第15話 よつば製作所

 訓練場を後にした僕達は、どういうわけか学校を飛び出して街中へと繰り出していた。まだまだ見慣れぬ街並みに見とれながらエルさんについていくことしばらく。 


 町から少し離れたところでエルさんは立ち止った。結構走ったおかげで僕は息が上がっていたが、エルさんは疲れを見せる様子はなく静かにうつむいていた。

 

「はぁはぁ、エルさん、どうしたんですか突然」

「どうしたもこうしたもないよ、コマリ君にはびっくりさせられっぱなしだよ」


「え?何のことですか?」

「パートナーに介入しちゃダメって言ったでしょ」


 エルさんは涙目になりながらそう言っていた。紅潮した頬と怒った顔はどこかキュートで愛らしかったが、僕は今間違いなく怒られているわけであり、少し反省しながらエルさんに謝った。


「ご、ごめんなさい、でも彼女がかわいそうだったから」

「そうかもしれないけど、あれはパトーナーの問題だから介入はダメなの、わかった?」


 どうやら僕は相当悪いことをしてしまったらしく、エルさんはまるで母さんのようにしかりつけてきた。


「わ、わかりました、今度からは気を付けます」

「うん、私も怒ってごめん」


「・・・・・・いえ、それよりもこれからどうしましょう」

「学校に戻るのは無理かな、とりあえずついてきて」

「え、はい」


 そうして、エルさんの後をついていくことしばらく、僕の目に入ってきたのは「よつば」と書かれた看板を掲げる古民家だった。まるで日本家屋を連想させる長屋の家はどこか立派に見えた。


「ここは一体どういう場所なんですか?」

「ん、ここは私の家だよ」


「えぇっ、すごいですね、こんな立派な家に住んでいるんですか?」

「そうかな?ただの古い職人小屋だよ」


「そんなことありません、なんだかおばあちゃんの家を思い出します」

「とりあえず遠慮しないで入って、私とサチさんしか住んでないから」


 そうして古民家へと入ると、中はとても古風な雰囲気漂う和風なつくりとなっていた。畳やお香の香りが漂う室内にどこか懐かしさを感じつつ、長い廊下を歩いていると、大きくてきれいな中庭が見えてきた。


 どう見ても職人小屋という表現が 間違っていると思いながら庭を眺めていると、エルさんは「ここで待ってて」と言ってどこかへ行ってしまった。

 

 一人残される中、中庭にはいくつかの不自然なものを見つけた。それは、いわゆる弓道で用いられる様な的らしきもの、そして周囲には特徴的な的がたくさん配置されていた。


 どうやら、ここが彼女の訓練場となのかもしれない。そう思いながら、ワクワクしてエルさんを待っていると、ふと声が聞こえてきた。


「おーい、帰ってきたんかエル」


 声のする方へと目を向けると、ちょうどそこにはタンクトップ姿の女性の姿があった。体には和彫りの刺青らしきものがあり、顔だちもどこか険しい。そして、何より僕を見つめるその目は鋭く、どこかミルフィさんを思い出した。


「あぁん、誰じゃお前」

「え、あ、あの僕は」


「誰じゃ言うとるんじゃ答えんかい」

「ぼ、ぼぼ、僕は番条小鞠といいます」

「聞かん名じゃ、ここへは何しに・・・・・・ん?」


 刺青の女性は首を傾げ、顎に手を当てながら僕に歩み寄ってきた。じろじろと僕の事を見定めるかのように見てくると、彼女は納得した様子で口を開いた。


「お前、スクールのガキか」

「は、はいドルマスクールに通っている者です」


「しかも、ドルマじゃ」

「はい」


「で、そんな奴がこの家に何の用じゃ」

「実は・・・・・・」


 ここに来た経緯を説明しようとしていると、廊下の奥からエルさんが小走りでやってきた。彼女は手に弓と矢の様なものを持ちながらやってくると、僕の傍にいた刺青の女性はエルさんに向かって飛びついた。


「おぉエル、よう帰ってきたのぉ、スクールはどうじゃった?」

「ちょ、ちょっとサチさん、苦しいよ」

「そういうなエル、お前はわしの愛娘じゃ、お前に何かあったらと思うと心配で心配で夜も眠れんのじゃ」


 サチさんと呼ばれた刺青の人は、愛おしそうにエルさんに抱き着き、頬ずりをしていた。しかし、そんなサチさんをエルさんはいともたやすく振りほどいた。


「もうっ、今日はお客さんが来てるんだからやめてよ」

「客?もしかして、そこのドルマのガキの事を言うとるんか?」


「そう、コマリ君っていうの」

「なんじゃエル、もしかしてこいつをパートナーにするつもりやないやろな」


「ち、違う、今日はコマリ君が私の訓練を見たいって言ってくれたから連れてきたの、今から訓練するから邪魔しないで」

「おぉ、そうなんか、わかった」


 訓練を始めたエルさんはとても真剣な表情で弓を射っていた。その姿がとても美しくて、思わず見とれていると僕の隣にサチさんが座ってきた。背筋がピンと伸ばし、胡坐で座る彼女の姿はどこか格好良くて、思わず真似してみたくなった。


 そんなことを思いながら僕も背筋を伸ばそうと努力していると、サチさんが話しかけてきた。


「おい、お前の目にエルはどう映る」

「え、あ、とてもきれいだと思います」


「ほぉ」

「見とれるような美しさ、無駄のない動き、ずっと見ていられる様な光景だと思います」


 僕は見たままの事を言葉にすると、サチさんはいきなり肩を組んできた。


「おいおいおい、見どころあるじゃねぇかお前、名前はなんていうんだ?」

「あの、さっきも言いましたが番条小鞠です」


「おうコマリ、お前見る目あるじゃねぇか」

「そ、そうなんですか」


「そりゃそうよ、どこに出しても恥ずかしくない最高のドールじゃ」

「それはつまり、サチさんがエルさんを・・・・・・えっと、なんて表現したらいいんでしょうか?」


 なんとなくドールという存在にあいまいなイメージを抱いていた僕は、それとなく尋ねてみた。すると、サチさんはものすごい形相で僕に顔を近づけてきた。


「わしが、産んだんじゃっ」

「な、なるほど」


「お前の言葉遣い次第じゃあ、拳骨を一発くらわしてやるところだったが、うまくごまかしたな」

「げ、拳骨だなんて冗談やめてくださいよ」


 作ったという表現を口に出そうとしていたが、寸前のところでやめたのは正解だったらしい、もしも、作ったと言っていたら今頃どうなっていたか・・・・・・想像もしたくない。


「いいか、わしは本気じゃ、最近のドルマなぞ碌な奴がおらんからのぉ、どうせお前もその内の一人かと思ったが、多少はわきまえている様じゃ」

「よくわかりませんが、ドルマというのはろくでもない存在なのですか?」


「そりゃもう、偉そうで鼻に付くやつらばかりじゃ、昔はそうでもなかったらしいが、近年のドルマの酷さは目に余る」

「そうなんですね、僕はこの世界についてまだまだ知らないことばかりです」


「ん、お前ドールは初めてか?」

「はい、つい最近ここに来たばかりです」


「そうなのか、それでドルマになったのか」

「はい」


「じゃあ、素質があるってわけか」

「そうみたいです」


「ならコマリ、わしの話をよく聞け」

「は、はい、なんでしょうか?」

「ドールは決して道具じゃない」


 サチさんは真剣な顔で力強く口にした。真剣なまなざしは僕を見つめ、彼女の両手は僕の体をがっしりとつかんできた。

 しかし、サチさんの手から伝わるのは痛みではなくとても暖かく柔らかい感触であり、彼女の伝えたい気持ちが伝わってきた。


「僕は、ドールを道具だなんて思ったことは一度もありません」

「そいつは良い心がけだ、だが、お前を取り巻く環境はそうじゃない」


「それは、どういう意味でしょうか?」

「ドルマという肩書だけでドールを道具のように扱う奴が多いという事だ。まるで、代替品のある消耗品のごとく、愛情もなくドールを使い捨てる。これがドルマの現実だ」


 サチさんの言葉に、ついさっきスクールの訓練室で起こった出来事を思い出していた。ドルマとドールの暴力的なやり取り。あの一瞬だけではわからないかもしれないが、サチさんの話を信じるのであれば、それは日常的に行われていることなのかもしれない。


「その話、本当の事なんですか?」

「真実を語るつもりはない、お前はスクールに通ってんだからそこで感じろ」


「わ、わかりました」

「そんなことよりもわしが言いたいのはコマリ、お前にはそうなるなって事だっ」














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