フクロウは眠らない


「……降って来たな」


 雪の勢いが一段と強くなり、すぐに数十m先の光景が見えない程となった。

 白一色ホワイトアウト

 旅客機のフライトや列車の運行はキャンセルになるほど危険な異常気象。それどころか、外を出歩くことすら命にかかわるような空を俺は今飛んでいる。

 空と地上の境目が完全に消え失せて、自分が何処を、どの高度飛んでいるのか分からなくなる。

 計器で自身の位置を確認しようとする暇などない、左右から鋭くに襲い掛かってくるN/A-18は、霧の中から飛び出してくる姿は恐れ知らずの闘犬のようだ。


 奴の放った銃弾がいくつか掠める。


 だが、これでも墜落するとは微塵も思わなかった。

 俺は雪の中に消えるN/A-18の尻尾に、猟犬のように食らいつく。


 俺は無意識に呟く。


「この空を飛び続けるのは、俺だ」


 この地獄のように苛烈で、意味もなくだだっ広くて、宇宙ソラと繋がっているこの孤高の空で、誰よりも飛んでいられるのは自分だという確信があった。


 もう敵は言葉を発しなくなっていた。

 言葉はもう不要だった。

 俺が全ての発端だとは思わない、だが、彼の言うこともわかる。

 だからこそ、梟の英雄譚は自分で閉じなければいけない。


 視界が白黒になる。

 一瞬、ホワイトアウトが酷くなったのかと思ったが、コックピットすら白黒に見え、風景の流れが奇妙に見える。高Gの血圧低下による視界異常か?

 いや、これは違う。

 PCがタスクを処理する為に、別のソフトウェアを停止させるように、脳が色は不要だとかんがえたからだと、直感で理解した。

 脳は冷静だが、身体の芯から体温が上がるのを感じる。


 吹雪の向こうに隠れた敵の行動が脳裏にシュミレートされ、何をするべきなのかが分かる。フラップを展開し、バランスを守勢する為にラダーを叩きつけるように蹴る。

 そして、俺の思惑通り、敵機は目の前に、機銃の射程圏内に躍り出た。

 高速のドックファイトの撃墜チャンスなんて一瞬のはずなのに、その刹那は永遠に感じた。

 これならば……外さない。


 湧き上がる興奮を何とか抑えて、トリガーに指をかける。


 その時、コックピットの計器に挟まっていたライラたちと撮った写真が抜け落ち、コックピットを舞った。

 一瞬、それに意識が逸れて気づいた。

 敵機の向こう、吹雪の向こう側には、うっすらとあの村が浮かんでいた。


 俺は咄嗟にトリガーから指を離し、機体を離脱させた。


 <Bingo Fuel>


 今のが、最後の撃墜チャンスだったのかもしれない。

 燃料はもう0に近く、俺が離脱したことで敵は簡単に俺の背中を取ることが出来る筈だ。

 だが、敵機がすぐさま反撃してくることは無かった。


 <……そうか、あれが貴様、いや、貴官の戦う理由なのだな >


「……」


 <だが、だからこそ――>


 雪は収まり、粉雪が舞ってきた。

 既に日が落ち、空には一番星が見えていた。

 その空の下、再び、孤高の地の円卓をなぞる様に、ゆっくりとターンをして、俺と奴は一騎討ちのように向かい合った。


 <貴官のような男は、この戦争に居てはいけない>


 スロットルを最大まで押し込み、一瞬だけアフターバーナーを点火する。凄まじい加速は直ぐに終わり、やがて、エンジンは静かになった。

 正真正銘、ガス欠だ。もう小細工は出来ない、それは奴も同じだった。

 正面から近づいてくる敵機はぐんぐんと大きくなる、機関砲のトリガーに指をそえる。

 今度は撃つ。


 <それでも飛んでいたいというなら――終わらせてみろ>


 敵が近づく、時速500km程で、此方もそのぐらいの速度だから相対速度は、時速1000km程。

 まだだ、まだ。

 N/A-18のメンテナンスハッチの切れ目や胴体についたオイル汚れ、そして、敵パイロットの姿さえもが見える。

 その距離で俺は引き金を引いた。

 直後、俺は機体をロールさせた。



 敵機と高速で擦れ違う。

 コックピット越しに見えた敵パイロットは俺より年上に見えた。

 もし、父親が存命だとしたらあのくらいの年だろう。


 直後、敵機のエンジンが黒煙を吐き、爆発した。


 <この空に居てはいけない……この戦争は人を狂わせ……> 



 <Empty Fuel燃料切れ>


 ◇


 ホワイトアウトの時には絶対に外に出てはいけないと子供達には言いつつ、ライラは外に出ていた。

 ホワイトアウトの向こうの空に何かが見えた気がしたからだ。

 やがて、先程までが嘘だったように雪が止み、空には満点の星空が見えた。


 星空に照らされ、孤高の地に落ちた戦闘機の残骸が浮かび上がった。

 そこには昨日までなかった真新しい残骸もあった。


(まさか、この中に)


 その時、空から突然沸いたように目の前に戦闘機が現れた。

 ジェットエンジンの爆音は無く、細木にとまる梟のように静かに降下してきて、やがて雪を跳ね上げながら着陸した。


 その機体は被弾によるオイル汚れはすさまじく、風防も黒いすすで覆われていた。堕とされた戦闘機が悪霊になって現れたのだろうか?

 ライラは飛行機について完全なシロウトだったが、こんなものが雪の大地に着陸できるはずがないということはわかった。

 だから、ライラは寒さのあまりに見た幻かと思った。


 だが、彼女はそれの垂直尾翼のエンブレムを見て、ハッとした。


 そして、涙ぐんで、呟いた。


「そっか……フクロウは眠らないものね」


 ◇


 王国と共和国で勃発した戦争だが、両国間の間で一時休戦が決まった。

 休戦とはあるが、実質上の共和国の敗戦だった。


 よく言えばトリッキーな戦術で、悪く言えば人の心の無い戦術で巻き返したように見えた共和国だったが、自国を燃やしたことで補給線が構築できず、反撃の勢いは失われた。

 また、捨て駒にされた前線の兵達の恨みは強く、暗殺やテロが相次ぎ、士気・国内世論も下火となり、共和国は一時休戦を申し入れた。


 一方、王国もこれ以上の被害も看過できず、更には軍費で膨れ上がった借金も無視できるものではなく、それを受け入れた。

 それに、王国は孤高の地の主導権を我がものとした。

 この休戦の隙に此処を開発してしまえば、多額の借金も、今後100年の王国の安寧も頂いたも同然だった。


 かくして、孤高の地を巡る戦争は一幕を降ろした。


 ◇


 添付資料:12/■ Kingdom Air Force KIA/MIA List(XX年 2月 王国空軍戦死者/行方不明者リスト)

 特質すべき情報を記す、他の戦死者の問い合わせは各方面軍へ。


 ダニエル・ヴェッテル(KIA)

 王国空軍東軍区空軍 第3飛行連隊 第101飛行隊隊長

 32歳、8機撃墜。

 82年入隊、2度目の孤高の地防衛任務中に撃墜、脱出は確認できず、戦死。


 ルイス・ラッセル(KIA)

 王国空軍東軍区空軍 第3飛行連隊 第103飛行隊隊長

 40歳、11機撃墜。

 67年入隊、士官学校に配属されていたが、前任103隊長の戦死に伴い、実働部隊に再復帰。

 航空支援任務中に攻撃を受け、乗機が空中で爆発、戦死したものとみられる。


 ジョアキム・チャンドック(KIA)

 不名誉除名

 19歳。0機撃墜。

 89年入隊新兵、敵前逃亡をしたため、後方の友軍地対空ミサイルにより撃墜。

 脱出し、地上に降りてきたところを射殺。

 所属していたテトラ―ク隊には、憲兵隊からの監査が行われる予定。


 他19名。







 ジョン・クーパー

 王国空軍外国人傭兵部隊 第13飛行隊所属

 22歳。

 19機撃墜、5被撃墜。

【NO RECORD】

(MIA)

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フクロウは眠らないーー虐げられてきた最底辺の傭兵パイロットが、英雄へと登り詰める @flanked1911

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