ない雑誌のコラム
北路 さうす
第1話 『ドラゴンの育て人』 爬虫類雑誌レプタザウルスVol326 掲載
ドラゴンと聞いてまず何を思い浮かべるだろうか。輝かしいうろこに覆われた大きな身体に、荒々しい鉤爪を備えた手足、すべてを知っているような知的で気高い雰囲気をもつ想像上の生き物。もとは古より権力の象徴や倒されるべき悪として描かれてきた生き物である。しかしその冒険譚を聞くたびに、彼らが実在したらどんなに素敵だろうと想像したことはないだろうか。筆者はもちろん自分の考えたドラゴンの姿を風景の中で遊ばせる子供だった。そして現在、ドラゴンの存在がもはや夢物語ではないということをご存じだろうか。
今回我々は家族代々ドラゴンの育て人をしている村山家にインタビューを行った。
海と山に囲まれた小さな町、羽金町。村のはずれには大きな古民家が存在する。それが今回の取材先、村山家だ。
「お待ちしていました」
筆者を明るく迎えてくれた女性が、現在の村山家当主、村山水希さんだ。現在35歳、町役場で働きながら2児の子育てをしている。しかしその傍ら、『ドラゴンの育て人』として第一線を邁進中だ。
村山家は爬虫類を長期飼育しドラゴン化するという、夢物語を現実とする試みを曾祖父の時代から続けている。
和巳さんの曾祖父である村山竜太郎氏は幼い頃から爬虫類に魅了され、飼育書の少ない時代から試行錯誤を重ねてきた爬虫類飼育の第一人者だ。今でもさまざまな書籍で名前をみることができる。
また竜太郎氏は飼育法の確立されていない爬虫類の住環境やエサの研究を続け、寿命を5年から10年、そして20年に伸ばしてきた長期飼育の専門家である。爬虫類が野性での平均寿命をこえて安定飼育ができるようになり、累代繁殖も確立した。その後、竜太郎氏は晩年までの数十年間を、品種改良と寿命の延長、先祖返り……つまり爬虫類のドラゴン化に費やしたのである。
さて、爬虫類のドラゴン化について説明をしよう。もともと爬虫類には、理論上の寿命が存在しないことが判明していた。最初はその特性を生かして、人間の伴侶動物とすることを想定した試みから研究は始まっている。ドラゴン化した爬虫類と通常の爬虫類の差としては、体形を変化があげられる。さまざまな種類の爬虫類が存在するため一概には言えないが、おおむね150~300%の巨大化を経て、角や翼、たてがみが生えてくることが多い。もちろん、ただ同じ体形のまま巨大化するという事例もよくみられる。ここで、村山家の末子碧ちゃんが、一番のお気に入りドラゴン、おもち君を連れてきてくれた。おもち君はヒョウモントカゲモドキをもととしたドラゴンで、現在体長50cm、重さなんと4キロと、元となった種と比べると倍以上の大きさだ。目の後ろあたりから小さい角が生えてきていることも確認できる。現在平均寿命の20年を過ぎ、30年以上生きているそうだ。碧ちゃんは現在6歳、おもち君は5倍以上生きている大先輩だ。
「おもちは、碧のことを大切に思っていて、ずっとついてまわっています」
ドラゴン化した爬虫類は見た目だけではなく、性格の変化もあるようだ。水希さん曰く、ドラゴン化した爬虫類たちは、自分の大切なものを守る習性があり、それはガラスや金属、鉱物など物質的なものが主で、自分の巣に集めて大切に守っている様子が観察できる。村山家で育ったうちの数匹は、村山家の家族を自身の大切なものと判断したのか、おもちくんのようについてまわるようになるのだとか。
ここで皆さんが一番気になっているであろう、爬虫類のドラゴン化のための過程を見ていこう。まず好みの爬虫類を愛情こめて大切に育てる。この段階では、丁寧に健康に育てることだけを考えて愛情をこめ育てる。栄養価を考えたエサ、適切な飼育環境、適度な運動。冬眠はしてもしなくても変わらないが、繁殖を行うとドラゴン化の確立が下がるようだ。平均寿命を過ぎるまでこの調子で育てる。もし、エサ食いが悪くなった、動きが鈍くなってきた、病気をするようになったなど、明らかに老化が見て取れる場合は、そのまま爬虫類としての寿命を全うさせる。
平均寿命を過ぎて、だいたい2倍程度の年数がたち、それでもなお若々しさを保って成長し続けている個体には、村山家伝統独自配合のエサを少量ずつ与える。こちらは企業秘密だそうで、与えなくても長生きした爬虫類は徐々にドラゴン化するが、このエサがドラゴン化を促進する鍵なのだ。
「ドラゴン化は数代をかけての大仕事です。祖父の育てたドラゴンたちよりも、このエサを与えた爬虫類たちが先にドラゴン化することもあります。このエサのおかげで、自分の手塩にかけた爬虫類のドラゴン化を見届けることができるようになりました。これは、私の母の発明品です」
水希さんの母和巳氏は、ドラゴン化した爬虫類の大ファンで、毎日牧場へ押しかけ、幼馴染であった水希さんの父、村山翔太氏のもとへ押しかけ女房に形で嫁いだのだそうだ。そして結婚後は巨大化や体形変化の研究に携わり、貢献したという。
「平均寿命を過ぎ、ドラゴン化に備える爬虫類たちはとても繊細で、ちょっとした温度変化にとても敏感です。母は、万が一のために自費で非常電源設備をつけるという計画書をもって、父に結婚の申し込みをしにいったそうです」
和巳氏のドラゴンへの並々ならぬ愛情を感じるエピソードだ。結局、非常電源装置は村山家一同お金を出し合い購入したそうだ。台風や大雪などの非常時に何度も助けられているという。
さきほどのエピソードの通り、ドラゴン化に備えた時期の爬虫類たちは、ささいな変化にも敏感で体調を崩してしまう。細心の注意を払い飼育を続ける。そして、約40-50年を経た個体は、徐々にかつての活気を取り戻し、角が生えてきたり、翼が生えてきたりと体形の変化が始まる。こうなってくるとドラゴン化はかなり近い。エサはたんぱく質を増やし、外気温についていけるようにならし始める。
水希さんが屋敷の裏にある広い放牧場に通してくれた。村山家が飼育するドラゴン化爬虫類の中での最年長は、竜太郎氏が初めて完成させた90歳のフトアゴヒゲトカゲをもととしたドラゴンだ。全長1.5メートルとかなり大型で、あごと同じ棘に縁どられた両翼をもっている。水希さんが来たのを察知して、ゆっくりとした足取りで近づき、すり寄る。和巳氏が一目ぼれしたのもこの個体である。
「蛇や亀より、いわゆるヤモリやトカゲなどがよりドラゴン化に向いているように感じます。うちの子たちも大部分がヒョウモントカゲモドキやフトアゴヒゲトカゲ、大型ならテグーですね」
放牧場には、ほかにも数匹の馬ほどあるドラゴンたちが日に温められ、ゆったりとまどろむ姿があった。日光がうろこに反射しきらめくさまは、人間が存在しなければ地上の支配者は彼らだったのではと思うほど美しい光景であった。
「爬虫類をペットとし、あまつさえ寿命すら操るなんてとおっしゃる方もいます。金儲けのためにと言われることも。しかし私たちはただ可愛らしい彼らにただ気持ちよく長生きしてほしいだけなのです。ドラゴン化は、その副産物なのです」
最後に水希さんはそう語った。実際、村山家はドラゴンの育て人をしているが、それで生活費を賄っている訳ではない。それぞれ仕事があり、むしろ爬虫類飼育の費用を工面するために忙しく働いているのだ。
また、ドラゴン化は寿命を伸ばした先にあるものであり、爬虫類のまま寿命を迎えた個体も多いそうだ。村山家放牧場の片隅には祠があり、寿命を迎えた爬虫類たちの供養をしている。最期まで快適に過ごしてもらう。その願いの終着点が、ドラゴン化なのだ。
爬虫類のドラゴン化は高度な技術と長い年月を必要とします。いくつか団体が存在しますので、興味のある方はまずボランティアとして参加してみるのもよいでしょう。当誌あてに連絡をお待ちしています。
ない雑誌のコラム 北路 さうす @compost
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