僕の王子様
雨足怜
第1話 王子様と決意
三上ソラノは男の中の男だ。
少なくともこのクラスの男子は、誰もが三上のことをそう認めている。
三上は、女だが。
ただ、言動の一つ一つが格好良く、女子の人気を一心に集めるイケメン三上を前に、クラス一のイケメン男子をはじめ、誰もが敗北を認めざるを得なかった。
女子が困っているところを誰よりも最初に見つける。人見知りでクラスメイトに遠慮なく話すことのできない女子が困っているところを隠していても、三上は目ざとく気づいて助けてあげる。頼れる王子様は、勉強も運動も完璧。身長175センチという女子の中では一番の高身長である彼女は、我らが高校二年三組において、春に行われた体力テストで最も優秀な成績をたたき出した。もちろん、すべての運動科目で彼女が一位を取ったわけではないが、それでも総合順位ではだれも彼女を超えることはかなわなかった。
そして、成績もまた、堂々の一位。他の追随を許さない彼女は、二年生一学期中間テストにおいて、主要八科目の総合得点で791点をたたき出した。800点満点のうち、実に9点、すべての教科で1点ずつ落とした計算だ。
もうこの時点で、彼女と競い合おうとするものは現れなかった。
誰もが三上という人間を認め、そして、敗北を受け入れ、ライバルという立場から離れていった。
彼女はクラスの王子様。皆からそう認められる彼女が、なんだか孤立しているように思えたのは、それからそう間もなくのこと。
完璧超人な三上は当然コミュニケーションスキルも高く、彼女がいるだけでクラスは華やいだ。ただ、彼女はあまりにもまぶしい恒星で、十把一絡げの三等星四等星くらいの僕たちの光をかき消すほど。あるいは、彼女は星明りをかき消す月だった。特に満月。僕たちはもう、三上を前にすると完全に没個性になるしかない。
彼女に敬服する一方で、彼女はクラスメイトから一段上の立場になり、そこにはもう、誰も並ぶ者はいなかった。
今日も、僕たちのクラスは三上を中心に進んでいく。話が尽きず、笑いが絶えず、今日もさりげなく女子を助ける彼女はやっぱり王子様。
けれど、その笑みは、四月のころに比べるとずっとかすんでいるように思えた。
「……なぁ、なんかおかしくないか?」
「何が?」
友人は全くわからないと、僕の視線を負いつつ首をひねる。察しの悪い友人にため息をつきたくなりながら、今のは自分の言葉が足りなかったと反省する。
「三上だよ。最近なんか元気がないよな」
「……気のせいじゃないか?それか、お前のメガネが曇ってるんだろ」
ああ。いわれてみれば確かにメガネが曇っている。拭きなおし、ピカピカになったそれで改めて三上を見る。
やっぱり、その笑顔は四月のころに比べれば曇っているように見えた。
「なぁ、お前って一年の頃も三上と同じクラスだったんだよな。どうだった?」
「どうって……変わらないな」
ああ、いや。と、何かを思い出した様子であごに手を当てた彼は、少し表情を暗くし、手招きしてくる。
わざわざ教室の端まで移動したうえ、彼は三上のほうを見て注目されていないのを確認してから、口元を隠すように手を当てて、僕の耳元でささやいてくる。
「一年の頃は、三上にライバルがいたんだ」
「……彼女の、ライバル?」
それはなんて超人なんだろうか。思わずそう聞き返せば「シッ。うるせぇ」と突っ込みが入る。
お前のほうがうるさいだろ、なんて言葉をぐっと飲みこんで話の続きを待つ。
「
「天才、ではないんだ」
「……まぁ、な」
言いにくそうに顔をゆがめ、しばらく考えてからえいやっと口にする。
「転校したんだ。俺は三上を超えるって宣言して、がむしゃらに努力して、心と体を壊してな」
手に取るように想像できてしまった。三上ソラノという人は、どこまでもまぶしくて、手を伸ばしたくなる存在で。けれど強すぎるその光は、近づくほどに僕たちを焼いてしまう。だから、遠くから見て、その輝きに満足するのだ。あこがれる気持ちを心の奥に押し込めて、あるいは決して手が届かないあこがれだと理解して、神棚のごとく飾る。
それが今のクラスの僕たちで、けれど去年は、彼女に手を伸ばそうとした、彼女の立つ高みに届こうともがいた人がいたということ。
それは、さぞ張り合いのある時間だっただろう。ライバルがおらず、競い合う者もおらず、皆が敬服してくる高校生活などつまらないに違いない。
想像するだけで鳥肌が立つ。よく彼女は狂わずにいられるなと、そう思って。
そしてふと、男子の誰よりも王子様な彼女の言動を思い出した。
「……もしかして」
「あぁ?」
一体何をしだすつもりだと、視線だけで問う彼にお礼を言って、僕は自分の机に戻る。
突っ伏し、腕を枕にして気配を消す。そうして、僕はストーキングを……観察を始めた。
僕、
それはさておき、そんな僕は友人たちと話をすることもなく、三上の言動のすべてをつまびらかにするべく観察を続けた。
こっそりと様子を伺い、その言動のすべてを頭にとどめる。
そうしてその日一日は、ほとんど授業は頭に入らず、僕はそうそうに友人に別れを告げて下駄箱へと走った。
何をするためか?当然、三上をストーキング……後をつける……調査するためだ。うん、気分は探偵。
勉強疲れのせいかなんだかすごくアンパンが食べたいと思いながら、僕は女子数人と一緒に帰る三上の後ろを、さも普通の通行人のように後をつける。
うつむき、トボトボと。たまにスマホをだしてみる。
そうして、電車に乗り、一人、また一人と集団は分かれていって、そうしてとうとう彼女一人になった。
最寄りなのか、近くの電車で降りた三上は一人凛と背筋を伸ばしたまま、改札をくぐり、まっすぐに歩いていく。
もちろん僕は後をつける。ばれないように、慎重に。
果たして、彼女が向かったのは駅から数分の公園だった。かなり広い緑地公園。けれど時間的なものか、公園を利用している人の姿は三上を除いて誰もいない。
たった一人、木々の生い茂る先にある芝の敷かれた広場へと入って。
彼女は、肩に下げていたカバンを、全力で空へと放り投げた。
「……え?」
それから、全力疾走。フォームなど知ったことかと、手足を大きく振って我武者羅に走る。まるで、自分を絡めとるすべてから逃げ出そうとするように。
走って、走って、走って。
疲労で重くなった足がもつれて、倒れながらくるりと反転。
背中から芝生に転がった彼女は、肩で息をしながら青空を見上げる。
「うぅぅぅぅぅぁぁぁあああああああああああああッ」
呼吸を整えた彼女から、咆哮のような声が響く。
降り積もった気持ちを爆発させた彼女の声は、芝生広場に広がり、緑地に広がり、そうして、公園の外には届かない。
そんな彼女を見つめながら、僕は無意識のうちに胸を押さえていた。
苦しかった。息をするのもやっとなほど。
耳の奥でバクバクと心臓が激しくリズムを刻んでいた。
体が火照って仕方がなかった。今すぐに叫びだしたくて、けれどそんなこと、できるはずがなかった。
「……畜生。もう、愛しか感じない」
ああ、好きだ。どうしようもなく、僕は三上ソラノという人間のことが、一人の女の子として好きになってしまった。遥か高みにいたはずの彼女は、気づけば僕の隣まで下りてきてしまっていた。
男勝りというか、男子の誰よりも格好良くて、女子みんなが頼りにする女子。でもそれはきっと、彼女が作り出した仮面なのではないだろうか。彼女は、崇拝されてしまう自分を守るために、三上ソラノという、現在の自分を作り上げた。
別に、周囲に合わせて自分の能力を調整することだってできたはずなのだ。自分を下げて、みんなの輪に入る選択肢だってあるはずだったのだ。
けれど、それをしなかった。できないと思ったのかもしれないし、そんなのは自分ではないと考えたのかもしれない。
とにかく、そんなどこか不器用で、そして自分を曲げることを知らない彼女のことを、気づけば僕は心の底から惚れ込んでいた。
彼女が、好きだ。彼女に、自分のことを好きになってほしい。
どうすればいい?どうすれば、彼女は僕を見てくれる?
工藤秀作のように、一分野で彼女を超えようとする。それこそ、僕にはできそうにない。
「……ああ、でも、ひとつだけ僕にだってできることがある」
思いついたら、もう、それ以外には考えられなかった。
付き合いたい。彼女と一緒にいたい。
でも、それは僕の本心ではあるけれど、本心の一部分でしかなかった。
僕は、彼女を幸せにしたかった。彼女に、幸せになってほしかった。三上ソラノという、本当の彼女として。
だから、僕は、僕にできることをしよう――
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