永遠をかえる

春日希為

永遠をかえる

「私たちはいつまでこの火星に居なくてはいけないと思う?」

「そりゃあ、人類が来るまでさ。つまり永遠。……なあ話題を変えてもいいか」

「いやダメだ」

「お前はさっきからなにをしているんだ?」

 P112号が私P113号の話す話題がつまらないといい勝手に私の議題を変更した。

「いいか、円滑なコミュニケーションのために重要なのは相手が話し終わるまでは黙っていることだろう?」

 P112号はそれについてはよく分からないというふうに、頭のネジをとったり外したりし、「で? なにをしているんだ」と言葉を続けた。

 私は彼が喜ぶような反応を全く見せることなく無視して、目の奥にある電光版をカチカチと二回、そしてカーチと長めに一回光らせ、アームを地面の柔らかい砂に突き刺した。

「ふむ、これなら予定通り緑が生えそうだ」

 顎を撫でながら一人、ポソポソ言っていると、P112号が必死に私の反応を得ようと身振り手振りを大きくして話始めた。

「怒るなよ。永遠なんてのはほんの冗談さ。言葉の綾ってやつだよ。人類はきっと来るさ」

 私はその言葉を無視した。

「なあ、聞いてるか?」「いや、まったく」「円滑なコミュニケーションはどうしたんだ?」「やられたらやり返す。常識だ」「それもそうだな」

 P112号は納得し、私は口の中にアームを入れて、奥の方から一つの苗を取り出した。それを先ほど自分が掘った穴に丁寧に埋める。苗に優しく土を被せ、ポンポンと叩いた。「大きくなれよ」


「しかしもう人類は火星への移住をしない。なのにお前ときたら律儀に毎日仕事をしている。疲れないのか?」

 P112号は大きなため息をついて、盛られた土を指差した。

「かと言って他にすることもないだろう? だが、そろそろ飽きてきたから刺激が欲しいころだ」

 私は電気信号で親近者のL114号を呼び出した。

 彼は上空からけだるげに滑空してきて、私たち二人から数十メートル離れた場所に四点着地した。それから慎重に前足を持ち上げ、彼が四足歩行から二足歩行に切り替えようとしたので私たちは「いや、いやいい、そのままでいてくれ」と私はカチカチカチ、カーチチと、P112号はカーチカ、カチチとそれぞれ頭を光らせた。これらはどちらも同じ言葉だが、P112号は少しの訛りがある。最も彼に言わせれば、これは北の正式な言葉で私たちの方が訛っているそうだが。

 L114号は私たちの必死に呼び掛けに黙って答え、閉じかけていた前足のアームを再び戻して四足歩行でテコテコとこちらに歩いてきた。彼が歩くたびに、空中で姿勢を安定させるために尻の付け根に生えている長い尻尾が揺れた。

「調子どう?」

「まあ何とかやってるさ」

「調子どう?」

「哲学的思考の真っ最中だよ」

「哲学? 今はそれが流行なの?」

「そんなところだな」

 私が答えるよりも早くP112号が答えた。言葉を取られた私は二の句が継げず、P112号をじろりと睨んだが、彼は素知らぬふりをしてその辺に転がっている石ころを蹴っていた。

「ふーん。そっか」

 L114号は首を傾げた。鼻をスンスンと鳴らし、私たちの周りを大回りに一周ぐるりと回って、P112号の足の金属が薄そうな箇所に嚙みついた。これが彼なりの甘え方だった。

 石ころに気を取られていたP112号はギャッと声を上げて、「なにすんだっ!」と言い、L114号の頭を引っぱたいた。引っぱたかれたL114号は先ほどとは反対の足に今度は本能的に噛みつき、P112号がどんなに頭や体を叩いても離さなかった。憐れなP112号は泣きべそをかいてどうにかしてくれと私に頼むので私も少し気持ちが良くなり、私とL114号にしか通じない電気信号を送ってやるとL114号は大人しく口を離した。

「先ほどは失礼」

 噛みついたL114号は鼻をスンと鳴らして、頭を地面に付けた。

「それで? なんで人類はもう火星へ移住して来ないんだっけ」

「P113号、もうボケたのか? 私たちは地球にいる彼ら人類に西暦3500年あたり、隕石が落ちると伝えた記録があるだろ? えー、えーとそれは誰がどこに伝えたんだっけな……」

 私とL114号はそれぞれ自分のデータベースに探りを入れ、必死に思い出そうとし「チチ、チカ」、「カチチ、チチ」と頭を光らせた。確かに、そのような記録はあった。母国の私を作った人間にそのように信号を送っている。もうすっかり忘れていた。

「ようやく思い出したか!? でも、人類は愚かだからな、信号を無視したんだ。あいつらの馬鹿っぷりと言ったら筋金入りだ。なんて返したと思う?『そんなことはこちらから確認出来ない』だってよ。馬鹿もいいとこだ。こっちからはバッチリ、クッキリでかい隕石が見えてるって言うのに」

 P112号は興奮してるのか自分の頭のネジを外してそのネジで頭をコツコツと叩いた。

 苗は第二フェーズに移ろうとしていた。第二フェーズに必要なのは適度な明かりと室温、それに水だった。私は口の中から袋を取り出して、苗とついでにここにいる二人の体をすっぽりと覆い隠せるほどの大きさまで膨らませた。

 漆黒の世界が淡い薄緑色に変わる。

 私が「チ、チチ、チカ」とL114号に信号を送ると彼は片足を上げて、緑の液体を苗にチョロチョロ掛け始めた。これがないと成長するのに、とてつもない時間を待たなくてはいけないのだ。

「しかし、火星への移住もこういったことを予期してのことじゃなかったのか? 私たちの仕事は間に合っていなかったんだろうか」

「いいや」P112号が首を振る。

「間に合っていたさ。早いくらいだ。人類の予想よりもずっと進んでいた。隕石が落ちたのはちょっとしたアクシデントさ。……えっといつだっけな、監督が来ただろう。あのムカつく野郎。ついこの間壊して、そこの山の辺りに捨てに行ったやつだ」

 L114号は少し嬉しそうに分厚い舌を出して「GG.odだろ? あれにはムカッとした。だから私もタールをかけてやったよ」と言った。

「そうそれだよ。そいつが急にきて、進んでないじゃないか!って怒鳴りこんできたことがあった。馬鹿言うなって、こちらは与えられた業務を毎日こなしてるんだ、お前にはこの水が見えないのかって怒鳴り返したんだ。水は生命の源だと教えられたから必死になって無から生み出したのに、あの監督はなんて言ったと思う?」

 そこでP112号は一度深呼吸した。彼の呼吸器タンクがペコッと凹んだ。

「命がどこにもないじゃねえかって言ったんだ」

 私とL114号はそこで同時に「ははははは」と笑った。L114号に至っては身をよじらせて息も絶え絶えになりながら笑っている。

「俺らは命じゃねえってのか」

 P112号は固く握りしめた拳を振り上げた。

「そりゃ違うね」

 私が彼の言葉を一蹴すると、P112号は口の端をぎゅっと噛み締めて、悔しそうにまた自分のネジを引っこ抜いた。

 苗はぐんぐんと伸びて今では二つの葉が出ていた。

「でも、今はどうだ。大切な沢山の命の上にでかい隕石は落ちて、そいつらの為にちくちく小言を言ってきた監督はタールまみれでその辺に捨てられてる」

「災難になあ」とL114号は間延びした声で言うと、双葉の横にごろりと寝ころんだ。

 私はライトを少し、弱くした。こうすると、双葉の活動を緩やかになる。光を吸収させるばかりなのも良くない。何事も休息が必要だ。


 「頼んでいた荷物がもうすぐ届く頃か」

 P112号がポツり呟いた。

「荷物? 滅んだ地球からこの火星に?」

「そうだ。もっとも彼らが俺らに荷物を送ったのは滅ぶ前だがな」

 再びライトを強くした。ほとんど寝ていたL114号はその眩しさに跳び起きて、私の足に強く噛みついた。

「そういえば君は私と違って、何かを頼んだりしていなかったな。なにを頼んだんだ?」

 私が尋ねると「精子だ。白いタールみたいなものらしい」とP112号は自慢げに答えた。

「ふん、今となっては無駄なことだ。受け入れ先がどこにもない」

「いいや、無駄じゃないね。監督と性交させるんだ。それで俺はしばらくの暇を潰すよ」

「なんだって!?」

 驚いて、危うくL114号を踏みつけてしまうところだった。いや、尻尾の先くらいは踏んでしまったかもしれない。

 P112号は少しだけ不機嫌になりムッと頬を膨らませた。その拍子にネジが緩んで、話すたびにそのネジがガタガタと揺れている。

 「性交というと語弊があるが、単にあの忌々しい監督の体を少し拝借しようってだけだ。タールまみれで少しネジがイカレちまっているがな。まあ上手くいくだろ。そうしたら、ロボットと人間のハーフの子が生まれる。考えてもみろ。ロボットと人間のハーフだ。きっと面白いものが出来るぞ」

 P112号は興奮した様子で、その場を落ち着きなく行ったり来たりし、足で地面をほじくり返した。

 歩き回るのは構わないがせっかく埋めたものを掘られてはたまらない。足を地面に少し傾けるたび「掘るのは止めてくれ。L114号でもそこまで行儀は悪くない」と叱った。P112号からは謝罪の代わりに舌打ちが返ってきた。

「それで、その後はどうするんだ? 育てるのか?」

「そりゃあ、まあ気分だろうな。でも、俺はしばらくそれで退屈を紛らわせるつもりだ。上手くいけばお前もこの労働に終止符を打てるかもしれないな。永遠は目の前ってわけさ。ああ興奮してきた!」

 P112号の頭のネジは彼の震えによって外れ、地面に落ちた。

 また、眠りを掛けていたのにそれを妨げられたL114号は怒って、彼のネジを咥え、貴重な栄養を彼の足にひっかけた後に「くだらないね」と吐き捨てて飛び去って行った。

 自分よりも立場が下だと思っているL114号に最上級の侮辱を言われたP112号は酷い北の訛りで「畜生が!」と飛び去っていく黒い影に罵った。

 植物の成長は佳境に入っている。今この瞬間にもその植物は実をつけて、赤い果実が一つ、二つと増え続けていた。

 私はその実を一つとってかじった。甘い汁がかじった先からじんわりと溢れ指先を伝い地面に黒い染みを作った。

 P112号も際限なく増え続ける実の一つをもぎって、大きく口を開けそのまま丸のみした。そして、体内で消化されない種だけを地面にペッと吐き捨てた。私はその種に土を被せて、また光を照射した。



 その後、数百年が経ってから件の精子は到着した。P112号はプラン通りに監督の中に精子を入れて受精させた。子はデカいネジの中から生まれてきた。頭が監督そっくりの四角いゴツゴツとしたロボ頭で、体はふにゃふにゃの人間だった。性別は男だった。

 その子供が人間よりも二倍の速度で成長して、ちょうど十歳になったころ、卵子が届いた。卵子もこれまた上手くいって、監督の死体はその場から一歩も動かずタールまみれのまま、今度は女を生んだ。しかし今度は男のようにはいかなかった。女は男のようにネジから生まれなかったのだ。監督の股の間から人間みたいに生まれてこようとした。だが、監督はあくまでも死体であり彼女の子宮は一切動かないので育った赤ん坊が出て来られなかった。そのために監督の腹を裂かなくてはいけなかった。

 P112号はその次に届く精子を監督に入れられなくなるので腹を裂くことを躊躇した。

 今、この瞬間に生まれようとする子か。それとも子を諦めて次の子を生ませるか。

 P112号は迷ったすえにL114号に決めさせた。男が生まれてきたネジを二つの穴の片方に入れて、ネジが入っている方をL114号が掘り返したら子を生むことにしたのである。

 そして、そんな賭け事を知らないL114号は呼ぶとけだるそうに滑空してきて四足のまま私たちの方にちょこんと座った。そして、二つの穴の好きな方を掘れというP112号の指示のもと前足でたった今掘られたばかりの柔らかい地面を掘り返した。

 L114号はネジを掘り返し、P112号の手にそっと乗せるとP112号は頷いて監督の腹を裂き、子を取り出した。

 女は男と違い、顔が監督に似ていなかった。つまりロボットではなかったのだ。顔が人間で色白で誰に似たのかは分からないがおそらく美人になると予想された。反対に体は監督に似て、堅そうな直線とタングステンだった。これにはP112号は大変満足した。体が監督と似ているなら、次に届く精子をこの女に注げば理論的には子を生めると考えたからだ。

 しかし、現実はP112号が望むようにはいかなかった。

 男と同じように二倍の速度で進み、例の私たちが育てた赤い実で育った二人は自我が芽生えると共に、自分たちの子を生みたいと望むようになったのだ。

「どうしたらいいと思う? このまま生ませてみていいと思うか?」

 P112号はある日私に相談してきた。

「次に精子が届くのは?」

「1年後だ」

「失敗すればその精子を入れればいいさ」

 私が彼に言ったことはアドバイスに満たぬものだった。だがP112号はそれを聞いて納得したのか、男と女に子を生んでもいいと言いに行った。二人は狂わんばかりの喜びようで、P112号を抱きしめると赤い実を一つ取ってかじり、巣へと帰っていった。

 次に生まれた子供は頭も体も機械でP112号や私にも似ていた。


 それから、西暦で数えると千年ほど経ってからある日突然P112号は木星に旅に出ると言い、そして二度と帰っては来なかった。最初に彼が育てた男と女は今も健在でP113号である私の隣にいる。彼らはもう二度と返ってこない父の想い、像を立てた。そしてその像の下に「わが父GODに捧ぐ」と彫った。しかし私はその名前が父であるP112号ではなく、母である監督の名前だということを彼らには教えなかった。

「イーサン」

 最初の男が私を呼んだ。彼らが作った新しい人間の言葉に馴染むのは少しばかり時間が必要だった。しかし、それも昔のことだ。その新しい言葉はどこの時代から使われ始めたのか思い出せないがいつからか私、P113号はイーサンと呼ばれるようになっていた。

「イーサン、聞いていますか?」

「聞いている」

 私は男に返事をした。

「旅に出ようと思います。許可を頂きたい」

 私は男の顔をしっかりと見た。その顔はP112号の面影を残している。独立心が強く、誰かの上に立ちたくて仕方がない、出ていくことで幸せになれると思っている愚かな顔だった。

「許可などなくても、好きにするといい」

「ありがとうイーサン」

 男は私の意地の悪い言い方に一歩もたじろぐことはなかった。むしろこちらに一歩進んで胸を張り力強い眼差しで私を見つめた。

「でも一応、理由を聞いておこう」

 男は大きく頷くと、顎を引いて「人が増えすぎました」と言った。

 私は思考した。そのために一度鳴らしたチチチという電気信号にL114号が引っ掛かってしまう。それを聞きつけたL114号は尾を振り回しながら「どうした!」と嬉しそうに飛び込んできた。

「……失礼。間違えた。いや、一つ聞いていいか? L114号、私たちはなんのためにこの火星にいるんだっけ?」

 L114号は元気よく答えた。

「ここを開発するように頼まれたからだ」

「それだよ。しかし、私はもうこの手で開拓などしていないんだ。君もそうだろ? 飯を食べ、辺りを散歩し、眠るだけの生活にすっかり馴染んでしまった。なら、この子が言うように増えた人類のために他の星を開拓することが私たちが次にしなくてはいけないことじゃないのか? だけど私は自分の責務より郷愁の思いを選ぼうとしている。私はこの場所に永遠にいたいと思ってしまっているんだ。私はどこか狂ってしまったんだろうか」

 私は一息に言い切って、L114号の反応を伺った。L114号は私の足に噛みついて喉を鳴らした。

「ここは、誰かを待ちたいと思う場所になったんだね」

 自分の手が冷たいものに触れた。それは自分の頭に刺さっているネジだった。ずっと、P112号が触っていたのを見ていたせいで彼の癖が私にも染み込んでいたことにようやく気が付いた。

「行先は決まっているのかね?」

「はい」

 迷いのない力強い返事だった。

「聞いても?」

「もちろんです。私たちは木星に行こうと思っています」

 これには私はもちろん、L114号も頷き、口々に「それはいい」と二人で男の肩やら足を叩いた。どこでも生きていけそうなしなやかな肉体は私の硬い手でもびくともしない。

「たまには帰ってきてくれるね」

「はい! 妻はここに残るので。もし木星が住みやすい場所ならばこれから生まれる子たちのためにそこに家を作るつもりです」

「良い考えだ。木星はきっといい土地だろうね。君はお父さんに似ているから、きっと木星だけじゃなく他の場所も行きたくなるよ。でも、寂しくなったら戻ってきなさい。私はここでずっと待ってるから」

「ありがとうイーサン」

 男は私を抱きしめ、L114号の頭を撫でた。私はこの温もりをしばらくの間失ってしまうのかと思うと、何かが溢れた。しかしどこから溢れたものなのかもその正体も分からないままだった。

 私は「おかえり」と言える日を待ち続ける。しかしそれはもう永遠ではない。

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