曖昧

華吹雪

「また来週」

私達は土曜日の夜にするだけの仲。私達が会う場所は必ずいつものホテルの同じ部屋。互いの家なんて知らない。こんな関係を続けて一年半がたっていた。



なし崩しでここまできてしまった。前からずっと彼女のことが好きなのに。今更好きだなんて言っても遅いかな。


なし崩しでここまできてしまった。きっと彼は私のことを好きなわけではないのだろう。一度も好きなんて言われてない。それでも私は彼のことが好きだから。



絶対に口にはキスをしない。口づけは好きと伝えてからしたいから。


絶対に口にはキスをしてくれない。やっぱり私じゃない好きな人と口づけをしたいのかな。ごめんね。



起きるといつも彼女の姿はない。あるのは彼女が[また来週]と書いて置いていったメモだけ。きっと好きなのは俺だけなんだろうな。


彼が起きないうちに出るのが私のきまり。だって好きでもない奴と朝を過ごすのは嫌でしょ。いつも通り[また来週]と書いたメモだけ置いておこう。



でも[また来週]ってことはまた会えるってことだよな。まだ希望があって良かった。


まただ。また[また来週]と書いてしまった。何度も終わらせた方が良いって分かっているのに。ごめんね。私の我儘に付き合わせてしまって。でももう少しだけ一緒に居させて。



いつもそうだ。好きの二文字が言えない。でも今度こそははっきり言うんだ。今更遅いかもしれないけど。このままの関係じゃ嫌なんだ。俺の我儘彼女は許してくれるかな。


彼がそろそろこの関係を終わらせたいと思っているのは分かっている。でも彼は優しいから私に言えないでいるのだろう。ならば今度私から言おう。そしたら彼も言いやすくなるはずだ。この関係を終わらせたいと。



俺は彼女のことが好きなんだ。だからこの関係を終わらせて恋人になりたい。


私は彼のことが好きなんだ。だから彼が辛い思いをしてるならこの関係を終わらせて無かったことにしたい。



でも彼女が俺のことを好きじゃなかったらどうしようか。いや今の関係があるのなら嫌いってことは無いはず。嫌いじゃないのなら好きになってもらうだけだ。


彼が私のことを好きならいいのに。でもそんなことはあり得ない。夢物語にも程がある。現実を見ろ。もし好きだったとしたらなぜこんな関係なの。おかしいでしょ。ね。ほら分かってるんじゃん。



今日が土曜日。今日こそは必ず伝えるんだ。好きだって。そして口づけをするんだ。


今日が土曜日。今日こそは必ず伝えるんだ。もう終わりにしようって。そして私の片想いも終わりにするんだ。




ーいつも見慣れた景色なのに今日は全く違って見えたー




「「あのさ」」



え。彼女は何を言いたいんだろう。全く想像がつかない。もしかしてこの関係を辞めて自由になりたいのかな。そうだったら嫌だな。


え。彼がようやく言う気になったのかな。そうだったら私が言う必要はないな。でも何故か嫌だな。なんでだろう。私も望んでることなのに。こんな曖昧な関係終わらせるべきだって。



「俺から先良い?」

「いいよ。私が言う必要無くなったから」



ここに来て彼女が何を言いたいのか分からなくなった。彼女が言う必要なくなったってどういうことなんだろうか。でも俺が伝えたいことはただ一つだ。


とうとうか。なんでだろう。これで良いはずなのに。なんで私の心はこんなにも絶望してるんだろう。



「伝えたいことがあるんだ。」



緊張している俺の手は微かに震えている。ここで怖じ気づくな。今日こそは伝えるんだ。彼女にこの思いを。


緊張しているのだろう。彼の手は微かに震えているようにみえる。そりゃあ一年半もの関係を終わらせようとしているのだ。緊張しない方がおかしい。



「実は…」




こんな関係でも彼と居れて良かった。もっと違う出会いをしてたらな。



「…ずっと前から好きなんだ。」



ようやく言えた。でも怖くて彼女の方は見れない。拒否されたらどうしようか。


私の聞き間違いだろうか。いやそうに違いない。そんな都合の良い話あるわけない。




ー沈黙がその場の空気を支配したー




彼女はずっと黙ったままだ。やはり俺のことは好きではないんだろう。でもそうならそうと早く言って欲しい。この沈黙が続くのは耐え難い。


あれからずっと黙ったままだ。私の返事を待っているのだろう。でもお情けなんていらない。




ー沈黙を先に破ったのは女の方だったー




「その感情はお情けからきたものでしょ。私にそんな感情を向けないで。」



そうきたか。でも俺が彼女に抱いてる感情は確実にそんなものではない。どうしたら伝わるんだ。


言えた。これで良いのよ。彼は優しいからここまできたら恋人の方が良いって思ったんだろうな。



「そんなものじゃない。出会ったときから好きなんだ。」


「嘘つかなくて良いのよ。」


「嘘じゃない。この気持ちが嘘であるもんか。その心も体も全てが美しくてだから好きなんだ。」


「私が綺麗なわけないじゃない。社会に汚されまくったそんな私が綺麗だなんて。…あり得ないわ。」



なんで伝わらないんだ。こんなにも好きなのに。こんなにも愛してるのに。


なんでそんなこと言うんだ。止めて。私には一人がお似合いなのよ。



「綺麗だよ。この世界の何よりも。そして俺はそんな君が好きなんだ。」




ー女の目からは透明な涙がこぼれ落ちてきていた。まるで止まることを知らない川の流れのようにー




「…お願いだから勘違いさせないで。貴方のことが好きなの。でもこんな関係止めなきゃいけない。そんなに言われるともっと好きになっちゃうから。離れられなくなっちゃうから。」



…今好きって言ったよな。聞き間違いじゃないよな。だったら…。


…お願いだから嫌いになって。




ーその時二人の唇には温かく柔らかい感触のものがあたったー




…無理矢理でこんな方法しか思い付かなかったんだ。許してくれ。でもようやく口づけができた。


…私今口づけがされた。なんで。今まで一回もしてくれなかったのに。


「口には告白が成立してからしようと思って。」


「なんで…。」


「これからは俺の恋人として一緒に過ごしてくれませんか。」


「…。」




ー男はそっと女の前に手を差し出したー




これで通じなかったら諦める。お願いだ。この手を取ってくれ。


本当に幸せになって良いのかな。でも彼となら…。



「君の全てが好きなんだ。」


「…この手一生離さないでね。」

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曖昧 華吹雪 @Hanahubuki

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