モンブランの悪魔16

「この外を?」


 言いながら窓の方に目をやると、視界には緑が広がっている。


 学校の裏側は森のように木が生い茂って入るのだ。


 かなり広い緑地で、ハイキングコースも設置されていたはずだ。利用客もそれなりにはいたはすだ。

 ともすれば、巨大な五頭竜が飛んでいったのならばいずれかの人に目撃されている可能性は高い。



 場合によっては、後でそちらも回る必要があるかもしれないわね。



「あなたが見た五頭竜は、どちらからどちらに向かって飛んでいったのかしら?」


 美波は少し考えるような素振りを見せた後、ポツリと答える。


「……多分、右から左側に」


 自身のなさそうな物言いに違和感を覚える。


「本当に右から左側に飛んでいったのかしら?これは大事な事よ。証拠を集めるのに必要になってくることだから」



「すいません。あまりの事で気が動転していたもので、確証が持てないんです。左から右だったかもしれません」


 私達の会話を見ていた天屯が口を挟む。


「美波ちゃんは繊細なんだ!あまりズカズカと質問を重ねるのはやめてくれよな!」


 それを言うならズケズケだろ。と思いつつもツッコミは入れない。話が進まなくなってしまいそうだから、私は突っ込みたい気持ちをぐっと抑えた。


 その横で立花くんが小さな声でつぶやく。


「それってズケズケじゃねえか?」


 どうも私の邪魔をしたいらしい立花くんのつま先をぐっと踏んづけてやると、「何すんだよ!?」と声を荒げた。


 けれど軽く睨みつけると、店頭に置いてあった空気で膨らまされた人形の三日目くらいしおらしくなってしまった。


「なるほど。気が動転していたね。その割に私達がこの部屋に入ってきた時は本を読むくらい落ち着いていたようだけど?」



「そ、それは……」



 答えあぐねる美波に代わって天屯が間に割って入る。


「美波ちゃんはあなたと違って繊細で、人と接するのが苦手なんだ!あまり攻めたてるのはやめてくれよ!それにな美波ちゃんは嘘をつくような人間じゃない。そんな攻めたてるのは、やめてくれよ!」



 激昂した様子の天屯が畳みかけるようにそう言った。


 なるほどね。この子は桜丘美波に気があるようね。つまり、利用しようとすれば簡単に利用できる段階にある。


 それを美波が理解しているのかどうかはわからないけれど。



「別にあなた達を疑っているわけじゃないのよ。他にも五頭竜の目撃情報は上がっていて、それを調査しているだけ」


 よくよく考えればなんでこんな事をしているのかは私にもよくわからないけれど。

 最初はモンブランを探す所から始まったのだ。


「他にも目撃情報があるんスカ!?」



 天屯は驚いた様子でこちらに身を乗り出すが、美波はと言えば変わらぬ様子で伏し目がちにこちらを見ていた。


「ええ。体育館でね。有志の準備をしていた二人組が目撃したのよ。大きさは20メートル近くあったそうよ」



 天屯は目を輝かせ、それだ!と声を上げる。


「きっと美波ちゃんが見たのと同じ五頭竜だよ。たしかそのくらいの大きさだったて美波ちゃんも言っていたよね」



「……はい。私が見たものもそのくらいの大きさだったと記憶しています」



「そう」



 同一の物が目撃された。果たしてそうだろうか。

 私はそうは思わない。体育館内に現れ、体育館幅より大きな五頭竜は周りの物を破壊することなく体育館内部から消失した。


 つまり綺麗さっぱりなくなってしまったという事になる。


「あなたが見た五頭竜はどちらがわに飛び去ったのかしら?」


「……えっと」


 美波は少し考えるような素振りを見せてから答える。


「きっと、森に帰ったんじゃないでしょうか。こう遠ざかって行ったんです。驚いて最後まで見ないうちに天屯君に連絡をしたので行方まではわかりませんけど」



「つまり、あなたはこちら側から向こう側へ、森の方角に消えていったと証言するのね?」



「……おそらくは」


 自信なさげな首肯を見届けた瞬間に私は立ち上がった。



「立花くん。ここにはもう用はないわ。モンブランの行方の方の調査に戻りましょう」



「もういいのかよ!?」



 慌てて立ち上がる立花くんに視線を向ける事もせずに、教室の扉に手をかけた。


 天屯に関してはよくわからなかったけど、桜丘美波は間違いなく嘘をついている。彼女は五頭竜なんて目撃なんかしちゃいない。


 次はどうすべきか、そう考えながら扉を閉めようとした時、美波が不意に声をかけてきた。


「あっ、そういえば、ごちそうさまでした」


「いいえどういたしまして」



 そう返しなから扉を閉めた。


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万年ネタ切れ作家、勇利愛華の邪推録 さいだー @tomoya1987

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