第16話 心が大事

 サチさんの言いたい事、それはつまりドールを道具扱いするような奴にはなるな、ということらしい。

 なんだか簡単な様に聞こえるけど、知らない世界と知らない文化に突然やってきた僕にとって、この言葉はとても大切な言葉であるように思えた。


「は、はい心にとどめておきます」

「そうだ、心が大事じゃ。わしがエルを産んだ時もな、エルの事を思いながら心を込めてエルが元気に生まれてくることを願ったものじゃ」


「そうなんですね」

「そうじゃ、だからコマリ、お前はちゃんとドールと心が通じ合えるドルマになるんじゃ、いや、絶対になれっ」


 半ば命令口調のサチさんだったけど、言っている事は思いのほか心に響いてきてすんなり納得できてしまった。それは、まさに心という表現の難しい存在が今ここにある様であり、とても不思議な気持ちになった。


 そうして、サチさんの熱い言葉を受け取っていると、いつの間にかエルさんが僕たちの元までやってきていた。


「ねぇ、どうだったかな、コマリ君」

「え、はい、とてもきれいでしたよ」

「えっ!?」


 僕の言葉に対してエルさんは大げさに驚いた様子を見せたかと思うと、恥ずかしそうに顔をそらした。だが、すぐに僕の顔を見つめてきた。


「いや、綺麗とかそういう話じゃなくて、訓練の話っ」

「はい、弓を射る姿とがとても美しかったです。それに的にもバシバシ当たってましたし、エルさんは全然出来損ないなんかじゃありません」


「・・・・・・そ、そうかな?」

「勿論です」


 そうして、僕は今すぐにでもエルさんとパートナーになれないものかと思っていると、サチさんが突然大声を上げた。


「おいコマリッ」

「は、はいっ、なんでしょうか?」


「出来損ないとはどういうことじゃっ」

「え、あ、いや、これは僕が言っていたんじゃなくてですね」

「やめてサチさんっ」


 僕につかみかかるサチさんに対してエルさんが止めに入ってくれた。


「エル、なんで止めるんじゃ、わしはこいつからエルを侮辱したやつを聞き出さにゃならん」

「違うの、出来損ないっていうのは、私が言った言葉なのっ」


 エルさんの言葉に、サチさんは僕から手を放して呆然とした様子を見せると、悲しい顔をしながらエルさんに歩み寄り、彼女の肩を優しくつかんだ。


「おいおいエル、何言うとるんじゃ、お前は出来損ないなんかじゃない、わしが産んだ最高のドールじゃ」

「でも、私はスクールでパートナーもいないボッチのドール、ドールはドルマがいてこそ輝くって習ったよ?」


「そ、それは、お前が他のドールに比べて愛情の深いドールだからじゃ、つまりな、お前と同じくらい愛情深い奴でないとふさわしくないだけなんじゃ」

「・・・・・・でも、それは、サチさんがそう作ったからだよね」


 エルさんの言葉はどこか冷たいものの言い方であり、さっきまでサチさんが熱弁していたものとは逆の事を言っているように思えた。


「ち、違うっ、わしはお前を大切に思って産んだんじゃ、それにお前ならドルマなんぞいなくてもやっていける、ほら、キャンドルの奴らだって」

「私には無理だよっ、私は落ちこぼれなの」


「そんなことはない、お前はやれば出来る子なんじゃ」

「できる事ならとっくにやってるよっ」


 エルさんは心からの叫びであるかのように大きな声を上げた。


「え、エル、そんなに怒らんといてくれ」

「スクールでの成績は最低最悪、私なんかとドルマになってくれる人なんて、もう誰もいない、私はスクールの落ちこぼれ、正真正銘の出来損ないだよっ」


 エルさんは怒りのこもっている様な言葉を口にした。しかし、その顔は怒りというよりも悲しみの表情に見えた。

 まるで、今にも涙がこぼれ落ちそうな悲しい表情を前に、僕は彼女に見とれていた。

 さっきまで、凛々しく、それでいて勇ましい姿を見せていたエルさんが、こんなにも取り乱しながら自分の弱さを悲しんでいる様子はとても信じられなかった。

 どうやらドールの世界というものは僕が思っているより厳しい世界なのかもしれない。

 だけど、それでも僕にはエルさんというドールが、とても魅力的で素晴らしく見えていた。

 だから、今この空気でいうことじゃないかもしれないけど、いや、こんな状況だからこそ僕はこの瞬間に彼女に伝えたい思いが湧き上がってきた。


「じゃ、じゃあエルさんっ、僕とパートナーになりませんか?」


 僕の言葉にエルさんとサチさんは同時に見つめてきた。どちらも驚いた顔であり、僕は高鳴る鼓動を抑えながら沈黙に耐えた。


「あ、いや、えーっと僕なんかでよければというかなんというかですね。そうだっ、僕に出来る事があれば何でもやります。こう見えても倉庫整理とかで体力には自信がある方なんですよ、それに勉強だってそれなりにできますし、他にはえっとえっと、よく優しいねって言われたりもしますっ」


 思いつく限りの言葉を尽くしてこの空気を良くしようと努力してみたものの、目の前の二人はまるで時間が止まってしまったかのように固まっており、僕の頭はさらに悩み始めた。


 しかし、そんな空気を壊したのはエルさんだった。


「ぷっ、突然どうしたのさコマリ君」

「え、いや、なんだかよくない空気だと思って、思わず」


「気をつかってくれたの?ごめんね、私が変になっちゃったせいで」

「い、いえ、それにパートナーになってほしいっていうのは本気ですから」


「え?」

「僕もパートナーの居ないドルマです、ぜひ、お願いします」

「でも私は・・・・・・」


 僕はサチさんがこれから口にする言葉がなんとなくわかるような気がした。だからこそ、すぐにその言葉を遮った。


「いいえ、エルさんはすごいですっ」

「な、なに急に?」

「エルさんはとても綺麗で優しくて、僕みたいなやつとも話してくれる素敵な人じゃないですかっ」


 僕は出来る限りのポジティブな言葉を並べて彼女のネガティブをかき消そうと試みていると、エルさんは恥ずかしそうに顔をそらしてモジモジし始めた。


「そ、そうかな?」

「僕はまだエルさんとあって間もないかもしれません。でも、これからもっとエルさんの素晴らしいところを見つけられると思うと、すごくワクワクしています。だから、ぜひとも僕とパートナーになってほしいです」

「あ・・・・・・」


 僕の言葉に、エルさんはきょとんとした様子を見せつつも、徐々に優しい笑顔を見せてくれると、クスクスと上品に笑って見せた。


「じゃあコマリ君、私とパートナーになってみる?」

「え、はいっ、ぜひっ」


「きっと後悔するよ?」

「しません」


「本当?」

「はい」


「じゃあ、絶対に後悔しないって約束してくれる?」

「約束します、それに僕はドルマになって間もない新人ドルマですから、後悔するのはエルさんの方かもしれませんしね」


 僕は胸を張って言うことじゃないことをあえて自信満々に言って見せると、エルさんはまた笑ってくれた。

 その様子と和んだ空気に少しばかりの安心感を覚えていると、近くにいたサチさんが僕の事をじっと見つめていた。


 そして、何かを思い立ったかのように立ち上がると、訓練所を兼ねた中庭の方へと向かった。そして、サチさんは僕たちに背を向けながらエルさんの名前を呼んだ。


「エルッ」

「は、はい」


「訓練場の段位を上げるぞ」

「え、でも、サチさん私にはまだ早いって」


「だからこそじゃ、お前はドールはドルマといてこそと言うたじゃろ、それを証明して見せるんじゃ」

「・・・・・・は、はい」

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異世界ドールの伝説 酒向ジロー @sakou_jiro

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