4:舞台戦争

「遅いぞ。紫苑、朱音」


劇場のど真ん中に立っているのは団長の「花鶏春子あとりはるこ

再興した劇団舞鳥で唯一の「先代からの続投」

震災前の舞鳥に携わっていた唯一の存在である彼女は、私たちを睨み付けながら出迎えてくれた

しかし私と朱音も彼女に言いたいことがあります


「春子さん春子さん。仕事を怠慢している貴方に変わって私たちがお客様に挨拶をしていたのですよ?」

「それで遅れてきたことに怒るとかあり得ないと思いま〜す」

「団長なのにお客様の見送りをしないで舞台戦争にご執心…とは、亡くなった旦那さんが泣きますよ」

「一緒に、貴方へ背中を預けてくれた正太郎さんも泣かれると思います!」

「うるせー!私が出るよりお前らが「ありがとうございました〜!」って言った方がリピーター率高いんだよ!正太郎の時もそうだったんだよ!」


「「そうであるかもしれませんが、それって春子さん自身が団長の仕事を果たしていない理由にはなりませんよね?ただ単純にサボりたいだけですよね?」」

「お前らこういう時凄く息ぴったりだよな」

「「いつも息ぴったりです。相棒ですので」」

「まあまあ、朱音君。紫苑ちゃん。話の続きができないから、花鶏団長を正論で殴るのはやめよ?」

「お前が一番酷いな桃李!」


ヒートアップした私と朱音さんの間に入ってきたのは飛鳥桃李あすかとうり

間に入って宥める彼は私たちを椅子に誘導し、さりげなく座らせてくれる


「これから今回の舞台戦争に関する話をするから、大人しく聞くんだよ」

「「はーい」」

「お前ら本当に桃李の言うことは聞くよな…まあいい。そろそろ本題に入ろう」


その言葉は、一瞬で舞台の空気を凍てつかせる

凄み、恐怖…色々なものが混ざったこの空気は嫌いじゃない

一番は…舞台上。演技中の朱音が出す時が好きだけど

舞台戦争が近づいていると感じさせるこの瞬間のこれも、同じぐらい好きだ


「今回、襲撃をかけてきたのは劇団「落葉らくよう」。みしろんに調べて貰ったら、この前、舞台戦争参戦登録をしていた」

「つまり、新興劇団ってことですか?」

「そういうことだな、御白!」

「はい」


軍制服に身を包み、春子さんの隣へ立ったのはみしろん…じゃなかった。鷹代御白

彼がここにいる理由は追々話すことになるだろう

今回は舞台戦争初参戦な新人さんもいる。彼の存在理由はきちんと説明することになるだろうから


「な、なんで軍兵が」

「…久々ですね、この反応。あ、貴方は新人さんですよね」

「は、はい!す、すみません無礼を…」

「お気になさらず。私自身このような場所で遭遇する存在ではないことは自覚していますので。軽く話しておくと、私は舞台戦争を取り仕切る第三者…審判と仲介役として招集されています」

「そ、そうなのですか?」

「ええ。これから団長より舞台戦争の決まり事が説明されると思います。私の役目もそこで説明して貰えると思いますので、よろしくお願いします」

「そ、そうでしたか…」


新人さんの緊張はみしろんのおかげで解消される

春子さんも、話の続きができそうだ


「さて、今回は新人もいることだし、改めて舞台戦争がどういうルールで執り行われるか教えておこう」


新人さんは前のめりに、中堅以上は改めて振り返るように

そしてベテランの私たちは既に闘志を燃やしつつ、待ちきれない心を抑えながら耳を傾けた


「まず、舞台戦争というのはこの帝都だけで執り行われている疑似戦争だ。御白、なぜ行われるか教えて貰えるか?」

「ええ。震災から復興後、数少ない娯楽として選ばれた演劇は次第に盛んになり…この帝都では数多の劇団が旗を揚げました」


しかし演劇をできる場所も、客も、そして時間だって限られている

増えすぎた劇団は次第に場所、人材、時間…様々なものを取り合うようになり、揉め事が絶えなくなった

それを見かねた政府が、帝都で旗揚げをしている劇団に向けてとある決まり事を施行した

それが「舞台戦争」

帝国陸軍の劇戦部隊が取り仕切るそれは、言ってしまえば劇団同士の戦争だ

場所や人員がないなら勝って奪えばいい

気に食わない劇団があれば舞台戦争で潰せばいい


「劇団がそれぞれ抱く、誇りや信念…そして大義をかけて潰し合う。それが舞台戦争です」

「そうだな。そんな舞台戦争のルールは主に五つだ」


一つ、舞台戦争を行える時間は「公演時間」のみ。必ず審判及び仲介役として劇戦部隊隊員を伴って行うこと

二つ、劇団は観客に戦争をしていることを悟られてはいけない。ただし、舞台戦争公演と明言している場合はその限りではない

三つ、殴り合いも重火器も「本物」を使用可能。ただし劇中の小道具として持ち込む必要がある。戯曲に存在しない武器は舞台戦争では使用不可とする

四つ、舞台戦争を執り行う際、各団長はあらかじめ帝国陸軍劇戦部隊にあらかじめ開始日時の報告、戯曲提出を義務とする

五つ、例外以外の殺人を禁ずる

以上が舞台戦争の決まり事。疑似戦争と言われているだけあって、殺人は流石に違法だ

最も、例外は存在しているが


「この五つが舞台戦争の決まり事だ。細かくいけば、もう少し存在はしているのだが…」

「この五つさえ覚えてさえいれば、裏方と脇役参加の方はどうにかなりますよ」

「次に朱音。舞台戦争の種類があったよな。それを教えてくれるか?」

「はい。舞台戦争には大きく分けて五種類の戦場が存在しています」


一つ、即興劇戦

こちらは専用劇場を持っていない、または確保できなかった…言わば路上が主戦場になっている劇団同士でよく執り行われている野外試合だ

場外乱入は当たり前。無法地帯の舞台戦争だ

専用劇場を持つ前の舞鳥もよくこの戦場を主戦場としていた

朱音と荒らし回っていた過去はもう、懐かしい話だ…


二つ、舞台劇戦

これが基本的な戦場になるだろう

純粋に舞台の完成度で競う場合の方が圧倒的に多い。力量で黙らせることができる唯一の戦場だ

しかし、互いの劇に襲撃をかけて舞台をあらぬ方向へ引っかき回し…公演を破壊するなんて真似も存在している

今回の相手は、これに近い戦い方をしてきた。しかも無許可でだ

…いい度胸をしているとしか思えない


三つ、歌劇戦

うちは看板役者をやってくれている朱音が音痴の為、無縁の戦場になるのだが…

異国ではみゅーじかる?とか言われている…とにかく、劇中で歌唱がある劇で舞台戦争を行う際はこちらに該当する

舞台劇戦と同様な扱いのはずなのだが、こちらは治安が非常に悪い

舞台戦争での人殺しは禁じられている

しかし、資材の破壊は…許されてしまっている

音響破壊ならまだ可愛い方

楽器を破壊され、運営がままならない状態に陥り…解散する劇団は多いそうだ


以上、前三つが俗に言う「擬似戦争」で「お遊び戦争」

四つ目と五つ目に関しては、五つ目の決まり事が適用されない「例外」

流血どころか、人死にが当たり前の環境だ


四つ目が戯作家戦

…正直言うと、この戦場で戦っている劇団を見たことがない

でもまあ、一言で言えば劇団の「大将戦」

団長じゃないんかい!と言いたい気持ちは理解できる

しかし、団長は最悪頭をすげ替えることができる。事実現状の舞鳥だってそうだ

以前の舞鳥は、春子さんの旦那さんが団長兼戯作家をしていたそうだから

現状の帝都で専属戯作家を失うということは、劇団にとって死活問題のそれだ


そんな劇を作り出す存在同士が代表して戦うそれは、公演時間中に行われるが…人目につくことはない

舞台の外で、己の信念をかけて作家同士が殴り合う。一対一の殺し合いを前提とした戦争だ

負ければ死。作家として死ぬのなら可愛い方だろう

勝っても相手から手を使い物にされていれば、作家として事実上の死を迎える可能性もある

こんなえげつない上にリスクが大きい舞台戦争だ。挑んだ劇団はどこにもない

「和平交渉」は存在しているそうだが…果たして、実際に挑んだ時それに至れるかどうか

まあ、私には無縁の話だろうな。そうであって貰わないと困る。まだ死にたくない


そして最後の五つ目

これこそ今回私たちが挑むことになる舞台戦争になる

最も、これを舞台戦争と言っていいのやら…


「五つ目は報復戦。今回みたいに決まり事を破った劇団に対して報復処置を行う舞台戦争です」

「ただの戦争だと思うけどな〜」

「春子さんの言うとおり、これは舞台の公演時間等関係なく、相手の違反行為が発覚した時点で開始できるんだ」


舞台戦争だけど、これはただの戦争

今回のように自劇団が被害者側に立った場合、軍部に報告及び相談が義務づけられている

襲撃者を捕獲したのは、相手側の劇団名を明らかにする為というのが一番大きい

その他にも、開始報告が存在していたかとか決まり事を破った証拠を集める

証拠が出揃えば、後は…


「我々は義務として既に御白を経由して軍に報告を入れている」

「勿論ですが、今回襲撃を行った劇団落葉より開始報告は存在していません。皆さんには報復戦を行う選択ができますが…どうされますか?」


みしろんが私たちに問うのは、舞台戦争を開始するかどうか

答えは、団長に委ねられている

春子さんはどう答えるだろうか

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昭和舞鳥劇場・蒼き乙女の舞台戦争恋戯曲 鳥路 @samemc

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