除したことに値します」

「そ、それはっ」


 なんとかして弁明を図りたかったものの、イオはその通りなため思わず口を噤む。それを見たガースもまた、それに上乗せする様にして付け足す。


「俺の仲間を殺そうとした。そんなやつらに復讐するのは、ただの時間の無駄だと言うのか?それならば、俺がフレアに対してあそこまでムキになっていたのも、内心馬鹿にしてたんじゃないのか?」


 歯嚙みして、ガースはイオの前にまで到達すると、「どうなんだ」と念を押した。


「そんなわけないだろ!」

「だったら大人しく諦めろ」

「クソッ」

「じゃあ、もうもらっちゃってもいいよナァ!」

「へっ!?きゃっ!?」


 イオが首を横に振り否定を放ったのち、ガースがため息混じりに一言を放つ。と、同時に。

 まるでそのタイミングを狙っていた様子で、グレスはカエデの腹を片方の腕だけで抱えると、そのまま勢いよく飛び出す。


「っ!?カエーーぐはっ!」

「以前はよくもやってくれましたね。今度は同じ手は通じませんから。せいぜい足掻きなさい」

「ごはっ!」


 カエデを追いかけようと、振り返り様にジェットを起動したイオだったが、それよりも前にラミリスの腕が液状化し彼を包み、横へと放り投げ吹き飛ばす。


「クッ、、ガハッ!」


 瓦礫に激突したイオは、血を吐き出し力無く寄りかかったものの、直ぐに鋭い目つきで立ち上がる。


「ガース様、良いのですか?貴方は、攻撃しなくて」

「...俺はいい。こいつには大した憤りは感じてない」


 そんなイオに向かいながら、ラミリスは隣でそれを見据えるガースに一言を呟く。と、それに返したガースの発言を耳にしたイオはラミリスに視線を戻して口を開く。


「おい、ガースはそう言ってるぞ?」

「ふん、個々の感情の違いを持ち出してそれを情けだと錯覚しないでください。貴方は、、貴方達は、我々にした事を考え直し、自身を見直さなくてはならないでしょう」


 ラミリスは普段よりも感情を僅かに出しながらそう声に強弱をつけ放つと、同時に腕を液状化しイオに伸ばした。


「っ」


 それから抜け出す様にして、イオはジェット機能で飛躍する。


「はぁ、ちょこまかと」


 それに息を吐くラミリスは、その伸ばした腕だったものを一度戻すと、続けて頭上のイオに放つ。


ークソッ、きついな。早くカエデのところに戻って、グレスの方をなんとかしなきゃいけないんだがー


 だが、そう簡単には抜け出せないと。ラミリスの攻撃の精密さとその形相を見据え察する。いくらガースが参戦していないとは言えども、以前はイオとイクト、カエデの皆で勝利した相手である。即ち、既にあの不意を突く方法も使用できない今、ここを抜け出す事は不可能に近いのだ。それを悟りながらも、イオは攻撃を放つ。


「サーチストライク」


 空中で体を広げ、ナノマシンにより強化された追尾弾をラミリスに撃ち込む。がしかし、液状化出来る相手には追尾しようともほぼ無力に近かった。爆破により体となっている液体を吹き飛ばそうとしたものの、それにも制御が効く様で、弾けた瞬間に空中でそれがくっつき、またもやイオに向かって伸びる。


「駄目かっ」


 ギリッと歯軋りしイオが零したのち、伸びたそれを左に避ける。だが、それは既に把握済みだった様で、イオの避けた先である空中で。

 足を液状化したそれに掴まれていた。


「なっ」


 そのまま引っ張られ、大きく振り回されたのち、地面に叩きつけられる。


「ぐはっ!」


 ぐったりと倒れるイオを、目を細め見つめるガースの隣で、ラミリスは向きを変え今度は体を液状化し地面を伝って向かう。それに気づいたイオは起き上がったのち、一度手を叩いて左右に開く。


「ナノテク、レーザーシールド」

「っ」


 イオが既のところで発動させたそれによって、身体に備え付けられていたナノマシンが分散し、そこから細いレーザーが幾つも網目状に放たれることによってシールドを作り上げる。そんな細密なレーザーには、流石の液体も対応出来ないのか、僅かに動きが止まる。その瞬間を狙い、イオは飛び上がると、両腕に仕込まれたナノマシンを剣の形に変形させて落下しながら向かう。


「ナノテク、サーベルストラッシュ」


 その二刀を交差させる様にして斬りつけたのち、それを避けるため液状化したのを確認し、続けて背中からナノマシンの塊を幾つか別離させ放つ。


「ナノテク分離、レーザー」

「まさか、ナノマシンを使える様になってーー」


 この行動に目を丸くするラミリスを他所に、ガースやイクトとの戦闘で学んだ方法。分散させたナノマシンからのレーザーと、自身の手に備えられた剣の同時攻撃で、液体に変化出来るラミリスの隙を作る。これならば隙を突いてあの時の様にナノマシンを液体の中に入り込ませる事が出来ると。そう考えたが、しかし。


「不器用な攻撃」

「なっ」


 ラミリスはそれだけを呟くと、液状化し空中へと逃げる。そうはさせないと、イオは飛行システムを起動させ、続けてナノマシンによるレーザーで追う。


「逃すかよっ」

「っ」


 イオは、伸び縮み出来るのはそちらだけの芸当ではないと。僅かに微笑みながら腕の剣を伸ばしてラミリスの肩に突き刺す。がしかし。


「少し勘違いをしてるようですね」


 その肩は液状化し剣を避け、続いて背後から放たれるレーザーを見据えたのち告げる。


「逃げられないのは貴方の方です」

「なっ!?まさかっ」


 瞬間、イオは理解する。その腕と繋がっている剣が、液状化された肩に飲み込まれており、抜き取れない事に。


 それによってーー


 ーーラミリスの背後から放たれたレーザーは、体を液状化させる事によって逃げる事の出来ないイオへと向かう。


「まずーーがはっ!」

「フッ」


 イオの腹を貫通したレーザーによって、彼は力無く回転しながら吹き飛ぶ。ラミリスに突き刺さっていた剣先を、切り離して。


「っと、思ったか!」

「っ!?」


 刹那、イオはそのまま回転したのち、肩から大量の追尾弾を放つ。そんな気を抜いた一瞬と、近距離であるがために、ラミリスは既のところで液状化し、それによって爆破し弾けた体を必死に再生しようとする。

 が、しかし。


「掛かったな。ナノマシン、分離」

「っ!まさかっ」


 そう、放ったミサイルは、ナノマシンで生成したものだったのだ。初めの追尾弾は、それを液状化で防ぐことが出来ると思わせるためのフェイクであり、本命はナノマシンで出来たミサイルをラミリスの体に撃ち込むことであった。

 故に、爆散した体を戻そうとした瞬間。撃ち込んだミサイルのナノマシンを個々として分散させ、先程切り離した剣の先。として使用していたナノマシンのそれぞれを、液状化したそれに対して対応させ、剥き出しになったそれぞれのコアを破壊したのだが、しかし。


「二度目は通用しませんよっ」

「っ!?」


 瞬間、ラミリスは弾けた体をそれぞれ動かし、ナノマシンの間をすり抜け、目の前で体を再生する。この様な正確な動き、それぞれのナノマシンの場所を完全に認識していなければ成し得ないものである。故に、イオは目を剥き続けて腕にナノマシンを集めブーストを放つ。


「私に貴方がナノマシンを使用出来るというところを先に見せてしまったのが誤りですねっ」

「クッ!?」


 が、対するラミリスは、またもや体を液状化しその一撃を通したのち、続けて放つレーザーの数々を避けて腕を伸ばし、イオの顔を取り込む。


「私は、危うく同じ過ちを犯すところでしたっ!」

「ぐがはっ!?」


 ラミリスの掛け声と共に、イオは掴まれたまま瓦礫や廃墟に激突しながら振り回され、そのまま叩きつけられる。


「がはっ!」

「どうですか。これが我々の痛みです」

「はぁ、、はぁ」

「貴方達戦闘員は我々から数多くのものを奪い去っていきました」

「...」


 ゆっくりとイオに近づきながら、ラミリスは感情に任せたそんな言葉を放つ。それを、イオは荒い息を零しながらもしっかりと見据える。


「一度我々を駆除したのですから、貴方も一度破壊されてください」


 その言葉に、イオは覚悟を決める様に深い息を一度吐き出す。と、それを見ていたガースもまた、何かを言いたげな表情で、一歩イオに近づいた。

 その、矢先。


「ああ」

「?」


 突如俯き微笑みながら放った頷きに、ラミリスは足を止め怪訝な顔をする。その表情を見据えるべくイオは顔を上げると、弱々しく苦笑を浮かべ続ける。


「俺は、、レプテリヤ、お前らが憎むべき相手、、人間だ」

「っ!」

「何、?」


 イオの一言に奥のガースは目を剥き、手前のラミリスは眉間に皺を寄せた。


「全部、、思い出した。...すまなかった。いくら俺も被害者とは言え、レプテリヤの大切な文化を一方的に破壊してしまった人間の一人だ。だから、、こうなるのも仕方がない」

「どういう事だ。まさか、戦闘員も、人間だというのか、?」


 イオの発言に、耳を疑いながらも聞き返すガースに、その通りだと頷く。


「ば、馬鹿な、」

「どういうことです?戦闘員は人工的に造られた機械生命体だと知らされていましたが、この戦闘員が嘘をついているだけの可能性も、」

「...」


 ガースが驚愕する中、ラミリスは首を傾げる。どうやら、今までの我々と同じ様に、レプテリヤ内でも人が戦闘員を造り出し、それを我々戦闘員が親と呼び守護していると認識されていたのだろう。それ故に、ラミリスはこの話について来れていない様子だった。だが、イオはそれを察したガースに向けて。真剣な面持ちで、ゆっくりと立ち上がり唇を噛んで頭を下げた。


「悪かった。...人間である俺らのせいだ。レプテリヤは何も悪くなかった。全ての事の発端は俺ら人間にある。だから、、それ相応の罰は受けるつもりだ」


 そんな謝罪を放ったのち、だから頼むと。イオは涙なんて出るはずのないその顔を、今にも泣き出しそうなくしゃくしゃな表情で懇願した。


「...頼む、、だからカエデには、手を出さないでくれ、、あいつは、誰よりも被害者で、、レプテリヤと、同じなんだ、」

「っ!」


 その表情で、ガースは何かを理解し目を剥く。そうか、そうだったのかと。


「...本当に、お前も人間なんだな」

「そうだ、、ラミリスやグレスを駆除しようとした事もそうだが、、それ以前に人である以上、俺は、レプテリヤに罰せられる必要がある」


 真剣に、ラミリスに対抗しようとしても既に術がないと悟り、イオはカエデだけを助ける選択を選ぶ。

 正直、それは気乗りしていなかった。彼女だけを残して、どうするのだろうか。イオがいなくなった事を知って、どうするだろうか。あの時僅かに聞こえた、カエデの放った名。それを思い出すと、酷く胸の奥が締め付けられた。それでも、もうこれしか無いのだ。

 もう、誰も失いたくは無かったから。


「それが本当だとして、何故それを自身から公言するのです?それに、その事実に本当に罪の意識を感じているのであれば、初めからそう言えば良かったでしょう」

「...すまなかった、、俺は、わがままだから。...それを思い出した後でも、望んでしまった。カエデと、一緒に居続ける未来を」


 遠い目をして呟くイオに、ラミリスは心底呆れた様子でため息を漏らす。


「はぁ、、わがままという言葉で片付けないでください。...本当、人という生き物はいつでも傲慢で。吐き気がする」

「そう、、だ」

「「?」」


 ラミリスの吐き捨てられたそれに、イオは小さく呟く。


「俺らは、、俺ら人間は、強欲で傲慢で、どうしようもない生き物だ。大切なものを望んで、時には自分勝手になって。その幸せを、掴みたいと願う。人によってその大切の形は違う。それでも、、それのために悪者になるのも、また人間の良いところだ」

「っ」

「...ふざけないでください、」

「え、」


 イオの必死の言葉に、ガースはハッと目を見開いたものの、対するラミリスは震えながらに声を低くした。


「こちらの気も知らず、、それが良いところ!?ふざけるのも大概にしてください。あなた方がレプテリヤによって多くの戦闘員を失くした様に、こちらも数えきれない程のレプテリヤが亡くなりました。それをっ、自分達の勝手な都合で、、それを正当化するための免罪符として、綺麗事の様に語るのはっ、やめてください!」

「っ」


 ラミリスの、初めて見せた本気の怒りに、イオは動揺し目を逸らしたのち。


「す、すまない、」


 そんな、何にもならない謝罪を呟いた。だが、そんなラミリスを手で押さえ、ガースがイオの前に現れる。


「ガ、、ガース様、」

「...お前の大切は、、あいつか」


 ガースの短い質問に、イオは強く頷き口を開く。


「ああ。カエデを取り戻すためなら、破壊されても構わない。...だから、、カエデを、カエデだけは、、助けてやってくれ、、頼む、」

「...」


 情けなく地に手を着き、頭を下げるイオを見下す様にしながらガースはしばらく目を細め彼を見据える。自分だったらどうだろうかと。


ー俺も、、こうしていただろう、、いや、もっと前に、こうしておけば良かったのかもしれないなー


 ガースは振り返り自身を悔やむ。ずっとカエデを大切に想って守っており、こうして最後の手段として惨めに頭を下げる選択をしたイオ。それと比べて、最後までちゃんと向き合いきれなかったと。


「...フレア、」

「ガ、、ガース様、?」

「はぁ、、こいつの相手をするのはやめだ」

「っ!」

「なっ!?どういう事ですか!?ガース様っ!」


 一度自分にとっての大切を呟いたのち、ガースは踵を返し息を吐く。それに驚愕の色を見せるイオとラミリスは、互いにガースを追った。


「な、何故っ、、こいつは、我々の平穏な暮らしを破壊した、人間なんですよ!?」

「...だが、こいつも被害者なんだろ?」

「...」


 ラミリスの言葉に、ガースはイオに振り返って小さく返す。と、それぞれイオは目を見開き、ラミリスは険しい表情を浮かべた。


「ですがっ」

「思い出した。...その反応、嘘では無さそうだ。今までと、なんだか様子が違う。...ラミリスも思っただろ?以前とは、どこか様子が違うって」

「...」


 確かに、ラミリスの時は特に戦闘員としての使命を全うしていた。また、先程の短い戦闘の中でも分かる通り、どこか粗が多く見受けられた。

 それは、以前のイオには見られなかったものだ。戦闘員としての機能を全て活用し、無駄のない動き。それが、人工的に造られた存在。戦闘員の動きである。それなのにも関わらず、今回の彼はーー


 ーーまるで、生き物の様だった。


 感情に任せた強い一撃、戦闘の中で放つ自分自身の強い想いの数々。それを見て、ラミリスを含めたレプテリヤは、察していた。


「恐らく、今まではその情報を意図的に消されていたんだろう。それがあると、色々と厄介だろうからな。今の様に」


 ガースは先程まで頭を下げていたイオを見据え、そう呟くと、続けて彼に向かって歩みを進めた。


「だからお前は俺の怒りの対象にも、復讐の対象にもならない。お前への怒りは、、前に全部放ったからな」


 僅かに口元を綻ばせるガースに、イオはあの時受けた場所である頰を触り、苦笑を浮かべ返した。


「それと、まずはカタストロフィーの回収が先だ。確かにこいつを破壊して構わないと言ったが、時間がないのも事実だ。...それに」

「それに、?」


 ガースがそこまでをラミリスに向けて言うと、そのままイオを下から上まで見つめ間を開け続ける。


「こいつにも、カタストロフィーの回収を手伝ってもらう事は可能だ」

「「!?」」


 ガースのその予想外の言葉に、イオとラミリスは目を剥き動揺を見せる。


「な、何故ですか!?こいつはっ、我々を脅かした、人間なんですよ!?分かりましたっ、時間がないとあれば、直ぐにでもこいつを破壊します。ですからっ」

「...時にお前、人間とは傲慢で強欲な存在だと言ったな」


 ラミリスが懸命に話すと、ガースは一度悩む様にくうに視線を泳がせたのち、イオの目をしっかりと見据えてそう問うた。それに、イオは無言で首を縦に振ると、続けてガースは疑問を投げかけた。


「なら、お前はどんな生き物だ?人間とは、レプテリヤの様に皆それぞれ違う特徴を持っていると聞く」

「...俺は、、俺を、一言で言うなら、」


 ガースの問いかけに、イオは悩む仕草をしながらぼやく様に呟くと、何か思いついたのか、目の色を変えて、それぞれガースとラミリスに視線を移動させながら口を開く。


「馬鹿だ」

「何、?」

「フッ、本当に、愚かな種族だ」


 イオの答えに、ガースは首を傾げ、ラミリスは嘲笑する。そんな様子を前に、イオはそのまま続ける。


「そうだ。俺も、お前達の星に攻め入った、愚かで自分勝手な人間という生き物の一人だ」


 ラミリスの発言に返す様にそう前置きしたのち、イオはニッと。まるでそれが誇りであるかの様に微笑み、そう宣言した。


「そして、守るもののために強くなり、守るものによって、弱くなる。そんな、馬鹿で、たまに過ちを犯してしまう生き物が、俺だ」


 強く放った、人間が。イオが、自身が。馬鹿であると結論づけた理由。それを耳にした一同は、一度何を言っているのか分からないといった表情を浮かべたが、それを聞き入れ納得したガースは、少しの間ののち小さく微笑んだ。


「...フッ、なんだ。俺らと変わらないな」

「「っ」」


 その返答に、イオとラミリスは目を見開く。お互い、違う意味合いで。


「なっ、何を言ってるんですかガース様っ!そんなっ、そんな事を言っては、まるで」

「そうだ。俺らも人間も、根幹は変わらないのかもしれない。我々だって、過ちを犯す。この星の言語取得すらせずに話し合いのためソナーを送ったのも、俺らだしな」

「そ、それはっ、人類の方から我々に言語を合わせるべきです!人間は皆身勝手で、最悪の生き物ですよ!」


 ラミリスが拳を握りしめて放つ光景を前に、イオは目を逸らす。ラミリスもまた、何か大切なものを奪われたのだろうか。我々、人類に。それを思うと、機械仕掛けの体に残る、人の部分が締め付けられた。と、それにガースは浅く息を吐き、首を振った。


「いや、だが人間を許したわけではない。ただ、この被害者である人間と、どこか自分自身を重ねてしまっただけだ」

「人間に、ですか、?...ですが、やはり私には到底理解する事は出来ません」


 だからここで排除した方が良いでしょうと。そう言うように腕を液状化させてイオに向き直る。その行動に、一度イオは肩を震わせたものの、それを止める様にしてガースが割って入る。


「いや、理解とはまた違う。同じ被害者である彼には、利用価値があると言ってるんだ。...だから、我々の目標達成のために来てくれ。カエデと、共にな」

「っ!」

「なっ、何を考えていらっしゃるのです!?」


 イオは、ガースのその答えに表情を明るくさせて前へ踏み出した。それにラミリスは声を荒げたものの、ガースはイオの目の奥にしか、目をやっていなかった。そんな様子にイオは「いいのか」と、そう確認を口にしかけたが、言葉を噛み締め抑え、ただ、彼は。


「ありがとう」


 そんな感謝だけを、返した。


          ☆


 あれから数分かけ、カエデとグレスが移動した先へと一行は足を進めた。その間、ラミリスに納得してもらうため、ガースは説得を続けた。


「だからこそ、こいつにも手伝ってもらう義務があり、利用価値がある。...な?そう言うと、その意味もわかるだろ?」

「...確かに、、効率的且つ当然の義務です。ですが、、やはり、たとえそれが利用であると、我々も本人も分かっていたとしても、、共闘するだなんて、そんなの、受け入れられません」


 こうして何度も交渉をする中でさえ、ラミリスは首を横に振った。その度に、イオは表情を曇らせ目を逸らし、我々人類がレプテリヤにとってどれ程まで恨まれていたかを思い知らされた。すると、ガースはそれを耳にし息を大きく吐いた。

 それは、呆れでも諦めでも無く、その表情は優しいものだった。


「...分かった。それでいい」

「え、?」

「いくら命令だと言えども我々を苦しめてきた人類と共に行動するのが嫌なんだろ?」

「...」


 ガースの問いに、ラミリスはただ目を逸らし口を噤んだ。その反応を頷きだと捉えたガースはその優しい表情のまま、視線はあくまで行き先を見つめ口を開いた。


「それでいい。それが、効率や目的だけで無く、個人の思いで過ちを犯してしまう我々。人類に似た、レプテリヤの意思だ」

「っ」


 先程と同様の返しを自身と重ねられ、ラミリスが唇を噛んで悔しさを見せる中、その隣で。


「っ!カエデッ!」


 イオが彼女を見つけ声を上げる。と、そこには。


「ンエ?ああ、そっちも終わったかぁ?」

「っ」


 グレスによって傷だらけになったカエデの姿があった。


「お前っ!?」

「ン?オイ?なんかそいつ元気そうじゃねか?ちゃんとぶっ壊して来てねぇじゃんかよ」


 腕や腹、足から血が噴き出すカエデを目にし、イオは前のめりになって声を荒げるものの、ラミリスに押さえられ、代わりにガースが口を開く。


「作戦を変えたんだ。とりあえず、カタストロフィの回収を急ぐ」

「ンア?じゃあ遊んでる時間ねぇって事か、、なら、こいつさっさと消すか」

「やめろっ!」


 グレスの切り替えに、イオが身を乗り出すがしかし、またもやラミリスの液状化によって捕まり、同じくガースが代弁する。


「いや、カタストロフィの回収に、こいつらも同行する事になった」

「ハァ!?それは何でだっ!」

「ただの、気まぐれだよ」


 ガースが声を荒げるグレスにそう返すと、カエデの元まで進み、目の前でしゃがんで彼女を見据える。


「...傷は表面上だな。治らない傷じゃない」

「はぁ、、はぁっ、わ、私を、、許して、くれ、るの、?」

「っ」


 傷の状態を確認した直後、カエデが掠れた声で顔を上げ、ガースを見据え訊く。その姿が、まるでフレアの様で。その痛ましい姿に、苦しくなって。思わずガースは立ち上がり踵を返した。


「許したわけじゃ無い。ただ、優先順位があるだけだ」

「あり、、がと、」


 背を向け放った返答に、カエデは弱々しく感謝を告げると、ラミリスから逃れたイオが駆け寄る。


「カエデッ!?カエデッ、、大丈夫か!?」

「う、、うん、大丈夫、、イ、イオは、、平気、?」

「ああ、俺は大丈夫だ。俺の事は気にするな。あまり話すと危険だ」


 イオがカエデの生暖かい血を触り、焦りを見せながら声を上げると、続けてガースに振り返る。


「おいっ!何か回復するものは無いのか!?」

「...無いな」

「チッ、、ふざけ、」

「そいつ、、やはり人間なんだろ?」

「「っ」」


 イオが歯嚙みする中、告げられたそれに、先程の話を聞いていないカエデもまた驚愕を露わにした。


「なら、我々はレプテリヤだ。人間に効くものなど持ち合わせていない。お前こそどうなんだ?」

「...俺が、、持ってると思うか、?」


 続けて放った答えと問いに、イオは拳を握りしめて返す。人であったものの、今は戦闘員である。戦闘員ならばいくらでも修理は可能であり、ナノマシンなどの最先端技術があれば修復は容易いだろう。だが、細胞で構成された生き物であるならば話は別である。ナノマシンを入れて、医療に役立てる事はあっても、魔法の様に傷が治るわけでは無いのだ。

 その事実に、なんて無力なのだろうかと。イオは自己嫌悪に陥る。その光景を哀れだと言う様にラミリスは見つめたのち、ガースに向き直って目つきを変える。


「貴方の意思は分かりました。でも、やはり私はこれとは協力出来ません」

「アア、おれぇもそうだぜ。いくらなんでも、けつだんが勝手すぎはしねーか?」


 責められたガースは、お互いの顔を見据えそれもそうだと。答えを渋りながら視線を泳がせた。

 が、その瞬間の事だった。


「「「「「っ!?」」」」」


 何かが墜落した様な。遠くであるのにも関わらず、耳を塞ぎたくなる様な轟音と振動が一同を遅い、皆が目の色を変えて顔を上げる。


「な、なんだ、今の、」

「北東の方からですね」

「まさか、、遅かったって言うのか、?」


 イオとグレス、カエデが目を剥く中、ラミリスが冷静にそれの発信源を特定する。と、その現実に何かを察し手を震わすガースに続いて、イオが立ち上がり北東という言葉に眉をピクリと動かす。


「ま、まさか、カサブランカ、」

「カサブランカ?」

「ああ、俺らの本部だ。もし予想が正しければ、本部に何かあったって事になるが、」


 イオはそこまで呟くと、顎に手をやり思考を巡らす。カサブランカからの轟音だったとするならば、一体原因は何か、と。本部は常に危険と隣り合わせである事は承知している。だがしかし、レプテリヤの最高権力者がここに居る以上、何かレプテリヤ内で派閥争いが起こった事以外、本部が危険に晒される事はまず無いだろうと。それを思ったと同時、イオは思い出す。


「っ!」

「...どうした?」


 その、見るからに焦りを感じている様子のイオに、ガースは異変を感じ問う。すると、イオはゆっくりと、震えながらガースに顔を向け恐る恐る口にした。


「確か、、そのカタストロフィってのは、別名ミツマタだって、言ったな?」

「ああ、そうだが」

「そうか、あれが、、なら、相当マズいぞ」


 神妙な面持ちで話す中、ガースは目つきを変えて詰め寄る。


「もしかして、知っていたのか?」

「お、思い出したんだ、」

「ふざけるな。ずっと聞いていただろ!?何故知らないなんてそんな嘘をーー」

「だから、忘れてたんだ。別に嘘を言っていたわけじゃ無い」


 憤りを見せるガースに、イオもまた反論を口にする。その光景に、一同もまた苛立ちを覚えると、その中でカエデが弱々しく口を開く。


「イ、、イオ、」

「っ!カエデッ、大丈夫か!?」

「う、うん、、それよりっ、その、ミツマタっていうのが、、どうしたの、?」


 それよりもマズいと言うならば話を進めなくては問題だろうと。カエデは傷だらけになりながらも最善の選択をする。それに、今は頭を冷やすべきだと理解したガースもまた、続けてイオに問うた。


「はぁ、、それもそうだ、そのミツマタについて、何を思い出した?」

「...本部に、、その、カサブランカの地下に保管されてるんだ。その、ミツマタってやつが、」

「「何っ!?」」

「...やはりか、」


 イオの答えに、ラミリスとグレスはそれぞれ声を上げたものの、ガースは目を逸らし頷く。対するカエデは、声こそ出してはいなかったものの、同じく驚いている様子だった。それに、イオは一度彼女の方へと視線を向けたのち、ガースに向かって続ける。


「やはり、、って事は、知ってたのか、」

「ああ、明らかに防衛が過度だ。なんとなく分かる。そこに侵入しようと何度かしたんだが、侵入を拒む脅威のシステムと、戦闘員の大群に押された。...だからこうしてレプテリヤ総出で向かっていたところだ」


 問いに返すガースのそれに、ここにやって来た理由を知ったイオはなるほどと頷き、そう続けた。


「恐らく、ガース達が心配してるのは、あれの孵化、だろ?」

「...ああ。そうだが」


 イオが続けて目を細め放った言葉に、ガースは眉間に皺を寄せ怪訝な表情を浮かべる。


「...おい。その言い方、まるで、それを実際に見た事ある様な言い方だな」

「ああ、そうだ。見た事が、ある」

「何っ!?それなのに忘れただの言っていたのか!?あれを見て、そう簡単に忘れるはずが無いだろ!?」


 イオの答えに、ガースは怒りを露わにして肩を掴む。見たことがある。更には、それが孵化してしまうという点も理解している。それなのにも関わらず、イオはずっとそれを知らないフリをしてきたのだ。ガースはそれが腹立たしくて、憎らしくて。何より、騙された気がした。


ーこれが、、人間ってやつなのか?ー


 肩を握る力を強めて歯嚙みする。やはり、人間は我々を軽視しているのだろう。我々はお互い、相容れる存在では無いのだと。改めて感じ始めた、その時。イオは目を逸らしながらも頭を下げる。


「悪かった、、その時はNo.10では無く、No.1だったんだ。その時の記憶は一度リセットされていて、思い出せなかった。それは嘘では無いと信じ、、いや、無理に信じてくれなくても良い。だから、まずはそのミツマタを止めなければ。話は、その後だ。もう、時間がないんだろ?」

「クッ、」


 頭を下げた筈が、何故か仕切り直し声を上げる姿に、ガースは歯軋りすると、それに乗っかりラミリスが提案を口にした。


「やはり、このもの達とは共闘など出来ません。カタストロフィの優先は構いませんが、共闘の話は無しにした方が良いかと、」


 このものとの共闘は止めるべきだと。今の様子を見てラミリスが判断する中、ガースは息を吐いたのち、吐き捨てる様にしてそう付け足した。


「...とは言え、先程も言ったがその本部のシステムが頑丈で中には入れなかった。いくら大群を連れても、対応出来るのはせいぜい戦闘員の排除程度だ。...だから、既にカタストロフィが動き始めた今、なるべくその本部に入り込める戦闘員が居た方が早急に対応できるだろう」


 普段冷静なガースが焦りを見せ始める事で、そのカタストロフィと呼ばれるものがどれ程凶悪なものがを本能で察する。それに、だがと。イオはバツが悪そうに視線を逸らし割って入る。


「その、、悪いが、俺は親に反発して戦闘員を抜け出して来たんだ。...恐らく、もう既にカサブランカに入る事は厳しい」

「「はっ!?」」


 イオの衝撃の一言に、渋々頷きかけていたラミリスとガースが目を剥き声を上げる。


「おい!?ふざけるな!だったらお前の必要性が無いだろ!」

「仕方ないだろ!こっちも必死だったんだ」


 怒りに声を上げるガースと同様、イオもまた歯嚙みして返す。そんな言い合いの中、ゆっくりと立ち上がりーー


「イオは、通れるよ」

「っ!」「何、?」


 ーー突如カエデが、力強い目つきで放つ。


「どういう事だ?」

「イオなら、絶対に本部のシステムを突破出来る。...そして、私も」


 怪訝に思い、ガースが近づくと、続けてカエデが強く返す。それはまるで、確信があるかの様に。


「何か、策でもあるのか?」


 だから一緒に連れて行ってくれ。そんな表情をするカエデに、ガースは目を細め疑いの目を向ける。がしかし、彼女の意思は変わらない様で、真剣な面持ちのまま、強く頷き返した。と、それにやれやれとため息を零すと、ガースは踵を返しラミリスの肩に手をやる。


「やってやってくれ」

「...なっ、、クッ、、はぁ、分かりました、」

「な、何をするつもりだ!?」


 ガースの言葉と同時に、ラミリスは腑に落ちない表情をしながらも気怠げにカエデに近づく。それに対する彼女もまたビクッと体を震わせると、イオが声を上げ割って入る。がしかし。


「別に何もしませんよ。ただ助けるだけです」

「え、?ただ助けるだけって、」


 イオが意味が分からずそのまま返す中、ラミリスは腕を液状化させたのち、それを切り離してカエデの傷口にポンポンと手際良く接着していく。


「なっ!?何をしてっ」

「イオ、、これ、なんか凄いよ!?」

「え、?」


 カエデが攻撃を受けてると感じ、身を乗り出すイオだったが、それを止める様にして彼女自身が口にする。


「別に痛くない、、っていうか、さっきまで痛かったのが、、ちょっと和らいでる、、っていうか、」

「な、何を、したんだ、?」

「簡単な事ですよ。液状化したものを傷口の表面に与え、空気や細菌、物がそこに当たらない様にガードしているだけです」


 目を疑うイオに、隣からラミリスが割って入り、それの説明を淡々と行う。その説明の中にもやはり、渋々行っているという表情と声音が見て取れた。と、そんな一同には目もやらずに、カエデは驚きと感動のまま立ち上がった。


「凄いっ!凄いよイオ!なんか、超次元絆創膏って感じ!?」

「...はぁ、また新出単語を作るな」


 一人で盛り上がるカエデに、息を吐きながらツッコむイオ。それに、カエデは一度目を丸くしたものの、直ぐにイオが仕切り直す。


「それよりも、ラミリス。ありがとう、本当に、助かった」

「お前の感謝など要らないのですが」


 僅かに砕けた物言いとなったラミリスにイオが苦笑を浮かべたのち、カエデを突如背負う。


「へっ!?な、何っ!?」

「そうと決まれば、急いで本部へ向かうぞ。時間がないからなっ!」


 真剣な表情で促したのち、イオはジェットシステムを起動し飛び上がる。その姿を、レプテリヤ一同は憤りを含めた表情で見据える中、ガースは目を細める。


ーやはり、どこか以前とは違う感覚だー


 だが、それもどこか悪くは無いと。ガースは怒りを通り越したため息を吐くと、皆に向き直って口を開いた。


「俺達も行くぞ。とりあえず、奴らと目的は同じだからな」


 まるでそれが仕方ないという促しの如く、ガースもまた触角を出して飛び上がった。


「はぁ、協力は今現在だけですよ」

「なっ、お、おいっ!ちょっとマテェよ!」


 それに続いて、ラミリスとグレスが互いに飛び立ち、その後をレプテリヤの群勢が追いかけた。イオを、先頭にして。


ーこいつ、、速度が桁違いだ。...まだ、こんな力が残ってたのか、?ー


 本気の速度を超える勢いで先頭を独占するイオを見据え、ガースが胸中で思う。そんな中、カエデは頭を押さえ掠れた声で呟いた。


「イ、、イオ、、も、もうちょっと、低く、、して、、高いところ、思い出しちゃう、から」

「あ、ああっ!悪い、、って、思い出すって、?」


 カエデの零した言葉に、イオが耳を傾け眉を顰めると、その矢先。


「っ!な、何っ!?」

「へ、、何、あれ、」


 前方に、巨大な生き物が蠢く姿が薄らと現れる。


「クソッ、間に合わなかったか、」

「まさか、あれがカタストロフィなのか?」


 歯嚙みして口にするガースに、イオは慌てて振り返り返す。と、それにガースが無言で頷くと、イオもまた拳を握りしめそれに目をやる。


「あんなの、、大型でも特大級でも無い。あれは、そんな比じゃない、、特大の更に上、未知数の階級だ」


 まだカサブランカまでは数キロ程あるというのにも関わらず、それはまるで目の前に居るかの様に目に映る。その恐怖と、燃料の消費を抑えるべく一度地に足を着くと、続けてやって来たラミリスとグレスもまた怪訝な表情を浮かべる。


「あれが、、カタストロフィ、」


 それを思わず口から零したのち、ラミリスはハッとしカエデにジト目を向ける。


「では、あなた方に協力をお願いする必要がなくなりましたね。私の治癒液を返してください」

「えっ、えぇっ!?少しくらい良いじゃん!ケチッ」


 カエデとラミリスがそんなやり取りをする中、イオとガースは顔を合わせ目つきを変えると、頷き振り返る。


「悪いが、カエデはここに残っていてくれ」

「えっ!?な、なんで、?」

「ラミリスとグレスもだ」

「なっ!?」「グェ!?」


 イオとガースが放ったそれぞれの要望に、皆が声を上げる中、ガースは続けて告げた。


「恐らく、他のレプテリヤはあれを見て近づこうとはしないだろう。そうなった今、戦えるのは我々だけになる」

「な、ならばっ、余計にっ」

「勝てると思うか?俺らだけで」

「「え、」」


 ガースの現実的な返しに、ラミリスとグレスは絶望を見せる。それに続けてガースは「だからこそ、一度星に戻ってそれを報告して来て欲しい」とだけを返すと、そのまま飛び出した。そんなガースの背中を見据え、絶望を感じながら、緩まった口元からラミリスは声を漏らした。


「そんなの、まるで全滅する前提の話ではありませんか、」


 一方、その事実に膝をつくレプテリヤ一同の隣でカエデに近づき優しく微笑むイオは、覚悟を決めそう告げた。


「ごめんな。でも、もう、誰も失いたく無いんだ」

「そっ、そんなのっ!私もそうだよっ!イオをっ、、一番失いたく無い人をっ、私は何も出来ないまま失いたく無いよっ!」


 涙を浮かべ声を上げるカエデに、イオは浅い息を吐くと、ガースとは対照的に自信ありげに笑ってみせた。


「何言ってるんだ。まるで、俺が駆除に失敗する様な言い方だな」

「だ、、だって、」

「いいか?俺は、、俺の使命は、レプテリヤの駆除でありっ」


 イオはそこまで放ったのち、振り返ってカタストロフィに照準を合わせると、"カエデ"との記憶と、"楓"との記憶を思い返し、目を開いて、そして手袋を弾いた。


「大切なものを守るために、戦うのがっ、戦闘員だっ!」


 それだけを残すと、イオは飛び上がる。


「イオッ!イオォッ!待ってっ!待ってよっ!やだっ、、やだよっ!私もっ、私も行くっ!何も出来なくてもっ、頑張るからっ!私に出来ること、精一杯やるからっ!私だって、、私だって大切なものくらいっ!守りたいよ!」


 カエデの叫びに耳を塞ぎながら、イオは歯嚙みしてガースの元にまで到達する。


「良いのか?お互いが納得する様、もう少し説得した方が良かったんじゃ無いか?」

「...いや、、いい。時間がないし、それにきっと、お互いが納得出来る選択肢なんて存在しないよ」


 ガースの問いに、イオが表情を曇らせ呟くと、続けて真剣な眼差しを向け付け足した。


「...こうやって大切なものを守るために、大切なものを傷つけてしまうのも、人間って奴なんだよ」


 真剣だが、どこか遠い目をして返すイオに、ガースはふと、フレアとの記憶が思い起こされる。自身も必死だったのだ、親を引き継いで、妹を守ろうと。かけがえのない唯一の家族を。代わりに守っていこうと。そう思っていたのだ。それなのにも関わらず、あれからというもの、思い出すフレアの表情はいつも雨雲がかかっていた。


ーそれなのに、、守れすら、しなかったなー


 ガースがグッと拳を握りしめ感情を抑える様に噛み締めると、一度息を吐いてイオに小さく返した。


「俺と、同じだな」

「っ」


 その一言に、イオは思いを感じ取り目を剥いたのち視線を逸らすと、ガースが改めて口を開く。


「だが、まだお前はなんとかなる。全力で、今度こそ、守るぞ」

「っ!...ああ!勿論だ」


 恐らく、その守るという言葉には、カエデだけでは無く、レプテリヤの大群、ラミリスやグレスも含まれていただろう。そこに親達が含まれているかは不明だが、イオは迷うことなく強く頷いた。と同時に、ガースとイオは更に加速しカタストロフィを囲む様にして近づく。と。


「さっきから思っていたが、イオ、お前前より速度が上がったか?」

「フッ、守る対象が親から大切なものに変わっただけの話だ」


 ガースが先程から感じていたそれを投げかけると、イオは力強くそれだけを告げる。と、それに「そうか」と微笑みながら返すガースに、今度はイオが疑問を口にする。


「それよりも、さっきこいつをレプテリヤは怖がっている様な事を言ってたが、こちらではミツマタ。そっちがカタストロフィと呼ぶこいつは、レプテリヤ内で祭り上げ、拝んでいたんじゃ無いのか?」

「何?お前らにはそう捉えられているのか?」

「ち、違うのか、?」


 カタストロフィに到達した一同は、イオが分析システムを起動し、ガースが構造を確認する最中、そんな短い対話を行った。


「違うも何も、その逆だ。これは脅威であり、凶悪であるが故に封印されていたものだ」

「なっ、何っ!?」

「当たり前だ。奉っていたものなら、ここまで焦りはしない。...いや、だがそれはそれで信者が暴走し始めるか、」


 ガースがぶつぶつと呟く中、イオは焦りを見せる。


「そ、それはっ、どうやって封印してたんだ?それをすれば、こいつをーー」

「駄目だ。それは母星でしか行えないものだ。少なくとも、この巨体を母星に連れ戻す事は出来ない上に、この凶暴さだ。不可能に近いだろう」


 全身から触角を生やしてはカサブランカを破壊し、暴れながら蹴り上げる度に、地が割れ巨大な地震が起きた。それを見据え、これでは運ぶのは不可能だとイオもまた理解し、頭を押さえた。


「このままじゃ地球がもたないぞ、、これじゃあ、カエデを置いて来た意味が、」

「ちなみに、人間はどうやってこいつを封印してきた?発現を今日まで抑えられたのには理由がある筈だ」

「あ、ああ。確か、、女性の体を与え、、っ!」

「どうした?」


 イオはそれを話しかけて硬直する。あのレポートには健康な女性の体を捕食させる事で成長を遅らせられると記されていた。即ち、もしこれを口にしたら、ここに残る女体は。


「いや、、な、なんでも、」

「...まさか、女性を与える事で弱くなるのか?」

「っ!」


 誤魔化そうとしたのも束の間、ガースは僅かに聞こえたそれを汲み取り、そう切り出す。それに分かりやすく動揺すると、ガースは息を吐く。


「ああ、それで、、カエデを使われると思ったんだろ?」

「っ!あ、ああ、、そう、だ、」


 バツが悪そうに目を逸らすイオに、ガースは息を吐いて告げた。


「なるほど。だが、その心配は無い。恐らく女体一体では何も変わらないだろう。人間の女体しか通用しないならば、カエデしか居ないだろうし尚更だ」

「な、なら、どうするんだ?」


 ホッと安堵しながらもカタストロフィへの対策に不安の色を見せるイオに、対するガースはニヤリと笑い返した。


「今日は俺も戦闘員になるしか無さそうって事だ」

「っ!」


 即ち、共にカタストロフィを駆除しようと。そんな促しであった。それを理解したイオもまた微笑み頷くと、カタストロフィに更に近づき戦闘体勢へと入った。


「カタストロフィ。こいつは特大型。ランクは未知数。特性も、獣の見た目に蟲特有の触角。もしかするとヒト型に見られる特殊能力も備わっている可能性もあり、知能も未知数。ただ言えるのは、こいつは捕食型で、捕食したものによっては強化し進化する可能性もある」

「お前らはそういう名称で呼んでいるのか、、面白いな。だが、言いたい事は理解した。なら、取り込まれない事に注意して、奴の特性を知るためにも、まずは小さな攻撃を与え続けるぞ」

「了解」


 イオの分析した的確な解説に、ガースの的確な判断を上乗せした作戦でカタストロフィを挟み撃ちにする形で攻め込む。と、そんな中、イオは先程の説明をする中で何かを察する。この、特徴が混ざっているこの感じ。見た事がある。そう、この特徴。もち太郎と同じものだと。


「サーチブレイクッ」


 イオは、そう思いながらも大回りしながらカタストロフィに追尾小型ミサイルを撃ちつけ、ガースは六本の触角で表面に傷を付ける。が、しかし。


「ギュゴォォォォォォッ!」

「「!」」


 どうやらそれにとってはくすぐったい程度のものの様で、それによって大きく上げた足がイオとガースに僅かに掠る。


「クッ、あっ!」


 それだけで地面に直撃したものの、受け身を取りながら滑る様にして距離を取ると、イオは飛行して更に距離を取った。


「なんだよ、、今の、こんなの、まともに喰らったらひとたまりもないぞ」

「やはり効いていない様子だったな。もう少し大きい一撃なら、もしかすると可能性があるかもしれないが」


 イオの呟きに、同じく触角で受け身を取り、飛躍して距離を取ったガースが悔しげに返す。と。


「なら、俺のジェットストライカーで、」

「やめておけ」

「な、何故だ、?」


 遮る様にして放ったガースに、イオは眉を顰める。


「カタストロフィの底を知らない今、下手に本気の一撃を放つのは良くない。ただこちら側が体力を消耗するだけの結果にもなり得る」

「クッ、ならどうすれば」


 正確な考察をするガースに、イオが歯嚙みすると、目の前に触角が現れ、互いに慌てて飛躍する。


「まずは攻撃に当たらないようにする事だけを考えろ。時期に何か特徴や弱点が分かるかもしれない」

「だが、時間が無いんじゃないのか?」

「ああ、だから」


 イオの問いに、ガースが短く返した瞬間、向かって来た触角に自身の触角を突き刺し、そのまま本体へと向かった。


「ギャイィィィィィォォッ!」

「俺が攻める役を担当する」


 ガースはそう放つと、更に触角を背から生やし、直接カタストロフィに突き刺し攻撃する。


「ガースッ、お前っ」

「グゥ!」

「っ」


 その一撃に反応し、カタストロフィが後ろ足を振り上げ蹴るがしかし、ガースは更にその後ろ足に飛び乗り、それを駆け上がってカタストロフィの目に触角を突き刺す。


「グギャイィィィィィィィィ!」

「っ!」

「いくら異次元レベルの存在であろうとも同じレプテリヤだ。どんな生き物でも目はどうしようもないだろ」


 叫びを上げるカタストロフィに、イオは目を見開き可能性を信じる。が、その直後。


「何っ!?」


 ガースの突き刺した目の周りから、無数の目が開眼し見つめる。それに冷や汗混じりに動揺を見せた、その矢先。


「ごふあっ!」

「ガースッ!?」


 最初に突き刺した目の上部から突如触角が生え、それに打ち付けられたガースは口から空気を吐き大きく吹き飛ばされる。


「大丈夫か!?」


 それをイオが空中で受け止めると、互いに顔を合わせる。


「想像以上だ。何をしてくるか分からないな」

「なら、俺が遠距離でカタストロフィの意識を分散させる。挟み撃ちにしてガースが接近、俺が遠距離で攻めるぞ」

「何?」


 イオがそれを告げたのち飛び上がると、それを見据えガースが怪訝に零す。


「ああ。想像以上なんだろ?だったら、協力しないとマズいだろ。お前が先にダウンしたら、俺だけでなんとか出来る相手じゃないからな!」


 力強く放つと共に体から無数のミサイルを出すイオを見据え、その答えに一度フッとガースは微笑み同じく反対方向へ飛び出す。

 と、正面を浮遊しながら放たれるミサイルに被せて、背後からガースは急所となる場所を探す。


「ガグゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

「おい!イオ、お前、分析でコアの場所を把握出来るんじゃないのか?」

「悪いが、こいつのコアの場所は分からない。恐らく、強化体だからだろう。俺がもう少しアップグレードされてれば違かったかもしれないが」


 あくまでアップグレードされたのは戦闘の部分だけである。故に、分析システムまでは改善されておらず、No.10という初期型にはどうしても分析しきれない部分があるのだ。


「クソッ、出鱈目にやっても見つかりそうな気がしないが、」


 カタストロフィの周りを回転する様にして浮遊しながら攻撃を続けるイオが答えると、ガースは歯嚙みして目を逸らす。いくらガースの触角を連続で当てようとも、傷が出来ているのは表面である皮部分のみ。これ程の巨大である。強大な一撃を放ったところで、コアにまで到達するとは到底思えない。

 そうは思いながらも、作戦を立てるべく表面を斬り刻み続けるガースが、無数の触角を一つにまとめて大きな一撃を突き刺す。


「くおらぁぁぁっ!」

「インッ!パクトオォ!」

「ギィィィィィィィィィィ!」


 それと同時にイオもまたインパクトを放ち、故にカタストロフィが咆哮を上げると、瞬間。


「っ!マズいっ、がふぁっ!?」


 イオに向かって後ろ足が迫り、それを直接ーー


 ーー全身で受ける。


「イオッ!なっ、がはっ!」


 それにより今までとは比にならない速度で吹き飛ぶイオを追おうとガースが飛び出したがしかし。今度はガースにカタストロフィの巨大な触角が向かい、イオと同じく全身で受ける。


「ぐごはっ!」


 そのためイオと同じく大きく吹き飛ばされたガース。だったが、地に激突するより前に空中でもう一本の触角に捕まれ、更に強い力で真下に叩きつけられる。


「がふぁっ!?」


 一瞬。その瞬間と前後の記憶が吹き飛ぶ程の衝撃と、再生が僅かに間に合わない程の激痛が襲う。そんなガースの叩きつけられた地面は破れ、半径五十メートルにも広がったがしかし。対するイオはーー


「ぐぼあっ!?」


 ーー触角の倍以上はある後ろ足での攻撃により、地が裂け、星が破壊される程の衝撃と共に大きく減り込んだ。


「が、、かがが、がう、、いい、」

「イッ、イオッ!」


 ガースが腹を押さえながら声を上げたその先。地面に減り込んだイオの体からは火花が散り、既にシャットダウンが近かった。

 そんな星を巻き込んだ大きな一撃を見て、カサブランカの最高責任者。即ち戦闘員の父は眉間に皺を寄せた。どうするべきか。それはあの時、カエデと戦闘員一体を追うのを止めさせ、一同をカタストロフィの覚醒と共に本部へ戻らせた瞬間から、決まっていた。

 そんな父は、崩壊したカサブランカの中。破壊された壁から見えるカタストロフィとそれに敵対するレプテリヤ。そして、リコール寸前の戦闘員を光の無い目で見据えたのちーー


 ーー目の前にある、最後の手段として用意していた自爆スイッチを、無慈悲にも押し込んだ。

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