徹頭徹尾豆まきドライブ

春雷

第1話

 記憶がない。

 朝起きて感じたことはそれだった。ここ数日の記憶がない。確かに何かをしていたのだけれど、何をしたのか覚えていない。

 記憶の欠落。

 喪失感。

 心にぽっかり穴が空いたような、そんな感覚。それを埋めるためには、何をすればいいのだろうか。

 思い出すしかない。

 僕はまず、枕元に置いてあるケータイを手に取った。過去の自分が、何か手掛かりを残しているかもしれない。

 「メモ帳」というアプリを開く。僕は普段、このアプリに日記を書いている。だからこのメモ帳に、ここ数日のことが書いてあるはずだ。

 僕は「日記」という項目をタップする。文章がずらずらーっと表示されていく。お目当てのものは・・・、お、あった。書いてあった。昨日の日記だ。タイトルがついている。


「7月28日、徹頭徹尾豆まきドライブについて」


 僕の頭に疑問符が浮かぶ。何だこれ。徹頭徹尾豆まきドライブ? 訳がわからない。

 読み進める。


「徹頭徹尾豆まきドライブとは、とある島で行われるイベントだ。その島は、人口100人ほどの小さな島だ。1時間もあれば歩いて島を一周できる。その島で、車に乗って島を一周しながら、ひたすら窓から豆を撒いていく。それが徹頭徹尾豆まきドライブ。島の奇祭である」


 何だその祭りは。何のためにそんなことを?


「いつからこの祭りが行われているかは不明だが、一説によると、酒に酔った男が馬に乗り、豆をばら撒きながら島を駆け巡っているのを見た島民が、『何だか楽しそうだなあ』と思い、はじまった祭りだと言う」


 楽しそうってだけで、はじまった祭りかよ。何か深い意味があるのかなと思っちゃったじゃねえか。


「残念だったな。そんなものはない」


 何で会話が成り立ってんだ。


「豆まきドライブは、四日間、不眠不休、飲まず食わずで行う。あまりの過酷さに、何人もの死者を出している」


 怖。急に怖。楽しそうではじまったのに、何でそんな過酷なんだよ。


「僕は参加したいと思った」


 どうして? 過去の僕、どうして?


「ちょうど今日が開催日だ。僕はすぐにその島へ向かった。そして、祭りに飛び入り参加した。徹頭徹尾豆まきドライブに、参加したのだ」


 嘘だろ・・・。


「初めは楽しかった。赤い軽トラに乗って、ひたすら豆を撒いていく。快感だった。しかし、3時間を超えたあたりで飽き始め、6時間で苦痛を感じ、8時間目には拷問だと思うようになった。ガソリンがなくなると、別の色の軽トラに乗り換えるのだが、それだけが唯一の楽しみだった。次は何色なんだろうか、何色の軽トラなんだろうか。そのことばかりを考え、豆まきドライブをしていた。

 日が沈み、あたりが暗くなってきた頃、さすがに空腹が辛くなってきた。のども乾いている。水が飲みたいし、何か食べたい。ハンバーガーがいい。ハンバーガーを食べたい。一度その方向に心が傾くと、思考は止まらない。ハンバーガー、ハンバーガー、ハンバーガー、ハンバーガー・・・。これではいけないと思い、僕は別のことを考えるよう努めた。次は何色の軽トラか、赤色、黄色、白、黒、水色・・・。

 水色!

 水、水、水だ。水が飲みたい。水。水ってか、コーラ。コーラがいいな。ハンバーガーとコーラだ。ポテトも欲しい。ハッピーセットも欲しい。あのうるさいコマーシャルのスポンジボブのおもちゃ。あれがとにかく欲しい。軽トラはもういい。豆まきドライブじゃなくて、ドライブスルーをさせてくれ。

 しかし、そんなことを考えても何にもならない。

 なぜなら、ドライブをリタイアすると、島民に手足を縛られ、海に放り投げられるからだ」


 怖すぎるだろ! 島民やっぱり頭のねじ飛んでるんじゃねえか。


「どうして豆を食わないのかと思うかもしれない。豆は袋に入れられて、車に大量に積まれており、それをひたすら車外に放っていく。その時に豆を食べてもバレないんじゃないか、と。

 しかし、それは不可能なのだ。理由としては3つある。1、豆は毒に漬けてあったものである。2、道路沿いに島民が立っているし、車内にもカメラがある、完全な監視体制。3、腕が口元に近づくと、服と手袋、そしてマスクに取り付けたセンサーが検知し、車が爆発する。

 僕はドライブの前に、島民からマスクと、防護眼鏡、手袋、長袖長ズボンを受け取っている。それらをつけなければ参加することができないのだ。

 ただただ車を走らせ、豆を撒くしかない。それが徹頭徹尾豆まきドライブなのだ」


 どうしてそんな祭りに参加したのか。訳が分からない。


「どうしてこの祭りに参加したかって? それは賞金が出るからだ。ドライブをやり遂げた者には、10万円分のお米券がもらえる。それが欲しかったのだ」


 釣り合ってねえだろ、危険度と賞金が。


「二日目、頭がふらふらしている。眠気がある。だが、まあ、まだ大丈夫だ。 何とか走れている。豆を撒けている。しかし困るのは空腹だ。波がある。基本大丈夫なのだが、突然、腹が減って仕方がない時間が訪れる。これが厳しい。ハンバーガーが食べたくて仕方がなくなる。ハッピーセットも欲しくなる。

 三日目。ついに眠ってしまう。大きくカーブして島民を一人轢いたところで、目が覚めた。すぐにドライブを継続する。豆を撒く。このドライブは止まっちゃいけない。たとえ何があっても。

 ハンバーガーが食べたい。

 ついに四日目。常に意識がもうろうとしている。自分がどこにいるのか、何をしているのかさえ、わからない。頭が痛いし、吐き気もする。腕も痛い。豆を撒くたび、肩に痛みが走る。腰も痛い。足も痛い。目も霞んでいる。色がわからなくなる。今乗っている軽トラが何色なのかわからない。赤なのか、青なのか、黄色なのか、白なのか。自分が食べたかったのがハンバーガーなのか、ハッピーセットなのか、ハンバーグなのか、ハンバートハンバートなのか、もう何もかも訳がわからない。気を抜くと島民を轢いてしまう。いったい何人轢いたかわからない。ただ、止まることは許されない。徹頭徹尾豆まきドライブなのだ。常に豆を撒いて車を走らせなきゃならない。

 いや、何だこの祭りは。

 僕は、いったい、何のために・・・。

 意識が、遠のいていく・・・。


 気が付くと、浜辺にいた。ここは、どこだろう。

 誰かが砂を踏む音がした。でも顔を上げられない。体中が痛くって、動かせない。

 僕は体を持ち上げられた。

 誰だ・・・?」


「彼の名は、若村といった。短髪の好青年だ。かつてあの島に住んでいたが、逃げ出したという。あのイカれた祭りのせいだ、と彼は言った。

『あの島の住人はみなイカれている。俺はあの祭りをリタイアして、海に投げ出された奴を助け出すボランティアをしてるんだ』

 僕は礼を言った。彼は命の恩人だ。

 彼は僕に自宅の一室を貸してくれた。彼の家は一軒家で、かなり広かった。ルームシェアをしている、ということらしい。

 僕は体が回復するまで、ここに滞在することにした。

 やることがないので、ここに日記を書く」


 僕はここまで読んで、急にすべてを思い出しだ。

 そうだ。

 僕は徹頭徹尾豆まきドライブに参加した。そして、若村さんに助けられた。

 ああ、そうだ、別れ際に、若村さんが・・・。

「あの祭りにはどういうわけだか、中毒性があるらしい。あんたの記憶を消させてもらう」と言って、妙な検温器みたいな機械を、額に押し当てられたんだ。

 そして、記憶を失った。

 ああ、それは、僕が再びあの祭りに参加しないために・・・。

 でも、もう、ダメだ。

 僕は「徹頭徹尾豆まきドライブ」という言葉を見てから、だんだんこの祭りに参加したい、という気持ちが高まってきている。そして、日記を読み終えて、その気持ちはさらに高まった。

 徹頭徹尾豆まきドライブしたい!

 次の開催日はいつだろうか、その日が待ち遠しい。待ちきれない。そうだ。

 僕の頭に一つのアイデアが浮かんだ。

 この街でやればいいんだ。ここ、東京で、徹頭徹尾豆まきドライブをしよう。きっと大流行して、楽しくなるぞ。

 そう思い、僕は軽トラを盗むため、街へ繰り出した。

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徹頭徹尾豆まきドライブ 春雷 @syunrai3333

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