第2話 思いは止まらず

 その日はなかなか寝付けなくて、朝の体調は最悪だった。

 本当にするのか?もし、これで彼女が幸せにならなかったらどうする。自分がクラスで浮いてしまったらどうする?

 今更日和るな。彼女のために僕ができることはそれしかいないと、そう気づいてしまったはずだ。彼女に見てもらうためにも、彼女のためにも、僕は――

 学校までが、やけに長く感じた。実際、いつもと同じ時間に家を出たはずなのに、普段よりも二十分ほど登校に時間がかかっていた。家から駅まで、そして駅から学校までの徒歩の道のりが、あまりにも長く感じられた。

 そうして僕は、牢獄のごとくそびえたつ校舎にたどり着いてしまった。

 一歩、一歩、確かに踏みしめながらクラスへと近づく。そのたびに鼓動が早くなり、心臓はもう、今にも飛び出しそうだった。

 扉の前に立つ。こういう日に限ってなぜかしまっている扉を開く作業がおっくうで、けれど壁一枚が、僕に少しの猶予をくれた。

 深く深呼吸。腕時計を見れば、時刻は予鈴五分前。まあ、及第点。

「……よし」

 気持ちを整え――ああ、嘘だ。張り裂けんばかりに荒れ狂う感情の奔流に突き動かされるようにして、僕は勢いよく扉を開く。

 あまりにも勢い余って壁にたたきつけられた扉が大きな音を立て、一瞬教室の中が静まり返った。

 誰もが、僕へと視線を向けた。朝弁をしているもの、読書をしているもの、友人を話をしているもの――その中に、三上の姿を見つけた。

 一歩、二歩。

 覚悟を確かめながら、彼女の前へと向かう。

 僕の気迫に充てられたのか、まだ教室の中は静まり返っていて、隣のクラスの喧騒がやけにはっきりと聞こえた。

「……三上」

 のどがカラカラで、声はかすれていた。

 ゴクリと唾を飲み込む。「何かな?」と尋ねてくる彼女の容姿がまぶしくて目がつぶれそう。

 けれど、ここで日和っていては話にならない。

 僕は今から、自分にできる精一杯を――告白をする。

 大きく息を吸い、そして。

「好きだぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああッ」

 途中から声がひっくり返った。あまりの声量に、近くにいた女子たちが一斉に両手で耳を閉ざし、鋭い目で僕をにらんでくる。

 そんな中三上だけは、放心したような様子でじっと僕を見つめていた。その目が、わずかに揺れたのを僕は見逃さなかった。

「僕はッ、君が好きだ!君に、愛しか感じない!胸にわだかまるすべてを吐き出し、日々を必死に生きる君に、心からの笑みを浮かべてほしい!幸せだと、毎日が楽しくて仕方がないと、そう笑っていたほしいんだッ」

 万斛の叫びは、確かに彼女に届いた。

 大きく見開いた彼女の頬がじわじわと赤くなっていく。

 それは、僕の告白に心が揺れたからか。

 あるいは、どこかのタイミングで、公園で叫んでいるところを聞かれたと、そう理解したからか。

 ガシ、と彼女が僕の両肩に手を置き、強くつかむ。だが、この程度で折れる僕ではない。にやりと笑って見せれば、彼女は今度こそ僕が秘密を知っていると悟り、顔に焦りをにじませる。

「ちょっと、落ち着こうか、ねぇ」

「落ち着けるはずないだろ。僕は告白をしているんだ。この思いの丈を全て述べるまで、僕は誰にも止められない」

「止まりなさいよッ」

 スパァン、と頭に手刀が振り下ろされる。激しく脳が、そして視界が揺れる。

 一瞬にして暗く染まっていく視界の中、三上は「しまった」という顔をしていて。

 僕はしてやったり、という表情を浮かべ、そして。

 たった一撃でノックアウトされて意識を失った。

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