A is not enough

 <Bingo Fuel>


 機体音声が、帰るだけの燃料しか残っていないことを告げる。


「まぁ、此処からなんだよな」


 確かに改造して、燃料搭載量が増えた。だが、だからと言って、共和国内迄飛んで行って空中戦を仕掛けて帰ってくるだけの燃料は積めない、ましてや、トムキャットのレーダー探知を避ける為、くねくねと曲がる渓谷内を通る必要があり、余分に燃料を使う必要があった。


 PlanA最高だったのは敵がまるでこちらに気づかず、隠密攻撃を仕掛けてそれが命中すれば、それでお終いだったのだが、そう上手くはいかない。

 こちらがミサイルを放つ前に、トムキャットは予備防御としてフレア・チャフを放つ。


 要は、今の現状、トムキャットのとこまで来たのはいいが、背を向けて逃げるしかない。

 俺は谷の中でUターンし、今来た道を引き返す。

 来たと思ったらすぐ逃げだすよくわからない敵……にも関わらず、NF-14は迷いのない動きで谷間に飛び込んできて、俺の背後を追ってくる。


「よし、良い子だ」


 燃料は少なく、空戦機動が遮られる谷間の中で、背後を取られた状態から始めるドックファイト。最悪な状況だが、これがPlanBまだマシだ。


 ◇


 3年前。

 合衆国 ミラマー海軍基地、訓練空域C上空。


 "諸君らのTOPGUNでの最初の実習は、渓谷でのドックファイトだ!

 我々が教官チームが、貴様らの後ろから追いかける、精々撃墜されないよう神に祈るんだな。

 最低速度制限は時速500km、これを下回る臆病者は失格、荷物をまとめて出ていけ!


 これより、訓練を開始する! "


 "お待ちを!

 教官殿、実戦で渓谷内でドックファイトする可能性があるとは思えません!

 トムキャットは機体サイズが大きく、渓谷内を飛ぶのには不向きです!

 我が合衆国には世界最強の空軍があります、こうした度胸試しのような訓練は無意味……"


 "ジェイコブ、貴様、空軍に頼ると言ったか!? オッパイ離れの出来ないガキみたいなことをほざきやがって! 俺にミサイルの実弾をケツに叩き込まれたくなければ、今すぐ基地に帰投し、荷物をまとめて出ていけ!


 空軍ではない、我々、海軍の戦闘機乗りこそが合衆国最高のパイロットだ!

 宇宙オタクの馬鹿野郎ジョン・クーパー、お前の両親はとんでもない恥かきだったな、恥をかく前に荷物をまとめた方がいいんじゃないか?"


 "……いいえ”


 "なら、お好み通り恥をかかせてやろう。

 訓練開始fight on!"


 教官の宣言と同時に、背後から無数のペイント弾が撃ち込まれる。


 急旋回してはいけない、すれば敵に大きく機体の背中を見せつけるようなものだ。動きはシャープに、地形に合わして柔軟に、素早く。

 そして、敵を……。





「焦らすんだよ」


 敵の放った20mm機関砲が、キャノピーの直ぐ横を通り抜ける。今度は青色の絵の具が詰まったペイント弾ではなく、焼夷榴弾がつまった代物だ。


 しかし、『訓練は実戦のように、実戦は訓練のように』『訓練で汗を流せば、実戦で血を流さなくて済む』内心馬鹿にしていた軍標語に賛同するのは癪だが、訓練は裏切らない。


 だから、トムキャットの怖さも知っている。大型機と言われると鈍重なモノを想像するが、可変翼機構をそなえ、低速時は翼を広げて、機動性を確保する。高速時には翼を畳み、敵を追い詰める。


 くわえて、敵パイロットはA級だ。

 焦ってトリガーハッピーになることもないし、当たらないミサイルを無駄に放つこともない。しかし、それでも、確実に奴の装弾数は減っている。

 このまま、このくねくねとした渓谷の稜線を使えば……。


「ちっ」


 だが、地形なんて自然の勝手で出来るものだ。俺の前に現れたのは、開けて長い空間だった。谷から小さな滝が流れ、大槍の上でヤギが呑気に草を食んでいる風景は見るものをリラックスさせる光景だが、今の俺はフラストレーションを感じた。

 逃げ場がない、どうする? 

 その答えが出るよりも早く敵機は俺の窮地に感づき、背後でいったん距離を取ったのちに、ミサイルを放った。


 あの距離で発射されたサイドワインダー・ミサイルはフレアと全力旋回をしても回避できる確率は5%ぐらいある。しかし、全力回避すれば、運動エネルギーを失い次の攻撃を避ける術はない。だったら、訓練・経験・今まで見て来たモノが頭を駆け抜ける……あれが使えるかもしれない。


 俺は機体を谷の壁際に寄せる。

 轟音に驚いたヤギたちが逃げ出す、構わず、俺は天然のシャワーを浴びた。

 そう、滝から流れる水に突っ込んだ。

 俺が通過した直後、あとを追尾していたサイドワインダーも滝の水を浴びた。直後、サイドワインダーは谷にぶつかった。


 ミサイルの目、シーカーが水にぬれて駄目になったのだ。


 一息などつけない。今の高度は500ft、速度500km。

 俺は勝負に出るなら。


「此処だ!」


 操縦桿を手前に引き、機体を急上昇させた。

 大きいGに視界が歪み、黒く塗りつぶされる。

 おいかけっこに限界を感じ、谷間から逃げ出す。

 逃がすものかと、トムキャットも急上昇する。バックミラーに映る奴の姿は、機銃でもミサイルでも俺を撃墜できる間合いだった。


 トムキャットは獲物をしとめにかかる鷹のように雄大に翼を広げた。しかし、俺はそれを見て、勝利を確信した。


「さよならだ」


 次の瞬間、トムキャットがぐらりとバランスを崩した。

 そして、あれよあれよといううちに、トムキャットは完全に制御を失い、駒のように水平にグルグルと高速で回転し始めた。

 文字通り、スピンに陥っている。ああなると


 優秀なトムキャットが何故、退役したのか。

 高いコストが主な原因だ。

 それに加えて、可変翼の弱点だ。

 高速・低速時に自動で制御される翼は、様々な状況を有利にする。だが、開閉具合が中途半端な時、機体のバランスは著しく悪くなる。

 あれを100%のポテンシャルで扱えるパイロットはA級程度では駄目だ。

 俺は谷底に立ち上った黒煙を見ながら呟いた。


「ACEじゃなきゃな」


 捨て台詞を吐いて、ほっと一息とは行かなかった。

 レーダー警報器が後方から接近する機影を映した。

 

 『Aircraft Type N/A-18』

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