嘘つきなぬいぐるみ
願 咲耶
お題 ぬいぐるみ、ぬるい、ぬま、ぬの、ぬけがけ
お題
ぬいぐるみ、ぬるい、ぬま、ぬの、ぬけがけ
ぬるい、ぬま、ぬけがけ→ネガティブ
ぬの、ぬいぐるみ→少女、夢
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薄暗い。霧だろうか。'ぬいぐるみ'を持つ女の子が、じっとこっちをみている。悪い冗談だと思った。私は彼女をみて嫌悪を抱いた。
その少女は私を責めているように見えたのだ。口を固く結び、今にも泣き出しそうな顔をしながら、ひと抱えのあるテディベアをぎゅっと抱きしめている。
(どうしたの?)
声をかけようとしたのだが、ここで初めて私は声を出せないことに気が付いた。いや、それだけでない。私は指一本動かせない。なにもできないのだ。私はただ、涙を堪える女の子を見るしかなかった。
「貴女が、言うの?」
ゆっくりと目を開ける。どうやらいつの間にか夢を見ていたらしい。それもあまり良くない夢を。空調は効いていたはずなのに、お気に入りのピンクのゲーミングチェアは、じっとりと汗ばんでいる。私は小さくため息をついた後、食べかけの袋のチップスと炭酸が抜けて'ぬるい'コーラを飲み干した。
「ああもう最悪じゃん。」
とっくにゲームのイベントは終わっているし、なんならつけっぱなしで寝ていたから、アイテムもいくつかロスしてしまった。さっきの夢よりよっぽど悪夢だろう。時計を見ると深夜1時だ。次のイベントまでは五時間しかない。アイテム補充は間に合わないだろう。ギルドに応援頼むこともできるけれど、私含め廃プレ池'沼'ばっかだから正直望みが薄い。
私はもう一度ため息をついて、今プレイしているゲームのパッケージを引き寄せる。MMO RPG 「精霊神記 World of mirrors」。よくあるMMOゲームを基本から作り直したような世界で、アカウントの取得に国民番号が使われるチェイン形式が使われているため安全度の高いゲームだが、それゆえに現実社会との乖離もないから辛くなる。夕方になればクラスメイトもログインしてくれるが、それまでは私は孤独な二つの世界で存在し続けなければならない。私は音を立てないように気をつけながら、ゆっくりと部屋を出た。
隣の部屋から微かに布の擦る音がする。
「あ。」
階段の上から1段目。私の右足は私の意思に背いて、左足に絡まって抵抗した。もつれた足は前へは進まず、私は近づいてくる床をゆっくりと眺めてから目を閉じた。やっと死'ぬの'かな。そんなことを思いながら転げ落ちた。不思議なことに、手をつこうなんて全く思わなかった。それよりも、私の体が床にぶつかる音が気がかりだった。
薄暗い。霧だろうか。ぬいぐるみを持つ女の子が、じっとこっちをみている。悪い冗談だと思った。私は彼女をみて嫉妬を抱いた。
その少女は私と違ってアザはなかった。私と違って傷がなかった。それでも、その少女は私と同じ名前なのだと知っていた。
「どうしたの?」
ひとりでに口から、声が出た。私は私の掠れた声に戦慄を憶えた。
「貴女が、言うの?」
少女は、未来の自分の傷をなぞり、涙を堪えるのだった。
ゆっくりと目を開ける。聴覚も戻ってきた。部屋の扉が乱暴な音を立てて閉められた。
「うるせえなあ! またま'ぬけが怪'我をしやがった!」
私は少女と一緒に泣いた。
嘘つきなぬいぐるみ 願 咲耶 @398kono-hana
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