執行

18:25


ここでの増援は想定外だ。

もう、孤高の地、則ち王国領空内に近づいているのにも関わらず、敵機は撤退する素振りを見せず、一直線かつ最高速度でこちらを目指していた。

リスクを冒してでも、ということか、それとも別の目的が。


その答えは張本人から聞くこととなった。


<……上層部は開戦の理由となったこの地の防衛を、外部の傭兵に託した。

 優先順位を下げたということだ。

 私はそれよりも重要度の高い別の任務をあてがわれた>


この声は一度聞いたことがある、執行隊とかいうエースパイロットだ。

今度は傍受ポッドなど摘んでいない。つまり、奴は周波数帯を国際救難チャンネルにあわせることで、わざと俺に言葉を聞かせているのだ。


<常にこの戦争のターニングポイントにいるパイロット『梟』の排除。

 それが私の任務だ>


聞く義理などない。

が、燃料は帰る分しかなく、速度で引き離すことはできないだろう。


丁度、共和国の山岳を抜けて、孤高の地に入ったタイミングで、それは確信へと変わった。


逃げられる見込みがないのに、背を向けて逃げることは死を意味する。

敵機の正面を向ける。

目視で見える、N/A-18は真正面から小細工無しに威風堂々と接近してくる。

1on1、それはさながら、西部劇の決闘の様だった。


<執行3-1、重要目標『梟』に執行を下す >


DIG-29、N/A-18の二機が高速で擦れ違った時、孤高の地に降り積もった雪が舞いあがった。



擦れ違った二機は、互いの背中を求めて、旋回戦を始める。

きっと、下から見れば円弧を描いているように見えるだろう。


横方向に旋回しながら、頭上の敵を睨みつけるように目で追いかける。

一度見失ったら最後、レーダーを確認して敵の位置を再確認……なんてやっている内に撃墜される。

ハイ・ヨー・ヨー、ロー・ヨー・ヨー等の戦闘機動で間合いを詰めようとするが、敵も同じ手を使っているため、戦いは膠着戦の様子を見せていた。

前みたく、燃料切れを狙っているのか? だが、共和国領内から飛んできた敵も燃料の余裕はない筈だ。


まだ焦る必要はない。


だが、次の瞬間、俺は驚愕に目を見開いた。

俺から見て頭上に、上から見たら真横に居る敵機がミサイルを発射したのだ。

誤射とかシステムエラーで打ち出されたものではない、その場の空気を捻じ曲げるような急旋回してこちらを追尾していた。


咄嗟にフレア・チャフをばら撒き、ミサイルの予測追尾を逸らすために上方向に上昇した。

だが、次の瞬間、コックピットを振動が襲った。

撃墜された?

いや、違う。


ミサイルは俺を完全には捉えきれないと判断し、直撃ではなく、近接信管を起動させたのだ。

風防がへこみ、ミサイルの火薬によってすすで汚れた。

整備士ベッキーの気まぐれで、強化型風防に変えてなければ、死んでいたかもしれない。


にしても真横の相手にロックオン、ボアサイト攻撃か?

”AAM-9X_サイドワインダーMAX”

ヘルメットシステムと同期した広範囲ボアサイト攻撃に加えて、フレアなどの妨害に強い赤外線画像誘導を導入した新型ミサイル。

ボアサイトだったから避けれたものの、合衆国でも試験段階のものが……クソ。


「理不尽だ」


<その通りだ。

 理不尽だ、こんなもの。正々堂々たる空戦に相応しくない>


俺がミサイルを回避している間に、敵機は背後を取っていた。

そして、前回と同じだ。

奴は撃ってこない、必殺の間合いを待っている。

背後を振り返りながら、俺は左右に機体を蛇行させ、敵の狙いを定めさせないようにする、あわよくば敵を前に押し出したい。

加えて、隙を見せる相手だとは思わないが……いいだろう、おっさんとのお喋りに付き合ってやる。


「ふん。何が正々堂々だ? 

 前に会ったときは正義がどうたらこうたらと言っていたが……綺麗ごとで戦争を正当化するのも合衆国空軍の教育の賜物か?

 馬鹿げてる、人を殺して正義がどうのこうのだの」


<その正義を持たない貴様らが好き勝手にしたこの戦争はどうなった?


 傭兵たちやPMCの宣伝文句に乗せられ、民衆たちは狂った。必要以上を奪い、殺すことを正しい行いとした。それに負けじと軍上層部も狂気じみた作戦を次々と実行に移した。

 他の国達も支援と題して、兵器を寄こしてその実戦データを集めている。

 全てを殺し、全てを奪う、この戦争は既に互いの殲滅戦の様相を醸している。

 どちらかが一匹残らず消え去るまで終わらない!


 『梟の夜』、全てはあれから始まった>


「アンタも他の連中と同じだ。

 誰かのせいにして、罪から逃れようとしているだけだ。

 俺みたいな外人はアンタらにとって、格好の標的だろうな」


話ながら、俺は敵機との距離を測る。

この間合いなら……いや。

俺は頭に浮かんだことを消し去るように首を横に振る。


<いいや、違う。貴様は>


敵が翼端のミサイルを放った。

9Xだ!

新型の弱点なんか知らない、が、何かするしかない。

俺は操縦桿を横に倒す、DIG-29はそれに合わして転がる樽のようにローリングする。

そして、フレアを30発バーストモードで発射する。

高速で回転する機体から射出されたフレアは、DIG-29のまわりを取り囲むように打ち出された。


<やはり、この兵装でも駄目か>


ミサイルはフレアに騙されたというよりも、標的を見失ったかのように孤高に飛んでいった。

確証なんてなかった。

赤外線画像誘導は機体のシルエットを標的とする、これならば赤外線を妨害するフレアを巻かれてもシルエットを優先する為、狙いは外れない。

だが、機体を覆い隠すようにフレアを放てばどうなる?

そう考えただけだ。


先程、頭によぎった考えは前と同じことだった。

自分を犠牲にして、相手を巻き込む。

引き分け、せめてそれで自分のちっぽけなプライドを守ろうと、いや、勝負から逃げた。


だが、俺は今守りたいものがある。



<血で汚れた翼でも、貴様の翼はやはり唯一無二の空の英雄エースパイロットだ、人々を狂信させるほどの。


 ……以前よりも手ごわくなっている。

 何か意思を持ったようだな、ますます危険な存在だ。

 全身全霊で、此処で仕留める>



一機を仕留めるのに、6発もミサイルは要らない、燃料すらも。

俺がミサイルと残された燃料と、敵機が増槽と殆どのミサイルを投棄したのはほぼ同じだった。






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