第3話 王子様の素顔
目覚めるとそこは保健室。
しばらくして僕が教室に戻ると、真っ赤な顔をした三上ににらまれ、ずりずりと引きずられて運ばれることになった。
三上を取り囲んでいた女子たちが「ソラノは大丈夫か」と不安そうにしていたのが印象的で、僕は己の勝利を確信した。
恐るべき力で腕を握られ、彼女は僕を踊り場まで連れて行った。力でかなわない僕は、痛みをこらえながら彼女について歩きだす。
ドン、と壁に背中を押し付けられ、思わずくぐもった声が漏れる。
けれど、三上は僕の痛みなんて気にも留めずに睨みつけてくる。
「どういうつもりか、聞いてもいいかな?」
怖いほどに冷え切った笑み。眉間に青筋を浮かべる彼女を見ながら、僕は少しの苦しみと悲しさ、そしてその二つを上回る圧倒的達成感に笑みを浮かべた。
「その笑み、やめてくれないかな」
「おっと失礼……同じ足場に立った気分はどうだ?」
言葉の意味を図りかねてか、彼女は大きく首をかしげる。やれやれ、僕の一世一代の大告白がこれじゃあ浮かばれない。
「まずははっきりさせておくけれど、僕は確かに三上が好きだ」
「……それは聞いたわ。鼓膜が破れそうだったけれど」
「でも、おかげで分かっただろ?僕は君の叫びを聞いてしまった。その瞬間、心底君に惚れ込んだんだ」
「意味が分からない」
無表情。すべてが消えたその顔がひどく恐ろしいのは、神が与えたもうた美貌が神々しすぎるから。目の前にいるのに、自分よりはるかに上にいるように錯覚させる顔。けれど僕はもう、マジックに飲まれたりしない。
「三上ソラノは確かに優れた人間だ。誰も否定できない。……その心まで超人だなんて誰が決めた?」
三上ソラノは、普通の女の子だ。少なくとも僕は昨日、そう理解した。そして考えた。どうすれば、三上ソラノという女の子が、普通の女の子になれるのか。
考え、そしてすぐに答えは出た。
彼女が、僕たちのところに降りてくればいい。降りてきたと、僕たちが錯覚すればいい。
そのための方法は簡単。皆が見ている前で、俗物が――この僕が告白をする。そうして、決して手が届かない高みにいたはずの彼女は、ただ一人の等身大の女の子として降りてきた。
「本当は、僕に惚れて、普通の女の子らしい姿を見せてくれる方を期待していたんだけれどね。でもまあ、結果、確かに完璧超人のベールははがれて、君は確かに、三上ソラノという普通の女の子になった」
「…………」
無言の視線。何かを推し量るように細められたその視線は、猛禽類のように鋭い。嘘を言えばただではおかないという、そんな強い気持ちを感じた。
けれど大丈夫。この気持ちはすべて本心だ。そして僕はもう、彼女が幸せになれるだろうことを、毎日を楽しく過ごせるようになったであろうことを確信できて、それだけで満足だった。
「僕の告白によって崇拝の対象から引きずり降ろされた三上ソラノという人間は、クラスに埋没する。普通に、クラスメイトの一人になる。……明日からの日常が楽しみじゃないか?」
「……どうして」
無意識のうちに動いたらしい唇。紡がれた言葉にハッと我に返った三上は固く唇を閉ざす。迷いながら、視線をさまよわせる。そのうちに覚悟が決まったのか、まっすぐに僕を見る。
四限の授業を知らせる鐘が鳴る。そんな中、身じろぎ一つせずに見つめあう。
「どうして、あんなことをしようと思ったのか、聞いてもいいのかな?」
いつもの男の中の男、王子様らしい三上ソラノの仮面をかぶった彼女が問う。もうその仮面をかぶる必要はないと、そう教えたつもりなのに。
無数の言葉が怒涛のようにあふれて、僕はただ唇をわななかせる。
三上ソラノが好きだから。ただ告白をしたかった。
三上ソラノという人間と付き合うためには、ドラマティックな告白が必要だと思ったから。
三上ソラノという人間の立場を変えるには、皆の前での告白が必要だったから。
三上ソラノという人間の置かれた立場が、ひどく苦しい物に感じられたから。
その中から、本当に大切な言葉を、自分の本音の中の本音を拾い上げる。
装飾の一つも、格好つけの一つもない、僕の本音を。
「……最近元気がなさそうだったから、その理由を取り除いてやりたかった。四月の頃の、すべてが楽しくて仕方がないっていう、あの笑みをもう一度見たかった」
それだけ。
彼女は、動かない。
じっと僕を見つめ、それから空を見上げる。
頭半分ほどの身長さ。三上に見下ろされるのはなかなか堪えて、とりあえずまずは身長で越えたいところだと思った。
「……そっか」
つぶやく言葉は、軽い。どこかふわふわとした、気の抜けたような声。
そうして視線を僕に向けた彼女は、等身大の三上ソラノという人間として、確かにそこにいた。
「告白の返事は、保留、よ」
「……理由を聞いてもいいか?」
今にも崩れ落ちそうな足に何とか力を込めて問う。告白に失敗した。三上と付き合えない。絶望に心がとらわれそうになる僕の耳に飛び込んできたのは。
「私、あなたのことを何も知らないもの」
「ああ、そうだな……うん、そうだ。じゃあ、とりあえず一つ教えてやるよ」
まっすぐに顔を見つめ、息を吸う。
今度は、大声を出す必要はない。ただ、まだ足りないと叫ぶ心のままに、口を開く。
「僕は、三上ソラノを愛している男だ」
「…………知ってるわよ、バカ」
わずかに頬を朱に染めて唇を突き出す彼女に、僕は心から笑みを浮かべた。
僕の王子様 雨足怜 @Amaashi
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